天使に変身
1
舞台は現代、日本は東京近郊の都市。
鉄道駅から歩いて数分の場所に、大き目の一軒家と築年数の古いアパートが隣接している。
アパートは2階建てであり、玄関前の廊下は正面に面している。
廊下には西日が差し込んでいる。
2階の角部屋の前で2人組が揉めている。
1人は16,7歳ほどの女だ。
女はバットを右手に持ち、バットの先の方を左手でもてあそんでいる。
もう一人は30代くらいの男だ。
男は玄関扉にもたれかかり、顔を防ぐように両腕を上げている。
女は男に詰め寄って言った。
「Aさん、家賃払えないんだったら出てってよ。」
男は謝るばかりだった。
「すみません。すみません。」
すると女は男の胸ぐらを掴んで玄関扉に押し当てた。
女は男に二択を迫りながら彼の首元を締め上げた。
「『すみません』じゃないよ。家賃払うのか、出ていくのか、どっちなの。」
女はいったんあきらめて、帰り際、
「来週また来るから。逃げんなよ。今度はもう容赦しないから。」
と言った。
男はその場にへたり込んだ。
2
男の名前はAと言う。
彼は30歳。職についておらず、両親からの仕送りで生活している。
彼は新卒で就職して、2年で仕事を辞めてしまった。
彼は仕事を辞めたことを両親に報告した。
すると両親は彼を優しく慰め、彼に仕送りをするようになった。
「つらかったね、少しくらい休んでいいから」
ところが2か月ほど前、その仕送りは打ち切られた。
彼は手に持った通帳を眺めながら、携帯電話に耳を傾ける。
通帳の残高は1万円を切っている。
携帯電話は彼の母の声を鳴らす。
母は言った。
「だからね、仕送りをもうそろそろやめようと思って。」
彼は少し押し黙ったのち、頷いた。
「…うん。」
母は続けた。
「本当にね、うちに余裕がないわけじゃないのよ。でもね、いつまでも仕送りを続けていると、”あなたのためにならない”から。」
彼はまた頷いた。
「うん。」
母は最後に言った。
「もうそろそろいいんじゃない、頑張りなさいよ。でも本当に困ったときは教えてね。じゃあね。」
通話が切れる音がした。
(これからどうやって生きていけばいいのだろう。)
仕送りは本当に打ち切られてしまった。
しかしこの2か月、彼は働くこともなく、生活費を稼ぐ手だてを見いだせないままでいた。
そしてついに取立てを受けるに至った。
3
それからさらに約1週間が経過し、2度目の取立てが明日に迫っていた。
取立てへの対応について、彼はやはり何も思いついていなかった。
絶望に包まれながら、彼は就寝した。
翌朝、背中のあたりに痛みを感じて、彼は目覚めた。
彼は寝ぼけたまま、上半身を起こして背中をまさぐってみた。
すると、何かふさふさしている。
また、頭の上がほんのりとまぶしい。
彼は天井を見上げた。
部屋の電気はついていない。
それから彼は、寝巻のTシャツを脱ごうとした。
しかし何かに引っかかって脱げなかった。
無理に脱ごうとすると、背中のあたりが痛み出した。
いよいよ何かがおかしいと思った彼は、自分がどんな状態なのか確認することにした。
彼は風呂場の洗面台の前に立った。
鏡の位置が高いので、風呂椅子を引っ張ってその上に立った。
すると、天使の姿をした女の子が彼のほうを見返していた。
4
頭の上には天使の輪らしきものが浮いてほんのりと光っている。
背中から生えた羽は、ぶかぶかなTシャツの中に無理やり納まって、Tシャツを突っ張らせている。
ズボンとパンツは脱げてしまっている。
女の子はとてもかわいらしい。
色白で、髪は長い金髪、瞳は青く、きゃしゃな手足がすらっと伸びている。
また血色がよく、頬が少し赤らんでいる。
14歳くらいだろうか。
少しだけ女性らしさが垣間見える。
彼は天使の輪を触ってみた。
ヒンヤリして、金属のような手触りだった。
彼は言った。
「なにこれ」
その声は、昨日までの彼のものと比べてずっと高かった。
一晩のうちに、彼は30歳の男からかわいらしい天使の少女に変身してしまっていた。
彼は鏡に映る自身の姿を呆然と眺めた。
しばらくして、部屋のドアを強くノックする音が聞こえた。
「Aさん、いますかー?家賃ちゃんと払えますかー?払えないと今度こそ追い出しますよー。」
女が取り立てにやってきた。




