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第1話「王都に吹くは黒い風」

 混迷、そして混沌(こんとん)とした時代であった。


 世に魔物は満ちて、邪悪の跳梁(ちょうりょう)が絶えない日々……民は怯えながら暮らしていた。王国の軍は疲弊(ひへい)し、代わって有志たちの自警団が台頭、英雄達をすぐに民の声は(たた)えた。


 ――栄えある騎士、(ほまれ)(いさおし)に満ちた()()()と。


 王都を取り囲む城壁と、巨大な石造りの門。

 煩雑(はんざつ)な手続きを経てその奥に歩み出た少年は、広がる光景に目を輝かせた。

 名は、ラルス・マーケン。十六の誕生日を迎えて、(こころざし)も新たに田舎(いなか)の故郷を飛び出てきた若者だ。簡素な旅装は、背に一振りの剣を背負っている。

 彼が初めて目にする花の都は、驚きと興奮に満ち満ちていた。


「これが……王都(おうと)。この国の中枢かあ。なんて人混みだ」


 感嘆(かんたん)の言葉に呼吸も忘れる。

 そんなラルスを道のド真ん中に避けながら、往来を行き交う人々は忙しい。

 頭に買い物用の大きな(かご)を乗せた女達。

 城門から出入りする荷物を整理する男達。

 道端ではしゃぐ子供や、店先に集う老人でさえ、華やいで見える。


「っし! まずは本営(ほんえい)に顔を出すか……いくぞ、ラルスッ! アゲていこうぜっ!」


 自身の(ほお)を叩いて、気合を入れたその時。

 甲高(かんだか)い悲鳴に周囲がそろって振り向いた。

 自然と人混みが一つの流れとなり、騒ぎの元凶(げんきょう)を取り巻き(うず)となる。その人垣の向こうへと、ラルスは背伸びして目を()らした。

 見れば、自分と同じ旅人の少女が、城門前で男たちに囲まれていた。

 華奢(きゃしゃ)矮躯(わいく)を取り巻く者たちは、五、六人……決して(がら)のいい紳士には見えない。


「はっ、離してけろ! おめんど、オラさどうする気だ! 人さらいだか!」

「おいおい、お嬢ちゃん……田舎で教わらなかったかい? 都会は恐いオジサンがいっぱいだってなあ?」

「はーい、おのぼりさん一名御案内。あんまし騒いでると黙らせちゃうぞ? ん? ええ?」

「ダイジョーブ、まずは三ヶ月! 三ヶ月うちで客を取ってみような? な? すぐ慣れるし、そんじょそこらで働くよりうんと稼げる、親元への仕送りだって」


 日に焼けた少女の手首を掴んで、男たちは下卑(げび)た笑いを浮かべていた。

 その時にはもう、もみくちゃにされながらもラルスは開けた中央へと躍り出る。

 周囲で見守るしか出来ない市民たちが、一様に「おお!」と声を上げた。

 ラルスは息を整え、深呼吸を一つ。

 そして、毅然(きぜん)と男たちに歩み寄って言の葉を(つむ)いだ。


「その()を離してください! それが王都の歓迎の作法ですか! ……とりあえずこの場は俺に、このラルス・マーケンに――」


 返答の代わりに(こぶし)が繰り出される。

 無防備に近寄ったラルスは、暗転した視界に星々が弾けるのを見た。

 大きくよろけた、次の瞬間に彼は……反射的に背の剣へと手を伸ばす。(つか)を握った時には冷静さが蘇って、それ以上の動きを腕に(いまし)めた。

 周囲が見守る中、悪漢(あっかん)の一人が口笛を吹く。


「おやおや、小僧。そのダンビラを抜くかい? これだから田舎者は」

「……いや、抜かない! 軽率な俺だが、抜かない。騎士は……滅多(めった)なことで剣を抜いてはいけないんだ! 父さんが昔、そう言ってた!」

「ん? 騎士? ああ……そうそう、その騎士様がな、騒ぎを聞きつけてやってくる訳だ。この王都には百を下らぬ騎士団が存在し、治安維持(ちあんいじ)に動いてる。どんな理由であれ、剣を抜けば……わかるよなあ?」

「あたりまえだっ! でもっ、その娘は離してもらう。お前たちに向けるべきは、(やいば)ではなく、言葉! それが筋というもの、違うかっ!」

「違う、ねぇっ!」


 再度、岩のように(いか)つい拳が襲い来る。

 頭目と思しき男の追撃を、ラルスは避けつつ剣から手を放した。

 尊敬する父はかつて、言った。みだりに剣を抜いてはいけないと。騎士たるもの、その剣が力である以上の意味をもつこと、それを(きも)に命じなければいけない。

 剣は剣である以上に、誇りであり挟持(きょうじ)、そして責任を伴う騎士自身の鏡なのだ。

 取り巻く市民たちがはやし立てる中、ラルスを狙う男の息が上がり始める。


「くそっ、チョコマカと……このガキッ!」

「ガキじゃない、ラルス・マーケンだ! そして、我が父の名は――!?」


 先に武器を抜いたのは、男の方だった。

 同時に、興味本位で集まっていた周囲の人だかりが、蜘蛛(くも)の子を散らすように去っていった。

 ラルスの軽業(かるわざ)()れた男の手には、抜き放たれたナイフが光っている。

 血を呼ぶ輝きを目にして、城門前の広場はパニックに(おちい)った。ラルスも緊張に身を硬くしつつ、それでも今度は剣へ手を伸ばそうともしない。

 そんなラルスに、(あなど)られてると思い込むや男は激昂(げきこう)した。


「抜けよ……抜けって言ってんだよ、ガキがっ! ええ? 子供がいっちょまえに騎士気取りかい」

(いな)っ、騎士気取りなどではない! 俺は……俺は心は(すで)に騎士! そして、これから騎士の中の騎士となるっ!」


 混乱の騒ぎの中、ラルスの声が高らかと響いた。

 それが男達の薄ら寒い笑みを招き……よく通る声が耳朶(じだ)を打つ。


「それまで、です。剣を引いてください」


 まるで波打つ水面(みなも)に落ちた、清水(しみず)一滴(いってき)だ。それは静かに波紋を広げて、あっという間に周囲の注目を集めてしまう。

 我を忘れて逃げ始めていた市民でさえ、足を止めて振り返った。

 その視線の先で、黒衣の騎士が歩み寄ってくる。

 黒い鎧は動きやすさを重視した軽装で、漆黒のマントが棚引(たなび)いていた。抜き放つ腰の剣は、黒塗りの鞘から鈍色(にびいろ)の輝きを(あらわ)にする。

 まるで、夜を(まと)戦乙女(ヴァルキリー)のよう。

 そう、そこまでだと言い放った騎士は、ラルスとそう年も変わらぬ少女だった。


「もう一度……もう一度だけ警告しましょう。そこまでにして、おとなしく剣を収めてもらえないでしょうか」


 張り詰めた冷たさが、凍れる炎を(あお)(くゆ)らすような声色だ。

 ラルスの目の前を、黒尽くめの少女騎士が横切る。背にラルスを(かば)うようにして立った、彼女の背のマントに見覚えのある紋章……真紅の日輪(エクリプス)があった。


「てっ、手前ぇは! へへ、いよいよ本物の騎士様のご登場かい? 俺ぁ、女だからって手加減は……ん? な、なんだよオイ、どうした」

「あっ、兄貴! やばいですぜ……この女、あの()()()()()()()()()()の団員だ!」

「それも……み、見たことがあるぞ、以前見た……総勢六百人の団員の中でも、()りすぐられた十三人だけが纏う黒。こいつは最精鋭、常闇の騎士(ムーンレスナイト)が一人……」


 ラルスが夢見て憧れた存在が、目の前にいた。

 それは(たくま)しい体躯(たいく)の巨漢でもなければ、貴公子のように颯爽(さっそう)とした勇者でもない。鎧を纏ってさえ、その優美な身体の起伏に女性らしさを感じる、可憐な少女だった。(きぬ)のように白く輝く肌と、なにものにも染まらぬ純白の髪と。王国に名だたる大騎士団の黒を背負った、モノクロームの少女騎士。

 彼女の唯一(あか)(くちびる)が、(わず)かに動いて(ささや)く。

 丁寧な物腰に穏やかな口調だが、その言葉が持つ意味は懇願(こんがん)ではない。

 有無を言わさぬ勧告、そして命令だ。


「王都内でみだりに武器を抜けば、法による刑罰は免れません。私達の剣は常に、そうした無頼(ぶらい)(やから)から民を守るために存在するのです。ですが――」


 やや切れ長の大きな瞳で、少女は視線を滑らせる。

 全てを貫き穿(うが)つ冷たいい眼光は、男の後ろに拘束された少女を一瞥(いちべつ)し、そして周囲を見渡す。

 そして少女騎士は、正義を信じるラルスが驚くような言動を選択した。


「ですが、王都を訪れた旅人を(ねぎら)い、熱い料理で歓迎してもてなそうというのなら、話は別です。そうですね?」


 突然の言葉に、悪漢はナイフを手に固まってしまった。

 そして、形ばかりは疑問符を(かたど)る声は、返答を許さぬ強い声音だ。


「そうですね? そこの方」

「え、あ、ああ! はい! その通りで、騎士様」

「そこの屋台に()でた腸詰め(ソーセージ)があります。誰か、そこの屋台(やたい)主殿(あるじどの)をご存じないでしょうか。この方々が全て買い上げ、切り分けて振る舞うそうです。万事、そのように」


 それだけ言って、少女騎士は剣を鞘へと収める。王都でも最強と噂されるゾディアック黒騎士団の中で、最高の騎士だけが戴く名……常闇の騎士。その称号を持つ少女は、表情一つ変えずに(いさか)いを収めてしまった。

 おずおずと背後で老人が手をあげると、少女騎士は「なにかあったらゾディアック黒騎士団と私の名を出してください」とことづけて、去ろうとする。

 彼女の名を、ラルスは耳に入れると同時に心に(きざ)んだ。

 剣を抜けどもなにものも切らず、血で濡らすことなく刃を収める。

 それは、ラルスが父の話に憧れて育った、理想の騎士そのものだ。

 名乗ると同時に少女騎士は去ってしまう。


「私はゾディアック黒騎士団、常闇の騎士が一人……リンナ・ベルトール。この場の全員が証人です。その者達は腸詰めを切り分けるべく、ナイフを抜きました。いいですね? 皆でありがたく馳走(ちそう)になるといいでしょう。では」


 吹き抜ける風にように、黒衣の少女騎士は去っていった。

 その風が運んだ花の種が、ラルスの胸の奥へと流れ着く。やがて芽吹いて大輪の花を咲かせる決意が、改めて彼の心に根付いた瞬間だった。

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