【Night 32】決着
「ナギさんっっっ!!!」
『決まったね』
「……そんなのありかよ……」
唖然とするヒカリとヨウタ。
すると。
『……さて、〈ソカ〉。〈ナク〉。処理を───』
父親の影がそう言った瞬間だった。
「……ずりぃだろ……こんなの持ってるなんてよ……」
どこからか、そんな声がした。
声の主は、もう予想できていた。
『何故だ……不死身か……?』
「ナギさん!」
ナギはテリカが左肩に刺しているカッターナイフを抑えていた。流石の父親の影も、これには動揺を隠せないようだ。
テリカは力を強める。その都度、ナギが苦しそうな表情を浮かべる。ヒカリは目を手で覆った。
しかし、ナギも負けていない。
「ふっ!」
ナギは右手でカッターナイフを抜いた。テリカの両手の力に打ち勝った瞬間だった。
そして、捨てる。カララン、と金属質の音がする。
「……テリカ」
テリカは少し離れ、半開きの目でナギを見る。その目は真っ黒で、不気味だ。どうすれば、あの目に再び光を灯すことができるのか。
ナギには、その答えは見えていた。
「……何で体以外を使ったんだよ」
『其れは君に勝利を収めるため───』
「お前に訊いてねえ! テリカだ! 何であんなもん使ったんだよ」
テリカは答えない。
「お前、言ってたよな! 嘘つきは嫌いだって! ならなぁ!」
するとナギは、再びテリカに突進した。そして殴りかかる。テリカは手で受け止めた。
「拳で語り合おうぜ。もちろん正直にな」
「……テリカ。思ったんだけど……」
するとヨウタも干渉を始めた。
「……君はさっきナギを刺した。でも肩だった。だからナギは今こうやって、動けている」
そして、ヨウタはテリカに一歩ずつ近づいていく。テリカはそれに対して反応を示し、ヨウタの方を向いた。
「……君は、ナギを殺したくなかった。だから、致命傷にならない場所を指したんだろ? あと、これ以上殴り合わないために……」
テリカは何も答えない。
「……君は、本当は戦いたくないんだろ? じゃあ、その手を下ろすべきだ。君も、ナギも」
「やめろ、ヨウタ」
「………」
すると、ナギがヨウタを制した。
「悪かったな。別にオレはやめろって言ってるわけじゃねえんだ。オレが言いたいのはただ1つ」
そして、ナギはにやりと笑みを浮かべたかと思うと、右手の拳を左手の掌に再び打ち合わせた。
「隠すのは無しにして、遠慮なく殴り合おうぜってわけだ」
ずっと言おうとしていて、直接言えなかったこと。豹変後のテリカにこれを言うのは初めてだった。
そうして、ナギはまたテリカに向かっていった。
───隠すのは無しにして、遠慮なく殴り合おうぜってわけだ。
どこか遠くから、そんな声が聞こえる。
誰の声だったかは忘れてしまった。
隠す……それは、私の心に強く響いた。
なぜかはわからなかった。もしかしたら、お母さんが私にずっと戸籍が無いことを隠していたから……かもしれない。
ところで……私は、何をしようとしていたのだろう?
何を以て生きたかったのだろう?
お腹が空いたから?
死にたくなかったから?
いいや。違う。
出会いを求めていたんだ。
ナギさんみたいな、ヒカリちゃんみたいな。ヨウタさんみたいな。
そんな、ずっと仲間でいられるような……自分のことも受け入れてくれるような人を探していたんだ。
それなのに……なぜ自分は隠し続ける?
それを打ち明けられる人を探していたのなら……なぜ隠す?
そうだ。そうだよ。
今、今なんだ。
その瞬間、私から何かの糸が切れる音がした。そんな気がした。
「……そうだよね。ここまで来たらさ」
静かな戦地に、声が広がった。
「……は?」
「……え?」
「……?」
それが同心円状に広がっていくとともに、誰もが声を漏らした。
「ちゃんとやらなきゃ、ダメだよね」
テリカが喋った。それは驚くほど急で、でも安心できるという不思議なものだった。
「テリカ…お前」
「ナギさん」
するとテリカも、ナギと同じように右手の拳を左手の掌に打ち合わせた。
「殴り合おう」
「……だな!」
そして2人は、互いに向かって走っていく。
『……何故』
「……さすがにこれは予想外だった?」
驚く父親の影に、ヨウタが接近する。
影は気づいているのかいないのかわからなかった。
「……でも、いずれこうなることはわかってたよ。あの2人は言葉で言い表せない……信頼があったからね」
『………』
「……じゃあ、僕はこの戦いを見届けるよ」
ヨウタは影にそう告げた。
しかし。
「……え?」
気がつくと、影は2つとも消えていた。
そのかわり、頭にこんな声が響いた。
『あの少女には確かにやられたよ。ただ君たちには発現しつつある。神授人としての能力がね。其れだけで我々は満足さ』
「……ちょっ……」
『君は不思議に思わなかったのかい? こんな闇の中で、なぜはっきりと目が見えるのか』
「……!」
言われてみれば、確かにそうだった。今、光源がほとんど無いこの状況でも、2人の戦闘はくっきりと見えていた。
『じゃあ、君達は仲間の戦闘を楽しみ給え』
「……何、ギフテッドって……」
しかし、その質問に答える者は、もういなかった。
ヨウタは仕方なく、再び2人の戦闘に目を向けることにした。
テリカは明らかに体力が落ちていた。先程まで無感情で体を動かしていたのに、今は、はあ、はあと息を切らしている。とても必死だった。
「どうした、テリカ! もっとこいよ!」
ナギはそう言ってテリカを容赦なく攻撃し続ける。一振りのたびに、肩から血が出て、宙を舞う。言っては悪いが、芸術性をも感じた。
「言われなくても!」
そう言ってテリカはナギに渾身の一撃を叩き込んだ。
一瞬、何かが止まった。
テリカは目を瞑った。
そして、ゆっくりと開ける。
すると、ナギが頬を擦りながらこちらを見ていた。痛そうにしているけど、笑顔だった。
「お前の一発は受け止めたぜ。次はオレの番だな!」
そして、拳が飛んでくる。
あまりにもゆっくりに見えた。少し動けば、避けられそうだ。
でも───。
───たまに、こんな世界で良かったって思うんです。
例えば今みたいに。
「おい、立てるか?」
正面から声が聞こえる。それに伴い、目が自然と開く。目は、少しずつ月の光を吸収していく。
「ちょっと強く殴りすぎちまったかもな……」
そして、ナギが月に被さり、こちらを見つめているのが見えた。右頬に大きなあざができている。同時に、自分が仰向けに倒れていたことがわかった。
「ま、いいか。お前のことだし、大丈夫だろ」
そして、ナギの一言。ナギは何気なく言っているかのようだった。
でも、なぜか自分の目が熱くなっていく。体は寒いのに、顔だけはその冷気を感じることがない。
この言葉が、嬉しかった。この「本当の友達しか言わないような言葉」を言われたのが、嬉しかったのだ。
「ずるいよ……」
涙が目から地面へ流れていく。
その涙の道の少し下、テリカの右頬には、ナギと同じようなあざができていた。




