戦争準備編 1
戦争で一番重要な事はなんであろうか?
戦術家ならば、戦う相手の情報をいかに集めるかを重要視する。軍の規模は、将の器量は、兵の練度は、展開された土地の地形、衝突予測時刻の天候、気象条件など、実に様々な情報をかき集め、戦場の霧の向こうにいる相手を知ろうとする。いや、知らねばどれほどの深謀遠慮の策士であっても必勝の策は生み出せない。
戦略家ならば、それに加えて、状況を理解することを大切だと指摘してくる。本来は交渉の手段でしかない戦争というものを理解していれば、物資、人命、国力の消費しか生み出さない戦争を回避する行動を取る。どうしても、回避できない状況になれば、今度はいかにそれを短期間で終わらせるかに尽力する。敵を知り、己を知ればというやつだ。
歴史家ならば、過去の戦争から準備の不足をあげてくるだろう。時期を、物資を、兵力を、相手を、策を読み違えての失敗、敗北から、如何に万全を期すのか、戦場を、その場に立つ人全てを俯瞰する神のごとき立ち位置で理想を語る。
実際に戦う兵士ならば、五体無事に帰られる強運こそが一番大事であろうか?
彼らはあくまでも戦争に参加する側、それが自発的な意思か、強制された結果なのかは別にして、その場に居合わせた時にいかに最善を尽くすかを考えている。
難しく言い過ぎた。
つまりは、皆、勝つことを目的にしている。その目的の達成に向けて、いかに動くのか、その人の立場によって異なるが、究極的には最期まで生き残る事が勝利といっていい。
勝者の頭は敗者よりも高い位置にあるものなのだ。
では、戦争を起こすときに必要な事は何であろうか?
それは大義である。正義を掲げ、錦の旗印を持つことで戦争を起こすことができる。
豊かな土地を手に入れる。奪われたものを取り戻す。強引なる搾取に反抗する。乱れる国を良くする。
大義の形は何でもいいが、とにかく、大きな声でそれを唱えて、どこからでも見える目印を立てて先頭に立って進むことが戦争を始めることになる。
1人からでも、その唱えた大義が響き渡り、旗印を高く掲げ続けられれば、集団がまとまる力を発揮する。
掲げた大義の正統性は別として、どのようなものであろうと大義が掲げられない戦争はあり得ない。勝者もちろん、敗者にだって大義があるのだから、戦争を起こす上ではなくてはならないものである。
大聖堂府から、送られた檄文はその大義を与えるものであった。
―王都の悪魔を討ち取るために、王都の民を救うために、神の威光と共に、我らと立ち上がらん―
かつて存在した大悪魔により支配された土地に今は小さな国がある。その大悪魔を打ち倒した英雄ニックの剣を貰い受けた王国の北にある小さな国、凶悪なる悪魔の過酷な支配に耐えたその国にも大聖堂府からの檄文は届いていた。
そして、その送られてきた檄文を読み込み、その国の若き王は困り果てていた。
「陛下、大聖堂府からの文にはなんと?」
「王都、王国に悪魔が現れたらしい、」
「お、王国に、悪魔が、」
「そ、それで、大聖堂府はなんと?」
「ああ、大聖堂府から兵と聖剣を貸し出せときた。」
「兵はまだしも、聖剣を、ですか、」
「ああ、悪魔を打ち払うというのであれば聖剣は必要だ。しかし、あの剣は、」
「はい…、いかが致しますか?」
「人を呼べ、とにかく何とかせねば、」
「はっ!」
若き王は苦悩する。
この土地を悪魔が支配し、多くの人々が苦しめられたのはつい最近のこと、それを救ったニックたち5人はこの国の民にとっては真の英雄である。
そして、10年前にその英雄ニックが亡くなり、彼が愛用していた剣を先代の王は上手く立ち回り、聖剣として譲り受けた。
それは、僅か30年ほど前にできた歴史も権威もないこの国が唯一の他国に誇れる宝物となった。
“悪魔を打ち倒した英雄の剣は聖剣がある。”“聖剣は英雄と呼ばれる人以外には持てないものである”と、人々は口にする。
ニックの葬儀が終わり、喪が明けてから、英雄の一人であるリョーエン様が、多くの神官を率いて国を訪れ仰々しくその聖剣を先代の王に授ける式典が行われた。
式典はつつがなく進み、リョーエン司教から直接、先代の王はニックの剣を受けとるはずであった。しかし、先代の王はその剣を持つことができず、剣はまるで地の奥底にある悪魔の宮殿に狙いを定めたように地面に突き刺さりピクリとも動かせなくなる。
先代の王は、式典の後も何度か国の内外から我こそはと名乗りをあげた勇士を集め剣を抜こうとしたが、その剣は遂に引き抜くことができなかった。
やがて、その事が国中に、大陸中に広がると、その聖剣は英雄だけしか使えない剣だと噂された。先代は聖剣が突き刺さる場所を、そのまますっぽりと囲うように壁を作り、聖剣のある地、聖地とした。
その息子である現王も何度かその剣を抜こうとしたが聖剣はぴくりとも動かず、現在に至るまで誰もその剣を抜き取ることができなかった。
そして、そんな状況の中で、この聖剣が必要だと大聖堂府から言われて完全に困り果てた。
誰も抜けない聖剣を、英雄にしか扱えない聖剣を王都まで持っていくなんてどうすればいいのか。若い王は国中の賢者、大臣を集めて会議を行うが結論が出ない。
「た、大変です。大聖堂府より、」
「!」
「何事だ!」
「えい、下がれ、王がいらっしゃるのに、無礼ぞ!」
「大変でございます。大聖堂府より、リョーエン司教がお見えになりました!」
「な、なんだと、」
「まずい、すぐさまお通しせよ!」
悪魔の出現の連絡から、今日まで聖剣をどうするか話を続けたが、いよいよタイムアップ、催促の使者が現れた。しかも、現れたのは英雄の一人であるリョーエン司教である。
小さな王国は皆が大慌てで、大聖堂府からの使者として10年ぶり訪れたリョーエン司教を迎えた。
リョーエン司教は笑顔でその歓迎に応えてきた。
一同は、皆、背中にゾワッとなにか得体の知れないモノを感じた。
「これは、陛下、お久しぶりです。覚えていらっしゃいますか?私、」
「お、お久しぶりです。リョーエン司教、こ、此度は、」
「陛下どうされました?顔色が、」
「陛下!リョーエン様は到着されたばかり、先に、旅の疲れを労われれば、」
「いえ、お構いなく。すぐに発たなければなりませんし、」
リョーエン司教から感じる圧力に、一同は弁明の機を逃した。間を開けようにも、リョーエン司教はこちらの提案をハッキリと断ってきた。
ここに至って、王は腹をくくり、リョーエン司教を見据えて、話を切り出した。
「リョーエン様、聖剣はこちらにある。」
「案内いただけるのですか?」
「ああ、こちらだ」
「助かります。王都の件はご存知なのですね」
王はリョーエンを聖剣がある場所まで案内する。抜けないことを確かめてもらうのだ。決して、反意があるわけではないと理解してもらうために、王は緊張しながらリョーエンを聖剣がある場所まで連れてきた。
「ああ、懐かしい。」
「そうですか。」
「ええ、10年前になりますね、先代様、お父上様にニックの剣を、」
「ここです。」
「あれ?部屋なんてありましたっけ?」
「聖剣はこちらの部屋にあります。」
王はそう話すと部屋を開ける呪文を呟き、リョーエンを聖剣の前まで案内する。
「ああ、これだ。陛下、ご案内いただき感謝いたします。」
「リョーエン様、先に言わせてください。我らは決して、反意を、」
「よい、しょっと」
「えっ!?」
リョーエンは、王に一言、言葉をかけると聖剣に向かいつかつかと進んだ。王は、進むリョーエンの背に向かい弁明を口にする。リョーエンはそれに答えずに聖剣を一気に引っこ抜く。
「陛下、大切に保管いただき、教会を代表して感謝いたします。」
「ええっと、はぁ、はい、」
「では、急ぎますので、これにて、」
そう言うと、リョーエンは部屋をあとにした。若き王は、聖剣があった場所に駆け寄り、何度も確認してから、皆が待つ部屋に戻り、見たことを伝えた。
遠ざかるリョーエンの背中を眺めながら、聖剣はやはり英雄の手に落ち着くものなのだと、一同はみな理解できた。
すぐに、王は悪魔を打ち倒す為の軍勢を揃えるように命を下した。
リョーエンはずっしりと重いニックの剣を担ぎ上げて王都に向かう。馬に乗れば、馬が潰れる程の重量があるから、ニックはその足で向かわなければならない。
余りに重すぎて、誰も使えないニックの剣は大聖堂府の掲げる大義の旗印として、戦場に向かう。




