教会編 3
肉の塊は鉄の塊をぶっ飛ばした。
ノイエの看病を続ける悪魔は世界を罵りながら気絶して、協会の扉の前に簡易のバリケードを作り上げていたヒノクは異常な音に驚いた。
ニック・ノーキンの視点
実に綺麗な放物線を絵描きながら、彼方に向かい飛んでいく鉄の塊のこと、ニック・ノーキンは先程までの怒りの矛先を世界から、自分を突き飛ばした突進馬鹿に切り替えた。
―お前も邪魔をする気か?リョーエン!
吹き飛ばされながらも、突っ込んで来たかつての友人の顔をしっかりと存在しない目に焼き付けていた。
―これは許されない!許されがたき裏切りだ!こいつだけは許しておけない!
かつては、互いに背中を任せるほど信頼しあった二人、互いに兄弟のように思っていた二人には、一つだけ、たった一つだけどうしようもない確執があった。
神職に身を捧げたリョーエンは妻がいない。ゆえに、子供もいないし、それを寂しいと思ったことはなかった。しかし、リョーエンも年を取り、そのまま孤独に生きていくのは可哀そうだと、ニックはリョーエンが王都に寄れば必ず歓待した。
その席には、ニックが決して傍から離さないノイエも同席し、物おじしないノイエは教会関係者からも恐れられるリョーエンを慕い、お爺ちゃんと呼び、懐いた。
そのことに、ニックは微かに嫉妬心を抱く、自分だけが呼ばれる尊称を奪われたとほんのわずかに、しかし、確実に嫉妬する。
ノイエを裏切り、毒を、呪いをもって殺さんと企む悪に与する教会に怒りの鉄槌を与えるところを、神の使途たる神父が手伝わない。それどころか助けるために動いている儂を、兄貴分である儂を、蹴り飛ばすなど、いきなり蹴り飛ばすなど!
あまつさえ、あいつは、ノイエから、お爺ちゃんと読んでもらった事があるのに!
わししか許されない。その権利をいただいたくせに裏切るとは!
恩を忘れて、ノイエの危機に手を貸そうともしない!
許せん、許せん、許せん、許せん、許せん、許せん!
リョーエンの突進は、世界の危機をひとまず遠ざけた事には違いないが、思い出さなくてもいいトラウマ(?)を思い出して、ニックの怒りのギアを更に上げた。
リョーエンの視点
突進してきた肉の塊こと、リョーエン神父は激怒していた。
神の意志を世界に広めんとする協会の選んだ自分を含めた5人の聖人、その中でも悪魔を退ける大英雄ニック・ノーキンの愛用した聖なる鎧を兜を汚らわしき魔力で縫い合わせ、仮初めの魂を与えられた鎧は確かに激しい激情と無念の想いがあふれていた。
こいつは許せない!
我が親友のニックの激しい怒りを感じる!
既に、50を越えてこの世界では高齢者と呼ばれる年だが、神の敵を捻り潰さんと日々肉体を苛め抜き、教会のもつ三大武力の筆頭と呼ばれる殲滅のリョーエンは全力を持って、戦う決意を決めた。
貧民街の住民ボンの証言
だからよ、揺れたんだよ!
地面が、ドン、ドーンて揺れたんだ!
一晩中揺れて、怖くて震えて、朝日が昇って、ヒノク様の所に駆け込んだら、教会がなくなっていたんだ!
なぁ、あんた、なんか知ってんだろ?
何が起きてるんだよ?
ヒノク様はどこにいるんだよ!
教会学士ラン・ホーリーの証言
異端審議官殲滅のリョーエンがヒノク様を殺しに来たんだ。
あの日、ヒノク様は友人が来ると言って、夜番を代わられて教会にお一人でこもられてました。
学士は皆に宿舎におりました。
夜半にこの世ものとは思えない叫びが上がり、リョーエン神父の「立ち去れ!悪魔!」という叫びが聞こえてきました。
私達は、まさかと思いつつも武装して教会に向かい、崩れ去る教会と何処かへと逃げるリョーエン神父を見ました。
あいつは、許せない!
ヒノク様を悪魔だと、英雄の妹、大聖女様を!
腐れ、教皇の狗が!
ヒノク・ホーリーの視点
扉の向こうから悪魔と死者の気配が消え、ヒノクは急いで扉のバリケードを取り壊しにかかった。
ドカン、ドコンと戦場の音が響く、扉の向こうは地獄の光景であった。
果たして、ヒノクの予想は半分は当たっていた。
地獄の光景の中を元気に走り回るリョーエンと兄ニックの遺体ではなくて鎧が暴れ回っていた。二人の戦いは一撃、一撃が空気を震わせ、大地に大穴を開けた。
ヒノクは姿が見えない悪魔を探した。
自分はあの二人の人を超えた戦いに参加はできない。しかし、もし大悪魔が参戦すれば、ギリギリに見える均衡が崩れてしまう。それも、こちらに悪い方向に向かって、崩壊する。それを回避するために、悪魔を速やかに倒し、できる限り素早くリョーエンを支援するしか勝ち目はない。
悪滅の聖詞を唱えると左手に反応がある。そこに悪魔がいる。
だが、それは、ただ光ることしかできないただの魂を誘う鬼火である。しかも、魂を誘う鬼火は倒れているノイエの前に浮かび、私の前から動こうとしない。
まさか?
この鬼火が兄を操っているのか?
バカな!しかし、悪魔はこいつしかいない。
ヒノクは、聖詞を唱える。
悪魔は悲鳴をあげながらも動こうとしない。
更に、力を入れて唱える。
悪魔は地に落ちたが、すぐにフラフラとした動きながら、またヒノクの前に立ちはだかった。
訳がわからない。
あまりにも力がない。弱い。弱すぎる。
なぜ?
悪魔がノイエの前にまるで守るように立ちはだかるのか?
いや、そもそもなぜ、ここにノイエがいる?
まさか?
あれは、兄?本物のニック?
魂を誘う鬼火の視点
守らなくては、護らなくては、守護らなくては、この娘は、この子だけは守護らなくてはいけない。
なぜ?この娘の為に、なぜ?この世界の為に、なぜ?僕は立っているのか、
人懐っこい後輩の小憎たらしい笑顔が思い浮かんだ。
頼れる先輩の困ったような苦笑いの顔が思い浮かんだ。
小うるさい親方のブスッとしたしかめっ面が思い浮かんだ。
憧れの……、
ノイエ・ノーキンの視点
ここはどこでしょうか?
「起きて」
あなたは、だれ?
「起きて、お願い」
私は、だれ?
「起きて!お願い!」
私は、悪魔に、
「ノイエ!」
「おばあ様?あれ?ここは、教会?」
「ノイエ!あんた何したの?」
「私、私は、お祖父様のお墓に行って……」
イィィエェェェェ!
ノォォイィィエェェェェ!
遥か遠くから、今は亡き祖父の声がする。
祖父の墓で自殺を図って、誰かが私に、さっきの声は?
お祖父様が現れて、悪魔が私に何かお話しを?
「おばあ様、悪魔が、」
「ノイエ、あなた第三王子との婚約はどうしたの?」
「そ、それは、」
「話してちょうだい、私は間違っていたわ。」
「おばあ様? 」
「私は、実践に拘り過ぎたわ。もっと、相手を知るために動かなくてはいけなかった。」
「あの? 」
「悪魔が貴女を守っていたの。」
「えっ? 」
「誰も近づけまいと立ちはだかったのよ。最後は貴女に覆い被さって守ろうとしたの。」
「悪魔にはね、神に逆らい墜ちた者、神に挑みかかり墜ちた者、人を貶めるために墜ちた者、そして、人を愛し、いとおしみ墜ちた者がいたのよ。」
「私は、悪魔が等しく悪であると考え生きてきた。しかし、人を愛した結果墜ちた者まで悪なのか? 」
「今まで、一度もそんな悪魔を見たことなかった。でも、あの悪魔はね、貴女を最後まで守ろうとしたの。」
「私は、相手を知ろうという努力をしてこなかった。ノイエ、貴女がこの一年でどんなめにあったのか話してちょうだい。」
おばあ様がこちらから目を一切逸らさずに話をしてくる。悪魔が悪じゃない? 聖女様と呼ばれるおばあ様が悪魔を悪じゃないと実に真剣な目をして私に話す。
ヒノクおばあ様が大変だ。
私はここにいる理由など忘れて、この大変なことに頭がいっぱいになる。




