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教会編 4

 悪魔が立ちはだかり、ヒノクが更に深く教義を考え、今までの生き方を見つめ直す事を決めた頃、教会の敷地に地獄のような庭園を作り出す二人の化け物が動きを止めて、互いに視線を交わした。



ニック・ノーキンの視点


 ―許せん、許せん、許せん、許せん、許せん、・・、

 ―ノイエ、ノイエ、ノイエ、ノォォイィィエェェェェ、


 怒りとノイエへの思いに完全支配されながら、ニックはかつてよりもその体を素早く動かす、その軽い動きにニックの中では違和感よりもそれが当然だという思いがある。


 正義を示しているのだから、ノイエを救う大義を掲げているのだから、目の前にいる不忠者を捻りあげるために体は答えてくれて当然なのだと素直に理解できていた。


 だから、かつての、動きよりもキレのある素早い一撃を決める事に不満はない。しかし、動き続けるとニックには別の思いが生まれ始める。


 ―なぜ? 決まらない!

 ―なぜ? 決めきれない!


 ニックは動けば動くほどに、苛立ちを募らせた。当初は、怒りに染まり暴れる獣そのものであった動く鎧は、生涯の半分以上を生きた戦場の空気にかつての動きを取り戻しつつあった。


 ニックの本来の闘い方は、敵を正面に据えて避けられない一撃を打ち込む一撃必殺を基本としていた。鎧と己の鍛え上げた肉体を信じ、例え相手がいかに大きくても、いかに多くても単身で敵を前に突出していき、確実に敵を切り倒す闘い方がニックの闘い方であった。


 しかし、現実に今のニックにはかつての闘い方は不可能なものであった。


 問題は二つある。

 一つは、一撃を打ち込む為の武器がない。

 前に出て、好機を得ても拳を握りしめるしかない。ニックの愛剣は聖剣として、とある国が申し出て大切に保管されていた。

 しかし、リョーエンも素手で向かってくるので、何とか互角以上に戦えていた。


 だから本当の問題はもう一つ、今のニックは軽すぎた。

 ニック本来の闘いをするためには、鎧だけの重さしかない今のニックは軽すぎた。常に敵を正面に切りあいを、殴りあいを繰り広げる。しかし、鎧だけの重さでは超重量級のリョーエンを前にして右に左に体が流され、腰を据えてぶつかることが出来ない。

 また、攻撃も、必殺の気合いを一撃を込めても、軽いニックの拳はリョーエンを倒すには至らない。


 かつての闘い方を取り戻すほどに、目の前のリョーエンに一撃を加えるのが難しくなっていた。

 遂に、ニックは足を止めて、距離を取る。



 リョーエンの視点


 一方のリョーエンは複雑な気持ちであった。


 教会の前で、初めて目にしたときの激しい怒りは既に消え去り、胸にあるのは懐かしい思い、そして、ただただ無念な思いであった。


 初めに、こちらから飛びかかり吹き飛ばした後、ニックの鎧はただ力だけで向かってきた。それに正面からぶつかり、いなし、交わすなど、一手、また一手と合わせるうち次第に、かつてニックが好んだ型を鎧は構え、技を繰り出してくる。


 悪魔が真似しているだけだと思いながらも、鎧にニックの魂があるかのように思えてならなかった。


―あれほどの悪魔の臭いがする鎧にニックの魂があるはずがない!


 リョーエンの理性は否定する。


―しかし、あのいつも前に出て戦う戦い方は、ニックの戦い方じゃないか?


 しかし、彼の感情はその否定に疑問を訴えてくる。


 更に、鎧がこちらに迫る。

 右からのラッシュと左からの重い一撃、下からフェイントに視角からの一撃。


―あぁ、やはり、ニックなのか、


 目頭に熱いものを感じる。超高速の人を超えた戦いなのに、リョーエンの視界がにじむ。いつもの、ニックが得意な形に入り、その決着をつけるための一撃が打ち込まれる。

 本来ならばそこで、全てが終わるはずが、リョーエンは全くダメージを負っていない。

 

 そう、軽い。軽すぎるのだ。力が入っていないその一撃は、まるで、不本意な戦いだと言わんばかりの一撃を受け止めて、確信した。


―ニックがこの鎧の中にいる。


 鎧は距離をとり、呼吸を整える間をくれた。


―ニックは、私にどうしてほしいのか?


 息を整える間、リョーエンはただそれだけを考えた。



 二人の実力に差がある訳ではない。

 一方は、つい数時間前に体を手にしたばかりで、戦い方を習熟していないのである。


 かつての戦い方を無意識に繰り出し、かつてとの違いに困惑している。

 しかし、それを受け止めるもう一方も、自分が知るかつてを無意識に比較し、そこに何らかの意図が隠されていると推測し、攻めあぐねている。


 早い話が、勘違いだ。


 そして、二人の化け物は勘違いをしたまま、次なる好機を求めて対峙した。


 その声は、戦場には似つかわないものであった。

 どこか間が抜けて、夢うつつの、寝起きの声の持ち主は、

 ノイエ・ノーキン

 向かい合う二人をおじいさまと呼べるたった一人の令嬢が遂に、目を覚ました。


 化け物たちは動き出す。



 ニック・ノーキンの視点


 声が聞こえる。

 かすかにだが、声が聞こえる。


―ノイエが目を覚ました。行かなくては、向かわなくては、傍にいなくては!


 目の前のリョーエンを億万光年先に置いて、ニックは向きを変える。


「ノォォイィィエェェェェ!」


 雄叫びをあげて、一目散に走り出す。


 リョーエンの視点


 目の前のニックが動きだす、今までと違い、明らかに間合いを取ったその動きに、リョーエンは警戒し、鎧の動きを、次の動きを見極める。足の動き、目の動き、筋肉の反応、今目の前にいる鎧からはそれらを読み取るのはできない。しかし、呼吸、もしくは気配、その僅かな変化をリョーエンは見逃すまいとにらみ合う。


―次は、どうくるのか?


 リョーエンは迷っていた。ニックの真意が何なのか、一手、一手を合わせながら考える。


 なぜ、悪魔にくだってまで私の前にたつのか? 

 なぜ、軽い攻撃ばかり打ち込むのか?

 なぜ? なぜ? なぜ?


 迷うリョーエンを前にして、ニックはいきなり背中を見せる。

 そして、「ノイエ!!! 」と叫び、走り出した。


 リョーエンはその奇行に出遅れた。先程まで、脇目も振らずに襲いかかってきたニックがいきなり背中を見せる。しかも、ノイエと叫びながら向こうに向かって走り出す。


 鎧の後を追いながら、リョーエンは断片しかない情報を組わあせる。


 巷に流れたノイエの悪評。

 悪魔に降ってまで現れたニックの魂。

 人目を避けて、ヒノクのもとを訪ねる訳。

 今、叫んだノイエとは一体?


 わかる範囲を組み合わせて形にしていくとおぼろげに見えてくる。そして、鎧の後を追いかけていくと、そこにいるはずのない人物を鎧は抱きしめていた。



 ヒノク・ホーリーの視点


 ノイエはかなり言いづらそうにしながら、ぽつりぽつりとこの一年を語り初めた。


 第三王子に呼ばれて、いきなり婚約を解消されたこと、見知らぬ令嬢に覚えの無い罪を告発されたこと、気付くと家屋敷の権利を失っていたこと、知り合いを頼り、部屋を借りると同姓で禁断の愛を育んでいると噂が広がり、色々な人に違うと説明していたら、気付くと淫乱という噂が貴族の間で広まっていたことなどを聞かされた。


「それで、メラク様が新しい婚約者との結婚の話を耳にして、何が何のか分からなくなって、お祖父様の墓に向かい自殺を図りました。それで、」

「もういいわ!ノイエ、ごめんなさい!私が貴女の傍にいなかったから! 」


 ヒノクは、ノイエを強く、強く、抱きしめた。

 自分は、何と愚かでまぬけであったのか。

 ノイエが味わった一年に及ぶ絶望の日々を耳にして、ヒノクは涙を流し続けた。


「ノイエ! 目を覚ましたか! 」


 懐かしい兄の声を聞き、ヒノクは顔をそちらに向ける。

 しかし、声の主は顔を向けるよりも早くノイエを抱きしめ、あげた。


「ノイエ、ノイエ! よくぞ無事で! ヒノ! お前が、」

「にーちゃん、ごめんなさい。私が、ノイエを守っていたら、」

「」

「ノイエから聞いたのか? 」

「ええ、今聞いたわ。私が間違っていた。王家の者となるノイエに関わってしまっていけないと離れた私が馬鹿だった。あれほど熱烈な申し出をしていながら婚約を解消するなんて、」

「そうか、悪いのは王家か、」


「ヒノク様! 」

 リョーエンがこちらに声をかけて来る。ニックはリョーエンを気にしない。ノイエを抱き締め上げ続ける。リョーエンは軽いと感じるニックの今の力も、か弱いノイエには大きな壁である。ノイエは動く鎧の力とその迫力からくる圧倒的迫力に失神を体験中である。


「その鎧は、やはりニック様の魂が?」

「ええ、リョーエン。あなたの言う通りよ。」

「いったい、何がどうなっているのですか?」

「ノイエが婚約を解消されたのは知っている?」

「えぇ、」

「そして、その後さまざまな嫌がらせを受けたことは?」

「嫌がらせ?いえ、噂では、」

 ヒノクはリョーエンが今日話しにきた本来の理由を聞き憤りを感じながら、先ほど聞いたノイエの婚約解消の後のことをリョーエンに話す。


「ノイエは最期を迎えるために兄の墓に行ったのよ。そこで悪魔にあった。」

「悪魔?まさか、ニック様の鎧に魂を入れたのは?」

「おそらくね、悪魔はノイエを最後まで庇い続けたのよ。あたしの力でも最後まで払いきれなかった。」

「そんな、まさか・・・、」

「リョーエン、私は決めたの。」

「何をですか?」


 ヒノクはそこで話を打ち切り、リョーエンの目をしっかりと見据える。

「私は、人を愛する悪魔知らなかった。悪魔は悪だと聞いて、教えられて生きてきた。」

「だけれども、あの悪魔は違った。ノイエを守った。」

「人に裏切られ続けたあの子の願いを聞いた。あの子を愛する兄の魂を天上からを呼び出せるほどの大悪魔が対価も代償も求めずに願いをかなえた。」

「騙されているのかもしれない。このことが大きな罠なのかもしれない。しかし、悪魔を知ることをするべきではないかと思うの」


 ここで、一旦ヒノクは間を取り、呼吸を整える。


「私は、ここから離れて、悪魔について調べようと思う。」



 リョーエンの視点


 信じられない。

 聖女であるヒノク様が悪魔を知りたい?悪魔を調べるために国を立つ?


 今日は、おかしなことばかり起こる。

 死んだニックが蘇り、大聖女が悪魔を信じると口にする。

 それも、異端審議官である自分を前にして、その決意を口にする。


 間違っているといわなければ、今ならば誰も聞いていない。

 訂正してもらわなければ、悪魔は悪なのだ。


 でも、悪魔がノイエの為に動いたことは事実で、ニックが悪魔になり下がっても協力したのは、

 違う、しかし、間違いだ、でも、きっと罠なのだ、だけど、

 様々な考えが浮かび、肯定され否定される。


「リョーエン、理解してほしいとは言わない見逃してほしい」


 ヒノクから頼まれる。

 リョーエンは苦悩する。


「リョーエン」

「立ち去れ!!悪魔!!!」


 リョーエンは自身の大きな体をさらに膨れ上がらせて、地面に一撃こぶしをめり込ませる。

 めり込んだこぶしから亀裂がまっすぐに走り、ヒノクの教会が沈み込む。


「ヒノク様は教会を悪魔に襲われて行方不明になった。」


 自分で何を言っているの分からない言葉を言った。


「ありがとう」


 ヒノクはそういって、ニックとノイエを急かしたてる。


 彼らの動きを知られるわけにはいかない。

 リョーエンは、わざと大きな音を立てて彼らから離れた場所に移動する。


 貧民街の掘れば水が染み出すここら辺の地盤は、王都でも一番に弱いところであった。

 基礎を打たない掘っ建ての教会はどんどんと沈み込む。

 リョーエンの打ち込んだ地を割く一撃によって、生まれた亀裂広がり続ける。

 ついには、沈み込む側と地に着く側が破滅の音を立て裂けて、崩れていく。


 駆けつけた学士や住民は崩壊する教会に呆然とし、姿を隠したヒノクやニック、気絶しているノイエに気づくことはなかった。


 夜半から続く不可思議怯えた人々は、この大聖女が作った教会が崩壊し、聖女本人が消えたこの日のことを王都の最悪の日と呼んだ。

 だがそれは、これから立て続けに起こる始まりの日でしかないと後々知っていく。

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