41.迫る時への言い表し難い感情!
二月の二週目を明日に控えた晩。
寮内の自室にて、フレアはミルフィと話す。
「明日から卒業試験ね! 気が抜けないわ!」
フレアが述べると、ベッドに横になっていたミルフィは即座に返す。
「そうねぇ。あたし正直不安しかないわ」
ミルフィはいつも長い金髪をハーフアップにしている。だが今は緩い三つ編み一本。入浴を終えて寝る前には、いつもこの髪型である。フレアが本人から聞いた話によれば、長い髪に変な癖をつけないためだとか。
「明日は戦争史と術式よねっ」
フレアはまだ戦争史のノートを開いている。
試験勉強は既に十分行った。今行っているのは、あくまでおまけのようなもの。試験勉強で頭に叩き込んだ知識が消えていないか確認するための行動だ。何も、今から記憶するのではない。
「はぁー。あたしはどっちも得意じゃないわ」
「大丈夫よ! ミルフィ! 術式はカステラに習ったじゃない。あれだけやれば不合格はないはず!」
ミルフィは自身のベッドの上を転がる。
まだノートを開いているフレアと違って、もう勉強する気はないようだ。
「そうねぇ……そうであることを願うわ……」
「明日の朝ちょっと復習しておけば大丈夫! 信じてるわ!」
「……ふふ。そうね。ありがとう、フレアちゃん」
一週間ほど前から、フレアとミルフィは卒業試験に備えて勉強してきた。分からないところは誰かに尋ねたり、改めて整理を行ったり、ノートの内容を暗記したり。フレアが作戦を立て、ミルフィは嫌ながらもそれに乗っ取って学ぶ。そんな風にして、二人は少しずつ学習してきたのだ。
何か間違いでも起こらない限り、不合格にはならないはず。
そう思えるところまで努力してきた。
「……でも、ちょっと寂しいわ」
静寂の中、フレアが口を開く。
唐突に話題が変わったのでミルフィは一瞬戸惑っていた。
「どういうこと?」
「もう一二カ月しかここにいられないのよね。それって何だか寂しいなって」
今まで二人の間でこのような話題が出たことはほとんどなかった。
もう少ししたら卒業、というような話をしたことは、多少はあったけれど。
「あら? 卒業したいんじゃなかったの?」
「そうじゃないの。合格して卒業したい、それは事実よ。でも、卒業したら皆に会えなくなるでしょ。それは少し寂しいな、って思って」
フレアは俯く。どこを見つめているのかはっきりしないような目つきをする。その小さな背中を目にして、ミルフィは複雑な表情を浮かべた。どう声をかければ良いのか分からない、とでも言いたげな表情だ。
「会えなくなることはないんじゃないかしら?」
数秒の沈黙の後、ミルフィは発した。
フレアは振り返る。
「……本当に?」
その時のフレアの表情は、真剣そのものだった。ミルフィを凝視する二つの瞳は震えて。声にもあまり力がない。縋るように、ミルフィを見つめ続ける。
「えぇ。だって、死ぬわけじゃないもの。会おうと思えばいつでも会えるわ」
「でも……私は、城に帰らなくちゃならない。そうしたら、皆と普通には話せなくなってしまうわ」
それを聞いたミルフィは、上半身を縦にする。
そして、はっきり告げる。
「大丈夫よ。会いたくなったらいつでも呼んで? すぐ会いに行くわ」
ミルフィは片手でガッツポーズのようなポーズを取る。
それを見た時、フレアの顔に少しばかり明るい色が戻った。
「本当に? じゃあ、いつまでも友達でいてくれる?」
「えぇ! もっちろん!」
新しい世界に飛び込んだことで生まれた城の外での繋がり。それがいつの間にかかなり大切なものになっているのだと、この日フレアは気づいた。それと同時に、卒業がすべての終わりではないと感じることができた。それもまた、フレアにとっては大きな気づきだった。
卒業が人生の終わりではない。
未来へと、道は続いていく。
そうして迎えた、卒業試験初日。
花組の教室内に漂う空気は、いつもとは違って、緊張感のあるものだ。
多くの生徒は試験に備えて最終確認を行っている。当然、喋りながらであったり黙々とであったり取り組み方は人それぞれだが。
「ねぇ。リカルドはどう? 合格点取れそう?」
フレアも日頃より少し早めに着席して、試験開始に備えている。
いきなり戦争史。記憶する量が比較的多い教科だ。そのため、一応ひと通り覚えてはいるが、油断はできない。
「……まぁ、な」
リカルドは相棒の剣を磨いている。
周囲の生徒たちのように試験に備えてはいない。
「大丈夫?」
試験前とは到底思えない行動を続けているリカルドを、フレアは心配する。だが、リカルドは、関わってこられることが嫌で仕方がないようだ。
「ったく、何だよいちいち。放置してくれ」
「そう。じゃ、黙っておくわ」
結局、会話はすぐに終了してしまった。
だがちょうど良かったのかもしれない——数秒後にタルタルが教室へやって来たから。
一つ目の試験が終わる。
テスト内容はそこまで難しくはなかった。ノートの内容をそれなりに記憶していれば七十点は取れそうな難易度、と表現するのが相応しいだろうか。フレアは、感覚としては九割ほど正解できていそうなくらい、順調に問題を解けた。
「どうでしたかーっ!?」
試験時間が終了するや否や、カステラが涙目になりつつ尋ねてきた。
「私はまぁ……それなりにできたわ」
「そうねぇ。あたしも、合格点は取れた気がするわ」
フレアとミルフィがほぼ同時に答えると、カステラは腕で目もとを拭い始める。顔全体はいまいち見えない状態だが、顔面が赤くなっているのは微かに視認できた。
「ちょ、ちょっと!? カステラ? 大丈夫!?」
「ううー……」
「どうしたの? 体調が悪い、とか?」
カステラが泣いていることに気づいたフレアは、驚きを感じずにはいられない。
「次の試験ももうすぐ始まるのよ? 大丈夫なの?」
「ふ……ふ、ふうぅ……」
一度泣き出してしまったカステラは泣き止みそうにない。
あと数分で次の試験が始まるというのに。
「あらあら……大変ねぇ……」
この時ばかりは、ミルフィも困り顔。




