最終章 全員、ダウト! ─ 山根 太郎(仮) ─
それは、奇妙な話と言えるのでしょう。
人気のない廃れた喫茶店。
その場に集まる人々は、珍妙な連中ばかり。
じつは入れ替わっていた、双子の従業員。
ドッキリのため、強盗に扮した男。
従業員に扮していた、じつは店主の息子だった強盗男。
警察に憧れる、筋肉バカの正義漢。
でも、それらを差し置いてさらに珍妙だと言えるのは──コソドロの私を喫茶店に雇うと言い出した、店長なのかもしれませんね。
あの火事から、約半年が経った。
そんな事件もなかったかのように、焼け跡に新たに建ったのは、これまた喫茶店だ。
店長はもちろん、あのスキンヘッド髭眼鏡の宮田さんである。
彼は火事にもへこたれずに「リニューアルオープンのいい機会だ!」と笑い、お店を建て直したのであった。
今回は出入り口もきちんと一階にあるため敷地面積も広く、お店の存在を多くの人に知られることになった。
そんなわけで、店内は今日もお客さんがたくさん来ている。
私は満足そうに笑い、そんな店内を見渡した。
「おい山根! さっさと運びやがれ!」
そんな私の穏やかな時間に水を差したのは、店長の息子の高志くん。
あの日、私を縛ってロッカーに押しこめてくれた彼は今、カウンター向こうからトレーを差し出している。トレーの上には、いい香りのコーヒーと美味しそうなケーキ。
「高志くん、呼び捨てはやめてくださいよ。これでも私、店長と少ししか歳は変わらないんですよ?」
私はトレーを受け取ると、ふぅ、と息を吐いた。
この息子の高志くんは、店長と違い本当に口も悪いし人使いも荒いから、困ったものです。
今は店長は買い出しに出ているので注意する人もいなくて、高志くんは我が物顔でカウンター内を忙しく動いている。
「うるせえ、コソドロのくせに」
「元、ですよ。今はもう、改心したのです」
そう言ってコーヒーを運び出した私の背中に、きつい視線を彼は送ったようだが、無視をしてやった。まったく。そろそろ彼も、大人になってほしいものです。
あの事件後、高志くんは店長からお金を借りて、無事に借金返済を果たしたそうだ。その代わりに、リニューアルオープンして忙しくなったこの喫茶店を彼は手伝うことになったのだが、わりと活き活きと働いているから人間塞翁が馬と言えるでしょう。
でも驚いたことはそれだけではない。なんと店長は、私にも店員にならないかと声をかけてきたのだ。
まさか私にお声がかかるとは思わなかったが、これも何かのご縁だろうと、引き受けることにした。
運び終えた私がカウンターに戻ると、カウンター内で食器を洗っていた小野寺あずまくんが声をかけてきた。
この店一番のベテランである彼は、私にも人懐っこく笑ってくれる。
「山根さん、食器洗いを代わってもらっていいですか? 俺、コーヒー作り手伝ってくるんで」
あずまくんは手を拭いて私にそう言う。もちろんとうなずいた。
敬語もきちんと使える人当たりのいい彼は、私には好印象である。高志くんよりも十も下なのに、彼のほうがしっかりしているくらいだ。
あずまくんはコーヒー作りにあたふたしていた高志くんに近寄って、あーだこーだとレクチャーする。あれじゃあどっちが年上なのかわからないな、と苦笑しつつも、食器洗いを始める。
その時、またお店の扉を開くお客様が現れた。
「こんにちは、いらっしゃいませ……って、あれ。みなみちゃんに室山さん」
「こんにちは山根さん! 席、空いてるかな?」
あずまくんの双子のお姉さん、みなみちゃんは可愛らしいワンピース姿でお店にやってきた。
こうして見ると、本当に可愛らしい今時の女子高生だ。あの時はあずまくんとそっくりに見えていたけれど、女の子は化けるものですね。
そんな彼女の横には、まだ困った顔をしている室山くん──あの偽物警察の男が立っていた。彼もラフな私服姿で、眉を八の字にしながら頬をぽりぽり掻きつつ「すみません、忙しい時間帯に」と、申し訳無さそうに言う。
そんな二人に、奥からあずまくんが声をかけた。
「みなみー、こっちのカウンターに座れよ」
「あ、ありがとうあずま!」
みなみちゃんはニコニコと笑い、カウンター席の端っこに近づく。その片手はずるずると、戸惑う室山くんを引きずっていた。
この二人、つき合っているわけではないらしいが、最近妙に怪しい。
あずまくんの話によれば、みなみちゃんの猛アタックが続いているとのことだ。恋愛には気弱らしい室山くんは、うまく避けているようで避けられていない。
正義漢の強い彼は「未成年に手を出せるわけないだろう!」と言っているらしいが、今日もこんな風に引きずり出されているのだから、そのうち陥落してしまうのでしょう。
「室山さん、何飲みます? あ、ケーキとかも食べません?」
「ええと、そうだねー……」
きゃいきゃいと楽しそうに話すみなみちゃんと、汗をたらしつつ顔を赤くしている室山くん。
そんな二人に、カウンター越しにドンッと水のコップを置いたのは高志くんだった。
「さっさと決めやがれ、このくそ女」
「あ、あんたね〜」
水飛沫が手に当たったのか、みなみちゃんは怒った顔をして高志くんを睨みつけた。
「それがお客様に対する態度ってもんなの!?」
「うるせえ! おい室山、こんな女まともに相手すんじゃねーぞ! お前にはもっといい女がいるはずだ!」
「な、何よそれ! 私だって数年経ったら、すんごくいい女になるんだからね!」
「なるかよ、ペチャパイのくせに」
「な……! このセクハラ従業員クビにしてよ、あずまぁ!」
この二人はどうも、相性がすこぶる悪いらしい。
高志くんは救ってくれた室山くんに懐いているし、みなみちゃんもみなみちゃんで彼にゾッコンである。
間に挟まっている罪深き彼は「はははは……」と薄く笑うことしかできないでいるようだ。
「室山さん悪いね、みなみのわがままに付き合ってもらっちゃって。今日は俺から、飲み物サービスしとくよ」
「ありがとう」
そんな会話をあずまくんと室山くんがしている間にも、みなみちゃんと高志くんはギャーギャー悪口を言い合っている。……カウンターじゃない方が、よかったんじゃないかな?
しかしいつまでも、この二人にかまっていることもできない。
また忙しく店内を動いていると、ようやく店長が帰ってきた。
手には足りなくなっていたフルーツ類を買い込んだ紙袋を持っている。後ろには途中で会ったのか、友人の阿久津さん──あの偽物強盗男もいた。
「ただいまー。おお、今日も忙しいねぇ」
「他人事のように言ってるが、お前の店だぞ宮田。でもほんと、今日は混んでるな。俺また、あらためたほうがいいかな」
「そう言うなよ阿久津。また今度のドッキリ企画、考えたいんだから」
そんな会話をしている二人に近づいた高志くんは「あんたは本当に懲りてねぇな」とため息をついて、店長から紙袋を受け取った。
フルーツカットは高志くんが得意なので、彼の仕事となっていた。ナイフの扱い方が妙にうまい高志くん。やっぱりちょっと怖いやつなのかもしれないな、なんて思う。
そう。
人間の根っこなんて、すぐに変わるもんではないのです。
私はこっそりと、エプロンのポケットに忍ばせた鍵がまだあるかを上から確認し、その感触に微笑んだ。
お店が閉まるのは、午後六時。
最近お店の売上計算も任されるようになった高志くんは、お店のテーブルでウンウンと唸りながら、今日もノートと格闘している。
店長は明日の準備のため、カウンターに入りコーヒー豆や食材の準備をしているし、小野寺くんはもうとっくにバイト時間は終了し帰っていた。
店の奥の、ロッカーがある小さな部屋には私だけ。
ここには、かつて私が閉じ込められた従業員用ロッカーと掃除道具、備品、そして金庫がある。
(まったく。本当に不用心ですねぇ)
金庫の鍵を、数日前に拝借して合鍵を作っていた私。
今、私のポケットには、目の前の金庫を開くことのできる鍵が入っている。
今日の売上は高志くんがテーブルに広げて数えているが、昨日までの今月分はまるっとここに収まっているはずだ。
鍵の管理もズボラな店長。この準備をすることは、どの家に忍びこむよりも容易かった。
(人が良すぎるのもよくないですよ、宮田さん)
ほくそ笑んで鍵を差しこむ。
更生させようとしたのかは知らないけれど、コソドロを従業員として誘った瞬間から、こうなることは仕方ないことだったのです。とっととずらかり、あとはドロン。さよならです、宮田さん。
カチャリ、と小さく鍵を回す。
その時ふと、お店の方から高志くんの声が聞こえた。
「親父はさ、なんで喫茶店なんて開いたわけ?」
その声の後に、店長のとぼけた声も聞こえた。
「え、なになに、急に?」
「だって親父、マンション経営の収入もあるんだろ。こんなことしなくても、十分やってけるんじゃねえの」
しかも一回火事になってるのにわざわざ建て直してさ、と高志くんは言葉を続ける。
たしかにそれは、私も不思議でした。
趣味としてやっているなら、前回の火事で終わりにしてもよかったのに、宮田さんはまた頑張って再開している。それは趣味として片付けるには、あまりにも不自然な気もした。
「……なんでって、言われてもなぁ」
宮田さんはしばらく悩み、そしてこう言った。
「どの国にもさ、飲食店はあるじゃん。ほら昔、バックパッカー時代いろんな国行ったけどさ、どの国にも必ず飲み物売ってる場所があって、一息つける場所があって、それにけっこうホッとした自分がいたんだよな」
それは、どこか懐かしむように聞こえる声だった。
「金さえ払えば、他人とちょっとした時間と場所を共有して一息つける場所。それってなんか、いいなぁって思って。そんな場所、俺も作りたいなぁって……日本帰ってから、思ったんだよなぁ」
「ふーん?」
高志くんは、よくわかっていなさそうに呟いた。
──他人と時間と場所を共有……ね。
それはまさしく、あの一日の騒動のことだったのではないかと思う。
この喫茶店で繰り広げられた、奇妙な強盗劇。
そこから生まれた変な今の関係。
風変わりな店長の開く喫茶店に、妙な連中が集まったのは、まぁ……当然といえば当然の結果だったのかもしれない。
私はしばし、鍵を持つ手をじっと見た。
(…………ま、いつでも盗めますしね)
回した鍵を、元に戻して引き抜く。
ここにある大金は、いつだって盗ることができるのだ。それが今日でなくても、まぁ問題はないでしょう。
私は着替え終わると、荷物を持ってカウンター奥の部屋から出た。
「お疲れ様です。先に上がりますね」
「ああ、山根さんお疲れ様! 明日もシフト入ってるから、よろしくね」
何も知らない店長は笑顔で私を見送り、高志くんは私に「フン」と小さく鼻を鳴らして睨んできた。
元犯罪者という同じ穴のムジナだからか、何か勘づいているのかもしれませんね。おお、怖い怖い。
でもまぁ……まだしばらくは、この喫茶店にお世話になることにしましょう。
ここで起こるかもしれないこれからの何かに、ちょっとだけ期待をしているのです。それが何かなんて、今の私にはわかりませんけどね。
そんなことを考えて、お店の扉を開ける。
カラコロと扉の鈴の音が鳴り響き、私はついと見上げて微笑んだ。
【完】




