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緋華の追憶  作者: 浦 かすみ
黒き龍
9/32

緋劉の秘密

この世界の政治や軍の云々はふんわりした設定ですので

ご理解ご了承下さいませ^^;

7/28誤字修正しております


苅莫羽牟(かるなかはむ)の船が異形島に向かっている…


という情報を聞き…急いで港に向かうと二艘に分かれて異形島(仮)の近くまで移動した。


遠見鏡で皆、島の海岸付近を見詰める。


「居た…間違いない。苅莫羽牟王国の旗だ…」


黄 漢羅少尉の声と指差す方向に皆、一斉に遠見鏡を向ける。大きな船から小舟に乗り換えて海岸まで移動しているのが見える。緋劉に遠見鏡を返して暫く考えた後に、自分達の船の周りに物理結界を張った。


洸兌様が振り向いてニヤリと笑って見せた。はい、張るのが正解ですよね?


異形のモノが元動物なら行動原理は分かる…。自分たちの縄張りに入って来た敵に攻撃を仕掛けるのは自然なことだ…。こちらにとばっちりで異形が襲ってくるかもしれない…。


異形達は一斉に苅莫羽牟の船に向かって動き出した。


「愁様どうされますか?」


漢羅少尉が聞くと愁様は舌打ちした。


「どうもこうも…隣国に通達もせずに未調査の島に単独介入…こちらはどうも出来ん。明歌南もそうであろう?」


うちの船に同乗されていた西総督とお付きの武官の方々は硬い表情だ。


「三ヶ国で協議して合同で探索をすればいいものを…もしやあの島の特別な情報でも入手したのか?」


「情報って言っても漁師のおっちゃん達が噂している雷慈黒龍(らいじこくりゅう)国なんじゃねぇか?ってやつでしょう?龍が治めていた国っても、異形が(ひし)めく所に旨みなんて…」


慶琉夏王(けいるかおう)と洸兌様がヒソヒソと話している横で緋劉は地図をじっと見ている。どうしたんだろう?


「緋劉どうしたの?」


「ん…いや、ここ以外に船で乗り入れ出来る入江って無いのかな…と思って。せめて異形が海岸にいなければ上陸しやすいと思わない?」


やっぱり緋劉さんは上陸する気満々ですか…。


「始まりましたよ…」


伶 秦我中将の声に皆が海岸を再び見た…。異形が次々に苅莫羽牟の小舟に襲い掛かっている。兵士も応戦してなんとか駆逐出来ているようだ。


「島に上がるまでに、体力を消耗するのは得策じゃねえな…。内陸にはもっとでかい…それこそ呪われた黒龍様がいらっしゃるかもよ?」


洸兌様の言葉にドクンと心臓が跳ね上がった。


呪われた龍…。龍の呪い…何故だかその術に関する一説は鮮明に思い起こせた。確か…龍の鱗で呪詛が出来るとか…それとは逆に鱗で万能薬や…若返りの薬を作れるとか…全部、眉唾物の伝承だけど…。


「龍の(うろこ)…」


私がそう呟いた途端、横で地図を見ていた緋劉が前のめりに転んだ。


「どうしたの緋劉ちゃん?船酔い…?」


漢莉お姉様が近寄ろうとして…足を止めた。緋劉の様子が変だ…。頭を抱えて(うずくま)っている。


「しばらく横に寝かせてやれ…凛華、治療出来るか?」


「は、はい!」


愁釉王に指示されて漢莉お姉様に抱っこされた緋劉は船内の簡易寝台に寝かされた。体内の霊質を視る。すごい…どうしたんだろう。こんなに動く霊質…始めて視た…。


「緋劉…気分悪い?今…治療を…」


「だ…だいじょう…ぶ。時々なるんだ…。暫くすると治まるから…」


と言いながらも緋劉は玉の汗をかいている。布巾で汗を拭いてあげる。


「緋劉君大丈夫なの?」


船室に梗凪姉様が入って来られたので、私は梗凪姉様を顧みた。


「何か持病のようなものらしいです。取り敢えず霊質を整えるようにしておきます」


「そう…。白磁路(はくじろ)茶置いておくわね」


暑気あたりに飲むと効くお茶だ。姉様は準備がいい。


「有難う御座います」


姉様は心配そうにしながら、緋劉の顔を覗き込んだ。緋劉は目を瞑って痛みに堪えている顔をしている。


そういえば…確か洸兌様が私と緋劉が呪われているとかなんとか言ってなかったっけ?もしかしてその呪いの影響で体調崩したりしているのでは?


そうなると緋劉が呪い?を受けたのかも…いや可能性だけでそうだとは限らないし…。


私が悶々と考え込んでいる内に梗凪姉様は外に出られたようだ。緋劉はもう霊質も落ち着いているようで、クゥクゥと寝息を立てている。


緋劉の汗を拭こうとして緋劉の額に手を置いた時だった。


三鶴花(みつか)…」


と緋劉が呟いた。


ピーンと来ましたよ。女の名前だねコレ。あらいやだ…これあれじゃない?他に女がいるとかの、巷で噂の私が二番さんかい?


どうもおかしいと思ったんだよ。このチビガリの私と緋劉とじゃ釣り合いが全然取れていないし…。


どよん…と沈みそうになる気持ちを奮い立たせて緋劉の霊質を綺麗に流して体の廻りを整えておいて、ソッと船室を出た。


「どうだ?落ち着いたか?」


「はい」


愁釉王は少し眉を下げた。


「時々な…ああなるらしい。複数の医術師にも診てもらったが異常無しだそうだ。何でも龍やそれに纏わる歴史の話をしていると、時々だが発作が起こるらしい」


「そうなんですか…」


その発作についても知らされていないことにも気鬱になる。私、やっぱり二番さんなんだ…。


「病気じゃないが本人はその病の原因を知りたかったみたいだね。だから軍人になって体を鍛えて…龍の国を探す旅をしてみたいんだとさ」


あれまあ…探検は趣味じゃなくて…本格的な目的ですか…それも知らなかった…。


「だから一緒に冒険してくれそうなしっかり者の凛華に出会えてあいつ嬉しいんじゃないか?お前ならどんな秘境でも負けん気の強さでついて来てくれそうだ」


買い被りです…と言いたかったけど、ちょっと泣きそうになったので頷くだけで愁様に返事をした。


あれ…もしかして私、二番さんじゃないのかな?…まだミツカ(女?)の疑惑は残るけど…。ミツカについては後でたっぷり聞き出してやろう…。


苅莫羽牟王国は何とか海岸の異形を蹴散らすと上陸して行ったが数刻後、這う這うの体で逃げて来るのが確認出来た。念の為に明歌南から


「どうしました~?何か島に上陸してすぐ帰って来たみたいですけど~?」


という感じの文を苅莫羽牟に出してみたところ


「そちらの見間違いじゃないでしょうか?うちは島なんぞに行ってませんけど?」


という白を切る返事が返ってきたとのことだった。明歌南の西総督は困り顔でその文を見せながら髭を何度も撫でていた。


「呆れますな…」


「島に上陸して逃げ帰って来たというのは、触れて欲しくないことらしいな」


西総督と慶琉夏王と愁様が話し合いをされている広間にお茶と茶菓子を出した後、台所に戻ると食器を洗っている緋劉の横に立った。


「もう少し休んでいれば?」


「いや、治まるとあの後は何ともないんだ、大丈夫」


私は片付けを終えると、緋劉にもお茶を入れて台所の椅子に座らせて話を切り出した。


「ところで色々聞きたい事があるんだけど…でね、ずばり聞くけどミツカって誰?」


私の予想に反して緋劉は一瞬ポカンとした後、「変な話だけどさ~」と切り出した。


「三鶴花って、時々夢の中に出て来る女の人の名前なんだ。年は十七、八才くらいかな。夢の中の俺を通して見ている男の人が、その三鶴花さんの事がすごく好きなんだよね。え~と『永遠の番、だとか…廻り合えて僥倖だ』とか夢の中で三鶴花さんに言っているんだ。…その男の人が三鶴花さんに夢の中で…その、色々こう…」


「どうしたの?続き…!」


緋劉は真っ赤になるともじもじしながら


「口説きながら、そのいちゃついてるんだっ!それだけっ!」


と早口で言い切った。ちょっとそれって…。


「あんた、欲求不満?」


「違う!」


「どこが違うのよ?私と言うものがありながら夢の中で…ねえ?本当に夢の中の人なの?」


緋劉はプリッと怒りながらお茶をぐぃっと飲んだ。おかわりを注いであげる。


「現実では会ったことないよ!でも会ったとしても夢の中の人だ~くらいの感覚だよ。好きで好きで堪らないのは、その夢の中の男の人の感覚で…言ってること分かる?」


「分かる」


「とにかく、夢で見てるだけの人なの」


うん、成程。では次の疑問にいきましょうか…。


「それで…何故この発作の事黙ってたの?」


緋劉は俯いてしまった。根気よく話し出すのを待つ…。するとポツンポツンと話し出した。


「凛華心配すると思ったから…」


「そんなの当たり前でしょう?」


「うん、軍を辞めろとか…言われそうで言えなかった」


「言わな…いこともないか…言うかもね…」


緋劉は益々俯いてしまった。


「軍に入って…体鍛えて…この発作の原因かもしれない龍や伝承のこと、調べる旅に出たいと思ってるんだ。だから…」


「だから持病があっても軍は続けたいのね?」


「うん」


「それも分かったわ…で、その龍の事を調べる旅も初耳なんだけど?」


すると緋劉はジトッとして目で睨んで来た。な、何?何で睨むのよ?


「前、異形のモノが島から来るって分かった時、島に行きたいって言ったら頭から否定しただろっ…。だから…一人で旅に出ようかな…とか思ったし」


「理由を聞けば付き合うわよ…」


「うん、それから後で考え直して…俺がもっと鍛えて凛華一人くらい余裕で守れるくらいになったら、また誘おうかな~とか考えてた」


ちょっと心が躍る。嬉しくなってもっと突っ込んで聞いてみた。


「何だか私と旅に行くのが大前提みたいだけど~?」


緋劉はキョトンとした後、ヘニャと笑った。


「だって凛華と行ったら料理は美味しいし、話も上手で飽きないし…おまけにしっかりしてるしどんなところでも生き残ってそうだし…」


「ちょっとソレ主に女性が嫌いな黒艶なあの虫のことみたいじゃないっ!女性に対する褒め言葉じゃないわよ!ええ、しぶとくて生き残りますよ!」


緋劉は益々破顔して私を見た。眩しい…。


「そういう元気で明るいところも大好きだし、凛華とならどこでも楽しく過ごせそうだからさ、だから一緒に旅に出てよ」


おいっ!?今誘うのか?緋劉はニコニコしながら私を見ている。


「…分かったわ、但し成人してからよ?」


「やった!勿論すぐは行かないよっまだまだ強くなりたいし、凛華を守れる男になってからじゃないと!」


な、なあ…なに格好良いこと言ってんのよーー!ええ?おいっ緋劉のくせにぃぃ…何よ~。


「あんた達…青春ねぇ…」


「ぎゃあ!」


いつの間にか岩乙女が戸口から顔だけ出してじっとりとこちらを見詰めていた。いつから見てたんだ!


「でも二人きりの旅行なんてまだダメよ?」


「いや旅行じゃないしっ!今行かないしぃ!」


と、とにかく良かった…二番さんじゃなくて良かった…まだ先だけどいつか緋劉と旅に出る…。これからの先の話を語れて嬉しくて幸せに浸っていた。


「おーい凛華!早く夕飯作ってくれ!」


愁様…もう少し気分に浸らせて欲しかった。


「はぁ…い…只今ぁ…」


今日は緋劉の事で嬉しいのと、愁様に怒りを籠めて、肉料理三昧にしてみた。肉、肉、肉を味わえ~!青椒肉絲、回鍋肉、黒醋猪排、蠔油牛肉、棒棒鶏、小籠包おまけにとどめは杏仁豆腐だー!


「凛華!お前の肉料理も大変美味だな。これらも皇宮でも作ってくれ」


慶琉夏王、本当に庶民料理好きですね。賜りました。


そう言えば、山茶花のおばさ…お姉様達はどうしたんだろうね?と、漢莉お姉さまに聞くと何でも物凄い殴り合いに、近所の人に通報されてしまい、かけつけた警吏に連れて行かれたらしい…。


「夕方、宗家の御大が燦坂に連れて帰ったらしいわ…。さてどうなるかしらね…」


どうなるもこうなるも…山茶花なんてさっさと解散して欲しいわ。百害あって一利なし。


翌朝


皇宮付の医術師団の方々が、丙琶の愁様の元を訪れていた。例の水死体の検死の結果が出たとのことだった。


「死因が栄養失調だと…?呪詛では無いのか?」


「霊術師団の方々と合同で検死致しました結果で御座います。死後一週間と言うところ…。内臓は獣に食べられておりました」


この間話に聞いた遺児といいまたも栄養失調…ということはあの島には人が住んでいて、食料が無いのか…はたまた備蓄していた食料を異形に食べられてしまったのか…。


「それとご遺体が着用されていた衣服ですが…この辺りで採れる絹や綿では無いです。結論から申し上げますとあのご遺体の方が島のご出身だとするとあの島独自の文化が発達していると思われます」


医術師団の方々は帰られた。その方々と入れ替わりに禁軍の武官の方々数名来られて打合せをしておられた。朝から異形が現れたとの通報があり、今日は緋劉と洸兌様と漢羅少尉の三人が討伐に出向いている。


最近は毎日海岸に異形が現れるので三人組で交替で討伐に出向くようにしているのだ。


さて、皆様の分のお洗濯を済ませて、外で洗濯物を干していると梗凪姉様が果実を絞った水を茶器に入れて持って来てくれた。


姉様最近はこれくらいの料理…と呼んでいいかはあれだけど…とにかくすこーしは出来るようになったのよね。


「凛華は偉いわね…。なんでも出来て…皆のお役に立てて」


おや?梗凪姉様どうしたのだろう?


洗濯物を干し終ると日陰に設置している長椅子(伶 秦我お手製)に姉様と一緒に座ってお水を頂いた。


「私ね、本当に何も出来ないでしょう?まさにお飾りの山茶花と一緒…見た目だけなの。でもね山茶花に入る前はそれは期待に胸を膨らませていたのよ…。私でも必要とされているんだっ!て…。体を鍛えて、霊術の練習をしたりしたわ。でも山茶花では無駄だったけど…」


そっか…山茶花に入ると分かって体を鍛えていた姉様みたいな方もいたかもしれない…。それがあの煩い宗 明葉と同じ部隊になってしまった。


「私ね…もっと実働部隊として活動したかったのよ…山茶花じゃ叶わなくて…一人張り切っていたから浮いていたわ…」


梗凪姉様はやっぱりお優しい。あんな山茶花の醜態を見ていても、決して悪しざまに他者を悪く言わない。


「山茶花のお姉様方って血の気ばかり多くて、あれじゃ実戦に参加した所で現地で騒いでばかりで役に立ちませんよ!」


と、ちょこっと山茶花の悪口を言ってみた。それでも梗凪姉様は困ったような顔をして


「あの方々は国の要請やご実家からの要望で入られたから…中々武人としての自覚も芽生えにくかったと思うのよ…」


と、やんわりと苦言だけに留めている。ちょっと悪口言っちゃって…反省。姉様だってもしかして心の中では苦しくて色々吐き出したいのかもしれない。でも…言わない。それは姉様の優しさであり強さ…だと思う。


「まあ、慶琉夏王や愁様の前であんな赤っ恥かいて、チビの下女なんて言われたことも許してあげますよ!」


梗凪姉様は、眉根を寄せた。


「あの方達、あなたにそんなこと言ってたの?」


ご自分のことでは怒らないのに…今はメラメラと霊力を上げられている…。プンスカ怒り出した姉様の怒りを静める為に氷菓を作って差し上げた。乳を霊術で冷やしたものだ、うん、美味だね。


「山茶花ももう解散でしょうし…ざまーみろですよ!おほほ…」


と、笑っていたのに次の日


禁軍の若い武官の方が丙琶の討伐の交替で来られた時に私宛の文を持って来た。


「内書省の官吏より預かってきました」


と何か印が押してある文のようだ。もしかしてお給金を増額しますよ~とかの内示だったり?ぐふふ…。


中を開けて内容を読んで、私は固まった。どういうこと?


私があまりに固まっているから緋劉と洸兌様が私が手に持った文を横から覗き込んできた。


『本日付を持って、彩 凛華を皇宮職より罷免と処する』


「なっ!」


「な、何だこれ!?」


二人が絶叫したので、梗凪姉様と漢莉お姉様が近づいて来た。


「な…何これ?何なの?ちょっとアンタ!これどういうことよ!」


漢莉お姉様は若い武官の胸倉を掴んだ。グワッと武官の方の体が持ち上がる。


「わた…私は内書省の職員に渡すように頼まれて…げほっ…!」


梗凪姉様が私の文を引っ手繰ると絞り出すように読み上げた。


「内書省…吏部内書…宗 玄俶(そうげんしゅく)…宗家…!何よ…凛華が何をしたって言うのよっ…宗家っ…。宗 明葉の差し金ねっ!」


め…珍しく梗凪姉様が怒りの為か霊力を上げながら、本当に珍しく声を荒げている。


そして禁軍のお兄様達と交替の打合せを終えた、愁様と慶琉夏王も文を見られた。見た途端お二方も眉根を寄せた。


「なんだこれは?誰が決めた?私は知らんぞっ…受け取ったと言ったが…何故こんなものをお前が受け取るんだ!」


漢莉お姉様に吊り上げられていた武官の方はヨロヨロしながら慶琉夏王の前に叩頭した。


「今日、禁軍の詰所に…吏官の方が来られて、吏部内書より賜ったと…」


「吏部内書?これはそう言えば宗 明葉の叔父であったな?」


愁様が伶 秦我中将に文を見せた。秦我中将は受け取ってチラリと一瞥して溜め息をついた。


「皆様落ち着いて下さいませ。そもそもですがこの辞令は無効です。よく文面をご覧下さい。皇宮職を罷免とありますが、彩 凛華は軍属です。罷免を処することが出来るのは兵部内書です」


「お、おう、そうであった」


「興奮し過ぎましたね、兄上」


「それにしても、やり方が(こす)いっすよ!なんでまた凛華なのさ!」


「決まっていますわ…」


地を這うような…梗凪姉様の低い声に男性陣がピタッ…とお喋りを止めた。梗凪姉様の目は座っている…。


「この隊で一番の弱者だと…凛華を(あなど)って、権力に任せて凛華を(おとし)めるなんて…断じて許すことが出来ません。凛華…」


「ぅぁ…はいっっ!」


思わず直立不動になった。前に同じような状況の時に愁様を嘲笑ったけど…今、正に自分がそういう立場だ…。怖い…。


「今すぐ私を燦坂に運んで下さい」


逆らうことは許されない…。急いで梗凪姉様を風術で燦坂までお連れした。詰所の裏庭に無事、降り立つと姉様は私の手を掴んで皇宮の吏部内書の所まで一気に移動した。


「失礼致します」


梗凪姉様は室内に入ると吏部内書と思われる大きな文机で書き物をしていたおじ様の前に立った。


「なん…君は朱 梗凪…朱家の姫が何用ですかな?」


姉様は私宛の辞令の文を、吏部内書のおじ様の前に差し出した。


「こちら不備が御座いますので受理は出来かねますわ」


「な…これは…?今朝私が書いて…」


「吏部内書なんて管轄違いの官に出されても困りますのよ?正式に兵部内書と愁釉王様にお話ししてからでなくては…」


「管轄?この彩 凛華は皇宮の下女だろう?」


「いいえ、軍属です。こちらが彩 凛華です」


ひょえ…いきなり紹介されてアワアワしながら


「第壱特殊遊撃隊所属の彩 凛華です」


と腰を落として挨拶した。すると吏部内書、宗 玄俶(そうげんしゅく)様は顔色を変えると私と梗凪姉様を交互に見た。


「特殊遊撃…げ…下女ではないのか?あそこは愁釉王の推挙が無ければ入れぬ部隊…まさか…」


「はい、彼女は若干五才の時に歴代最高霊力値を出した、類稀な術者です。そんな優秀な方を下女と勘違いするなんて…誰がそのようなことをおっしゃったのでしょうね?」


宗 玄俶様は益々顔色を悪くすると、何やらブツブツと呟いた後に


「そ、そうでございましたか!どうやらこちらの手違いがあったようですな」


と、カカカ…と笑いながら文を机の引き出しにしまった。


梗凪姉様は無表情でその様子を見てから静かに口を開いた。


「宗 明葉様にお伝え下さいませ。私に対する嫌がらせなら見過ごすつもりでしたが、私の周りの無辜の方々に危害を加えるようなら容赦はしません…と。いつまでも大人しくはしておりませんよ?」


伶 秦我中将もびっくりのつめたーい霊力を部屋中に漂わせながら梗凪姉様は冷ややかに言い切った。


しかし流石は宗 玄俶様…腐っても(失礼)宗家の御仁。顔を赤らめると立ち上がって梗凪姉様を睨んだ。


「何を偉そうに!朱家の娘のくせにっ…」


「そちらこそ、慶琉夏王と愁釉王に攻撃術を向けた、賊の叔父のくせに」


宗 玄俶は途端に顔色を真っ青に変えた。


「温情で極刑は免れただけですのよ?大人しくしておかないと…」


「そこまで…に…ひぃ…しておけ…はぁはぁ…」


後ろ振り向いて戸口を見ると息を切らした愁釉王と対照的に涼やかな表情の慶琉夏王の二人が居た。


宗 玄俶様は慌てて二皇子の前に走り出ると叩頭した。


慶琉夏王は顎を摩りながら、宗 玄俶様の前に立つと大きな溜め息をついた。


「此度の辞令の件といい…どうも気が緩んでおられるのかな?しばし、療養も兼ねて北の関所にでも行かれますか?」


これは……左遷とやらを(ほの)めかしていらっしゃるのか…?


「ひぃっ…どうかっどうか…それだけはご勘弁をっ…」


宗 玄俶様は床に額を擦りつけて懇願された。そんな宗 玄俶様の肩をポンポンと愁様が叩かれた。


「ならばやるべきことは分かっておるな?いや~短慮な姪を持つと苦労するよね~」


成程そういう事ですか…。




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