本編に記載
えー、はくどーと申します。
第2話です。内容的に、第1話と密接に関係しているため、第1話と合わせて読んでもらえればと思います。まぁ、あれだ。長いっすね。二万字弱の分量です。ただ、その分、一応、オチというものがございますので、どうぞごゆるりと、、
プロローグ2
いつのことだったか、思い出すことができない、というのはウソで。
きっと、わたしがコハデと出会った、半年ほど前のことだろうな、とミソラは思う。
コハデと出会ってからの半年間は、ミソラにとって、かなり濃厚なものだったから、
覚えることが(新しい学校での授業とかで)、いっぱいで、記憶があいまいになっても仕方ないのだ、というミソラの言い訳(おもに、試験前の)はさておき、
そうした、諸々の理由のために、ミソラの記憶が混濁しているのは事実だったから、
『燃えている』とミソラは呟く。もうもうと立ちこめる、煙で、目がしばしばとなる。激しく、瞬きをするけれど、その感覚は治らない。『燃えている。人間が燃えている』
その情景が何時の出来事だったのか、ミソラは確信を持っていうことができない。
もうもうと、こうこうと、めらめらと、ぼうぼうと、人が音を立てて燃えていた。
「一体誰が燃えているんだろう」ミソラはもやもやとした記憶の中を手探りで、進みながらひとりごつ。
『燃えている。人間が燃えている』
「燃えていた。人間が燃えていた」
彼女の目の前で、彼女が燃えている。「だけど」ミソラは呟く。「彼女って誰?」
それに火を放ったのは、わたし自身だった。
灯油をかけ、ガソリンに浸し、百円ライターで、火を放つ。
ぼうっ、と野獣の如く、燃え上がった炎が、ライターの外装をダメにしてしまった。
業火によって、溶けてしまった、プラスティック製のライターが水あめのようにたら~り。もう要らないからと、それを火の中に放り込んだ。あつかった。とても。
溶けたライターと一緒にダメになった、右手。
思わず、やけどをしてしまった右手に。やぶって、濡らした、上着(血まみれ)の切れ端を固く巻きつける。その上から、左手で強く握りしめる。
火葬というヤツだ。とミソラは呟く。
葬送というヤツだ。
鎮魂の儀。
なにをしているんだろう、とわたしは思う。彼女はなにをしているんだろう。呆然としているのは、煙を吸いすぎたせいだ。普段から、煙草の煙を吸っているというのに。
火葬というヤツか。
葬送というヤツか。
鎮魂の儀。
誰のだろう、と記憶に精確さを要求してみる。カメラのズームみたいに、現実の一部を切り取って、これ以上ないほど、このカメラの解像度ではこれ以上は無理なほど凝視する。炎により、原形を失くした、死体が、彼女の前に転がっていた。
女の子の死体だ。なぜなら、導火線のように長い、黒髪が、まだ燃え残っているから。
私と同じくらいの(背丈と年齢が)女の子の死体だ、とミソラは思う。なぜなら、この子は、制服を着ているから。ミソラと同じ、コグレ中学の生徒だから。
ご冥福をお祈り申し上げます。
ミソラにしては殊勝な言葉を、
彼女は、心の中で呟いてみる。
線香代わりに、燃えさしの煙草を一本、地面に突き刺しておく。うまく刺せない。へにゃってなる。仕方ないから、その吸殻を口許に運ぶ。あと、ほんの少しだけなら、紫煙を楽しめるのだ。ミソラは、深呼吸でもするみたいに、煙草の煙を吸い込んだ。
そんな、ずさんな送別を執り行った彼女ではあったけれど、悲しんでいないわけではなかった。ただ、彼女は死んだ少女のことをあまりに知らなかったから、不思議な気持ちになるのだった。
『彼女の名前はなんていうんだろう』ミソラは呟いた。『わたしのために死んだ少女』
「ああ、そうか」とミソラは呟く。思い出す。彼女は、
わたしのために死んだ少女。
少女の死体は、コハデの腹の中で死んだ、パイロットのものだ。
その少女の死体を半年前、彼女が、ミソラが燃やしたのだ。
そんなこともあったなあ、とミソラは思う。
となりで、コハデは泣いていたけれど、ミソラは、わたしは、泣いていいのか、わるいのか、よくわからなくて、泣きそこなったのを、良く覚えている。
第二話 【ここにいる?】
ピアノなら、得意なのだ。
白と黒のゼブラ模様のそれの上を、彼女の指は、滑らかに移動することができる。
【戦場のピアニスト】
を、
地で行くつもりか?
と彼は言った。『無茶を言うなよ。コハデの操縦盤を鍵盤と同じ型にしろだなんて』
『無茶ですか?』とミソラは食い下がった。『少なくとも、わたしの場合、鍵盤型の操縦システムの方が、今より百倍パフォーマンスの精度を向上させることは事実なのです』
敵の撃退。撃滅は、人類の懸案事項だ。そして、半年前のあの日、彼女は、初めて遭遇した人類の敵を撃破した。
撃破して【コグレ中学前】のバス停に戻ると、知らない男が待っていた。ちょび髭。
『ぃやあ、君はすばらしい!』そして第一声がコレ。怪しすぎる男だとミソラは思った。
きっと、前任パイロットが、戦死したのも、理由のうちなのだろう。男は、『君には、コハデ・コハデを乗りこなすのに、十分な才能がある。君を新たな、コハデ・コハデのパイロットに任命するよ』
あと、あと気付いたのだけれど、男は、コグレ中学の校長らしく。階級は一佐だった。
一佐って偉いのかなあ。ぼんやりと考えながら、ミソラは敬礼をした。『謹んで、拝命いたします。ただし、一つ提案が――』
その時、示した条件が、右のとおり。面倒なことを持ちこんでくれるよ、と彼は思う。
『先生は、すごい発明家だと伺っております』というミソラの言葉に、
『おだてたって、オレのやる気は引き出せねえぞ』彼はけだるげに、スプリングの壊れたソファの上で寝返りを打つ。調理は苦手なのか、部屋にはカップめんの山。汚いなあと、ミソラは思う。作りかけの、コハデの頭も吊るされていて。その生首と視線が合う。ドキリとなる。『オレが作ったんだよ、コハデ・コハデは』
『これ、死んでるんですか』生首を指さし、ミソラは呟く。
『眠ってるんだよ。敵の出現と、人類の存亡の時までな』吊るされた、コハデの頭部は、二人の会話など無視して、静かに瞼を閉じている。彼のつくった、百一体のコハデに続く、百二体目の試作コハデ。彼女の髪は青く。彼女の目も青い。
彼は視線をそらした。試作品のコハデ・コハデから。『どうしてなんだ』と彼は呟く。『どうして、ピアノの鍵盤なんて、くだらないもの、ご所望なんだ?』
『それは、先生』彼女は笑った。
『忘れないために決まっています。わたしが昔、ピアノを弾いていたこと。戦場ではない別の場所で暮らしていたことを』
彼は、こげ茶色の鍔付き帽をかぶり直しながら、『ふーん。くだらない理由だな』
☆
「というわけで、呑みに行きませんか?ミソラ」
「どーして、そーなる」思わず、吸いかけのタバコを取り落としそうになりながら、彼女は呟く。タバコには厳しいのに、酒に関しては、こうもルーズだというのは、驚きだ。
「だから言ったじゃないですか。『あたしは体が機械でも、ココロは人間なのです。メンドーな仕事の後には、息抜きがてら、アルコールを欲するのです』っと」
「わたし、根っからの人間だけど、そんな気持ちにはならないよ?」
「遺伝じゃないですか。ミソラにはオリガミ家の遺伝が、あたしには作り手の性質が遺伝しているんじゃないですか」
「あ、ああ」とミソラは現在進行形で、怠惰な生活を送る彼のことを頭に浮かべる。確かに、アルコールが好きそうなヒトだ。一方、ミソラの父は、お酒はあまり好きじゃないくせに、タバコは一日三箱くらい、喫んでいた。
「で、付き合ってくれないんですか?ミソラ」
ミソラたちは学生寮にいた。学生寮のミソラとコハデ二人にあてがわれた、二人部屋だ。不思議なのものだ、とミソラは思う。コハデはロボットなのに、どうして、こうして、学園生活をすごしているだろう。ミソラにはわからない。けど、
わけのわからない現実には、唯唯諾諾と押し流されていくほかない。
それにそもそも、わたしは、コハデといっしょにいるのが、好きなのだ。
「で、ミソラ?」返事をしないミソラに、コハデは再度問いかける。コハデの声は、不機嫌そうだ。だから、あわてて、
「うん、付き合う。付き合うよ」
「いやなら、いいです。ミソラには、自由意思を尊重される人権がありますから」
「すねないでよ、コハデ。ただほんの少しぼんやりしただけじゃん」
大したことじゃない。上の空の会話を、ともだちに怒られても、それは、命を落とすほど、大変なことじゃない。きっと、敵との戦闘の後で、気が抜けているのだな、とミソラは思う。糸がピンと張りつめたような、気がめいるような緊張の連続をくぐりぬけて、まるで夢遊病者みたいに、意識と無意識が混濁した状態に、わたしはあるんだ。
気がつくと、ミソラの掌には、缶チューハイが握られていた。
「グビリ、グビリ、グビリ」嚥下される劇薬。アルコール。十八パーセント。「ぶはあっ」ミソラは気持ちよさそうに、缶チューハイを飲み干す。二段ベッドの上に、散乱する、空缶とつまみの包装。皿に盛られた、裂きイカの山。その中心で、横たわる、赤ら顔のミソラ。スカートのヒラヒラが、たべかすと飛び散った飲料で、汚れている。そんなミソラを、コハデはニコニコと眺めて、呟く。
「ミソラといると、楽しい」
ココロの底からそう思っている。機械はヒトのように、ウソがつかない。
つけないから。
頭が痛い、と思って目覚めた、
ミソラの前に、
どどん
と、コハデの顔があった。
「あ、あわわ?」驚き、目を覚ますミソラ。「むごごご」と地響きのような寝言を呟くコハデ。その瞼は、緩やかに閉じられていて。「あ、ああ。朝か」とミソラ。
いつの間にか、酔いつぶれていたらしい、(これが、二日酔い?なんだか頭が痛い)ミソラたち二人の周りには、呑みかけの缶ビールに食べかけの裂きイカの山。ベッドのシーツの上には、黄色い炭酸酒がシミを作っている。
「あ、そうだ。学校に行かなきゃ」目覚まし時計は、午後五時で止まっている。「新しい、乾電池を買っておかないと」単一単一っと。彼女は、ひょいっと、二段ベッドから飛び降りる。
通学かばん(ランドセル)は、二段ベッドの角のところに、引っ掛けてある。中には、国語、英語、基礎科学、基礎法学、モールス信号応用、世界の格闘技(参考図書)、と銘打たれた教材が、詰め込まれている。一つ残らず、300ページ越え、超重量のそれは、「登校時間に、足腰の鍛錬も行えということなのね」ずしりと、通学かばん(ランドセル)のベルトを、彼女の肩に食い込ませる。「おっと、今日は、応急処置学の授業もあったんだっけ?」
コハデと、ミソラは学年が違う。年齢の上ではミソラ(十四歳)の方がコハデ(満十歳)より年長だけれど、早熟なコハデは、ミソラより、一学年も上なのだ。ミソラも、コハデも、そんなこと、気にしていないけど。
だから、ミソラは、コハデに、今日の午後の二年生全体授業が、応急処置の演習であるかを訊くことはできない。だから「それにしても、コハデは、何時まで眠っているつもりだろう?遅刻しなきゃいいけど」疑問を口にしながら、ミソラは、鞄の中をゴソゴソと漁る。毎月第一週に配られるプリント【特殊授業、時間割のお知らせ】を彼女の細い指は掴みとる「くしゃ」くしゃくしゃくしゃ。
力任せに引っ張りだそうとしたのがいけなかった。「ビリッ」
「ビリリリ……」やってしまったと、ミソラは顔をゆがませる。
「あ~あ、破ってしまいましたね」
「コハデ、おはよ」
「うん、おはようございます」
「ハァ」彼女は溜息をついた。まあいいや、とビリビリに破けてクシャクシャにしわの寄ったプリントを更にしわしわ、クシャクシャに丸めて、ダストボックスにシュートする。「わたしの記憶が正しければ、南梨先生(医官・三尉)の応急処置学のはずなのだ」
そう、そのはずなのだ。
南梨先生の授業は楽しみにしていたから、
日付を間違えるはずがないのだ。
うん、きっとそのハズ。
記憶だけを頼りに、荷物の整理を済ませる、ミソラ。
マジックショーの早着替えのように、一瞬で、着替えを済まし、身繕いを済ます。
「コハデも急いで準備しないと遅れちゃうよ?」けんけんをしながら、上履きに右足を突っ込む。
「大丈夫です。(こういう時のためにと)置勉してますから」カーテンの隙間から忍び込んだ、朝日が、彼女の目を刺す。コハデは眩しそうに、目を細め、右手を太陽にかざす。「それに、午前中いっぱいは、一般常識科目(国語、中学数学、歴史に現代社会etc)だから、サボっても問題ないのです」二度寝だ、二度寝。「ぼふ」と、缶ビールとタベカスだらけのベッドに、うつぶせに寝転がる。
「ガチャン」と音をたて、ミソラはチェーンロックを外す。女子寮だけついている、特権だ。「それじゃあ、わたし、先に行ってるから」軍靴は重い。重い軍靴をタップダンスのように、踏みならし、ミソラはコハデに別れを告げる。「わたし、先行ってるから」
案の定、学生寮の中は(三階も!二階も!一階も!)、ガランドウ。ミソラと、コハデしかのこされていないのだ。かろうじて、玄関先では、寮母さんが、落ち葉拾いをしていて「昨日は大変だったわね」。それ以外は皆(生徒)は、コグレ中学に登校した後、みたいだった。
☆
考えてみれば、コハデの断りもなしに、『あんなこと』を決めてしまったのは、いけないことだったのかも知れない、とミソラは思った。そりゃそうだ。
コハデだって、怒るはずだ。
どんなに、温厚な人間(機械)でも、怒るはずだ。
決めた後で、コハデに話したら、ぷい、と頬を膨らませて、『勝手な話です』
そりゃそうだ。怒られて当たり前。
コハデに相談もせず、コハデの操縦桿を鍵盤にしてくれ、と言ってしまったのだから。
『でも、その方が、あなたに都合がいいなら、あたしは許します』
申し訳なさそうに、ミソラは首を垂れる。
『そのかわり、聴かせてください』とコハデは言った。キョトンとした顔をする、ミソラ。『えっと……』
『だから、ピアノ、聴かせてください。あたしの操縦桿に取り付けるんでしょ?その方が、あなたにとって、都合がいいから。聴いたことないんです、生の演奏なんて』
ミソラはぽりぽりと頭を掻く。『上手くいくか、自信ないけど』心の中は、自信満々だった。なにせ、カナタ中学の吹奏楽部で唯一の伴奏者を任せられていたのだ。真面目に頑張っていたら、いつかはプロにだってなれる、そのくらいの技術をミソラは持っていた。から。『うん、聴かせてあげる。あなたに、当代随一の名演奏を、奏でてあげる』
『じゃあ、やるぞ』と彼は言った。こげ茶の帽子を、手で押さえながら、ぼそぼそと呟く。『えー、本時刻をもちまして、コハデ・コハデ012号の改修作業を執り行う。執刀は、このオレということで』作業台の上に、寝転がるコハデが、ゆっくりと瞼を閉じる。
彼の手に握られた、電動メスが、生々しく光っていた。血ではない、
赤い油で汚れていて、
なんだか、こうして見ていると、まるで本物の医師みたいだな、とミソラは思った。
☆
ミソラには、大好きな人がいた。
ん~ん、コハデのことじゃない。
コハデは、あくまでも人でなく。
機械だから。それは無機質な愛。
なまなましい、言い方をすれば。
ミソラには、大好きな男がいた。
コハデは、機械の女の子だから。
それは、彼女の密かな恋だった。
ああ、とミソラは呟く。
「なんで、彼は死んでしまったのだろう」
それは、彼女たちのせいだった。
学校に来てみて、ビックリ!教室に入ってギョウテン!正門を抜け、誰もいないグラウンドを通り過ぎ、廊下を走って、おそらくホームルームが始まるか始まらないかというギリギリの時間に、
2‐Aと書かれた札の下
同じく2‐Aと書かれた木戸を「ガラガラ」と開け「遅れまし……」
驚きの展開。超展開。
教室には誰ひとりいなかった。リノリウムの床が光るくらい、埃一つないくらい、きれいに掃き掃除された教室の中で、
整然と並べられた机・椅子。開け放たれた窓から流れ込む微風が、厚手のカーテンを揺らす。まるで朝早く、野球部の朝連が始まるより早く、登校してしまったみたいだけれど、太陽は空高くに昇っていて、教室の正面に据え付けられた電波時計はAM9時を指している。
「なんなんだろう、これは」ミソラは呆然としている。
おかしなものが、そこにはあった。電波時計の下
黒板の手前
教卓の上には、黒塗りの出席簿の他に、青い花瓶が置いてあって、
その中には、菊。白い菊の花が数本。
「変なの。まるで、誰かが死んだみたいだ」ミソラは呟くけれど、誰もいないから、誰も返事をしない。「まるで、誰かが死んだみたい」白々しい言葉を、ミソラは繰り返す。
本当は気付いている。正直なところ勘付いてる(昨日の時点で予想はしていた)。
どうにも、担任の先生が死んだらしい。それはおそらく、ヤツラのせいだ。わたしたちの敵が、先生が殺した。昨日の、奴らの襲来で、先生は死んだ。
楽しみにしていた授業がぽしゃだ。南梨先生(軍医・三尉)が死んでしまった。
ん~ん、ちがうか。なにせ、敵の攻撃によって亡くなったのだ。殉職ということ。二階級特進ということで、
南梨先生(2‐A担任/医官/一尉)が死んだっぽい。
イヤな現実。
「苦しいなあ」
「つらいなあ」
「悲しいなあ」
「南梨先生のこと、憧れていたのに」
「えー、大変悲しい事態ではありますがぁ」とちょび髭(校長)。場所は
【第二講堂】収容人数:300人。本来なら、午後一時十五分から始まる、四時限目の授業、二学年の全体授業、【応急処置学:演習】の講義会場に使われるはずだった場所。
校長(一佐、勲章ジャラジャラ)が壇上に立って、なにやら喋っている。
遅れて、参加したミソラは、講堂に居並ぶ生徒たちの最後尾に立つ。
生徒数の少ない、コグレ中学だから、収容人数ギリギリで、暑苦しい空気が充満しているけれど、ほぼ全校生徒が【第二講堂】に集まっている。
やっぱり、階級が違うからだろうか。
半年前とは違う。名前も知らない、前任者を、コハデとミソラで弔った時とは違う。
南梨一尉を、ほぼ全校生徒が、弔っている。いや違うか。
「大変悲しい事態ではありますがぁ。南梨一尉をはじめとする十五名のわが校職員及び準職員(生徒のこと)の死亡が確認されましたぁ」
人数が、規模が違うのだ。
「行方不明者につきましてはぁ。1‐B角田國治くん。1‐C思井理くん。……」校長は滔々と読み上げる。「3‐C百瀬主治くん。以上二十三名の生存が確認されずぅ」校長の言葉は、まだまだ続く、けれど、ミソラの頭には、それ以降の言葉は入ってこない。
大変悲しい事態ならば、泣けばいいのに。
だけど、校長はいつも通りの、ピントのずれたような、間の抜けた表情で、手にした原稿を読み上げている。
ミソラはぼんやりと、頭上に吊るされた照明器具を眺めている。頭が痛いのだ。死にそうなくらい痛い(これは【第二講堂】の室温があまりにも高いせいだ。いや、違う?)
きっと、あれが悪かったのだろうなあ、とミソラは考える。
弔問客の一人に、室内だというのに、こげ茶色の帽子をかぶった男がいた。ついでに言えば、同じくこげ茶色のオーバーコートを彼は羽織っていた。趣味の悪い人だ、とミソラは遠目に思う。南梨先生とは違う。南梨先生は、毎日、違う服を着て来て、そのおしゃれっぷりは、女生徒から(コグレ中学に、ほとんど女生徒などいないけれど)注目されていた。それに背が高かった。こげ茶色の男も、不格好なほど、長身だけれど、あんなふうな細身に長身というのではなく、軍人らしく適度に引き締まった体をしていた。
きっと、あれが悪かったんだろうなあ、とミソラは考える。
うん。きっと、そうだ。わたしたちがいけなかったんだ。
例えば、第一撃目、
とどめを刺しそこねた。
次いで、敵の攻撃、
身をひるがえしよけてしまった。
それが、わたしの過ちで、南梨先生の死因なんだ。
正直なところを、言えば、南梨先生のことを、ミソラは好きじゃなかった。ちがう。わたしは先生のことが好きだったけれど、そんなに好きってわけじゃなかった。なんとなくカッコいいなって思っていた、だけ。ただそれだけ。
例えば、知ってる?コグレ中学周辺のカラスが「バカバカバカ」て変な鳴き声で泣く理由。あれ南梨先生のせいなんだ。南梨先生は、用紙も良くて、スマートで、若くて、オシャレで、優秀で、人望もあって、だけど、口が悪かった。『バカ、かお前』と南梨先生は叱った。『バカだろ、お前』一ヶ月くらい前の基礎科学の授業で。2‐Aの教室で。窓ガラスの外では、電信柱にとまったカラスが、見世物でも見るみたいな目をして、教室の中を覗き込んでいた。
南梨先生のことは、好きだったけれど、あの時は、少しだけ、嫌いになった。
で、
気付いた時には、ミソラは、全校生徒と一緒に、南梨の棺の前に、整然と並んでいる。
☆
音が、激しかった……。『ミソラ』それが、わたしの名前だ。
『ドレド、ファミド』
『ド……』
『ド……』
『ドドド』『ドドド』
白と黒のゼブラ模様。彼女の指が、鍵盤をたたき、旋律をもたらす。
『ドレド、ラミド』そして『ミソラ』彼女は自分の呼び名を奏でる。
『ドドド』
『ドドド』
『ドドド』まるで、
バイクのエンジン音のように、強固な音。
うるさいくらい。くどいくらい。彼女は同じを音を、はじき続ける。
『まだだろうか』独りごちる。弾きながら喋る。弾き語り。『ん~ん、まだまだ』首を振って独り言。まだまだ音が足りない。
『ドドド』
『ドドド』
『ドドド』
『ミソラ』
『まだまだ、エンジンが温まっていない』
『ドドド』
『ドドド』
『ドドド』
いまだ、と彼女は思う。車のアクセルを踏むみたいに、彼女は、鍵盤のペダルを踏み込む。
『ドオオオ』という長音が、彼女を包みこんで。
飛翔感。浮遊感。強力なG。無重力感。耳の奥がキーンとして(まるで、飛行機に乗ったときみたいだけれど、すぐに慣れる……
敵だ。敵を探さないと。心の中で独り言。コハデに乗り込み、コハデを駆動し、大空に飛び立った『ミソラ』は『シ』の音をはじき、彼女を覆う、コハデの体を透過させた。
辺りを見回す。彼女のはるか下には、コグレ中学校舎とその校庭が広がっていて……
さっきまで彼女たちがいた、コグレ中学東校舎屋上には、コグレが飛び上がる際に、踏みしめた、足形が、はっきりと残っている……
時計台を中心に、東校舎と西校舎が並び立ち、その二つの校舎を包み込むように、展開するグラウンド。完全に左右対称で、完璧に計画してつくられた学び舎が眼下に……
それは、歪んでいる。たとえば、校庭を囲う、場外ホームランを、防止のための金網。たとえば、時計台の時計の長針だとか。歪んでる。曲がってる。変形している……
当然のように、コグレ中学に張られた窓ガラスも一様に、割れている。強化ガラスだというのに。高くつくのだろうな『ミソラ』はどうでもいいことを、ぼんやりと考える。
『さて、困ってしまったぞ』とミソラは独り言。いくら辺りを見回しても、高度一千メーターから俯瞰しても、
『どうなさいました?』
『それが、コハデ。見つからないのよ。敵の本体が』
『むむむ』ぱたぱたと、上昇気流に、ワンピースをなぶられながら、『それは、とてもとっても、困った事態ですね』お手上げのポース。純戦闘用のコハデ・コハデには、未知の敵に対応できるだけの、策敵機能がないのだ。『頼るしかないですねえ』コハデは、困ったような、嬉しいような表情を(ミソラには見えないけど)して、呟く、言葉を続ける。『久しぶり(というより、約五か月ぶり)の里帰りです。父上に』
『知恵を借りると言うの?』辟易と、ミソラは言葉尻を奪う。
父上というのは、便宜的。
当たり前過ぎるほど、当たり前なこと。コハデは、機械だから。コハデには、鉄と機械油と製造番号で繋がれた妹はいても、兄も弟も母も父も祖母も祖父も、息子も娘も孫もひ孫もいないから。
父上なんて、便宜的。で。
こげ茶色の男のこと。で。
彼女の開発者のこと。
当然のように、彼は、自身のラボの壊れかけのソファの上で、まどろんでいた。スプリングの壊れた、ソファは、彼に、腐葉土の上に横たわっているような気持ちにさせる。
『ごきげんいかが。失礼します!』とコハデは言った。それと同時に、『ガシャン』と扉を蹴破り参上。惨状。ちょうつがいは外れ。ドアノブは破砕。玄関先におかれていたいろんなものが、タンクローリーにひき逃げされたみたいに、ぺしゃんこになっていた。『ご無沙汰しておりました。約半年ぶりの再会です』とミソラは、ほほ笑み彼に向かう。
『あ、ああ……?』
彼は、先生は、
救ってくれたのだ、以前だって……。
助けてくれたのだ、以前だって……。
☆
気付いていたらな、って思うのだ。
気付いていたらな、と繰返し思う。
気付いていたなら、良かったのに。
場所は相変わらず、【第二講堂】。
そこは相変わらず、死を悼んでる。
「どうして、わたしは、ここにいる?」思わず、ミソラは思ってしまう。呟いてしまう(後ろ向きな自分が嫌になる、けれど、)。
わたしが気付いていたら、父の自殺を止められたはずで、
わたしは、こんな生と死が隣り合わせの場所など、知らずに済んだハズ。
南梨先生を含む、十五+二十三?人が犠牲者。全校生徒が三百人弱のコグレ中学にとって、それは、異様なまでの被害率だった。
「あきらめるんだ、わたし」誰にも聞きとれない小声で、ミソラは、繰り返し呟く。「現実から、目をそらさないでよ、わたし」
気付いていたらな、
父の自殺。カナタ中の先輩との相思相愛(告っとけばよかった)。なんでコグレ中学への転学を断らなかったのだろう?別に、他に道だってあったのに(たとえば、乞食になるとか、犯罪者になって、少年院にぶちこまれるとか…)。『バカ、かお前?なんでこんなこと気付けないんだ?』南梨先生の叱責『バカだろ、お前』。確かに、わたしは、バカなのだろう。いつだって、後悔している。いつだって、わたしが、中途半端だから、たとえば、父が死んだり、南梨先生が死んだりする。そして、おそらく、最後には、
わたしが、中途半端で、できそこないなばかりに、
わたし自身が亡くなったりする。
その時、きっと、わたしが大事にしているいろんなものも一度に失われる。
父親に対する微々たる愛情だとか。カナタ中学の先輩に対する恋心だとか。南梨先生に対する憧れだとか。思い出だとか。コハデのことだとか。
「気付かないといけないんだ」これからは、これ以上、何も失わないためには。「気付けないままじゃダメなんだ」その声は、もはや、誰にも聞きとれない小声ではなくて、ミソラの周囲の生徒たちは、ミソラの独り言にぎょっとしたように、彼女の虚ろな表情を窺い見る。「ダメなままじゃダメだから、変わらないと」
「それでは(以下略)」のちょび髭校長のあいさつも終わり、十五の棺が【第二講堂】から運び出される「ガタゴトガタゴト」。ミソラとは違う女生徒が、「南梨せんせぇ」と涙でクシュクシュのカオをして、棺にすがりついたけれど、その棺に納棺されていたのは、円谷槐という名の、彼女とは縁もゆかりもない(あ、でも、先月の全学混合実技訓練、では、彼と彼女は同じグループに属していた――だけど、ただそれだけの)、男子生徒だった。「南梨せんせぇー、どぉしてぇ、死んじゃちゃったのぉ?」
☆
『つまり、』と彼は言った。彼の前には、ミソラに乗った、コハデが立っていて、彼女たちは、ソファにうつ伏す彼に、手を差し伸べていた。『君たち二人は、オレに助けを求めに来たというわけだ?』
『はい。話が早くて助かります』
『どうしてまた……』理解に苦しむというように、彼は肩をすくめ、言った。『仕方ないのです。頼りになりそうな人が、あなたくらいしかいないのです』
『それは、光栄の極まりだ?』だけど、と言いかけ、彼は言葉を飲み込む。『ごくり』と嚥下された生ツバが、彼が続けようとした言葉を、打ち消してしまう(オレ以外に、頼るべき相手はいるだろう?)。
『覚えていますか?』とコハデの言。『父上はかつて、あたしに教えてくださいました』
『いつの話だ?』というより、と彼の中で疑問が膨らむ。お前は、何番目のコハデ・コハデなんだ?良く見ると、彼女の首筋に刻まれた【013】の文字。彼女が十三番目に彼がつくったロボットであることがわかる。
『ええ、それは半年前の話ですよ』コハデ・コハデが息継ぎをするように言葉を切った。その瞬間、彼女の腹がくぱぁと割れて、ミソラが顔を突き出す。『世間話より、早く。はやくっ。急いでください。敵はすぐそばで、暴れています』
よく見ると、コハデ・コハデの装甲は、ところどころ、亀裂が走り、メッキやが裂けた部位からは、人間離れたした、銀色の光沢が、見え隠れしていた。
彼女の右腕が、上下左右四本に裂け、その中央から、ミソラ本人の腕が、突き出された。そして、座っていた彼の襟首をぐいっと掴む。『飛ぶよ!』という掛け声とともに、彼と彼女と、彼女の操る、コハデ・コハデは飛翔した。飛翔する過程で、コハデの裂けた右腕が、口のように広がり、彼を飲み込む。操縦席に放り込まれた彼は、勢い余って、『ド!』操縦桿に、額をぶつけた。『乱暴だな』
『ごめんなさい。すみません。だけど、仕方ないのです。急がないと、いけない気がするんです』
どういう原理か、ミソラには解らないけれど(反重力?きっとそれだ)、コハデの機体は、力強く上昇する。ミソラ自身が、コハデを操縦して、コハデを上昇させる。
『すいません、先生の力が必要なんです。先生!先生の頭脳を借りさせてもらいます』一人用の操縦席に、無理やり詰め込んだ、彼に向って、彼女は言った。随分と即物的なやり方だなと、彼は思った。
けれど、
彼は黙っていた。
☆
ミソラは、かつて、一度だけ。
死んだことがある。
心中というヤツだ。
大好きな人の為に、好きなヒトともに、
彼女は命を捨てた。少なくとも、
そのつもりだった。
現実は死にかけた、だけで、
彼女は死にたかった、だけだ。
半年前――いつか。
『ねぇ、ねぇ!』ミソラは叫んでいた。『返事をしてよぉ!コハデぇ!』
完全なる独り言。コハデは返事をしない。できない。
コハデの声は死んでいたから。
コハデの腕はねじ曲がり、彼女の首は半分もげかけ(彼女の首には【011】の刻印)、彼女の腹部には巨大な裂け目が、横一文字。コハデの機能の大半が、死滅していたんだから。
ミソラを覆う、コハデ・コハデの装甲が、完全に完璧に、崩壊していた。目も当てられないほど、乱暴な力によって、はぎ取られた、コハデ・コハデの人工皮膚が、まるで、凧のように、強風にあおられ、空を飛んでいく。
『ねぇ、ねぇ!ねぇ!ねぇ!』ミソラは叫んだ。だけど、それが悪かった。ミソラと、コハデを取り巻く、空気は、凄まじいエネルギーによって、回転・旋回し。まるでカマイタチのようなそれは、叫んだために開ききったミソラの口内に、侵入――一瞬で――ミソラの内部(咽喉、気道、食道、肺、膵臓、胃、横隔膜、小腸…)を、ずたずたの、ぼろぼろにした。
ミソラは、吐血する。だけど、その血も。
爆風によって、一瞬で、乾燥し、蒸発する。
まるで、そんなもの、端から存在しないみたいに。
(ねぇ、どうして…?)口の封じられた、ミソラは、心で思うほかない。(ねぇ、どうして、わたしは、こんなにいためつけられるの?)
(ねぇ、どうして、わたしはこんなに苦しい思いをしなくちゃならないの?)
(ねぇ、どうして、わたしはこれほど苦しい思いをいなくちゃならないの?)
彼女のうずくまる、コハデ・コハデのコックピットには、どれだけ激しい爆風でも、拭いされたない、臭気が充満していた。これって、血の臭い。
(私のものではない、血の臭い)
先パイロットから、あふれ出した、大量の血は、強風により、かき消されることなく、今ミソラがいるコハデの内部に、ミソラの服に、コハデのワンピースに染み込んでいる。
彼女が死んだ時も、こんなだった。わたしの時と同じように、コハデの装甲がもろくなって、まるで鎧通しを突き刺すように、コハデの体を突き抜けた、敵の攻撃が、彼女の体を貫通した。きっとその時、コハデの体は、ダメになりかけていたのだろう。ダメになりかけた、コハデの体は、こうして、今、あっけなく崩壊して、彼女に守られたいたわたしは、むき出しの状態で、敵に曝されている。
(だけど、どうして、わたしだけ)不思議な気持ちでミソラは思う。(どうして、私だけ生き残ったの?)
わたしの保護を優先した少女は、紙人形のように、水に融けて死んだ。彼女の遺志を継いだ、機械人形は、鋼の心臓を奪われ、活動を停止して。
【つまり、コハデたちは弱い。圧倒的によわい】
(どうして、わたしは、ここにいる?どうして、わたしが、生きのびた!)自分自身に嫌気がさした。心の底から。
馬鹿みたいに、わたしなんかを助けようとするから、いけないんだ。わたしなど、見殺しにして、わたしなど囮にして、彼女たちが生き延びればよかったんだ。
(ほら、こうして)と彼女は思う。(わたしを助けたところで、死んだあなたたちを、わたしは追うのだから)ぶんぶん、とミソラは首を振る。命のない、機械は、例え壊れても、死なないのか……。
(どうせ、のたれ死ぬだけの乞食に、だれが施しを与える?)
(どうして、施しを与えた!)わたしに、未来などないのに。
彼女の耳元で、巨大なかぎ爪を思わせる、風が、つよく、ふいた。それは、猛禽類の羽ばたきを思わせる、キレのある、音で、『ビュン』と、彼女の黒髪を、一筋、切り払った。
タンポポの綿毛のように、黒髪が舞う。何故か知らないけれど、ミソラの目の前に、カラスが一羽飛んでいた。
【いたぶっているのだ】それは――敵は、わたしが、怯え、震えることを、ご所望なのだ。
震えたくない(震えていたけれど)。
怯えてなど、やりたくない。
『殺したいなら、殺せばいいでしょ!』彼女は、風に、素手で殴りかかる。皮膚は裂け、爪もはじけ飛ぶけれど、ミソラは、子供じみた、特攻をやめることができない。どうせ死ぬなら、髪の毛一本でも、引き抜いてから死にたかった。
それが、せめてもの、手向けなんだ。
わたしのためにしんでいった、彼女たちへの、つぐない。
だけど、彼女の特攻は、空振りに終わった。
なぜなら、彼女は生きているから。
たとえば、彼女は、今【第二講堂】で、南梨軍医の棺の前で、生きているから。死に損なった、特攻は、特攻とは。
彼女の、決死の覚悟の、犬死も、結局、現実には至らなかったというわけだ。
なぜなら、
彼女は、
助けられたから。
風になぶられ、ずたぼろになった、彼女の体が宙を舞った(わたしは、死ぬんだ……)そのミソラの手を男の手が、ぎゅっと掴んだ。
『バカだろ、お前。無茶しやがって』バカバカバカ、その言葉が、ミソラの頭で残響する。『救護班、早く!負傷者を搬送するぞ!』
『死ぬなよ。絶対に死ぬな!』南梨が言った。
…………
気がつけば、ミソラは病室の中。
瀕死の彼女を、南梨軍医が救ってくれた……。
何故か知らないけれど、ミソラの手には、カラスの生首が握られていた。
病室の中も、外も、嵐のように吹き荒れておらず、敵は、いつの間にか、殲滅されていたようだった(でも、誰の手によって?)。
そして、今。
「やっぱり、」と彼女はいまさらのように呟いた。「わたしは、南梨先生のことが、嫌いじゃなかったんだ」場所は、【第二講堂】。
だけど、同時に思う。南梨先生のことなんて、「好きになるんじゃなかった」先生が死ぬってわかっていたらさ、
好きになどならなかった……?
うん。好きになど、ならなかった……。
葬儀というか――
告別式は、とっくの昔に終わっていたから、【第二講堂】そこには、ミソラ独りきり。
――しかいなかった。(現実と向き合わないと)とミソラは思う。(南梨先生の死を受け止めないと)いけない。
午後の授業は中止になっていた。「敵との戦闘でぼろぼろになった校舎。修復に、授業どころじゃないんだってさ」それもそうだ。
コグレ中学の学生たちには、それぞれ役職が振り分けられてる。たとえば、【砲兵】たとえば、【工兵】
「【工兵】科の生徒は大変だな。壊れた壁を、破れた屋根を、治すために駆り出される」
特別手当で、官給は上乗せされるけれど。
よくみると、【第二講堂】だって、ぼろぼろだった。天上は歪み、強化ガラスも割れている。
それも、そのはずだ。とミソラは思う。「わたしは、ここで戦ったのだから」
――そして、
南梨先生は死んだ。わたしの手によって……?
うん、とミソラは頷く。わたしは、ここで、敵…じゃないや、南梨先生を殺したんだ。
☆
『え?』とミソラは思う。どうして、『今度の敵は、彼なのだろう』
いや、ちがうか。ぶんぶんと首を振る。言いなおさないと。
どうして、今度の敵は、『彼らなのだろう?』
ミソラの前に敵がいた。だけどそれは、なんだか、とても人間に似ていた。
というより、人そのものだった。『いや、違う』と彼は言うけれど『やつらは、オレたちの敵だ』と言うけれど、そんなの詭弁。たとえ、それが敵だろうと、人の形をしている以上、人間なんだ。
その数は、ちょうど、十五+二十三イコール
三十八人…じゃない体。三十八体。
「あれ、まってよ。それって。ちょうど」
「犠牲者の数と一緒じゃない……」
彼らの口は一様に裂けていて、その口内より耳を聾する爆音が、轟いていた。
音、というものが、これほどまでに、暴力的になれるなんて、ミソラは知らなかった。
敵の中には、メガネ姿の、知的エリートっぱくて、軍医っぽい人がいた。彼の名は――
『南梨先生――』と呼びかけた時には、もう遅い。そいつは敵なんだ、とこげ茶帽の彼は呟いた。そいつは、もう、人間の敵。
見つからないはずだ。と彼は思う。敵はオレたちの内部に隠れていたのだから。
南梨先生は、ミソラを襲った。
彼の/敵の攻撃が、コハデの頬を掠めた。『だけど…大丈夫。致命傷じゃない』
うん、大丈夫。敵の第二撃は、かろうじて、かわすことができた。
だけど、このままじゃ、殺される。と彼女は思った。
一転、がむしゃらに、反撃に出る。その時には、もう、手遅れだった。
例えば、(敵の)第一撃目、
とどめを刺しそこねた。
次いで、敵の攻撃、
身をひるがえしよけてしまった。
それが、わたしの過ちで、南梨先生の死因なんだ。
コハデの腕が、いつ、南梨の腹を貫いたのか、ミソラは知らない。
ただ、闇雲に。敵が発する暴力(爆音)を、操縦桿のキーボードの音響で、干渉し、打ち消していった。
攻撃は最大の防御。攻撃手段を奪われた敵に、なすすべもなく。
気がつけば、ミソラの周りには、彼らの死体。敵のなれ果て。
『はぁあ、こんなによごれちゃった』と、ミソラは呟いた。『いやだな~』と思う。いろんなものが、よごれてしまった。
こげ茶帽の彼とは、しばらくして別れた。そして、ミソラは、コハデと二人きり。
彼女の吸いこむ煙草の煙は、まるで綿雲のようで、
きっと、それは、わたしの中で、雨雲となるのだろう、とミソラは思った。肺の中で、雨が降る。
そんなふうに(肺を水浸しにするから)、煙草を吸うと息苦しくなるのだろう、と彼女は思う。
肺の中で降るどしゃぶりの雨は、次第、胸の中を水一杯で満たしていくように、ミソラは思う。
そうして、満ち足りた胸の中。だけど、降りやまない雨。しだい水位は上昇し、気管を通り、気道を通り、わたしの目から、溢れてしまう。泣いてしまう。
雨水のくせに、塩辛いそれは、彼女の足元を濡らしていく。まるで水溜りのように広がっていく。その水溜りに波紋が広がる。コハデの足が、蹴ったからだ。
コハデの足が、涙の上を無粋に歩く。
『というわけで、呑みに行きませんか?』良く解らないけれど、コハデは、わたしを気遣っているのだと、彼女は思う。なんだか、嫌な気持ちだ。
『どーして、そーなる』俯きがちに、ミソラは呟く。
…………ミソラの記憶はここで途切れる。
目覚めた時、ミソラは、頭が痛かった。一瞬、どうして、自分が、ここにいるのか、理解できなかった。
記憶に、混乱が見られた。
まるで、まだ夢から覚めていないみたいに、事実と虚構が、ごちゃ混ぜになっていた。
酒臭い、と思った次の瞬間。頭が割れそうな二日酔いに見舞われた。
ミソラの目の前には、コハデがいた。そして、彼女たちを取り巻くように、飲み干された、缶ビール缶チューハイの山が、バリケードを築いていた。
内心(もう少し、眠っていたいな)とミソラは思った。だけど、頭の中の痛みが、それを許してくれない。
『それに、』と小声で呟く。別に、コハデを起こさないように、と配慮したわけじゃなく。目覚めてすぐのミソラは、のどがからからで、声が出なかっただけだ。『ごくり』と生唾を飲み込む。
『悪夢の続きは見たくないし』『あ、そうだ。学校に行かなきゃ』
☆
「夢じゃなかったんだ」とミソラは呟く。「先生が死んだのも。先生を殺したのも」
そこは、相変わらず【第二講堂】というわけではなく、バス停前。【コグレ中学前】。
別に、バスを待っているわけではない。こんな日に、学校にいても、意味がないから。
壊れかけのベンチの上で、暇をつぶしていただけだ。
ミソラの背には、学校指定のランドセルが背負われている。
「こんな場所にいたくない」とミソラは思う。「ここには、つらいことがいっぱいあるから」
なら、どうして、
どうして、こんな場所にいる?
逃げてしまおう――それが、ミソラの決断。
雨が降っていた。
雨が降り出した。半分みぞれになりかけた、冬の雨だ。
かさが欲しいな、とミソラは思う。こんなことになるなんて、思っていなかったから、天気予報など確かめもせず、学生寮を出てきたのだ。あめは、つめたく、彼女の全身を濡らしていく。寝ぐせまじりだった、彼女の髪の毛が、しんなりと、しおれていく。
かさは手に入らない。ぼろぼろのバス停に、雨よけなどない。濡れねずみのミソラ。
だけど、ちょうどよく、ミソラの前に、バスが止まる。
乗ってくかい?とバスの運ちゃん。バスの中へ、ミソラは乗り込む。
逃げだそう、とミソラは心に決めていた。だから、
さよなら、コグレ中学
さよなら、世界 第三話【君は、不必要】に続く
読んでくれた方に感謝を。
えー、第3話はおそらく掲載しません。というのも、未完だからです(中途半端なものでいいなら加筆のうえ投稿しますが、まぁ、うん、質は落ちる)。
で、おまけとして、数日後に、物語全体のプロットを、第3話の代わりとして、掲載しようかなぁ、と思っています。ぶっちゃけ、ネタばれのオンパレードですが、よろしかったらどうぞ。
感想お待ちしています。Mなので、どんな罵詈雑言も覚悟の上です。
はくどー




