第十話 ゴールデンウィークなのに……
「西園寺、お前何言ってんの?」
「明日二人で遊園地に行きましょう」と言ったメイサに恭哉が放った第一声がそれだった。
「えー、それ言わせちゃいます?」
メイサがわざとらしくしなを作るが、恭哉は取り合わない。
「言われないと分からないから聞いてるんだ」
「黒崎さん、ここでデートという発想が出てこないのは男子高校生としてどうかと……」
「デートなのか?」
「違いますよ」
「だろうな」
「うふふ、残念ですか?」
「いや、全然」
メイサがどんな性格なのか知る前であれば、あるいはそういうことを考えたかもしれない。見た目だけなら、メイサはこれまで恭哉が出会ってきた中でも一番可愛い。それは確かだ。しかし、その中身は見た目通りではなく、図太くなれなれしい。
そして人をからかうのを心底楽しんでいる。そんなメイサが恭哉をストレートに誘うはずがない。それなら答えは一つだ。
「守護者関連か?」
「ご名答です。デートはまた後日と言うことで」
「で、何で遊園地?」
後半は聞かなかったことにしておいた。どうせ社交辞令だ。
「そこにレイダーが来るという情報があります。連日結界を破壊しようとする動きがあるそうです」
「あるそうって……西園寺が知覚したんじゃないのか?」
以前、メイサは学校の屋上で学校から遠く離れた結界が破られるのを察知してみせたのだ。
メイサは苦笑して言った。
「私の知覚できる範囲にも限界がありまして、流石に遊園地には届きません」
遊園地は最寄りの駅から出ているバスで三十分ほどかかる。メイサの知覚範囲がどれ程のものか分からないが、そこまでは届かないようだ。
「まあ、一応理解した。後のことはメールでもしてくれ」
気になることはまだあるが、時間が掛かりそうだ。ここで長々と話すのはお互いよくないだろう。
「黒崎さん」
すぐに帰ると思っていたが、メイサは動かなかった。珍しく真剣な顔でじっとこちらを見ている。
「どうした?」
「私、黒崎さんのアドレス知りません」
「ああ……」
そういえばそうだった。恭哉はポケットからスマホを取り出す。
アドレス交換などいつぶりだろうか。悲しくなりそうなので考えるのはやめておいた。
メイサが去るとすぐに沙耶が帰ってきた。手には買い物袋を提げている。
沙耶はメイサが去って行った先を見て言った。
「お兄今、凄い綺麗な人と話してなかった?」
「ああ、遊園地に誘われた」
「……妄想きもい」
我が妹はどこまでも辛辣だ。
遊園地は人が多かった。
当然だろう。ゴールデンウィーク真っ只中の今日、遊園地が閑散としているなど聞いたことがないし、もしあったとしたらその遊園地はつぶれる寸前に違いない。
どこもかしこも楽しそうな声と笑顔で溢れている。皆今日という日を楽しんでいるのだろう。そんな中で沈んでいる恭哉は少数派だ。
恭哉は座っているベンチの上で頭を抱えて言った。
「俺のゴールデンウィーク、こんな筈じゃなかった……」
時刻は午前十一時、本当ならまだ惰眠をむさぼっている時間だ。
「あはははっ、この世の終わりみたいな顔してますね?」
そんな恭哉に隣に座るメイサが楽しげに言った。
ちらりとメイサに目を向ける。ミニスカートなのは昨日と同じだが、今日は下に黒のタイツを履いている。
恭哉の視線に気付いたのか、メイサがスカートの裾を摘まんで言った。
「何ですか? 黒崎さんは生足がお好み?」
「からかうな。そんなことより詳細を話してくれ。分かってないことが多すぎる」
恭哉は動揺を必死に抑えて言った。美少女にあんなことを言われて、反応しなかった自分を褒めてやりたい。
「そんなこととは失礼な……」と何やらぼそぼそと言った後、メイサは説明を始めた。
異世界からの侵入者、レイダーがどうやってこの世界に来ているのか少なくともメイサは知らないらしい。何か事情があるのか、異世界の神であるミケは教えてくれないんだとか。
侵入方法は分からないが、来る場所には偏りがあることは分かっている。この遊園地はいくつかの結界が張られている。つまり、それだけレイダーの侵入経路が遊園地内に偏って点在しているということだ。
その結界を連日ランダムに攻められてはいったいどこを狙っているのか判断できない。故にそれぞれの結界に人員を配置して迎え撃つほかない。
「なので、今回は他の守護者と連携してやる可能性もあります」
恭哉は他の守護者と会ったことはない。メイサの兄の玲二も守護者であるはずだが、あれは守護者というよりメイサの兄として会った。
「他の守護者ってどんな感じなんだ?」
「色んな人がいますので一概には言えませんが、局の人間は上昇志向が強いですね」
「局の人間?」
「そういえば、まだ言ってませんでしたね」
うっかり見落としていたような口振りだったが、何故か恭哉には少し白々しく聞こえた。
「未確認生命体対策局、私たちはレイダー対策局とか局と呼んでいます」
「西園寺はその局の人間なのか?」
「さて、どうなんでしょう」
メイサは曖昧に濁した。あまり立ち入って欲しくないという雰囲気を恭哉は感じた。
「取り敢えず、何となく状況は分かった」
「私の説明が上手かったからですね」
「俺の理解力だ。それで、俺達が担当している結界はどれだ?」
「ここです」
メイサが手に持っていた地図のある一点を指差した。入口近くにいる恭哉達とは反対側、ジェットコースターなどの人気なアトラクションから少し離れた場所だった。
「大分歩くな」
「空いてるアトラクションがあったらやっていきましょうか。せっかくですし」
「そんなことしていいのか?」
恭哉達は今守護者として、いわば任務中である。そんな時に遊ぶなど普通は許されないだろう。しかし、メイサはあっさりと頷いた。
「大丈夫ですよ。担当する結界にレイダーが現れるとは限りませんし、それに今回は局の人間がいるので基本的に私たちはお手伝いみたいなものですから。むしろサボっちゃったほうが手柄が増えて喜ばれるかもしれませんね」
確かにそうかもしれない。しかし、本当にいいのだろうか。逡巡していると、メイサが恭哉の手を取って歩き出した。
「ちょ、おい」
「遊園地に来て遊ばないでどうするんですか。そんなんだから黒崎さんはぼっちなんですよ」
「ぼっち関係ないだろ」
恭哉はそう言いながら、渋々メイサについていった。