エピローグ 永遠のつがい
ルカンが生まれて、一年が経った。
「王太子殿下、こちらへ!」
南庭で、よちよちと歩き始めたルカンを、ミーナが、笑いながら追いかけていた。小さな銀色の尻尾が、ふりふりと揺れている。
「アッシュ様と結婚してから、ミーナ、本当に楽しそうですね」
「ああ。あいつも、丸くなったものだ」
ガレオン様が、隣で、目を細めた。
芝生の向こうでは、ヴェルナが、東方連邦国から来た若い外交官と、何やら、真剣な顔で話し込んでいる。時折、彼女の頬が、赤く染まるのを、私は、見逃さなかった。
(今度、からかってみようかな)
「リリアーナ様! グリゼルダ団長より、治癒師団の新入生たちが、ご挨拶したいと」
オーランド執事が、恭しく、頭を下げた。獣人国の治癒師団は、今や、大陸中から、留学生が集まる、最先端の医療機関になっていた。
「行きましょう」
ガレオン様と、手を繋いで、歩き出した。
道すがら、ふと、思い出す。
火刑台で、エマを失った、あの日。すべてを失ったと思った、あの瞬間。
――あれから、まだ、二年も経っていない。
けれど、今、私の隣には、三百年待ってくれた夫がいる。腕の中には、新しい命がいる。そして、ヴェルナ、ミーナ、アッシュ、グリゼルダ団長――たくさんの、大切な人たちが、いる。
「エマ」
心の中で、呼びかけた。
(あなたが望んだ「優しい子」に、なれたかしら)
(私、幸せです。あなたが守ってくれた、この命で)
「リリアーナ」
ガレオン様の声が、私を、現実に呼び戻した。
「何を、考えている?」
「あなたと出会う前のこと。それから――今の、幸せのこと」
「私も、同じだ」
彼は、繋いだ手に、力を込めた。
「三百年、独りだった。だが、今は、想像もできない。お前がいない世界を」
「大袈裟です」
「本気だ」
金の瞳が、まっすぐに、私を見つめた。
「リリアーナ。約束する。この先の三百年も、その先も――お前の隣は、私の場所だ。誰にも、譲らない」
「はい。私も」
微笑んで、答えた。
ルカンが、小さな足で、私たちのもとへ、駆け寄ってきた。ガレオン様が、彼を、軽々と抱き上げる。三人で、南庭の陽だまりの中に、立っていた。
獣人国の空は、どこまでも、青く晴れていた。
火刑される寸前で終わるはずだった物語は、こうして、三百年続く、新しい始まりへと、変わっていた。
この幸福な日々は、これから先も、ずっと、続いていく。
(了)




