【Night 13】ヨウタ(前編)
1日前。
夕日が閑静な住宅街を美しく照らす。
オレンジ色の光が、家々の間に優しく差し込む。夕日に伸ばされた影を見ながら、ヨウタは坂を下っていった。
久しぶりにパソコン部の活動が休みになった。おかげで他の部活に勤しむ中学校の同級生たちを差し置いて、こんなに早く下校できる。リズムよく汗臭いかけ声を発しながら駆ける野球部や、パコンパコンと柔らかい音でひたすらボールを打ち続けるテニス部を見ながら、優越感に浸って帰ってきた。
そもそも部活が休みになった原因は部長だ。何が「スマホ連携アプリの使い方講座」だ。何が「スマホを持ってるやつにとっては便利」だ。おかげで昨日は帰宅が7時前ほどになったし、スマホも持っていないのに5千円近くが手元から消えた。全く、5千円払ってアプリを買って、部長から全く無意味な知識を延々と聞かされて、今日が休みになっていなければ、本当に殴っているところだ。
そんなことを思案していると、いつの間にか家の黒いドアの前にいた。「閃」と書かれた表札が視界の隅に佇んでいる。この名字は調べても何人いるか出てこない。つまり他の人からすれば存在しない名字。何か妙だった。
(……まあいいや。とりあえず中に)
ヨウタは黒いドアを押し、中に入った。
すると。
「おかえりー!」
二人の小さい子供がヨウタに駆け寄ってきた。弟のトウマと妹のマリ。2人とも、小学2年生だ。
「……おいおい、トウマ、それにマリまで……落ち着いて」
「今日はいっしょにやってくれるよね!? 『サバイバーコネクト』!」
「サバイバーコネクト」とは、最近話題のオンラインゲームだ。ルールは簡単。50人の「コネクター」が、50人の「ハンター」に倒されないようフィールド上を隠れながら移動し、フィールドに隠された「サバイブアダプター」を起動していく。「サバイブアダプター」を全て起動できたらコネクターの勝ち。そうなる前にハンターがコネクターを全員倒したらハンターの勝ちだ。
そしてトウマとマリは、この「サバイバーコネクト」が大好きだった。
「……そうだな、やるか」
「ちょっとヨウタ、帰ってきてるんなら教えてよ」
するとリビングから母親が出てきた。大して忙しくないのに、動きがせかせかとしている。
「……母さん」
「またゲームするの? 宿題は?」
「……ゲーム終わったらやるよ」
「本当?」
「それでやらなかったことないだろ」
「ふーん」
まるで小馬鹿にするかのように呟くと、母親は何かを思い出したかのように言った。
「あと、髪の毛目にかかってるから切ったら?」
「……いや、いいよ」
「今のままじゃ暗く見えるよ」
「お母さんいいでしょ! ヨウタ兄、今のままでかっこいいよ!」
「そうだよ! お母さんなんでヨウタ兄にいじわる言うの?」
「……2人とも」
この2人は、何故かヨウタを深く慕っていた。理由はわからない。というか理解できなかった。ただ一緒にゲームするだけで、こんな扱いを受けられるのか。
「……!」
当の母親は黙ってしまった。しかし、悔しそうに、
「わかったわよ! でもいずれ切りなさいよ!」
と言い、再びリビングに消えていった。
「よっしゃ! 5キル目!」
「ああ~! トウマに倒された~!」
場面は切り替わり、ヨウタの部屋。先程までオレンジ色だった窓の外は、もうすっかり暗くなっていた。
3人はゲーム機を持ち寄りながら没頭していた。トウマはハンター、ヨウタとマリはコネクターだった。今のところ、ハンター陣営有利となっていた。
「ちょっとてかげんしてよ~」
「ええ~」
「……マリ、キレるなよ」
「キレないもん!」
微笑を浮かべながら、ヨウタは自分のゲーム機の画面に目を落とした。
画面のキャラクターが、ゲーム機のスティックを倒すたびに任意の方向に移動し、ボタンを押すたびにアクションを起こす。このキャラクターは、自分であって自分でない。名字と同じく、不思議な感覚に陥っていた。
すると。
ヨウタのキャラクターが、操作を受けつけずに倒れた。
そして、画面いっぱいに「HUNTER WIN」という金色の文字が浮かび上がった。
「よっしゃ! 甘いね、ヨウタ兄! やっぱりまちぶせ最強!」
「……やられちゃった」
ヨウタのキャラクターは起き上がらない。おそらく死んだ。
でも、自分は生きている。生きて、このゲームを楽しんでいる。
やはり、このキャラクターは、自分であって自分でない。
「じゃ、つぎのラウンド行こうぜ!」
トウマがそう言った時だった。
『お~、楽しそうだな』
『やっぱりこっちの世界は良さそうだね』
頭上から、トウマとマリの声がした。
ヨウタは、その発言に若干の違和感を覚えた。
「……『楽しそうだな』って……トウマ、今やってるだろ……それに、マリ、『こっちの世界』って何だよ……?」
ヨウタは画面から目を離さずに言った。
「えっ……」
「ひっ……」
しかし、2人は答えない。代わりに、恐怖を感じさせる声が聞こえてきた。
「……どうしたんだよ、トウm……」
横を向いたその時、ヨウタの手からゲーム機が落ちた。床とぶつかり、ガタッ、という音がした。
見たことない黒い奴らが、2人の目の前にいた。
しかも、2人に驚くほどそっくりだった。まるで、2人の姿をそのまま黒く塗りつぶしたかのようだった。
「……は……?」
『……おいおい2人とも、突撃するのが早いよ』
すると、そんな声が聞こえてきた。
ヨウタにそっくりだった。
どこだ。どこから聞こえている。
ヨウタは部屋の隅から隅までを見渡した。いない。いない。どこだ。
答えはすぐに明らかになった。
閉められた窓から、またしても黒い奴が現れた。
言うまでもなく、ヨウタにそっくりだった。
「……何なんだよ……どうなってるんだよ……」
『……怖がらなくていいさ』
その黒い奴は喋る。
『……ただ僕たちに従えばいいだけ』




