【Night 61】巡り会って
無数のビルが各々好き勝手に生えていた都市、その建物の間の路地裏で、号哭が響いていた。幸か不幸か、ビルの壁と壁を何度も反響し、空まで音がのびているにも関わらず、その叫びは誰にも聞こえなかった。
「1人」を除いて。
『……ねえ』
不意に、ナギの背中に声が当たった。ばっと振り返り、真っ赤になった目を向けた。
クラヤミだった。しかし妙なことに、その輪郭がかなりぼやけていた。手はスライムのように垂れていて、地面に黒いしみを作っている。
だがそんなことはお構いなしに、ナギはとっさに、動かないヒカリをかばった。
「……来んじゃねえ」
『……大じょうぶだよ』
「ヒカリが目当てなんだろ……わかってるぞ……オレがされたように、こいつもヒカリを……!」
『落ち着いて』
「……ヒカリは渡さねえ……オレが……オレが……」
するとクラヤミは、もう一度、その白い目をまっすぐナギの目に向けて言った。
『『おちついて』』
「……あ……」
途端に、ナギの身体から戦意が抜け落ち、たちまち地面に座り込んでしまった。そしてそのナギの横を通り過ぎ、ヒカリへと手を伸ばす。
「……てめ……何しやがる……」
何とか首を回してクラヤミを視線で追うナギだったが、クラヤミの手は既に、2人に達していた。
その一瞬、正常な思考回路が戻ってきた時、ナギは疑問に感じた。なぜ、2人に手を伸ばしているのか? クラヤミは、ヒカリにしか干渉できないのでは?
疑問が広がり始めたその時、信じられない光景を目の当たりにした。
2人が、ゆっくりと目を開いていた。目の光はまだ小さいが、それでもたしかに、意識を取り戻しているはずだった。顔の腫れも、出血も、いつの間にか消えている。それはまさに、奇跡としか言いようがなかった。
やがて意識が覚醒したのか、「ひっ」と声を上げるヒカリ。
『大じょうぶ。なにもしないよ』
ナギと比べ、ヒカリは意外にもすぐに納得したようだ。
そしてすぐに、ヒカリとナギの目が合った。
目をぱちくりさせて数秒間ナギを見ていたが、やがて口を開いた。
「ナギさん……」
「……」
一方でナギは、口を開くことができなかった。今こうして、ヒカリが喋っているということが信じがたかった。
しかし、確かに言葉を発していた。
その現実は、やがてナギに浸透していく。
「……ナギさん!」
クラヤミを通り過ぎて、ナギに駆け寄るヒカリ。その次には元気に抱きついてきた。すぐにナギも応えた。
「よかった……よかった……って、ナギさん……ちから、つよくない……?」
「……良かった……オレのせいで2人とも死んじまったのかと……」
血の代わりに涙を流して顔をうずめるヒカリを撫でる。少し微笑んでいた。そして思った。「2回目」があるなんて。さっきとは意味がまるで違うけど。
ナギの手の甲とヒカリの頭に水滴が落ちつつあった。
「……よ、良かったですよぉ、本当に……」
「……テリカ!」
しかし歩いてきたテリカには、大きな声を出してしまった。なぜなら。
「……お前、喋れてるじゃねえか!」
「……『しゃべれてる』?」
「あ、えっと……」
「もちろん、ですよぉ!」
そう。ナギが影に敗北する直前、影に『ちから、うばう』と頭をわしづかみにされたテリカは、まともに喋れなくなっているはずだった。しかし今は、ところどころつまりながらではあるが、支障なくコミュニケーションができる。
『……多分、〈ソカ〉から出てきた時に、うばわれた力も一しょに取り返したんだね』
そして、クラヤミ。
3人は一斉に、彼女の方を向いた。口を開いたのはナギだった。
「……なぁ、お前……なんで2人を治してくれたんだ? それに、どうしてオレ達を他の奴に言わないんだ? ほら、あのテレパシーみたいなやつで……」
すると、少し考える素振りを見せた後、クラヤミが言った。
『……何となく、助けたかったからだよ』
「何となく、ですかぁ……?」
テリカが返す。しかしクラヤミはそれには反応せず、ヒカリに近づいた。
『はい、これ』
どこから取り出したのか、ヒカリの前に出されたクラヤミの手には、ヒカリがナギを助けるのに使った、あの大きな懐中電灯が握られていた。
「これ……!」
『おちてたから、ひろったよ』
「……ありがとう」
ヒカリはその行為に感謝して、受け取ろうとした。
その時、気がついた。
「……!」
クラヤミの手───正確にはヒカリの手袋のシルエット───が、溶けたアイスのように、液体になってポタポタと垂れていた。それで、思わず手を引いた。
『……大じょうぶだから』
しかしクラヤミに促され、手に取った。ナギ救出の時と同じく、ドロドロとした黒い物が手袋にまとわりついた。しかし、拾ってくれたのは事実なのだ。
「……ありがとう」
クラヤミはヒカリの感謝を受けて小さくうなずくと、何を思ったのか、いきなりナギの手を握った。ナギはすぐにその手をほどいた。すぐにほどいたつもりだった。
「うおっ! 何すんだよ!」
『……いきなりでごめんね、あなたにも「助ける力」を分けたくて……』
「助ける、力……あの、ほ、他の影に、入って、中の人を、助ける力、ですかぁ?」
クラヤミが大きく頷いた。
「……ってことは……」
ナギの方にゆっくりと目を移すテリカ。その先のナギは、瞬きを挟みながらクラヤミを見ていた。
「オレが……他の奴を……てかなんでオレに……」
そして、両手を視線の前に持ってきて、それをしばらく見つめていた。最初は火山の噴火か何かを遠目で見るような表情だったが、だんだんと笑顔が混じってきた。
やがてナギが口を開いた。
「……行くぞ」
「えっ?」
「他の奴ら助けに行くんだよ! 出会った奴は誰でもな! ほら! 2人も!」
それでナギがしていた瞬きがテリカに移ったが、彼女もすぐに笑って返した。
「そうですね、行き、行きましょう!」
それに賛同して、路地を抜ける後を追うテリカ。ヒカリもそれに続いて足を踏みだそうとした時。
クラヤミの湿った手が服を掴み、それを阻止した。
「……?」
『まだ行かないで。伝えたいことがあるんだ』
それを受けて、ヒカリはいぶかしみなかまら、再びクラヤミの方を向いた。無表情を際立たせている白い目が、より鋭く見えた。
『……そのかい中電とう、「ついてる」よね?』
何のことか分からなかったが、クラヤミが自身のしたたる左手を指さしたのを見て、ピンときた。懐中電灯には黒い反液体状のものがくっついている。
「うん……でも、どうして?」
しかしクラヤミはそれには答えず、言った。
『わたしがいなくなったら、太ようが出てくる。そうすればかげはみんなきえるんだ。そして、わたしはもうげんかい』
クラヤミが言ったことで、ヒカリは少しずつ理解していった。影はクラヤミがいなくなれば、出てくる太陽によりみんな消滅する。なぜ太陽が出てくるとそうなるのかは分からなかったが、しかし、これを言うということは。
『よかったね。ヒカリちゃんたちの、かちだよ』
そう言って、クラヤミは地面に倒れ込んだ。




