第三十一話 傍から見れば
エスパーダ『無形』はその名が示すとおり、形を持たない。初期状態では指揮者が手にするタクトのような細い棒状のものであるが、そこから様々な形の武器に変化させる。メイサはいつも身の丈以上の大剣や大鎌に変化させて戦うことが多かったため、恭哉は失念していた。
大きくできるのなら、当然小さくもできる。
迫り来るグラウンドフィッシュの牙、それを前にしてもメイサは落ち着き払っていた。薄く笑う余裕すらあった。メイサが持つ大剣が白く輝き、瞬時に形を変える。大剣を小振りなダガーに変化させ、メイサは鋭くそれをグラウンドフィッシュの左目に突きさした。痛みにのたうち回るグラウンドフィッシュ、反撃されると思っていなかったのか地に潜る余裕もない。
ダガーを引き抜いたメイサは瞬く間にダガーを大剣に戻し一閃、グラウンドフィッシュを両断した。その光景を見ながら、恭哉は先刻までの自分の心配などメイサからすれば余計も余計、お門違いもいいところだったのだと悟った。
考えてみれば、メイサのレイダーに対する知識、経験はついこの間守護者になったばかりの恭哉とは比べものにならないほどある。当然不測の事態への対処も心得ているはずだ。そうはいっても、メイサの対応があまりにも鮮やかで恭哉は半ば呆然とメイサのその整った顔を見つめていた。
「どうかしましたか?」
その視線に気付いたメイサがこちらに向き直る。
「いや、別になんでもない」
「そうですか? 黒崎さん、いつにも増して変な顔してますけど」
「本当になんでもないって」
そう言いながら恭哉は立ち上がった。まだ足が震えている。殆ど間をおかず『時跨ぎ』を使用したのはやはり無理があったようだ。というか、いつにも増してってどういう意味だ。
「もしかして、最後の一体を私が倒したことに怒ってるんですか? いいじゃないですか、全部合わせると黒崎さんの方が多く倒してるんですから」
「そんなことで怒るか。というか西園寺、お前地面に剣刺して何やってたんだ?」
メイサは恭哉にグラウンドフィッシュの位置を教えるように言われただけで、どうやって地に潜った敵を倒すのかについての説明はなかった。結果的に地面から飛び出したグラウンドフィッシュを斬ったが、どうしてあんなに慌てた様子で安全なはずの地面から出て来たのか分からない。恭哉はメイサが大剣を地に刺したことが種なのではないかと考えた。
「ああ、そのことですか。あれは魔力波を撃ってたんですよ」
「魔力波?」
「はい、魔力は地面を通りますから」
真顔で言うメイサ。
「そんなの初耳だぞ」
「吸収型の黒崎さんが知っていてもあまり意味があることとは思わなかったので、言ってませんでした」
「前から思っていたが、魔力波って反則級に便利じゃないか?」
メイサの放つ魔力波は威力もあり、攻撃範囲も広い。牽制や陽動に使え、勿論とどめの一撃にも成り得る。
「そうでもないですよ。魔力を喰いますし、地面を通すには相応のコツというか技術も必要で、それをすると威力が格段に落ちてしまいますしね。私みたいに魔力量が多い守護者でなければ、基本的に使わない技です」
「西園寺の魔力が切れるとこ、見たことないんだが」
「それはほら、私メイサちゃんですし」
わざとらしくウインクをするメイサ。その可愛らしい容姿と相まって、その辺の男ならば卒倒ものなのだが恭哉は辟易とするだけだ。メイサの性格を知った今、もはやただのあざとい仕草にしか見えない。
「その理屈で納得してしまう自分が怖いよ」
「あははは、黒崎さんも大分分かってきましたねー」
とにかく、グラウンドフィッシュが地面から飛び出てきたカラクリは分かった。敵にとって安全圏だと信じて疑わない地面の下での突然の魔力波による襲撃は、グラウンドフィッシュ達を錯乱させるには十分だったのだろう。だから、地面から姿を現すグラウンドフィッシュは皆一様に何かから逃げ出そうとしているような慌てようだったのだ。
それにしても、この西園寺メイサという少女は強い。と恭哉は思った。結界に入ったときの混乱した状況で壊滅状態にあった守護者達を背に庇い、最適な作戦を立案し行動する精神力、その行動を可能にする戦闘技術、そのどれもが一級品であることが経験の少ない恭哉にも理解できた。
そして、簡単に敵を倒してしまうため忘れがちなのだがメイサはこれまでスキルを一度も使っていない。
まさに天才、化け物と言ってもいい。
負傷した守護者達はあんぐりと口を開け、前に立つ二人の少年少女に視線を向けていた。
「おい、やっぱりあれって西園寺家の奴か?」
「間違いない。純白の魔女だ」
「強すぎだろ。何でこんな所に……局員じゃないのか?」
「そんなの知るかよ。それより……だ」
「ああ……あの隣の男はなんだ?」
「見たことないな」
「ルーキーか?でもあの男の動き……あれって『時跨ぎ』じゃ……?」
「そんな無茶苦茶なっ!だってあれは……」
「じゃあ他にどう説明するんだよ!?」
「ううっ、でも……」
「まあ、なんにせよ……」
「……ああ」
「化け物だな。あの二人は」
十人以上の守護者を屠ったレイダー、それをものの数分で倒してしまった二人組の守護者。その片割れである恭哉に対して、自身がメイサにするものと同じ評価を受けているなど、その時の恭哉は知る由もなかった。
夏を間近に控えているといっても、六月の夜はまだ少し肌寒い。しかし、この日の夜は異様に暑かった。時々風が吹いても、纏わり付くように肌を撫でるだけで涼しさは感じない。むしろ不快感だけが増していく。そんな夜だった。
舗装された海辺に建つ廃工場にソレはいた。流れる汗を気にも留めず、ただただ壊している。転がっている鉄骨をねじ曲げ、埃だらけの壁を蹴り破る。壊したいから、壊すために壊す。それ以外のものは必要ないとばかりに血走った目で暴れ狂う。当然けたたましい音が鳴るが、周囲に人の住む建物はなく波の音で相殺される。
ソレは突然動きを止め、自らの右手を見た。何かを確かめるようにゆっくりと手を握る。
「そろそろ、頃合か」
ポツリと呟いた。その直後であった。
「何が頃合なんですか?」
廃工場に響き渡る少女の声。続いてこちらに近付いてくる足音。
「誰だ」
足音が聞こえる方に目を向けソレは短く言った。少女はクスリと笑う。
「誰だ、ですって? あなたが言うと笑えてきますね」
「殺す」
殺意をむき出しにするソレに対して、少女は恐れることなく歩みを進める。
「『その者がどのような人間か、確かめるのは簡単だ』」
穴の空いた天井から降り注ぐ月明かりのお陰で、ソレは少女の姿を見ることができた。
「『神の力をくれてやればいい』」
その少女は白金に光る長い髪を持っていた。
「『その者がどんな世界を作るのかでその者の人間性は決まる』」
その少女は青い瞳を持っていた。
「『何故なら、人間はその内に世界を持っているのだから』」
西園寺メイサは、ニコリと笑って言った。
「『神降ろしの少年』の一節です。いやー、面白いですねあれ。次の巻はいつ出るんでしょう。知ってます?」
「お前、どうして私の居場所が分かった?」
一歩踏み出したソレの顔も月光に照らされる。ソレは肩にかかるほどの黒髪とメガネを掛けていた。しかし、その目にはいつものような理知的な印象は見受けられない。
「別に、あなたと話すつもりはないんですけどね」
大袈裟に肩を竦めてみせると、メイサはすっと白い棒をソレに向けた。
「双葉未來理さんの身体にいるレイダー」
メイサが手に持つ棒が突如輝き、その光が工場の暗闇を染め上げる。その直前、メイサは言った。不敵な笑みと一緒に。
「あなたは誰ですか?」




