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【Night 31】こんな風に




「………」

信じられなかった。

「……テリカ……」

彼女は、過酷な環境で生きてきたのだ。

″テリカ″として。

物語の主人公の名前を借りて。

「……くそっ……」

すると、ナギが悔しそうな表情を見せた。ヨウタと会ったばかりの頃を思い出していた。


───たまに、こんな世界で良かったって思うんです。


「……あれは……そういうことだったのかよ……オレたちと過ごせるからじゃなくて……ただ家に帰りたくなかったから……!」

「……ナギ……?」

ヨウタが疑問を浮かべる。

「正直、最低限の暴力で解決しようと思ってたけどもうやめだ……お前を戻すためにも、全力でぶん殴ってやるよ!」

そう言うと、ナギは再びテリカに突進していった。

テリカは静止したままだった。まるで、全てを受け入れているかのようだった。

……いや。

あるいは、覚悟か。

「うおらぁぁぁっ!」

ナギはテリカに渾身のパンチをお見舞いした。

『……無駄だ。彼女に通用するはずがない』

だがテリカは、やすやすと受け止める。

そして、今度はテリカが───。

「!?」

「なめんなっ!!!」

ヒカリたちは目をむいた。

ナギはテリカが殴りかかるよりも速く、二撃目を繰り出していた。

「お前が反撃する前にケリつけてやるよ!」

相手の反撃より速く。それだけで、こちらのペースになる。

実際に、テリカは防戦一方へと変化していた。

「……確かに、攻撃を防ぐには相手の攻撃を見切る必要がある……当然、見切るのには相手の攻撃の方向を確認してからじゃないと無理だから、時間がかかる。でも、攻撃する側は、一撃目で使っていないもう一方の手を攻撃に移せばいいだけだから、一撃目の途中でも二撃目を実行可能だ。つまり……」

「おらぁぁぁっ!」

ナギは防御態勢をとるテリカの掌に殴り込んだ。さすがのテリカも苦しい表情を見せた。

「連打すれば、延々と攻撃を続けられる」

いける。いける。ヒカリは先程から途切れそうな意識を、希望と期待で持ちこたえていた。ちょっとでも気を抜けば、すぐに記憶が飛んでしまいそうだった。

すると、後ろから誰かが肩を叩いてきた。

振り返る。

「……!」

そこにはヒカリの影がいた。

『……内しょ』

ヒカリの影はヒカリの頭に手を当てた。ヒカリは振り払おうとした。

すると、ヒカリの体が急に軽くなった。痛みも消え、意識も徐々にはっきりしてきた。

「なんで……」

しかし、いつの間にか、ヒカリの影は、父親の影の隣に場所を移していた。

「……?」

何だかよくわからないが、とりあえず、今はナギが有利だ。

ヒカリは早速、ずっと言おうとしていたことを叫んだ。

「がんばれ、なぎさぁぁぁん!」

すると、ナギも反応した。

「ヒカリ……待ってろよ、今終わらせてやるから」

『ふむ……不利な様だね』

すると、その期待に満ちた空気を切り裂くかのように、父親の影が口を開いた。口は無かったのに。

『テリカ。あれを使いなさい』




───テリカ。あれを使いなさい。

私の脳内に、誰かが問いかけてくる。

……″あれ″……?

何のことかわからなかった。

いや、そもそも、あまり深く考えることができなかった。

私は無意識に、コートの中に手を伸ばしていた。中に何かあるのかすらわからなかったし、何かを隠した覚えもなかった。

ただ、こうしたほうがいい、と、ひたすら何かが命令してくる。

そしてそれを、コートの中から引っ張り出した。

その瞬間、ショッピングモールの時と同じように、何か黄色く、まぶしく、あたたかい物が脳を走った。

そして、また思い出した。

どうして今まで、忘れていたんだろう。

絶対覚えていたはずだったのに。

絶対忘れられなかったはずなのに。

アサヒユウと初めて会ったとき、彼は私のバッグの中身を見た。

そして、こう言った。

───大丈夫だよ。君のしたことは、決して間違っていない。

ああ。そうか。

これがバッグの中に、入っていたのか。




「ナギさん、いけるよ!」

「……ヒカリ……? 大丈夫なのか?」

急に大きな声で応援を始めたヒカリに、ヨウタは心配の念を向けた。

「……まあ確かに、ナギの思いのこもった殴打を喰らわせば、テリカも戻るかもね」

ヨウタはナギの方を向いた。ナギはヨウタに気がつくと、にやりと笑ってみせた。

「これで……終わりだ!」

ナギは右手を固め、テリカに突き出した。

一切の力を込めたつもりだった。

しかし。

「……!?」

「……ヨウタさん?」

「……まずい」

「え?」

「……ナギ! 避けろぉぉぉっ!」



覚えていたはずだったのに。

忘れられなかったはずなのに。

あの感覚。

あの、柔らかい果物をえぐるような感覚。もしかしたら、母親の首は果物だったのかもしれない。そんなわけないか。

そして、母親の血液の温かさ。

私は、もうどうでもよくなった。

もうこのまま、流れに身を任せたかった。

そうして、自分の罪を白紙にしてもらいたかった───。




「ナギ! 避けろぉぉぉっ!」

「へっ?」

ナギはピンときていないようだった。

しかし、ヒカリには見えた。

テリカの手に握られた、赤黒い光を放つカッターナイフが。

「……!」

そして、ナギもようやく気がついた。

テリカはカッターナイフを一気に振り上げる。

ナギは動けていなかった。ただ凝視しているだけだった。




ああ。私は、私は、殺したんだった。

こんな風に。こんな風に。




そして、ナギの肩に、カッターナイフが差し込まれた。

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