天使に施し (1)
■あらすじ
主人公のAは家賃を取り立てられていた。
Aは無職。金に困っていた。
ある朝起きるとかわいい天使に変身していた。
そこへ再び取り立ての人がやってきた。
■登場人物
A
・30歳、無職、男性
・ある朝、天使の姿をしたかわいらしい少女に変身
・主人公
1
「Aさん、いますかー?家賃ちゃんと払えますかー?払えないと今度こそ追い出しますよー!」
女が取り立てにやってきた。
女の名前は金取リツ(かんどりりつ)と言う。
リツは17歳、女子高生。大家の孫娘であり、大家の手伝いのアルバイトをしている。
大家の仕事の一環で、家賃を取り立てに、Aを訪ねて来た。
玄関扉の向こうから、リツが彼を威嚇する。
しきりに玄関扉を叩き、その音を部屋中に響かせる。
しばしば「まだですかー?」とか「居るのはわかってますよー」と怒鳴りつける。
一方で、彼は天使の少女の姿に変身してしまった。
謎の輪っかが頭上に浮いている。
羽らしきものが背中から生えている。
着ているものはブカブカのTシャツ一枚だ。
鏡に映る自分の姿を観察していた彼は、リツの声に驚き、転んでしまった。
(どうしよう…どうしよう…)
リツの声はトーンを上げた。
「聞こえましたよー!いるんですねー!早く出てきてくださーい!」
彼は思わず叫んだ。
「すみません、すみません、今出ます!」
すると、威嚇の音がピタリと止んだ。
少しの間を置いて、リツの声がした。
さっきより少し優しかった。
「あの、大家ですけど、Aさんはいませんかー?家賃の支払いが止まってましてー。」
2
リツの態度が変化したことを察知し、彼は少し冷静になった。
(ああ、そうか。オレの声を聞いて、Aとは別人だと思ったのか。
そうだ、Aとは別人のふりをすればいいじゃないか。それで取り立ては乗り切れる。
今のこの姿で、オレがAだなんてバレっこない。)
彼はひとまず下に何か履くことにした。
タンスをあさってジャージを引っ張り出した。
ジャージを履いて、腰と裾のゴム紐を限界まで絞った。
(しかしこの状況…なんて説明すればいいんだ?)
リツの声がする。
「あのー、すいませーん。聞こえてますかー?」
どう説明するか、考えがまとまらなかった。
彼は考えるのをあきらめて、恐る恐る玄関扉を開けた。
3
扉を開けるや否や、
「え、何この子、かわいー!」
という声がした。
リツは彼に抱き着いた。
金属バットが倒れる音が鳴り響いた。
リツの髪の毛が彼の顔に当たった。
「く、くるしい。」
と彼がいうと、リツは彼を開放して
「ごめんね。」
と言った。
リツは彼が今までに見たことない笑顔を彼に向けていた。
リツは、活発な女子、という感じだ。
肌は少し焼け、肩くらいの黒髪を後ろに縛っている。
ジーパンとTシャツに作業エプロンをしている。
ポケットにはペンや定規が挿してある。
健康的な体つきをしており、いかにも運動ができそうだ。
リツはかがみ、彼の両肩に手をかけ、彼に訊いた。
「あなたは誰?Aさんはどこにいるの?」
彼は黙ったままだった。
「ちょっとここで待っててね」
リツはAを探して、部屋の中に踏み入った。
残された彼はあっけに取られていた。
(相手によってこうも態度が変わるのか…)
4
リツが部屋を捜索する間、この状況でどう振舞えばいいか、彼は思案した。
(やっぱり天使ってことにした方がいいのか?)
(Aとの関係はどうしよう…)
(なんにしてもボロを出さないように説明するのは大変そうだな…)
ふと彼はひらめいた。
「そうか。説明できないなら、記憶喪失ってことにすればいいのか。」
声が出たのに気づいて、彼は口をふさいだ。
部屋に誰もいないことを確認すると、リツは彼のもとに戻ってきた。
「あいつ、逃げやがったな。」
恐ろしい口調に戻っていた。
リツは彼の方に向き直って、表情を直して、また屈んだ。
「あなたは誰?何者?Aさんのことを知らない?」
彼は首を横に振った。
「ごめんなさい。私何も覚えてなくて…」
「どういうこと?」
「今朝気が付いたらここにいて、自分のことも、Aさん?のことも覚えていないんです。」
「そう…」
リツは立ち上がってそっぽを向き、首元をかいてため息をついた。
「どうしたもんかな」
リツは彼の方に目をやった。
「えーっと、服はどうしたの?」
「これはその、何も着てなかったので、勝手にお借りしちゃいました…」
リツは屈み、彼の頭に手をのせた。
「とりあえずその格好を何とかしなきゃね。うちに来て。」
彼はうなづいた。
彼にまともな服をあてがうため、リツは彼を連れて金取邸に向かった。
彼はやはりあっけにとられた。
ちょっと会話しただけで、他人から服を手に入れた。
元の姿ではあり得ないことだ。
彼は決心した。
そのかわいらしい見た目をフル活用して生きていくと。