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レインフェリア・ブラッドの未だ知らぬ事実

 非常にまずいことになった。

 魔力は使うまいと決めていたのに、つい勢いに任せて空まで飛んでしまった。


 ――しかもおまけに、落としてしまって危うく本当に殺してしまうところだった。

 

 慌てて降下して拾ったはいいが、アデルは気を失ったままである。

 部屋まで戻って再び寝台に転がしてから、レインは対応を思慮する。


「……これはもう、やるしかないな」


 隠していた牙を尖らせる。

 隠密行動のためにも吸血行為は控えていたが、正体を晒してしまった以上は仕方ない。ここでこの王子に吸血の催眠をかけ、今日の記憶を抹消する。それしかない。


 がぶり、と。


 決心するや、アデルの腕を取って噛みついた。血を吸うとともに、魔力を流し込んで催眠状態に落とし込む。噛み傷はすぐに癒えるので跡は残らない。


「よし、ごちそうさま。おい起きろ」

「ん、んん……?」


 頬をぺちりと叩いてアデルを目覚めさせる。寝ぼけ眼のようなので、おそらく催眠はしっかり効いている。


「いいか。妾はこれからトンズラさせてもらう。ぬしは今日の出来事をすべて忘れろ。いいな?」

「は……?」

「感謝するがいい。ぬしの母に免じて、傀儡にはしないでおいてやる。とりあえず今しばらくはただ元気にやっていけ。ぬしが立派な王になったら、またそのときは会いに行く。さらば!」


 矢継ぎ早に命令暗示をかけてから、レインは窓から飛び出して闇に潜った。

 不測の魔力使用をしてしまったが、悪いことばかりではない。将来の王に対していつでも命令可能な唾を付けておいたのだから、リスク相応の成果は上げたといえる。


 人類への復讐計画は、着実に進みつつある。



―――――――――――――――……


「助手よ。妾に憧れる気持ちはよく分かるが、決して医術において妾の真似をしてはいかん。なぜか分かるか?」

「はい! 分かりません!」

「うむ。妾は名医として特殊な訓練を積んでいるから、血を舐めただけで診断できるわけだが、これを普通の人間が行うと、病気をもらってとんでもないことになってしまう。ぬしがもし将来医者を目指すのであれば、妾の真似ではなく正道の医術を修めることだ――ところで」


 診療所で助手相手に講釈を垂れながら、レインは顔をしかめた。


「今朝からずっと思っていたのだが、ぬしよ。その格好はなんだ?」

「はい! 魔法使いさんの黒い服を真似してみました!」


 助手はまた小遣いで買ったのか、黒一色の外套を得意げに羽織っていた。


「いかんぞ。妾はその服装が気に喰わん……もとい、黒い服では血や薬液が飛んだときにぱっと見で分からんからの。仕事中は白い服にしろ」

「でも今はお勉強中だからいいですよね!」

「まー……そうじゃな。頑張って買った服じゃものな。うん。服に罪はないものな」

「はい! 私も先生みたいな立派な魔法使いになりたいんです!」


 レインもこればかりは聞き捨てならない。


「それは違うぞ助手。妾は断じて魔法使いなどではない。妾と連中は決して相容れぬ存在だ」

「そうなの?」

「そうとも。似ている点があったら教えて欲しいくらいだ

「えっとね、魔法使いさんは血を舐めただけで病気かどうか分かったって!」

「……ほう?」


 思わぬ助手からの情報にレインは眉を顰める。


「それと、先生と同じで牛乳が大好きな人が多かったって!」

「勘違いするな。妾は牛乳が別段好きというわけではない。栄養があるからだ」


 成分が血に近いから吸血代わりの栄養源として摂取しているだけである。


「あとね! 先生と一番そっくりなのは、みんなとっても優しかったって!」


 それもとんだ勘違いだ。レインは人類の下僕化を目指す身である。あくまで今は化けの皮を被っているだけでしかない。


「……ん? 待てよ」


 しかし今まで聞いた情報は、表面的には吸血鬼たちの特徴と一致している。助手が誤解するのも無理がない程度には。


 ――さては。


「おのれ魔法使いども。妾の眷属こどもたちを騙して不意打ちするため、同族のフリをしてくれていたのだな……?」


 なんと用意周到な。

 どうやら敵は予想以上に狡猾で、警戒を要する相手らしい。今後はより慎重にやっていかねば。


「しかし本当に、連中はどこに隠れておるのだろうな……? のう助手。魔法使いがどこに消えたか物語には書かれておらんのか?」

「うーん、分かんない! ずっと昔に、いつの間にかいなくなっちゃったって!」

「そうか……いずれにせよ必ず見つけ出してみせよう! 待っておれよ!」

「よく分からないけど、会えるといいね先生!」


 うむ、と頷いてからレインは図解付きの医学本を開く。


「それでは、ぬしにまた勉強を教えてやろうかの。今日はとりあえず……免疫のことでも軽く知ってもらうとするか」


______________________________________



 さて。

 いわゆる『魔法使い』たちについて、未だ吸血姫・レインフェリア・ブラッドが知らぬことがある。


 彼らこそが彼女の愛する眷属こどもたちであったということ。

 そして遥か昔。親そっくりに人懐こかった彼らは人間たちと共に歩むようになり、その血と魔力を吸血鬼といえぬほどに薄めていったこと。


 そして――……




「立派な王になったらまた会いに来る、か……」


 宮殿の尖塔。

 その頂上の部屋で、アデルは壊れた窓から空を見上げていた。もはやその顔に死相はない。生気とともに、新たな決意を抱いた表情である。


 レインは知らない。

 大昔に消えた吸血鬼たちの血が、今もごく僅かに人間たちの間に引き継がれていることを。そしてそれが――吸血への免疫となっているということを。





「よし今日の勉強終わり! おやつにするか!」

「はい! 先生大好き!」


 しかしレインフェリア・ブラッドの全人類下僕化の野望はそんな些細な問題に妨げられることなく、これからも続いていくのだった。


これにて完結です!

本作を読んでくださりありがとうございました!

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