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えー、新人です。「はくどー」と申します。

では、前向上を、少しばかり…


本作は、「BOX-AiR新人賞」という、連作短編向けの新人賞に応募したものを無修正で、横流ししたものです。タイトルも(仮)を除けばそのまんま。


というわけで、注意事項を二点ばかし

もともと縦書きで39×16行で書かれたものなので、横書きだと、うむむ?ってとこがあります。

それと、応募時には、文章の一部に、演出上の都合で色を付けてました(えーっと、やたら、■、■、してるとこ)。で、そのため、モノクロだと、意味不明な感じに仕上がっているところが、一か所あります。


ちなみに、講談社の編集者?の講評は以下の通り、


「人類滅亡のビジョンとしての謎の自殺は実はよくある発想だが、それを数々のガジェットと組み合わせたあたりの豪華さは非凡。」


なんか、よ~わからん文章をよみたいわ~という方向けの小説です。

プロローグ1

「ねぇ、ヒエイ」と彼女は言った。「あいつは来てくれるだろうか」

きっと、無理だろうと、彼女は思っていて、彼女の付き人である、ヒエイ・カエイも黙って首を横に振った。

結局、あいつは、来てくれない。か。

あ~あ、飛んだ無駄足をくらってしまった。彼女は独り言のように、呟く。

彼女のちょうど目の高さを、タンポポの綿毛が舞っていた。

「結局のところ、無理だったんだ」

ちょうど、彼女の目線の先、タンポポの綿毛の向こうには、巨大な、鋼鉄の塊が。どことなく、クレーンゲームを連想させる手足に、寸胴のような胴体をもった、機械仕掛けの人間が。横たわっていた。

「結局のところ、無理だったんだ。無駄だったんだ」

始まった時から、終りが目に浮かんでいた。別に、彼女に、予知能力などない。ただ、先見の明ならあった。理性的な人間なら、誰もが思い描いた未来を、彼女もまた思い描いて、そして、その未来像が、ちょうど今、彼女の目の前に、姿を現したのだけだ。

目の前を桜吹雪が横切っていく。ソメイヨシノは好きじゃなかった。少なくとも、彼女は。「ねぇ、ヒエイ?ヒエイは桜の花びら、好き?」

肉体的強靭さのみを見込まれ、彼女の付き人に任じられた彼には、彼女を楽しませる機知にとんだ返答などできるはずもなく。「ねぇ、ヒエイ?前線の様子は、どう?」ヒエイは、ぶんぶんと首を振った。「一時間も、もたないでしょう」

「ふぅ~ん」彼女は、つまらなそうに、空を見上げた。晴天だというのに。

ハラハラと、粉雪が舞い落ちる。彼女の鼻先に、舞い降りた雪片は、体温によって溶けていく。「さすが、今世紀最大の異常気象と言うだけあるわ」

「だけど、こういう奇麗なものばかりが、舞う異常気象なら、嫌いじゃないかも」

それは、彼女が、汚いもの、嫌なものに目を向けないからだ、とヒエイ・カエイは思う。彼の足元には、時期を間違え、脱皮してしまったセミの死骸が、転がっている。が、

なんにしたところで、嫌なもの、見たくないものは、降りしきる、雪、花びら、綿毛に覆い隠されていく。そんな無粋なもの、もとから、この世にないみたいに。

「ねぇ、ヒエイ。君もきれいだなって思うでしょ?」彼女は、ソメイヨシノは嫌いだったけれど、この光景は嫌いではなかった。ヒエイが、返事をしないものだから、「もしかして、君は、カエイなのかな?」と彼女はからかうように言った。

「戦略的、撤退と言うヤツだ」と唐突に、彼女が言った。掌には、小型の拳銃が握られている。十三歳の少女にも扱える、軽量化された銃だ。

それは、彼女が、十三歳の時分から、その銃を愛用していたという証。

「ねぇ、ヒエイ(あるいは、カエイ)、あいつは、まだまだ来ないみたいだけれど、もしも現れたら、伝言、託(ことづか)ってくれないかな」彼が頷くのを待ちもせず、「天国で待ってる」

彼女は、銃口を、こめかみあてた。

「お嬢様、口内発射の方が、より確実でございます」というヒエイ・カエイの忠告に「うん、そーする」

「あっでも」考えを改めた、ミソラは、左胸に銃口を当て、引き金を引いた。

ごぼごぼごぼっと噴水のように、吐き出される血を飲み込みながら、貧血気味のぼんやりとする頭で、彼女は世界を見渡した。「ごぽっ…ヒエイ・カエイ?君のことも、待っているから。あいつを見つけた、ら、すぐに…」

☆

マーライオンって、こんな気持ちなんだろうか。ぐちゃぐちゃとねちゃねちゃと、粘度の高い血液が、自分の口の中にあふれている。死ぬ瞬間って、こんなもの?なんだか、ひたすら、頭がぼーっとして、思いの外、あまい自分の血に、意味もなく、あー、もっと糖分控えなきゃ、血糖症ってやつだな、これは。などと思ったりする。だけど、無類の甘党である、自分は、こうして、死ぬ間際まで(たとえ、自分の血だとしてもさ)甘みを感じられているのって、けっこー、幸せなのかもとか思ったり。だから、これって、案外、世界で一位二位を争う、ステキな死に様なのかも、とかそんなことねーじゃん、ってこと思ったりする。バカだわたし。ほんっとに、ばかだ。もっと、こー、あるじゃん?走馬とお~ちっくなヤツ。もっと、あるじゃん、こー、生まれて初めて母親のおっぱいを吸った時いのあんしんかんっつーか、うまれて初めて異性に恋い焦がれた時のどきどきっつーか。思い出っつーか。って、あれ。なに求めてんだ、あたし?死ぬってことは死ぬことに他ならないのに。死ぬっつーのは、苦しいことで、いわば、人生の戦いの最終形態で、人生のゴールではあっても、終りであっても、あくまでもバッドエンド、ハッピーエンディングぅ!なわけじゃないのに。いや、待ってよ。だけども。ほんとうに。終りなの?死んでしまったら、あたし、なくなっちゃうの?それで、ほんとに終わりなの。嘘でしょ?だいたい、終わるって何さ。終わるって、消えて無くなるって……。

死にたくないな、てわたしは思った。死ぬんだけど。さよなら、コハデ。


第一話 【どうして、わたしは】

コハデは、こわくないのだろうか。

ぼんやりとした、思考の中で、彼女は思った(彼女の名は、オリガミ・ヒソラ)。

(みんなは、彼女のことを、ミソラと呼んでいる)

彼女の頭がぼんやりとしているのは、肺いっぱいに吸い込んだニコチンのせいだ。

と、

「タバコ、良くないです」ミソラの隣に立つコハデが呟く(赤髪の少女それがコハデだ)。

(彼女は、赤色のワンピースをまとっている)

「べつに、いいじゃん。麻薬じゃないんだし」それとさ、とミソラは付け足す。「それに、敬語はやめてっていってるじゃん」

「はい」不服そうに、コハデは呟く。

「別に、わたしの方が先輩ってわけでもないんだしさ」

「はい」コハデはミソラをじっと見つめる。「タバコやめてくれるなら、あたしも敬語やめます」

「なんで、そうなるのさ」

「タバコくさいのきらいなんです、あたし」ミソラの手がニュっとのび、コハデの鼻をつまむ。「じゃ、息しなきゃいいじゃん」コハデは、ミソラの手を払いのけた。

「ぷはっそういう問題じゃなんです」

「息しなきゃいいじゃん。タバコの煙が嫌いならさ」

「極端なこと、言わないでください」コハデの声は少しだけ、怒っている。

「わたしは、好きなんだけどな。この香り」ペン回しのように、くるくると煙草を回し、拡散させた煙を、くんくんと嗅いだ。「オトナのたしなみがわからないなんて、コハデは子供だなあ」コハデはすねた顔をする。

「そういう、いぢわるなこといってると、ともだち失くしますよ」

「いーもん、わたしには、コハデさえいてくれたら十分だから」

「だから、そんなわがままだと、あたしだって見捨てちゃいますよって」言ってるのに。

「うそだよ。コハデはミソラを見捨てない」

どこから、そんな自信がわきだすのだろうか、とコハデはミソラを見つめた。

「じゃ、もし、ここであたしがあなたなんて大っ嫌いって言ったらどうします?」

「泣いて謝る。決まってるじゃん」

「謝るくらいなら、タバコやめてください」

「それと、これとは、話がべつだよ。ね、キスしよ」

「話が、唐突です。それにタバコくさいです」

「いいじゃん、べつに」ミソラはコハデにすり寄るけれど、コハデはミソラの腕をするりとすり抜けてしまう。いやだなぁ、空をつかんだ両手を見つめてミソラは思う。つらい気持ちに、ミソラはなる。「いいじゃん、べつに。おふざけなんだし」

「…………」コハデは、ミソラを黙って見つめていた。

「コハデは…」「ピピピ」と腕時計のアラームが鳴った。「あ、ごめん、時間です」とコハデが言うと――

「コハデはこわくないの?」とミソラが訊いた時には、コハデの姿はそこにはなかった。

コハデは、こわくないのだろうか。いろんなこと。

たくさん。たくさん。

こわいことは、たくさんあるのに。

☆

しかたないことだ、

と彼女は思った。

それは…しかたないことなのだ。

父親が死んだこと。

いま、わたしが、ここにいること。

すべては、すべて、(カンカンカン)不可抗力で(カンカンカン)、「わたしには、どうすることもできないことだったのだ」言い聞かせてみる。(カンカンカン)完全無欠の独り言。彼女以外、だれも聴いちゃいない。

(カンカンカンカン)という、けたたましい、警告音とともに、降りてくる、黄色と黒の踏切棒。

遠くから(ガタゴト)と線路のきしむ音が聞こえてくる。

両手でつかまえた、手提げかばんが、前後に揺れる。スカートのひだが、はためく。

爆音と、爆風をまき散らして、【コグレ東駅】から、【コグレ西駅】へと向かう、電車が、彼女の目の前を通過する。(カンカンカン……)

警告音は消えて、

(ガタゴト)電車も、視界から消えてしまう。

しかたないことだ、と彼女は思った。

父はガラクタのような人だったから。生きているのが不思議なくらい、いい加減な人で、たとえ、死んだとしても誰にも悲しまれず、実際に死んでみたところで、誰にも顧みられない、ガラクタのような父はきっと神様に見捨てられてしまったのだろうと彼女は思った。

黄色と黒の踏切棒が、ゆっくりと持ちあがり、そして、また振り下ろされる。

曖昧な感情の彼女は、そのことに気付かず、【コグレ西駅】から【コグレ東駅】へと向かう電車を【四両編成〈普通〉】を再び眺めている。

べちゃり、と音がしたそうだ。まるで、自動車が泥水をはねたみたいに。

人間が、身体が、人体が、ぶつかったとは、誰も思わなかったそうだ。

【十六両編成】地上最速を誇る、リニアモーターカー【ハルカ】は、

線路に落ちた父を、『ぐぉしゃん』

時速三百二十キロで引き摺られた父は、一瞬で液化し、

体じゅうの穴と言う穴から、血液が噴き出し、

まるで、蹴りあげた水風船のように破裂し、

辺り一面に、血の雨を降らせた――

『あれ、父さん?お父さん、どこにいったの?』辺りをキョロキョロ見回した。一瞬事態を呑みこめなかった。となりで、大きなあくびを漏らしていたサラリーマンの口の中に、飛んでったバナナよろしく、父の眼球が飛びこんだのを見て、『うぁあわ』

線路に飛び降りた父を、先のとがった、先頭車両が、貫いたそうだ。

父の背骨は、エビ反り、父の口からは、ごぼごぼと泡のようなものがこぼれた。

だけど、次の瞬間には、電子レンジでチンした生卵のように、メチャクチャ。

『ぐぉしゃん』『あれ、父さん?お父さん、どこにいったの?』『うぁあわ』『あー!』『あー!』『あー!』

うん、と彼女、オリガミ・ヒソラは頷く。「父は死んだんだ。それは確かなこと。そして、済んでしまったことは、仕方のないこと。諦めるほかないこと。なぜなら、人生は一度きり。やり直せないから。さいころのように、振り直せないから。父が死んだこと。それは、仕方のないこと。そして、わたしが、ここにいるのも、同じくらい、確かなことで、同じくらい、仕方のないこと」諦めるほかないんだ。

うん。

☆

「ねぇ、ミソラ覚えていますか」黙っているミソラに、「あたしたちが、であった日のこと」

彼女(ミソラ)と彼女(コハデ)が出会ったのは、つい最近のことだった。

だから、ミソラだって、忘れているはずがない。覚えている、コハデの第一印象。【ナニ、この娘。変なの】

だけど、ミソラはあまのじゃくだったから。「えぇっと、どんなだったっけ?」

「さすが、ミソラ、IQ70の記憶力です」

「むう、大丈夫、覚えてるって。コハデが、というか、コハデたちが、わたしを助けてくれたことくらい。ちゃんと覚えてるって」

「覚えてましたか」というコハデのすぐそばで、煙草の煙を吐き出すミソラ。むっとするコハデを無視して、ミソラは、

「だけど、急にそんなこと言い出して、どうしたの?コハデちゃん」

「いえ、ただ」

「なに?」

「また来るそうなのです。〝やつら〟が」

「へぇ」とミソラは呟いた。「だから、タバコ吸うなって、うるさいんだ?」

☆

「があーー」とミソラは吠えた。電信柱のカラスが何事か?とミソラを見つめる。「くそ」とミソラが電信柱を蹴りつけると、カラスたちは、『バカバカバカ、バカバカバカ』とどうなれば、そんな鳴き声を覚えるんだ?って、捨て台詞を残して飛び去っていった。

父親が死んだ。それは、仕方のないことだ。少なくとも、もともと、父親とさほど接点のなかった、彼女はそう思うことができた。

だけど、だけどだ。

今日、彼女は、【私立カナタ中学】から、【公立コグレ中学】への転校が決まったのだ。

理由は簡単。唯一の保護者だった、父親の死。ついでに言えば、その死に方。

彼女の父は、それほど、貯蓄の多い方ではなかったし、その上、死亡保険も、五百二十万円の貯蓄も、父が自殺を図った、交通機関への損害賠償金として、消えてしまった。

彼女の手許に残ったのは、家財道具一式を売り払って、手に入れた、五十二万六千二百円ぽっきりだ。子供が持つには大金だけど、有名進学校に通ってられるお金じゃない。

五十万円なんて、カナタ中学の一年間の学費より安いのだ。

といっても、準特待生の彼女は、学費を半分、まけてもらっているのだけど。

「バカバカバカ、父さんのバカ」勝手に死にやがって、と彼女は、道端の雑草を引きちぎっては、投げ捨てる。

別に、カナタ中学をやめるのが、つらいわけじゃないのだ。

どちらかと言えば、父親が死んだことの方が、彼女には、重たい。

そりゃ、そうだよ。人が、ヒトリ、目の前で、死んだのだから。

だけど、カナタ中学には、好きな人がいた。もちろん、嫌いな人もいたし、嫌いな先生もいたし、嫌いな授業だってあったけれど、それとこれとは、話が別だ。

『さよならを言いに来ました』と、学校では猫っかぶりの彼女は言った――

場所は音楽室。『ドレド、ファミド』ピアノが鳴いていた。幼稚なメロディだ。彼女なら、もっと、うまく弾ける。だけど、彼女がそのピアノを弾くことは、もう二度とない。

ピアノを弾いている男子学生は、彼女の方を見ない。

『なにしてるんですか?先輩』彼女の声に、

『こんど、ピアノ担当の子が抜けるんだ。その穴埋めのための練習』

彼女は、むっとする。そんな、いかにも、わたしの退部が(退学が)迷惑だって、態度、取らなくてもいいのに。

『先輩は、ラッパ吹いてたらいいんですよ』おいてある、トランペットケースを指さす。

『でも、楽団にはピアノ伴奏って必要だよ』

『ピアノなんて、他の子に弾かせたらいいんですよ』彼女の代わりなど、いくらでもいる。ピアノが弾けるヤツなんて、カナタ中学のような名門私立にはざらにいる。ピアノが弾けない学生の方が、少数派なくらいだ。こうして――『ララシラ、ソファド…』先輩だって、人並に弾けてるわけだし。

『わたしは……』と言いかけて、彼女はやめる。何か言おうと思ったはずなのに、なにが言いたかったのか、わからなくなっていた。『消えて無くなるんです。この学校から。明日か明後日くらいに、住んでいたアパートが引き払われて、荷物を抱えたわたしが、追い出されるんです』

『そう。行くあてはあるの?』

『ないですよ。そんなの』彼女は嘘をついてみる。『だけど、わたしはバスに乗って、この街を出るんです。……もう、きっともう、カナタ市には、戻ってこれない』

『ふうん?』彼は、黙りこむ。彼がピアノを弾き始めたのは、彼女のためだ。彼にとってピアノなど、彼女にピアノを教えてもらうという口実のもと、退学後も彼女とつながりを持つための、伏線でしかないのだ。だから、彼は、鍵盤をたたくのをやめる。『ずっと、ずっと、遠くへ行くんだ?』彼女は頷く。だから、さよならを言いに来たのだ。


「バカバカバカ」とカラスが鳴いている。父親のせいだ、と彼女は思う。転校も、転入も、引っ越しも、長旅も、ぜんぶ父親のせいだ。思わず、拳を振り上げて、電子柱を殴りつけてしまった。血が出た。爪が割れた。だけど、それがどうした。どうせ、ピアノを弾くことは、もうないのだし。

「お父さんのバカ」と彼女は思う。彼女の目の前には、【公立コグレ中学】が建っていて、これから、彼女は、転入の挨拶をしにそこへゆく。

夏休みだからか、閑散とした校庭。

だけど、目の前にそびえる、【公立コグレ中学】の巨大な正門は開け放たれている。無人の校庭が、彼女を呼んでいる。

真っ白い石柱でできた、その門が、彼女を飲み込む。

もう、後戻りは、できないんだ

と、

彼女は、呟く。

☆

まるで、燃えるような。

…………

わたしは、はじめ、そんな風に思ったんです。

まるで、燃えるような。

…………

うん、ちょっぴり、びっくりした。だって、余りに、鮮やかだったから……。だから、

まるで、燃えるような

燃えているのだと思ったんだ。はじめ。

なにせ、季節は、夏で、摂氏42度を超える、猛暑だった。頭はふらふら。幻覚をみたって、仕方ない――仕方がないよ」とミソラは自己弁護。それに、風が、強く、吹いていたから。

それは、風にはためいた。そして、それは、赤。

少女が一人、燃えていた。

全身、灯油をかぶって、マッチを一本こすったみたいに、勢いよく燃えている。

【燃えるスカートの少女】そんな、小説もあったなと、ミソラは呟く。目をこする。

だって、見間違いだもの。

悲鳴を上げずに燃えているなんて不可能だから。

目の前で、こんな真昼間から、燃える女の子など、居るハズがないのだから。

少女の髪は、赤で。

少女の着ていたワンピースも赤だった。

答え合わせなんて、ネタばらしなんて、いつだって、つまらない。

少女の赤が、揺れて、はためいて、火焔のように、見せかけていただけだった。

そして、これが、ミソラとコハデの、【ファーストコンタクト】

「大丈夫、覚えてるって。ちゃんと覚えてるよ。コハデと初めて、会った日のこと」記憶をまさぐりながら、ミソラは答える。だけど、記憶は断片的だ。

その日は、とても、あったかくて(今年の最高気温をマークしたくらいだ)、だけど、なぜだか、雪が降り出してて『異常気象なんです。世界がダメになりつつあるんだって、谷口さんが言ってました』

『水口さん?』誰だろう、とミソラは思いながら、

『テレビの中の人です。ニュースキャスター』そんな会話を、コハデとした。

熱せられたアスファルトに落ちた雪が、ジュ、ジュと音を立てて蒸発していた。

コハデのワンピースに、粉雪が舞い降りる。ゆっくりと、溶けていく雪片が、コハデは燃えていないのだと、教えてくれた。

【コグレ中学前】

という名のバス停の前。に二人でいた。

時間は、半年くらい前。の正午くらい。

ミソラが、一人、コグレ中学に、転入の挨拶にいった日の昼日中だった。

そして、唐突だけど、

バス停の、ペンキのはげかけた、ベンチの上に、

ミソラは、仁王立ちして、額に掌を当て、目を細めて。遠くを見た。

延々と続く、アスファルトの道。地平線まで、見はるかしても、バスどころか、車一台見当たらない。『まだかなあ、バス』

田舎なのだ、とミソラは思う。山以外、障害物はなく、地平線が見えるくらい田舎だ。国道(本当に、こんなんのが国道なの?)、ドミノのように続く、電信柱、そして、荒れ果てた田圃。初めの一本を押し倒せたなら、この世の全ての電信柱をダメにできるきがする。くだらない、妄想を、ミソラはふくらませる。

『バスを待ってるんですか?』

『うん、あなたも?』んーん。あたしは、違う。

コハデが首を振った時、なんだか、ミソラはさびしかった。『あたしは、人を待ってるんです』ますます、さびしくなる。

バスはいつ頃来るのだろうか。ミソラは、ぼんやりとした頭で、時刻表を見つめた。だけど、時刻表は信用できない。ほんとうは、三十分前に到着しているはずのバスを、三十分以上、待っている。三十分間、ここにいる、ミソラ。

そういえば、三十分前、ミソラは、

『あなたの名前はなんていうの』とコハデに言った。『コハデ・コハデ』とコハデは言った。

ふざけた名前だ。

『あたしには、百人の妹がいます。だけど、両親は、存在しません。亡くなった、とかじゃなくて、いないんです、そもそも。そして、姉も兄も、弟も、おじさんもおばさんも、親戚もいないんです。だから、故に、つまり?コハデ家を支える無二の家長とは、あたしなのです』よくわからない、自己紹介を、コハデはした。

【ナニ、この娘変なの】

『そして、コハデは』赤髪の少女は、つばを飲み込む。『あたしは、ダメになるために、存在しているのです』

そして、三十分後、案の定、コハデは、ダメな存在になった。

「ほらちゃんと、」断片的だけれど、「覚えているでしょ。わたしは、忘れたりしないよ。あの日のこと」

☆

人身売買って知ってる?知らない?じゃ、売春は……?って、わかるわけないよね。君子供だもの。

『うん、わかるわけない。わたし子供だもの』わかりたくもない。

ミソラの手のひらには、握られている。一万円が、二十一枚。千円札が、八枚。

十二歳の女の子には、不似合いな大金(といっても、彼女の旅行鞄には、父の遺産である五十二万六千二百円が眠っているのだけれど)。

『はじめて』と、彼女は、溜息のように、呟いた。『はじめて、自力で手に入れたお金だ』

別に、感慨なんて無い。事実をそのまま、口にしました、といった彼女の口調。

淡々とした口調。

嬉しくもなんともない。悲しくない分、まだマシだとミソラは思う。

生きていくためのカネ。別に、コレがなくても、生きていけるだろうけど、コレは生きていくためのカネだ。必要条件と十分条件は違う。

お札を一枚、取り出して、太陽にかざしてみる。

ちょうど、その時だと思う。真夏だというのに、雪が降り出したのは。

ピンッと張ったお札の上に、雪が積もった。だけど、日差しで、トケテイク、雪。

人物画の額が、濡れる。お札にろ過された雪解け水が、ミソラの額に落っこちる。インクが滲んでた。もしかしたら、コレは偽札なのかもしれないと、ミソラは思う。こんなに簡単に、滲んでしまうなんて。

あるいは、中央銀行の紙幣発行が立ち行かなくなって、こんな劣化紙幣が出回っているのかもしれない。

『ねぇ、なにをしているんですか』と燃える少女が、ミソラに声をかけたのは、そんな折だった。


ミソラは、お札を一枚、くるくると丸めた。

円筒形のソレ、口にくわえて。

煙草のように、息をふかして。

【オトナごっこ】ミソラは呟く。


ミソラは、ソレに火をつけると、ソレから、もうもうと、煙がたちのぼる。

すべてが、燃えてしまえばいいのに、とミソラは思う。煙を吸い込み『けほけほ』

とせき込む。

『なれないことは、するもんじゃないなあ』

『くさいなぁ……』タバコの煙が漂っている。

☆

『ねぇ、なにをしてるんですか』とコハデは言った。暇だったから。暇だったから。

暇だったから。たまたま、目についた女子学生に、ちょっかいを出してみただけ。え?わたし?と女子学生は、振り返る。そ、あたし、あたし。学生ってコトは、コグレの生徒だよにゃあ?つまり、女子学生は女子中学生。

あたしと、一緒だ。

え、えぇっと、と呟きながら、中学生は、ポケットに握っていた札束をねじ込む。あせるにゃよ、とあたしは思う。財布にしまえばいいのに。

【コグレ中学前】

と書かれたバス停の前。

バスを待ってるなら、となりに座ればいいのに。バスはまだまだ、来ないのだから。

『コグレ中学のひと?』

うなずくコハデ。ちょっと考えて、やっぱ首を横に振るコハデ。ブンブン。『ちがう、ちがいます。あたしは、そういうんじゃないんです』

『あたしには、妹がいるんです』つまり、そういうこと。『百人くらい、妹がいるんです。だけど、父も母も祖母も祖父も兄も弟も子も孫もいないのです』だから、あたしはガンバル。ここで、ヒトリ、ガンバレル。『だから、コグレ中学の人間ではないんです。あなたの名前は?ミソラさんですか』

うなずく、ミソラ。だけどブンブン。ちょっと考えてやっぱ首を振るミソラ『わけわかんない』

そりゃそうだ。


『わけがわかんない』とミソラは思う。たとえば『どうして、父が死んだの』とか『なんで、わたしがコグレ中学に転校しなきゃならないの』とか。その実、挙げてしまえば、キリないほど、ミソラの周りには、不条理があふれている。『不条理ってイヤなことだ。わたしは、嫌いだ』

頭が痛くなる、とミソラは思う。走っていたら、

見えない壁に、正面から激突してしまった感じ。

痛い、おでこが、イタイ。赤くはれている。血。

目に見えない、透明な血が、額から流れ落ちる。『ぽたぽたぽた…』ってそれはアスファルトを濡らす。

透明な血。透明な敵。わたしを襲う。彼女を襲う。

見えない敵が立ちはだかってる!

今だってそうだ。わけがわからない、敵がわたしに襲い掛かる。というより、昔からそう。昔からずっと、ヒドイ目ばかりみている。夢を見ているみたいだ。

【敵がいるんだ。世界には、敵が】

コグレ中学の先生は言った。時、やっぱりそうなんだ、とミソラは思った。

【敵がいるんです。十年も前から】と、

カナタ中学の現代史教師は言った。『ボクらを『オレたちを殺そうとする敵』未知の敵!』

『コグレ中学の正式名称くらい知ってるだろう?』

『はい』

【特殊軍事学校中等部コグレ支部】

軍人をつくる学校。つくるというより、軍人に、なる、学校。

『つまり、お前は準軍人というわけだ。お前は今から兵役の義務がある』先生の肩には、二つ星の徽章。つまり中尉ってことか。

いやだなあ、という本音を隠して、『はい!』

『良い返事だ』どこがだ。

そして、ミソラは、官給と学生寮の鍵を貰う。ほしかった、スカートがこれで買える。

『ボクらを『オレたちを、人間であるというだけで襲う。

敵。敵。敵。                  』十年前に、突如現れた、未知の敵。『敵とは、一種の現象なのです』避けようのない運命なのだ』

とりあえず、学生寮まで行こう(そして荷物をおろして、ゆっくり休もう)、と思ってバスを待っていた。だけなのに。

いきなりすぎる。「いきなりすぎた!」

『あれ?』とミソラは首をかしげて、辺りを見回す。

すごい、音だ。

『あ』とコハデは呟く。『警報です』奴らが、来たんだ。あたしたちの敵が。

カミナリみたいな音。

同時に強風が、『わたしたち』二人に、吹きつけた。敵が、現れたんだ!


…………

……………………

………………………………

☆

「うるさいなあ」とミソラは呟く。「なにがですか」それはいろいろ。

いろんなことが、うるさく感じる。

たとえば、タバコを吸うなという、コハデの小言。

たとえば、さっきから鳴っている、警報の音。

それに、自分の心臓の音も、少し、うるさい。


「コハデはこわくないの?」敵とたたかうこと。死ぬかもしれないこと。「コハデはこわくないの?」大切なことだから、繰り返す。(もう一回くらい繰り返そうか、とミソラは思うけれど止めにする)なにせ、コハデはもう、いないのだから。彼女の目の前には、もういないのだから。たたかうのも、死ぬのも、こわいけれど、一人ぼっちも、同じくらいこわいな、とミソラは思った。タバコの煙がのどのくすぐる。「こほ、こほ」

【咳をしても独り】

か。

「石川啄木だっけ?種田山頭火?」……国語の成績は、余り良くなかった。

正解。尾崎放哉。

「知らないよ、そんなヒト」

☆

強く、風が吹いていて、(わたしたちの言葉をかき消した)

『コハデ…さん。大丈夫ですか!』叫んでみるけど、通じない。

「あの時も、こんなだったな」とミソラは感慨深げに呟いた。「ねぇ、コハデ!」目の前にいる、少女に叫びかけるけれど、返事はない。返事はない、というか、コハデの方も叫んでいるのだけれど、うまく、聞きとれない。カミナリじみた警報のせいだ。音が音を打ち消すらしい。耳を聾する警報が、「わたし…」と「あたし…」を両断する。いや、違う。とミソラは思う。これは、警報なんかじゃない、だって、あの時は、半年前のあの時は、こんなに頭が潰れそうな爆音ではなかったもの。

ミソラは両耳を押さえていた。「たぶん、コレだ。今度の敵は、コレなんだ」彼女の空を指さして、呟く。音を指さして呟く。今度の敵は音を操る。たたかう他ないんだ、とミソラは思った。じゃないと、また…コハデが…消えてしまう。

ミソラは両目を押さえていた。『痛い!』風が強く吹いていて、ほんの一瞬でも、手を放していたら、瞼が、幌のように、風を帯びる。スカートもめくれるけれど、気にしてなど、いられない。(あ~あ)とミソラは後悔する。(『痛い!』なんて、口を開かなければ良かった)言葉を発した瞬間に、咥内に入り込んだ空気が、気管と肺にもぐりこみ、胸とのどが、風船のように、膨らんだ。なおさら、(痛い!)。もしかしたら、今なら、【空も飛べるはず♪】かもしれない。というより、すでに。空を。飛んでいる。カモ?地に足がついている感触がない。竜巻以上の強風にあおられているミソラには、地に足がついている感覚がない。それって、浮いてるってことだ。

(こわい)とミソラは思う。両目を閉じて、るから。夜空のような真っ暗闇。くるくると空を舞う、それは。無重力感。一人ぼっちで、宇宙に放り出された気が(ミソラには)した。(だけど、大丈夫)とコハデは思う。あたしが、(あたしが)側にいるから。

背後から、ギュウ!

抱きしめられる。

心臓の音が聞こえる。くらい。つよく。

ミソラの耳もとに押し付けられた、コハデの胸から、鼓動が聞こえた。

音が聞こえる。それは、

世界が真空でない証拠だ。

ここが宇宙でない証拠だ。

【We are not alone】

わたしが孤独でない証拠だ!

ミソラは、ぼんやりと考える。

「あのとき、助けてもらったんだから。今度はわたしが助けなきゃ」こわいけれど、逃げ出したいけれど。できることなら、コハデの手のひらを握って、ここから、一緒に逃げ出したいけれど。「それだけは、無理なのです」大音声で、聞きとれないけれど、コハデなら、きっと、そういうと、ミソラは思ったから。

一緒に逃げだせない以上、助けなくちゃ。コハデが退けない今、わたしが救わなくちゃ。

いけないんだ。

☆

孵化まで、あと一週間!の卵で、目玉焼きを作ろうとしたみたいだ。と、

ミソラは思った。コハデの下腹部から、血がドバドバと、あふれていた。

『あれ?』とミソラは不思議顔。風は、まだ強く吹いていたけれど、おもわず、目を見開いた(なぜって血の臭いがしたから。『ぐわしゃん』って音がして、コハデの鼓動が聞こえなくなったと思ったら、血の臭いがしたから)。眼球が歪むくらいの強風だけれど、気にしない。まともに、視覚なんて、機能しないけれど、気にしない。コハデが人形のように、壊れている……んだから。

【青は藍より出でて藍より青し】

赤より赤い赤が、赤を汚す。わけがわからない。

(コハデのワンピースの)赤より赤い(血の)赤が、(ワンピースの)赤を汚している。

血の赤が、彼女を汚している。

彼女の腹部には、丸い穴が空いていて(鉄パイプのようなものが、突き刺さっていたように、ミソラには見えた)、開栓したワイン樽のように、『どぼどぼどぼ…』

イヤダ、とミソラは思った。

イヤダ!イヤダ!イヤダ!と叫びたいけれど、さっきみたいに肺が空気でいっぱいになるのは、イヤダから、保身のために、叫ばない(わたしは、薄情なヤツだ)。

…………そんなミソラを、コハデはぼんやりと眺めていた。

『あれ?』とコハデは困り顔。『あたしは、死んだのですか?』

眼下で、ミソラが、蹲って泣いている。なんだか、コハデは、申し訳なくなって、

『それは、困ったことです』というか細い声。それは当然、強風にかき消される。


【幽体離脱~♪】遠い昔に見た、遠い昔の記録。小太りな双子Aが、小太りな双子Bの腹の上に乗り、あたかも、小太りな双子Aの霊であるかのように、ふるまう曲芸(パフォーマンス)

なんで、こんな時に、そんな映像を思い出さなくちゃいけないんだろ。

ミソラは困惑するけれど、理由なんて、簡単だ。

目の前に、コハデの死体と、コハデの霊が転がっているから。『んーん、ちがう』正確には、コハデの裂けた腹から、血まみれの少女が、吐きだされたから。血まみれの少女は、コハデと大して変わらない大きさで、ミソラと良く似た体格で、その光景は、さながら、蛇の脱皮を思わせる。なんとなく、双子の芸を連想させる。『なにを』とミソラは言いかけるけれど、コハデは生きているのか首を振って、

筆談をしましょう?と少女の血。声はとどかない、かきけされてしまいます。

もちろん、液体である血だって、台風の日の雨のように、横殴りに吹き飛んでいくけれど、紙の上なら、布の上なら、その限りではない。ミソラの白いTシャツがどんどん、赤に汚染されていく。実はあたしロボットなんです。私は人間じゃないのです。十年前に、とつじょ、あらわれたテキをたおすためにつくられた、量産型ロボットなのです。■■■(←彼女は書き間違えた文字を塗りつぶして続ける→)この方はあたしのパートナーだった人です。つまり、

■せん滅兵器である、あたしを制■ぎょするために、あたしに搭■じょうしていたパイロットなのです。かのじょとあたしはともだちでした。かのじょは特殊軍■学■■コグレ中学の生徒で、あたしよりも十年もながく、生きていて、あたしにいろんなことを教えてくれて、ついさっきだって、あなたを助けようといいだしたのは、彼女の方で、もちろん、あたしもすぐに■さん成しましたが、そうい■ところが、好きな、じゃなか、好きだった■です。あた■は。彼女が。読めるはずない。とミソラは思った。こんなの、半紙の上に、墨汁で春夏秋冬を百回書くようなものだ。Tシャツの限られたスペースでは、全てを書ききることなど、出来やしない。だから、当然。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■読めるはずないのだ。だけど、なぜだか、ミソラには、わかる気がする。コハデが言いたかったこと。コハデが伝えたかったこと。それは、もしかしたら、Tシャツごしに、コハデの描く筆跡を触覚できたからなのかもしれないし、血文字を書きながら、ブツブツとつぶやく、コハデの声がかすかにききとれたからなのかもしれない。だけど、理由なんてどうだって良くて。

本当にどうだって良くて。

本当はどうだって良くて。

問題なのは、わたしが、どうするか。どうおもうか。なにをかんがえるか。

あたしには、新しいパイロットが必要なのです。とコハデは思う。じゃないと、友達の仇が討てない。じゃないと、彼女が助けようとしたこの子が(わたしが)守れない。

☆

コハデには、百人の妹がいた。なぜなら、彼女は量産型だから。たった一人の、たった数人のコハデでは、対処しきれないほど、敵の数は多いから。

当然のように、彼女らには、父母がいない。少なくとも、彼女たちは、彼を父だとは認めていない。カナシイハナシだと彼は考える。しかし、同時に、それも仕方のないことなのだと、認めてもいる。所詮、彼女らは、ロボットなのだ。人情の機微など理解できるはずがない。彼は、トレードマークともいえる、茶帽に手をやり、鬱々と考え込む。

……………………

コハデの百人の妹のうち、七十八体が冬眠中だ。敵との、決戦の日は近い。だけど、決戦の日まで、彼女らは、用なしだ。

残り、二十二体のうち何体かは、世界各地に散らばり、敵を迎撃している。勝率は四割八分。つまり、コハデたちは弱い。圧倒的によわい。

そもそも、数少ない彼女たちの勝利は、主に物量戦によるものだ。敵一体に、三体のコハデで挑み、うち一体の犠牲により、敵の侵攻を食い止める。もちろん、国連軍による後方支援に怠りはない。ぶっちゃけていえば、コハデはよわい。とてもとてよわい。

少なくとも、「オレたちが相対している敵にとっては」

結局のところ、と彼は考える。オレは人類と心中してくれる存在(としてのAI)を作ったにすぎないのかもしれないな。と、唐突に。

RRRRと電話が鳴動。

「ハロー」と応対。

「先生!」と日本語。

「なんだ?」とおざなり。

「例の件なんですけど」とおずおず。ああ、と用件を推定した彼は、面倒臭そうに頷く。

「だから要らねえって言ってるだろ」辟易と。「なんなら、代わりにお前がもらっておけ」

「そういうわけには……」

「ノーベル賞だぞ。金になるぞ」

「それなら、先生がもらえばいいじゃないですか」

「だ~から、いってるだろ。んなもんもらうようなエライことした覚えないっつって」

「でも、辞退しなくても…」くちごもる、電話先。「…いいでしょう?」

「べつに、先例がないわけでもないだろう?」

「サルトルのことですか?」

「いいや、魯迅のこと。魯迅いいよネ。かっこいい」からかうように、彼は言う。

「ま、兎に角さ、結局のところ、オレたちは、傲慢すぎたんだと、オレは思うよ。科学の力でどうにもでないのものもある。ま、そういうこと、だからさ」オレに価値はない。

コハデがよわいのは、オレのせいじゃない。科学がはなから、よわいからだ。

☆

コハデの中は、とても快適だった。少なくとも、ミソラはそう思った。

外よりは、幾分マシだ。コハデの体がシェルターとなって、風を、瞼が、めくれあがるような風を寄せつけない。

コハデの胎内は、ドラえもんの四次元ポケットのようになっていて、コハデの体格からは想像できないほど、広かった。といっても、コハデと同じくらいの女の子一人とその少女が携える旅行鞄一つを、格納するのが、せいぜいといった広さだけれど。

たとえば、『あ~、あ~、あ~』と言えば、

『どうかしました?ミソラさん』すぐに応答がある。

『ミソラでいいよ』

『それでは、ミソラ、どうかしましたか』

『えぇっと、操縦方法とか』

『操縦方法?』

『うん、それ。操縦方法が』わからないなあ。『大丈夫です』とコハデは言った。『(だって、あたしは、あなたに)操縦していただく必要がありませんから』

ぽかんとした顔のミソラ。

『つまり、あたしには自動運転システムが備わっているということです』

『あなたの役割はオブザーバー。大雑把にいえば、あたしが暴走してしまった時、あたしに忠告し(それはダメだよって)、あたしのブレーキとなるのがあなたの役目なのです』

『そりゃそうだよね。わたしにロボットの運転など無理だもの』寂しいような、つまらないような。『つまり、わたしは、ここでぼんやり、あなたの活躍を見ていればいいのね』

『はい』という声とともに、ヴン、という機械音。ミソラを包んでいた、コハデの胎壁が、透明に変わる。それは、なんだか透明な水に、氷漬けにされた感じだった。

周囲を、外界を映し出す、モニタパネルに囲まれたミソラは思わず、ポケットに手をやる。ただコハデと敵の戦闘を眺めているだけなんて、手持無沙汰にもほどがあるから。

『あー』と困り声のコハデ。『当コハデは、機内全席禁煙となっております』

『あ、そうなんだ』火のついた、紙切れをもみ消して『ごめん』

コハデの中は、とても快適だ。とミソラは思う。

戦闘は、コハデが勝手に行ってくれるし、横揺れも少ない。『手持無沙汰なら、あたしと口頭オセロをしましょうか?7d●』遊び相手にもなってくれる。『しりとりがいい』

『普通じゃつまらないから、逆さしりとりにしましょう。では、リス』

『マリ』

『ヤマ』

『……る、ル―マニヤ(`)』

『…………ジョージ・オーウェル』1984?

『だれです、それ?』とミソラ。

『うーん、誰でしょう?ふと、思いついちゃって』

ま、いっか。とミソラは思う。しょせん、遊びは遊び。シゴトの反対。マジメの対極。ミソラにしたところで、コグレ中学に属する、準軍人なのだ。ミソラの仕事は、戦うこと。未知の敵から、市民の平和を守ること。

つまり、コレが、初任務と言える。ミソラはコレでも緊張していた。

コハデの遊びは、もしかしたら、そんなミソラの緊張を和らげるためだったのかもしれないと、ミソラは思う。違うかもしれないけど。

コハデの中は、快適だけど、ひとつだけ、不快なことがある。タバコが吸えないこと、じゃなくて、

血の臭い。前パイロットの血の臭い。名前も知らない前任者の、個人情報。DNAが、至る所に、付着している。

わたしも、もしかしたら、こうなるのだろうか。というのが、ミソラの所感。

彼女はぼんやりとした気持ちになる。こわいような、かなしいような、つらいような、やっぱりこわいような。

彼女は不安になる。べつに、コハデのことを信用しないわけではないけれど、このまま、なにもしないで、気付いた時には、どうしようもなくて、

前の人と同じように、体が二つ折になってて、ジューシーなハンバーグのように、肉汁が垂れているなんて、ごめんだ。

『ねぇ』と彼女は彼女の名前を呼ぶ。『コハデ。わたしにあなたの操縦方法を教えてほしいの』すぐにでも、コハデを操縦できて、敵を倒せるなんて、つもりはさらさらないけれど、なにもしないで、座して待つより、何かを覚えている方が、何でもいいから何かしている方が、ミソラの心は落ち着いてくれる。自己満足に過ぎないとしても。

『わたしはあなたのパイロットになりたい』ミソラの言葉にウソはない。

『うれしいです』とコハデがいった。


激しい振動、ガゴン。ガゴン。

ズザザザ――ガチャン。ガゴゴゴ。

という、戦闘音。要約すれば、戦闘なんて、こんなもの。


…………

……………………

………………………………


「覚えていますか」とコハデが言った。「あの日も、今日みたいに澄んだ空の下、敵は現れましたね。実を言うと、アレがあたしの初出撃で、正直結構、焦ってました。内心、ですが」フゥと、コハデは深く息を吐き出す。「お酒が飲みたい。生ビールが飲みたい。変な顔しないでください。あたしは体が機械でも、ココロは人間なのです。メンドーな仕事の後には、息抜きがてら、アルコールを欲したりもするのです」コハデの体は、無残に傷だらけ。長かった髪も、引きちぎられたみたいに、ショートヘア。

だけど、更に無残なのは、敵の躯だ。哀れだ、とミソラは思う。

コハデの前には、ついさっき、彼女たちが苦労して倒した敵の死体が転がっている。

「ううん。違います」コハデは首を横に振る。

「敵には命などないから、生命ではないから」

だから、それは、敵の

「なれはて」

にすぎない。それにしても、

「疲れましたぁ」溜息みたいにコハデは呟く。    第二話【ここにいる?】へ続く


読んでいただきありがとうございました!!!

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