第十一話 運が良いやら悪いやら
落ちるもの、回るもの、揺れるもの、落ちて回って揺れるもの、少しでも空いているアトラクションがあれば恭哉とメイサは片っ端からアトラクションに乗った。乗せられた。その結果、恭哉は青ざめた顔をしてベンチに座っていた。
「いやー黒崎さんが絶叫系苦手とは思いませんでした」
メイサが吞気な声で言いながら隣に座った。手には缶ジュースが握られている。
「嘘を言うな。気付いてただろ」
それを受け取りながら恭哉が言った。
「そんなことないですよ?」
絶対に嘘だ。恭哉は割りと序盤から足元がふらついていた。それを必死に隠そうとはしていたが、無理があった。その演技にメイサが気付いてないはずがない。しかし、メイサは分かってない振りをして恭哉を連れ回したのだ。
「俺はもう乗らないからな」
「えーもう降参ですか?」
「乗らない。死ぬ」
「あはははっ、じゃあもう安い演技は終わりですね」
こいつ……やっぱり気付いていやがった。気付いていて振り回すとは鬼畜の所行だ。恭哉は一言文句を言ってやりたかったが、やめておいた。無理に反抗するのはまずい。これ以上乗せられたらレイダーと戦える状態じゃなくなってしまう。
「ふむ、だんまりですか。まあ丁度いいです。今から注意事項を言いますね」
注意事項とは何だろうか。恭哉は視線で続きを促した。
「まず、よほど運が悪くない限りないと思いますが、もし私達が担当する結界にレイダーが来た場合は戦います。これはいいですね?」
当然だ。恭哉は無言で頷いた。
「次に、担当外の結界に来た場合です。場所にもよりますが、それが局の人間担当の結界であった場合、手出しはしません」
「局の人間の手柄を奪うかもしれないからか……」
「そうです。しかし、レイダーが正規兵だった場合、共闘する可能性もあります」
「正規兵?」
恭哉が聞いたことのない言葉だった。
「はい。この前黒崎さんが戦ったケルベロスは分からないですが、ゴブリンは正規兵ではありません。私達は野良と呼んでいます。あのゴブリン達は粗末な武器を持ってましたよね」
つい先日住宅街で戦ったゴブリンを思い出す。確かに、刃こぼれした武器を握っていた。
「正規兵は上等な武器を持っていると?」
「それだけではありません。正規兵は必ず指揮官を伴ってやって来ます。統制が取れているため、強さも段違いです。局員でも、勝てないときがあります」
「そんなにか」
「危険だと判断した場合、私達も加勢します。文句は言われないでしょう」
それでも勝てない場合はどうするのだろうと恭哉は思った。そもそも、勝てない、負けとは何なんだろう。結界を破られ、レイダーに侵入を許すことが負けなのだろうか。それともやはり……
「なあ西園寺」
「はい?」
「守護者が死ぬことってあるよな?」
メイサは少し間を開けてから静かに言った。
「あります」
「……そうか」
「でも、あるといっても確率は――」
「その場合、家族にはどう伝えるんだ?守護者とか言っても信じて貰えないだろ」
「えっ?」
メイサはその青い目を丸くして、じっとこちらを見た。信じられないものを見ているような顔だった。
「だからさ、普通異世界がどうとか言っても理解できないだろ?その辺はどうなのかなって思ってな」
「え、ええっと、それはどうなんでしょう? なんとか信じて貰うしかないんじゃないですか?」
何だかしどろもどろだったが、恭哉は一応納得した。
「黒崎さん」
「うん?」
顔を向けた恭哉をメイサは数秒間じっと見た後、俯いてあごに手を当て何か考え始めた。目はアスファルトの地面に向けられているようだが、焦点は合ってない。
「おい、いきなり黙り込んでどうしたんだよ?」
恭哉が言うと、やっとメイサが顔を上げた。
「黒崎さん」
「だから何なん――」
「さっきジェットコースターに乗ってどう思いましたか?」
メイサの普段とは違う真剣な表情に恭哉はたじろいた。
「いや、高いなと思ったよ」
「他には?」
「速いなと」
「他は?」
「怖いなとも」
「ふむ……」
メイサはまた俯いて沈黙した。何かを確認するかのような言い方だったが、恭哉はメイサが何を聞こうとしているのか分からなかった。
「おい西園寺、いったい何がしたいんだ?」
訝しげな目を向ける恭哉にメイサはにっこり笑って言った。
「いえいえ、特に何も?」
「嘘つけ」
「あ、そうだ黒崎さん、最初私を見てどう思いましたか?」
「話題を変えるな」
「変えてませんよ。ただの質問です」
「ノーコメント」
「さっきは答えてくれたじゃないですか。ほら、どう思いました?」
メイサが顔を近付けてくるので、恭哉は後退った。しかし、ベンチに座っていたためすぐに追い詰められてしまう。それをいいことにメイサはすぐ間近に顔を寄せてきた。見る角度によってはよからぬことをしていると思われるのではないだろうか。
「ほらほら、言って下さいよ?」
ふわっと甘い香りが鼻をくすぐる。西園寺の唇、こんなにぷるぷるしてたっけ……じゃなくてっ。
「か、可愛らしい顔立ちと思ったよ。最初は」
この状況から早く逃げたくて、恭哉は正直に言った。すると、メイサはぱっと体を離してベンチの端まで体をずらした。
「黒崎さん、やらしいです」
「おい西園寺、お前が言えって言ったんだろ」
メイサが悪びれもせず言った。
「いやー、そんなに真面目に答えてくれるとは思わなくて」
「言っておくが、最初だけだからな」
恭哉は釘を刺しておいた。別段自分の趣味が特殊なわけではないと恭哉は思っている。美しい絵を見て美しいと感じるように、美人を見れば美人だなと思う。メイサは文句なしに可愛らしい。だからそう思っただけの話だ。
「では、今はどうなんですか?」
「決まってる。嫌なやつ、だ」
「即答ですか。まあでも、色々と安心しました」
さっきから何を言ってるのか全く分からないが、メイサは一人納得した顔をしている。恭哉としては少し面白くない。
「っ!?」
口を開こうとしたその瞬間、恭哉の頭を何かが駆け巡った。その何かは心地良くなければ不快でもなかったが、言いようのない焦燥感を脳裏に植え付けた。
そんな恭哉の耳にメイサの冷静な声が入ってくる。
「黒崎さんも気付いたようですね。結界に攻撃を受けました」
「この感覚がそうか」
「はい、どこの結界か分かりましたか?」
神経を集中させるが、全く分からない。
「いや、そこまでは……」
「そうですか、まあ今回は分からない方が良かったかもしれませんね」
メイサが苦笑して言った。心なしか口調が硬い。
「どういう意味だ?」
「レイダーは私達担当の結界に来ました」
「運悪すぎだろ」
「とにかく急ぎましょう」
恭哉とメイサは結界に向けて走った。結界の場所は最初に確認済みだ。気がかりだった体調も回復している。隣を行くメイサに目を向けると、白金の髪の間から覗く白い首筋に汗が浮かんでいるのが見えた。
これも初めての感覚だったのだが、恭哉はうっすらと結界が見えるようになっていた。結界は薄い青色をした半球体だった。
「入りますよ」
「ああ」
短く言って結界内に踏み入ると、さっきまで聞こえていた喧騒が途端になくなる。人影もない。これは住宅街の時と同じだ。
「来ます」
メイサの声と同時に、三十メートルほど先の景色が破れて何かが入ってくる。ゴブリンだ。しかし、その様子は以前とは異なる。
「黒崎さん、バチが当たるようなことしました?」
「いや、何も」
この状況でそんなことを言えるメイサは相当場数を踏んでいるに違いない。
出て来たゴブリンは鎧と甲冑を身に付け、手には刃こぼれしていない長剣を握っていた。
「やっぱり」
メイサが小さな声で言った。
「西園寺、こいつらは」
「はい、正規兵です」
メイサの額には汗が流れていた。




