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第2話「圧迫面接」

 ――ゾディアック黒騎士団。

 王国に存在する騎士団の中でも、由緒正しき最古参(さいこさん)の騎士団である。王家からの信頼も厚く、治安維持から魔物討伐と、あらゆる面で王国と民を守ってきた。

 その本営(ほんえい)が、王都の中央街にあった。

 まるで、常に臨戦態勢の要塞である。

 黒地に赤く日輪を染め抜いた団旗さえ、(そよ)ぐように風に揺れている。

 ラルスは入り口で案内を受けて、とある一室に通された。


(……なんか、やたら(まぶ)しいな)


 一日を折り返す時間が近づく中……先程から逆光が目に痛い。


(それに、この椅子(いす)……なんだろう、酷く座りにくいぞ)


 木製の椅子は簡素なもので、どういう訳か妙にぐらつくのだ。多分、脚の長さが微妙に違っているのだ。そういう風に加工されてるとは思いもしないし、考えもよらないのがラルスという少年だった。

 そういうそわそわした態度が伝わったのだろうか?

 逆光を背に書面を読んでいた男が、ちらりとラルスを見て舌打(したう)ちを一つ。

 この部屋に通されて半刻ほどで、既に数え切れない程の舌打ちをラルスは浴びていた。

 目の前のどこか神経質そうな男は先程、ハインツ・ドナヒューと名乗った。

 彼もまた、ゾディアック黒騎士団が誇るエリート、常闇の騎士(ムーンレスナイト)だという。

 執務机の上にラルスが持参した紹介状を投げ出し、彼は椅子に深々と沈み込む。


「……それで? ええと、君は……なんと言ったかな?」

「ラルスです。ラルス・マーケン、十六歳。我流(がりゅう)ながら剣の腕には自信がありますし――」


 ラルスの言葉を、また舌打ちが遮った。

 どうやらラルスは、あまり歓迎されていないようだ。


「ラルス君、君はゾディアック黒騎士団がどういった組織か知っているかね?」

「は、はいっ! 王国最古の騎士団にして、最強の騎士団です。その規模は他の騎士団を凌駕(りょうが)し、今まで数々の武勲(ぶくん)をたててきました。その黒衣(こくい)は平和と信頼の象徴、誰もが讃える真の騎士たちの集う場所です!」

「……真の騎士、ねえ」


 こうしている今、この瞬間も自分は試されている。

 面接とは、言葉の刃で交えて礼節で身を守る、ラルスの最初の戦いなのだ。

 しばしの沈黙の後、ハインツは「あー、うん……そう、だな」と声のトーンを変えてきた。どこか定型句のような言葉が、鋭い矢となってラルスへと()られる。


「ラルス君、どうして我がゾディアック黒騎士団への入団を? この王都には、百をくだらぬ騎士団が存在する。何故、ここなのか……ぜひとも聞きたいね」

「はいっ! ゾディアック黒騎士団は幼い頃からの憧れでした。亡くなった父も、かつて籍をおいていたと聞いています。俺は、あ、いや、私はこの場所で皆のために戦いたいのです」

「ふむ、お父上が、ねぇ。この紹介状の人物だね?」

「はい。亡くなる時、この紹介状を書いてくれました。父さんは昔から言ってました……自分の力を試して世に問い、皆の生命と財産を守れる男になれ、と」

「……騎士団は自分探しをする場所ではないがね。さて……父親の名は、アルス・マーケン……アルス? いや、どこかで聞いた名だな」


 ハインツが指先でつまむようにして、執務机の紹介状を拾い上げた。

 気まずい沈黙の中で、やれやれと(あき)れたようにハインツは言葉を選ぶ。


「ラルス君。申し訳ないが、ここには君が考えているような田舎者(いなかもの)立身出世(りっしんしゅっせ)など存在しない」

「いえ、俺は! ……私は、出世なんて考えていません。ただ、人の役に立ちたくて」

「まず第一に、()()()()()()()()()、営利企業のようなものだ。街のパン屋や雑貨屋と変わらん。平和と安全という商品を売るため、命を賭けて利益を得る。そういう組織だ」

「そういう一面があるとしても、騎士団の理念、そして(こころざし)は!」

「第二に、出世が考えられない人間というのを、私は信用しない。君は生涯、ずっと剣を振って戦い続けるのかね? 後進の育成は? 新たな技能の取得は? ……騎士団長になってやる、くらいの気概(きがい)はないのかね」

「そ、それは……」


 ラルスは考えても見なかった。

 ゾディアック黒騎士団の一員となり、憧れの父のように王国と民を守る……その一念で研鑽(けんさん)を積み、こうして王都まで出てきたのだ。

 故郷は小さな村だったが、皆が父を尊敬していた。

 田畑を荒らすゴブリンやオークを追い払い、時には集会を取り仕切って皆の意見を(まと)める。ラルスだってイノシシ退治くらいはやるが、ずっと父には敵わなかった。

 そんなことを思い出していると、ハインツが身を乗り出してくる。

 彼は執務机の上に(ひじ)を乗せ、頬杖(ほおづえ)を突きながら話を続けた。


「……それにだね、ラルス君。支度金(したくきん)というものが必要なのを知っているかね?」

「それは」

「騎士団は君を団員とした場合、月払いで給与を払う。任務に必要とあらば、経費も出す。全部、金だ。わかるかね? 金とはつまり、イコール信用……君を信用する団員として迎えるためにも、君自信がそれ相応の金銭で身の証を立てる必要がある」

「そんな!」

「悪いがラルス君、今の御時世(ごじせい)では騎士団の運営にもなにかと物入りなのだよ。まして、ゾディアック黒騎士団は最強、最大規模の組織だ。狭き門だという自覚くらいあっただろう?」

「それは、そう、ですが」


 ラルスは言葉を失ってしまった。

 それで失望の色をより濃くして、ハインツはまた舌打ちを(こぼ)す。彼はあとは、お決まりのやりとりをするくらいしか誠意を示してくれなかった。

 だが、ラルスにはそのことに(いきどお)りを感じることすらできない。


「……で? ラルス君、君の入団は我々ゾディアック黒騎士団にどのようなメリットがあるのかな?」

「仲間と協力して事に当たります! どんな仕事でも頑張ります! 騎士道を(たっと)び、その誇りと尊厳を損なわぬよう精進して、王国の平和と安定のために戦いたいんです」

「それはもう、我々がやっている。君にしかできないことはないのかね?」

「……父一人子一人でしたから、家事ができます。炊事に洗濯、掃除や薪割(まきわ)りと」

「やはり田舎に帰った方がいいようだな。どうかね? ラルス君」


 面接はここまでだと言わんばかりに、ハインツは立ち上がりかけた。

 それでも、ラルスはその場を動けなかった。

 今朝方城門の前で見た、一人の少女が脳裏に思い出される。

 リンナ・ベルトールと名乗った少女は、間違いなく一流の騎士だった。

 常闇の騎士の名に恥じぬ気品と風格を帯びた、ラルスの憧れる騎士そのものだったのだ。


「……ふむ、まあいい。ラルス君、面接の結果については後日、改めて連絡しよう。逗留先(とうりゅうさき)を正面玄関の詰め所に届けておいてくれたまえ。ま、今後の活躍を祈っているよ」

「ま、待ってください!」

「本日はわざわざご苦労様です、と言っている。聞き分け(たま)え」


 ハインツは立ち上がると、窓の方を向いてしまった。

 その背中が無言で退出を促してくる。

 こんな時、上手く頭が回らない。要領のいいことが一つでも言えれば、また違っただろう。ラルスは、話術と処世術が圧倒的に不足していたのだった。

 そうこうしていると、不意にハインツが振り返らぬまま喋り続ける。


「ああ、思い出した。マーケン、確か……アルス・マーケン。君の父上だね。そういう男が一時期在籍していたことがある」

「! 父さんはどんな人でしたか! 騎士団や王都、戦いのことは話してくれるけど、自分のことはなにも……」


 興奮気味に椅子を蹴ったラルスを、辛辣(しんらつ)な言葉が待っていた。

 ハインツは肩越しにちらりとラルスを見やって、吐き捨てるように話し続けた。


「アルス・マーケンは、団規に(そむ)いて除籍処分(じょせきしょぶん)となった。不義密通(ふぎみっつう)、ようするに間男(まおとこ)をやって私生児(しせいじ)(はら)ませた。そういう、騎士の風上にもおけぬ男だったな」


 にわかには信じられない話だった。

 信じる必要がない、それだけが信じられる気がした。

 だが、ラルスは頭部をハンマーで殴られたような衝撃によろける。思わず椅子に崩れ落ちそうになったが、なんとか両脚に力を込めて留まった。

 自然と握られていた両の拳は、食い込む爪さえ痛みを忘れてゆく。


「父さんが、そんな」

「そういう訳だ、ラルス君。支度金があったとしても、私がこの事実を思い出したからには……少し難しいと思うがね。わかったら悪いことは言わない、田舎に帰り給え。君くらいの腕なら、村の自警団にでも入ればいいだろう。人の役に立ちたいと言うなら、場所を選ばず奉仕(ほうし)の気持ちを持つべきだな」


 ラルスは反論できなかった。

 ()に落ちない。

 理不尽を感じても言葉が出てこなかった。

 そして、もはや入団の面接という事自体が、急速に頭の中から消えていった。

 ただ、父を侮辱(ぶじょく)されたと感じた、その瞬間には……椅子に立てかけておいた、形見の剣を引き寄せていた。

 それは、ハインツが腰の短剣に手を伸ばすのと同時。

 鞘走(さやばし)る鋼の光が、正午の陽光を反射する。

 初めてハインツが、(あせ)りの表情を浮かべた。


「……私より速く剣を抜くか。戦場ならば、ラルス君……君の勝ちということになるな」

「先程の言葉を取り消せっ! 父さんはそんな人間じゃない!」


 ラルスが向けた切っ先の向こうで、抜刀しようとしたままハインツが固まっている。口調や声音こそ先ほどと変わらず高圧的だが、驚きに見開かれた目が揺れていた。

 ラルスは怒りの刃を向けたまま、ハインツの瞳に映る自分を(にら)んでいた。


「君の腕前はわかった。だが、私とて常闇の騎士が一人、ハインツ・ドナヒュー……キャンサー支隊を預かる身だ。ここで私を殺せば、君の将来は閉ざされる」

「たとえそうだとしても! 騎士は名誉のため、大切な人のためにこそ剣を振るうんだ! 謝ってください……父さんはそんな人じゃない!」

「真実は一つ、そしてその真相を私は知らない。ただ、事実として根付いた話を語ったまで。そして、()えて言おう……ラルス君。逆上して剣を抜くイノシシ武者など、我がゾディアック黒騎士団には必要ない!」


 命を握られた中でも、ハインツは威厳を(くず)さなかった。

 そして突如、背後から(すず)しげな声が響き渡った。

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