王都特別警察 1
王都の民は先日までの喧騒が嘘のように、ヒソヒソとあの話を口にするが、それでも、あと半月に迫った第三王子の結婚式に向けて忙しいものは多い。
何せ、各地を治める有力な貴族が徐々に王都に向けて領地を出発し、少しづつ到着し始めたのだ。
人が集まれば、物が金が動くのは世の常である。王都民の生活にも様々影響が表れ始める。昨日まで、銅貨一枚の食べ物が二枚に三枚にと値上がりし、ついには銀貨でも朝のパンが買えないような物価の高騰が起きる。仕入れの値段が上がり、小さな店屋は在庫分を売り切れば店を閉めるところも相次いだ。
一方で大店はこれを好機と攻勢に転じる。何せ仕入れた物が飛ぶように売れるのだから、酒は普段の10倍の値段で店頭に並んだ。
普段の王都の物価を知らない貴族の家政はそれでもよいと購入し、それを見ていた各店の店主が値段を直ぐにつり上げ始めた。高く買うと言われれば、高く売るのがいい商人だ。
いつの間にか、今日の食べるパンすら全て売り切った商人たちは、買い付けに向かった先にて全く同じことをされるだけであったが、ふって沸いた好機に王都の物価が青天井の様相を見せる。
今、王国のなかで一番大変な忙しさ中にいるのは、儀典長官件治安維持の大任を拝命したドラム・バッチであろう。
ドラムの視点
「大使達の入室は、このようにして角を立てないように」
「はい。一点よろしいですか、警備について、立食の形式で参加者が上位の身分ですと安全を確保できません。例えば、武器、暗器など持ち込まれますと、」
「持ち込みは禁止というのが通例だが逆手にとれるか。うーん、なにか手を考える。30分後に呼びに来なさい。」
「はい、了解しました。」
「ドラム様、商人達の物価操作に意見書、嘆願の類いがかなり教会、貴族より届いています。」
「王国騎士団長様がお見えになりました。」
「よくない噂の商人を3、4人捕まえて牢にぶちこめ、あと、救済倉から炊き出し出して働いた風に見せておけ。どうせ、一月すれば落ち着く。団長殿はどこに?」
「はっ!」
「夏の間にお待たせしております。」
「今から行くぞ。」
「はっ!」
何せ、結婚式の準備で忙しいのに、治安維持の役職を兼ねることになったので、既に昨日と今日は寝ないで仕事をこなしていた。70を越えた老体にこの仕事量はあり得ないが、不思議と体が軽く、頭が冴える。
名案が浮かび上がってきて、どんどん先に突き進んでいける。部下を信用していないわけではない、彼らに相談するよりも良いものが生まれてくる。
食事も睡眠もわずかな時間が惜しい。部下を周りに控えさせて思い付いたことをどんどん言葉にし、それを受けた部下は、着実に実行する。目をらんらんと輝かせて、次々と情勢が動くことを楽しみつつ、ドラムは王国騎士団長が待つ場所に向かう。
王国騎士団長 リョーダン・ロージの視点
「・・・という噂が流れているどうにも、王家の権勢を削ぐためらしいのだ。」
「そのような事が、王都で?」
「うん、それで、抵抗勢力を打ち取るためにも、手数が欲しい。」
「そうですか・・・では、すぐに北と南から2000づつ騎士を用意させましょう。準備でき次第、順次王都に向けて出発させますが、今月の第三王子の結婚式までにというのはいささか無理があります。せめて3か月ほどお時間頂けないでしょうか?」
ドラムは、元部下である王国騎士団長を北の砦から直接王宮に呼び出し事情を説明した。騎士団長リョーダンはドラムの説明を聞き、少し考えて動員可能な兵力を割り出して伝える。
王国は大陸中央部に位置し、基本として四方は潜在的に敵国である。しかし、王国東部と西部は大領貴族が任じられ、王国騎士団の役割は南の帝国と北の異教徒の王国への防衛力及び、国内貴族への抑止力として存在していた。
南にはかつて帝国が存在した。帝国の国土は王国よりも大きく動員可能な兵力は10倍以上を言われていたが、現在の帝国にはその姿を見ることはできない。30年以上前にニックが彼の地にて大暴れし、協力者となった人々を勝手に開放したおかげで、現在混沌とした状況にあった。
解放された奴隷は新興勢力である革命同盟を自称し、その勢力を日増しに拡大していった。現状、帝国は諸侯乱立内乱状態でこちら側に侵略を伺うような状況にはなく、最低限度の兵力を残しておけば十分であった。
また北も、かつての大悪魔が呼び出された影響か、各地で小領主が起こした小さな国が乱立し、内乱状態にあった。
しかし、どちらにもニックという英雄が絡んでいたため、王国は緩い協定を結んで関わらないようにしていた。
本来こういった状況ならば、勢力の拡大を図ることが一番であるが、王国国内も決して一枚岩ではなかった。下手に領土を得てしまい、再び北の帝国なり南の戦乱地域に手を出せば負う必要のない怪我をするかもしれない。
ニック達の活躍は大きな干渉地帯産み出す結果となった。
この状況は、かつてドラムが騎士団長を勤めていた頃とほとんど代わりがなかった。むしろ彼が務めていたころよりも干渉地帯は安定していた。これは、リョーダンが、国境周辺で様々に策動した結果であり、4000人という数は国軍の騎士部隊の半数近い数であった。それが、結婚式には間に合わないが、三か月ほどで編成できるという事を、若干、別の意図をもってドラムに伝える。
「そんなにいらんぞ?中隊(約200人)規模でもいい、武装もこちらで用意するから、何とか急ぎ送ってほしい。」
「はぁ、その、中隊規模ですか?」
「ああ、もちろん、使えるものが前提だがな。数はいらん。とにかく不穏分子どもに暴れることができないと分からせればいい。」
「王都で、動乱を画策するものをそんな少数で押さえつけられますか?非番のものを中心に集めれば、もっと数が集まりますよ?」
「使えん者などいらん。いいんじゃよ少数で、しかし、そいつらには飛び切りのものが欲しいのじゃ。相手は悪魔なる切り札があるみたいだからな。」
ドラムが自分の意図に気づいたそぶりを見せずに話を進めるので、リョーダンは困惑していた。
王都が危機にあると話すわりに、ニックの目がらんらんと輝き、生き生きとしている。こう言ってはなんだが、楽しそうにすら見える。かつて、すでに10年以上は昔になるが、その時よりも溌剌とした若々しい姿に見える。
リョーダンはドラムがその職に就いた際の副官を務めた男であった。武門の家に生まれながら体格に恵まれず、騎士団の一員としてはかなり小柄であった彼の才をドラムが見出し取り立てた。
騎士団長は個人の武よりも集団での戦闘、戦術や戦略といったものに才を発揮する職であった。輜重、補給についてを重視し、劣勢にあっても考えをめぐらし、損害を抑え、戦略目標、戦術目標の達成を成し遂げる人物であった。
ゆえに、ドラムからの王都内での不穏な空気が醸成されているという話を聞いた時は、その裏に更に何か不穏なものがあると考えていた。
簡単に言えば、ドラムが王国内で兵を率いて反乱を起こすのではないかと内心疑っていた。
国内の有力貴族がほぼ単身で集まる中で、兵力を集めようと動くのであるから疑われても仕方がない。しかし、副官として長く務めたドラムの性格を知る騎士団長としては信じたくなかった。ゆえに、初めから少し吹っ掛けた数字を口にして、話の主導権を握り、話の中の真相を探ろうとした。
リョーダンはドラム自身の誠実さを知っていたので、4000人も騎士が動かせると言われれば時間がかかることも理解を示すと読んでいた。無謀な行軍を強いることはないと思っていたので、兵力が集まるのに時間がかかるとすれば、ドラムが計画事態を取り消すなり、何か相談をしてくると踏んでいた。
読み通りに、ドラムは兵力を是が非でも集めようとする。しかしながら、推測していた数字よりも桁が小さい。その数では、方面に散らばる軍勢を集めるとすぐに鎮圧されてしまう。
ここにきて、ドラムの言う王都内での不穏な噂という言葉の真偽を騎士団長は確かめることにする。
「悪魔という切り札ですか?」
「ハイビッシャー侯爵から言われたのだ。王都で今こんなことが噂されていると」
ドラムがハイビッシャー家の名前を口にして説明を始めると、騎士団長はドラムに見えないよう聞こえないように舌打ちをする。
西の大領貴族であるハイビッシャー家は現在国内で一番の貴族である。ハイビッシャー家の力の源泉はその圧倒的な財源、近年多くの殖産興業に成功し、その金蔵には王家を上回るほどの金貨が積まれていると噂される家である。
第三王子との結婚も持参金を目的にしたといわれるほどであり、王家との新たなパイプを作ることでさらなる発展を目指しているといわれていた。
王都での騒動の背景にハイビッシャーいう大貴族がいると分かると、リョーダンはさらに考えを巡らせる。
ーあいつらが黒幕か。いや、まて、結婚式にはかの家の娘が嫁ぐのだろ?
ーなぜ騒動を引き起こす必要がある?心配?親心?あれが?
ーまて、そういえば、第三王子は結婚に、
リョーダンはさらに考え込みながら、ドラムが聞いたハイビッシャー家からの噂話を聞き流す。扉がノックされる。
「ドラム様、失礼いたします。お時間が」
「ああ、今行く、すまんの、リョーダン。まだ仕事があって、」
「かまいません、そういえばだいぶお疲れの様子ですが?」
「ああ、いや、この老骨が王家にできるご恩返しじゃ、ニックたちが待っている場所に行く前に働かんとな!」
「あまり無理はされない方がいいですよ?」
「心配しているのか?それとも、年寄扱いか?かっかっかっ!」
ーこの件は、根が深いぞ。
ードラム様は利用されているのに気づいていない。
「とりあえず、話は分かりました。供回りと精鋭のものを送り出しましょう。」
「おお、そうか、頼むぞ。」
「いえ、またドラム様の下で働けるのであれば、名誉なことです。」
「そうか、指揮権もまとめなくてはいかんな」
「はい、よろしくお願いします。」
ドラムはにっこりと笑う。リョーダンにはとても印象的な笑顔であった。
席から立ち上がるドラムが、顔面に大粒の汗をかいていることに気づいた。あまり、熱くもない部屋の中でドラムは大量に汗をかいていた。何か、いやな予感がめいたものを感じつつ、押し黙るリョーダンに向かいドラムが言葉を続ける。
「では、指揮は儂がとる。王都特別警察としてお前の部下を借りるぞ?よろしく頼むな。」




