【Night 33】贈り物
「テリカさん!」
「……テリカ!」
ヒカリとヨウタもテリカに駆け寄ってきた。
「よかった……」
特にヒカリは、勢いよく駆けてきたかと思うと、そのままテリカに抱きついた。
「まあ、よかったな。とりあえずこれでようやく4人に戻った」
ナギが安心したかのように言う、しかしその肩には、痛々しく血が滴っていた。
「……ナギさん……大丈夫?」
「あっ……ごめんなさい……」
テリカが謝る。すると、ナギはそんなテリカに向かって笑いかけた。
「馬鹿。こんくらい大丈夫だよ!」
しかし。
「うっ…」
次の瞬間、ナギは肩を押さえてしゃがみ込んでしまった。
「……ナギ」
「へーきだって!」
すると、テリカが何やら頭を触り始めた。
「テリカさん?」
テリカは頭の額あたり……乱雑に巻かれた包帯をちぎり、一巻きほど切り取ると、ナギの肩に巻いた。
「ごめんなさい、もっと綺麗な布があれば……」
テリカは申し訳なさそうに言った。
するとナギは下を向いた。と思うと、その体を小刻みに震わせ始めた。
「……ナギさん?」
「ふふふ……」
よく聞くと、笑っているような声が微かに聞こえてきた。そしてその笑い声は、だんだんと大きくなっていく。ヒカリは、初めてナギと会ったときの様子を思い出していた。
「ナギさん?」
「ははは……いや、わりいわりい。お前にこんなことしてもらう日がくるなんて、思ってなかったからな……」
「ナギさん……」
テリカは心にじんとくるものを感じた。
その時、ヒカリはとあることを思い出した。そして、自分の服の中から黄色い袋を取り出した。
これを渡さないと。
「……あめ、もってきた」
しかし、誰も返事をしない。どうやら聞こえていないようだ。
仕方なくヒカリは、わざわざナギの所まで行き、背中を叩いた。ナギに一番渡したかった。
「何だ?」
ナギはすぐに振り返った。穏やかな顔をしている。
「……あめ、いる?」
「アメ? アメって……あの食べる方の?」
ヒカリは黙って頷く。
「サンキュ! オレずっと腹へってたんだよなー」
するとナギは急に元気を取り戻したかと思うと、ヒカリの飴の袋から飴玉を1つ取りだし、包装を開いて口に入れた。
「くぅーっ! やっぱ疲れてる時には甘いもんだな!」
「何ですかぁ?」
「……何?」
すると、テリカとヨウタもやってきた。
「テリカ……」
「あ、いや、別にまだナギさんたちを信じてないわけじゃないですよ! ただ敬語じゃないと喋りづらくて……」
「まあそれならいいんだけどな。あ、2人とも、ヒカリのアメ食べるか?」
「……じゃあ、貰おうかな」
そう言うとヨウタもヒカリの持つ袋に手を伸ばした。
「……うん。おいしい。ありがとう、ヒカリ」
「私もいいですかぁ?」
次はテリカだった。少し切り取ったとはいえ、包帯とボロボロのコートが痛々しかった。本人は変えようと思わないのだろうか。
「じゃあ、1つ貰いますよぉ」
そう言って、テリカも飴の袋に手を突っ込んだ。
……そこで、止まった。テリカは少し笑みを浮かべた表情のまま、固まっていた。よく見ると、袋に視線が注がれているように思える。
「テリカ?」
「あ、えっと、何でもないですよぉ! ……ヒカリちゃん、やっぱり私はいいですよぉ」
「え?」
ヒカリは戸惑った。なぜテリカは飴を受け取らないのか。食べることへの執着を捨てるためなのだろうか。その答えは、ごく単純な、しかし複雑なものだった。
───迷子かな? 大丈夫。怖がることはない。
(このアメ、あの時のアメと一緒……)
あの時助けてくれ、そして先程まで自分を傀儡としていたヒカリの父親。今はヒカリ本人が渡しているとはいえ、嫌悪感を抑えることはできなかった。
すると。
「受け取っとけよ、テリカ」
これに反応したのは、意外にもナギだった。
彼女は、今度は少し真剣な様子で飴を取り出すと、テリカの右手に握らせた。
「お前にどんな理由があろうと、これはヒカリからのもんだからな。お前、ヒカリになんか恨みとかあったか?」
「そ、そりゃあ、ないですよぉ」
テリカは慌ててかぶりを振った。
「じゃあ、貰っとこうぜ。オレ、いいこと思いついたからさ」
そう言ってナギは、ヒカリに歩み寄った。
「ありがとな、ヒカリ。こんだけのもん貰ったんなら、こっちも何か礼をしねえとな」
すると、ナギはヒカリを指差した。いや、正確には、ヒカリの首を指差していた。
「そのマフラー、やるよ」
「え?」
「オレはもう、寒くねえからな」
それだけ言って振り向き、遠くの方を見るナギ。その様子は、何かに祈っているようにも見えた。
「……ナギさん?」
ヒカリはナギが心配になった。普段のナギらしくない。何かあったのだろうか。
「……あ、すまん」
ヒカリの接近に気がつくと、ナギは祈り(?)をやめてしまった。
「……よし、お前らもヒカリに何か返せよ」
すると、一転してナギは大きな声で2人に言った。
「ええっ!?」
「……」
突然のナギの発言に驚く2人。しかしすぐに納得する素振りを見せた。
「……じゃあ」
先にヒカリに足を踏み出したのはテリカだった。先程と同じく、頭の包帯を少し長めにちぎっている。
すると、テリカはしゃがみ、テリカの足を凝視した。そして何かを見つけたような様子になると、ヒカリの足に包帯を巻きつけ、結んだ。
その場所は、ナギと再会する前に、転んで怪我をした場所だった。
「はい、これでもう大丈夫ですよぉ!」
「ありがとう。でも……テリカさん……あたまのけが、だいじょうぶ?」
「私は大丈夫ですよ。私は1人です。でもヒカリちゃんには、会うべき家族がいます。家族に会わせるまでは、傷ついた状態で帰すわけにはいきませんよっ!」
そう言って、満面の笑みを向けるテリカ。何一つ不純物が混じっていないように思えた。もし生まれた環境が少しでも違っていたら、きっと誰からも好かれる人になっていただろう。
「ありがとう……」
「……じゃあ、次は僕だね」
そして次に、ヨウタがヒカリに向かってきた。
「……まず、謝っておかなくちゃいけないんだ……」
ヨウタはヒカリの目の前まで歩くと、声色を全く変えずに言った。
「何をだよ」
ナギが素早くツッコむ。ヨウタは無反応だ。
「……僕が寝てたせいで、離ればなれになってしまったこと、ごめん」
「おいおい、それならオレが不甲斐なかったのが……」
ナギは懲りずにツッコみ続ける。
「……あ、もう一つあるんだ」
ナギはヨウタの言葉に黙ってしまった。
そこから、少し間があいた。風の流れを緩やかに感じた。
「……ショッピングモールにいたとき、ナギにヒカリを見張ってろって言われてたけど、実は2人が移動した後、こっそりとある店に行ってたんだ」
「……は?」
「ナギさんっ、後で……!」
「……いや、いいわ。結果オーライだし」
2人が何やら言っている。ヒカリにはよく聞こえなかった。
「……だから、せめてものお詫びとして、これ」
そして、ヨウタはヒカリに何か掌ほどの大きさの物を差し出してきた。
いや、掌ほどというより……掌の形をしていた。
かわいらしい小さな手袋だった。
白をベースとし、掌から分岐する指の部分には、桃色の線が入っている。そして反対側の手の甲には、これまた桃色の、数個の星が燦然と輝いている模様がプリントされていた。手にはめてみると、ぴったりとフィットした。手に毛の質感が絡みついた。
「……ごめんね」
ヨウタは申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。しかし、その後ろから、ナギとテリカが走ってきた。かと思うと、ナギが思い切りヨウタの背中を叩いた。
「お前、やるじゃねえかよ! 女の気持ちなんてわかんねえただの陰キャだと思ってたのによ!」
「そうですよぉ! これ、めちゃくちゃかわいいじゃないですかぁ!」
ヨウタは唐突なお褒めに、一瞬固まった。そして、隠すように顔を背けた。
「……そんなことないよ」
「照れなくていーんだぞ! ほら!」
「……照れてないよ」
ヨウタは完全に後ろを向いていた。思わずヒカリは笑ってしまった。
「……まあ、あれだ」
ナギはそんなヨウタをよそ目に、ヒカリに注目を移し、言った。
「要するにオレたちが言いたいのは……その……みんなお前を大事にしてるってことだ! 忘れんなよ!」
言い終わると、ナギはすぐにヨウタと同じように後ろを向いてしまった。最後の方が少し早口になっていたのを、ヒカリは聞きのがさなかった。ナギとヨウタ。最初の頃は水と油のように相反する性格だと思ったけれど、この2人は案外似ているのかもしれない。水と油が混ざることだって、無いとは限らないのだ。
「ナギさんも照れてるじゃないですかぁ」
「うるせぇ! 行くぞ!」
茶化すようにテリカが言う。それを振り払うように、ナギが大声で叫び、歩き始める。ヨウタも、黙って後ろをついていく。
ナギ、テリカ、ヨウタ……こんな人たちにまた出会えることなんて、もう二度とないだろう。
そんなことを考えながら、ヒカリも足を踏み出した。




