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【Night 14】ヨウタ(後編)




『……ただ僕たちに従えばいいだけ』

ヨウタそっくりの影はそう告げた。

「したがう……? したがうって何だよ!?」

トウマがたてつく。勢いよく足を踏み込み、床が響いた。

『こういうことだよ』

そんな声が、トウマの目の前から聞こえた。

そして、トウマそっくりの黒い奴が、トウマの胴体を掴んだ。

「な、何すんだよ! はなs」

そこからは一瞬だった。黒い奴が、トウマの身体を自身の身体に押し付け、やがて───トウマは完全に包まれた。

その間、トウマは一言も発せなかった。

「……トウマ……?」

何が起こっているのかわからなかった。ゲーム機から聞こえるコミカルな音が響いていた。場違いだと感じた。

『じゃあ次はわたしだね』

すると、今度はマリそっくりの黒い奴が、マリに手を伸ばし始めた。

いけない。このままじゃ2人とも───。

そう思うが早いか、ヨウタの体は勝手に動いた。

「マリ、逃げるぞ!」

ヨウタは黒い奴の手が伸びる前にマリの手を引き、部屋を急いで出て、階段を駆け下りた。

「母さん! 母さん!」

そして、全力で母親を呼んだ。

しかし、返事はなかった。

リビングにも、洗面所にも、トイレにもいなかった。

『……君のお母さんなら』

すると、またしても後ろから「ヨウタの声」がした。他人から聞いた自分の声は、こんなにも不気味だったのか。

『……もう僕たちの手中だ』

フリーズ。

頭がさらに混乱した。トウマに続いて、母さんまで?


───あと、髪の毛目にかかってるから切ったら?


「……くそっ!」

ヨウタは自身の右足、太もものあたりを叩いた。まさかあの会話が最後になるとは思っていなかった。

「……マリ、外に出るぞ」

「え? でも、でも、トウマが……」

「……トウマは後だ」

そして、マリの腕を引っ張り、玄関まで進もうとした。

すると。

『どこに行くの?』

「……!」

黒いマリが立ちはだかった。

「……戻るっ……」

振り返っても、後ろには黒いヨウタがいるだけだった。

『そんなに怖がらなくてもいいのに。ただわたしたちに任せておいてよ』

「……さっきから言ってることが……」

そこまで言ったヨウタの目には、黒いマリの腕が伸び、マリの身体を掴んでいる場面が映った。

「え……?」

「……マリ!」

いつの間にか、ヨウタはマリの腕から自身の手を離していた。

ヨウタは必死だった。マリの腕をもう一度掴み、たぐり寄せる。

『じゃまだなぁ。ゲッタ兄、そっちお願い』

『……任せて』

すると、今度は後ろの黒いヨウタの腕が伸び始めた。その闇夜のように黒い掌は、ゆっくりだけど、みるみるこちらに向かってくる。

しかし、ヨウタの考えは変わらなかった。

「……マリ、兄ちゃんがついてるからな」

そして、ヨウタは力いっぱい、マリの腕を引いた。どんな揺さぶりをかけられようと、いや、自分の命を失おうとも、マリは守らなくては。それが、自分を大切にしてくれた弟、妹への報いだ。弟は守れなかったけど、せめて妹だけは。

そうして、ヨウタは軽くなった手を自身へ引いた。引いた……。


……軽くなった?


自分の手を見てみる。何も無い。馬鹿な。さっきまでマリの腕を掴んでいたはずなのに。

────あ。

目の前のマリの姿は、黒いマリの中に入りかけていた。

マリの表情はわからなかった。いや、理解がこばまれた。

マリは必死に口を動かしていた。多分、何か喋っていた。でも聞こえなかった。イの段、イの段、エの段……わかったのはそれだけだった。

「……マリ」

そうして、マリは完全に黒い身体の中に消えた。

「……マリぃぃぃ!」

『……いいのか、人の心配してて』

振り返る。黒い掌が迫る。ヨウタは慌てて後ろにとんだ。そして、玄関のドアを開け、思い切り走った。

息が苦しい。冷気が痛い。心臓も痛い。何で、なんでこんなことに。自分たちは、ただゲームしていただけだ。ただ、幸せを感じていただけだ。なのに、なんで。

そして、哀れだった。自分の代わりに死んだ弟と妹が。息子とプチ喧嘩けんかしたまま、死んだと思われる母親が。そして、助かってしまった自分が。

死にたかった。兄という職務を放棄して、弟と妹を見殺しにした。これは一生消えない罪だ。どんなことをしても許されない、永久的な罪だ。

気がつくと、変な場所にいた。暗く、でも星が明るい、自分達が住んでいるのと同じような住宅街。でも、ヨウタの住宅街とは違う。屋根の色、家々の配置。違いはいくらでも発見できた。

しばらくして、ヨウタは冷静さを取り戻した。次に、いろいろな疑問が浮かんだ。特に、自分たちにそっくりの黒い奴ら。黒いトウマと黒いマリは、単に黒いシルエットだった。しかし、黒いヨウタには、白い目があった。この違いは何なのだろうか。

そんなことを考えていると、目が勝手に閉じてきた。意識が落ちる前に、こんなことを思った。

ああ、そうだ。あの黒い奴らも、自分であって、自分でない───。




「おーい、生きてんのか? 起きなかったら蹴るぞ」

唐突に、低い女性の声で目を覚ました。映画にありがちな、だんだんと目を覚ますパターンではない。目覚まし時計みたいに、はっと覚めた。

「起きてないっぽいな、じゃ、実力行使だ」

「……起きてるっ……」

「あ?」

「……起きてるよ」

目の前にいたのは、茶髪でジャケットをいい加減にどっかの制服の上から着た女性だった。明らかに自分よりも年齢が上そうだったから、おそらく高校生だろう。もしくは、そういう趣味の大人か。

「お前、髪で目ぇ隠れてっからわかんねぇよ」

(………)

またしても母親とのやりとりを思い出してしまった。




その女性はナギといった。ナギは他にも、ヒカリとテリカという人を連れていた。テリカはヨウタと同じくらいの年齢だった。

そして、ヒカリを見た途端、マリの姿が重なり合った。嬉しくもあり、悔しくもあった。

3人の目的は、家に帰ることだった。1人だけ難色を示したが、後の2人は確実にそうだった。

無理だと思った。あの黒い奴らに対抗できる力を、この3人が持っているわけがない。あの黒い奴らは、自分であって、自分でない。つまり、自分で自分を殺せるような者じゃないと、弱点とか攻略法はわからないと感じた。

しかし……このヒカリだけは、何故か無視できなかった。

どことなくマリに似ていたから。マリと年齢がほぼ同じに見えたから。そんな言い訳を自分に言い聞かせ、ヒカリを隔離させた。しかし、ヨウタ自身に一番響いた言い訳は、「今度こそ守らなくてはならない」だった。

そこに、〈ゲッタ〉がまた現れた。

どうやら目的はヨウタ1人のようだった。ならばよかった。これで自分が死ねば、ヒカリを守ったことになる。そういう自己満足で納得していた。いや、もともと弟と妹を守れなかった自分に嫌気が差していたのかもしれない。もはやわからなかった。

なのに、なのに───。

あの3人は、あの手この手でヨウタを生かそうとした。無駄だとわかっていても、諦めなかった。

そして、決定打が決まった。


「いきてっ!」


ヒカリの言葉は、なぜかマリが言ったのだと勘違いした。

そして、ヨウタの頭に、走馬灯のようにマリが死ぬ光景が流れた。

マリが動かした口───イの段、イの段、エの段。

い、き、て。

次の瞬間、ヨウタはいつの間にか、黒いヨウタの腕を破壊していた。

あの時、マリは───ヨウタに生を託したのだ。

途端、守れないから死ぬ、という自分の考えが馬鹿らしくなってきた。

何言ってるんだ。自分が2人の分まで生きないと駄目だろ。

そうしてヨウタは、覚悟を背負った。

2人に、ちゃんと生を感謝できるように。

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