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QK -1213-  作者: 黄黒真直
第8章 二学期
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第85話 12×13

 それは半ば天啓的な閃きだった。

 いや、QKのルールを考えれば、自然な発想とも言えた。

「……来た人みんなに、バッジをつけてもらえるかも」

 グラタンをスプーンに乗せたまま、ふいにみぞれが言った。

「え?」

「しかも、目立つバッジで、他の人にも自慢したくなるような……」

「どうやって?」

 三人がみぞれの発言に期待する。人に期待されるなんて慣れてなくて、みぞれは緊張しながら答えた。

「マッチングって、どう?」

「マッチング?」

「うん、恋人マッチング。カップリングっていうのかな。来た人に番号の書かれたバッジを渡して、校舎内で同じ番号を付けた人に出会えたらカップル成立、ってやつ。よくあるでしょ?」

 実際にそういう企画を見たことはないが、聞いたことはある。津々実たちは三人とも、そういう感想を抱いた。

「これなら、みんな自然とバッジを付けるし、恋人ができた人は自慢もする。『QK部のおかげで彼氏ができた』って。……どうですか?」

 みぞれは伊緒菜の顔を伺った。伊緒菜はスプーンを置くと、開口一番言った。

「無理ね」

「え、なんでですか?」

「だって、うちは女子高よ? 女子しかいないから、出会いはないわ」

「え、でも……」みぞれは首を傾げる。「文化祭なんですから、他校の男子とかも来るんじゃないですか?」

「……そっか、あなた達、うちのシステムを知らないのね」

 首を傾げる後輩三人に、伊緒菜は説明した。

「文化祭に来れるのは、うちの生徒に招待状を渡された人だけなの。防犯上の理由ね。ま、それでも時々、変な人が入ってくるみたいだけど」

 この招待状は、もちろん、学校側が用意するものだ。生徒はそれを受け取って、誘いたい人に渡す。

「それでも他校の男子は来るんじゃないですか? 中学校の友達を招待する人とか、いると思うんですけど」

「もちろん来るわ。でも考えてみて。うちの女子生徒からの招待を受けて来た男子よ? その女子と男子の関係は、どういうものだと思う?」

「あ……」

 みぞれは納得した。そのような男女は、恋人か、それに近い関係だ。もちろん「単なる友達」という感覚で呼ぶ女子もいるだろうが、果たして男子の方はそう思っているかどうか。

「それに招待された以上、一緒に文化祭を回ると考えられる。女子と一緒に回っている間に恋人マッチングを使う男子がいるかしら?」

 いなくはないだろうが、少数派だろう、とみぞれは思った。すくいかけのグラタンを口に入れて、うーん、とうなる。

 カルボナーラを食べ終わった慧が聞いた。

「それ以外の男子は来ないんですか? 親戚とか」

「いなくはないわね。でも親兄弟がほとんどだから……。そうね、狙うなら兄弟ということになるわね。まさか父親を狙うわけにもいかないし」

 いずれにせよ、数は多くなさそうだ。男女比がアンバランスだとマッチングせず、「自慢する」というポイントまでいかない。

 と、ここまで黙っていた津々実が、小さく手を挙げた。

「あの、何がそんなに無理なのか、わからないんですが」

「何って、男子が少なかったらマッチングは成立しないでしょ?」

「いやだって、別に、男女である必要はないんじゃ?」

 三人の動きが一瞬止まった。

 伊緒菜は冷静に眼鏡を押し上げた。

「……たしかに。気付かなかったわ」

「え、じゃあ」慧が津々実に言う。「男女関係なく、同じ番号だったら恋人にするってこと?」

「いや、それはどうかな。男の方が良い、女の方が良い、という指向はあるだろうから、そこは区別する必要があると思う。例えば……」

 津々実は数秒考える仕草をした。

「そうだ、トランプだ。QK部なんだから、トランプのスートを使えばいい。ハート形のバッジをつけてる人は女子を探していて、スペード型のバッジをつけている人は男子を探している、とか」

 みぞれは、ハートのバッジを付けている男子たちがうろついている光景を想像した。いや、この場合は、女子もハートのバッジを付けうるのか。混乱してきた。

「いえ、それはダメね」と伊緒菜が断じた。「それじゃ結局、女子はスペードのバッジばかり付けて、男子はハートのバッジばかり付けることになると思う。これじゃ、結局マッチングは成立しない」

「そうですか? 中には付ける人もいると思いますけど……」

「もちろんいるでしょうね。でも、そういう指向を公にできる人は、まだそんなに多くない」

 津々実は黙った。自分の案に、時代がまだ追いついていない。

 しかし伊緒菜は、津々実の上を行くアイディアを出した。

「だからここは、いっそのこと、女性限定にした方が良いと思う」

「え。それこそ、人来ます?」

「来る。名前を変えればいいわ」

「へ?」

 伊緒菜の表情には自信が溢れていた。少なくとも伊緒菜のクラスには、こういうことに興味を持っている生徒が多い。だから他クラスにもたくさんいるだろうと、踏んでいた。

「恋人とかカップルとか言うと、男女の仲を連想してしまう。だから、『姉妹』と呼べばいいわ。『姉妹マッチング』よ」

「姉妹……」

 三人の頭の中に、雅なお嬢様学校のイメージが浮かぶ。萌葱高校も、それなりに学費の高いお嬢様学校だ。世間的なイメージには合う。

「そうね、だから姉になりたい人にはスペードのバッジを付けてもらい、妹になりたい人にはハートのバッジを付けてもらう。それで、同じ番号の人を探してもらえばいいんじゃないかしら?」

 お客さん全員にバッジを付けてもらうことは、これで可能だろう。そして、うまく姉妹ができた人は、友人に自慢するかもしれない。そうすれば、どんどん口コミが広がる。

「しかもこの企画なら、来年受験する中学生も巻き込める。うちの生徒と姉妹になった中学生なら確実にうちに来るでしょうし、そのうち何人かはQK部へ入るかもしれない。仮にその子たちが入らなくても、その子たちから『姉妹』の話を聞いたクラスメイト達が、QK部の存在を知ることになる。知名度は鰻登りよ」

 伊緒菜には容易にその様子が想像できた。新一年生のクラスで、この学校の先輩に「姉」がいる生徒の存在が発覚する。どうやって知り合ったのかと詰め寄るクラスメイトに、「妹」がQK部の説明をする。マイナー部が、あっという間に有名部の仲間入りだ。

 伊緒菜たちの目的はQK部の知名度を上げることだ。口コミの持続時間が長いこの企画は、まさにうってつけである。

「恋人じゃなくて姉妹だ、と念押しすれば、勘違いして女性の恋人を探そうとする人は減るでしょう。無論、期待する人は続出するでしょうけど」

 それはそれで悲劇のような、と津々実は思った。

 だがこのアイディアは、今まで出たどの案よりも現実的だ。生徒会のルールにも抵触しない。ひとつだけ、欠点があるとすれば……。

 慧が遠慮がちに、みぞれに言った。

「でも、この企画、QK要素はないんじゃない……? トランプの柄を使うくらいでしょ?」

 せっかくQK部の名前が売れても、「QK」がなんだかわからなかったら、誰も近寄らない。恋愛研究する部活だと思われるかもしれない。

「そうね。姉妹で“ご休憩(QK)”する部活だと思われても困るし」

「ちょ、伊緒菜先輩」津々実が慌てて伊緒菜の口を塞ぐ。「みぞれの前でやめてください。ほら、二人とも、なんの話か分かってませんよ!」

「分かってなくは……ないし……」

 慧がそっぽを向いた。みぞれはうつむいたあと、話題を変えるように言った。

「そのことだけど、QK要素はあるよ」

「どこに?」

「QKのルールをそのまま使うんだよ。二人の番号を並べて、素数になったらマッチング成立にすればいいの。これなら、QK要素になるでしょ?」

 みぞれが最初に閃いたのは、このアイディアだった。二人の人が違う番号を持っていて、合わせて素数になったら何かが起こる。それに適しているのがマッチングだった。

「でもそれだと、番号によって、マッチングしやすかったりしにくかったりしない?」

 偶数と奇数では、偶数の方がマッチングしにくいだろう。そう指摘する津々実に、伊緒菜が反論した。

「いえ、かえってその方が良いわ。ルールを説明したあと、マッチングのしやすさも説明するの。で、『より運命を感じたいなら、マッチングしにくい番号を選ぶことをオススメします』みたいに言えばいいわ」

「そう来ますか」

 悪くないアイディアだ、と津々実は感じた。

「確率の計算は、慧に任せるわ」

「構いませんけど、番号の範囲はどうするんですか?」

「範囲?」

「最小は1だとして、最大は?」

「それはもちろん」とみぞれが答える。「(13)だよ。そこもQKに合わせなきゃ」

「そうなると、一番確率が低いのは5とQで、一番高いのは3ね」

 5とマッチングできるのは3と9のみ。Qとマッチングできるのは7とKのみ。逆に3とマッチングできるのは、1、2、4、5、7、8、T、J、Kの九つある。

「Qの人がマッチングできる確率は十三分の二、約15%になる。逆に3の人は、約69%になる」

「ちょっと差が大きすぎるかしら」

 伊緒菜は残りのリゾットを平らげながら言った。

「じゃあ、並び順を決めちゃえばどうですか?」津々実が提案する。「必ず『姉、妹』の順番に並べることにするんです。これなら、確率はちょっと下がるんじゃ?」

「それだと、偶数を付けた妹は絶対マッチングできないんじゃ……」と慧が指摘した。

「いや、妹は1、3、7、9、J、Kのどれかを付けるんだよ。これなら成立するでしょ?」

「あ、なるほど。その場合の確率は……」

 Qや5を付けた「姉」がマッチングする確率は変わらない。3を付けた場合、「姉」なら確率は約31%、「妹」は約62%になる。

「あら、妹の方はあまり変わらないわね」

「3を下につけられる数が、八個もあるからですね」

 三人は頭の中で数えた。1、2、4、5、7、8、T、J。確かにそうだ。

「妹の方がマッチングしやすいってことよね?」と伊緒菜。「ってことは、ほっとくと妹の供給不足になっちゃうから、妹の供給に力を入れる必要があるわね」

「妹の供給、ですか」

「ええ。妹の供給」

 妙な言葉だな、とみぞれは思った。

「ま、どちらにせよ、『順番に並べる』って要素があるのは悪くないわ。QKってそういうルールだし。他に入れられそうなQKの要素はあるかしら?」

「グロタンディーク素数とかですか?」とみぞれ。

「あー……どうしましょうか」

 伊緒菜は眉根を寄せた。

「ややこしいし、普通に合成数って扱いでいいと思うわ。『場を流す』って言ったって、この企画の『場』がなんなのかもよくわからないし。ラマヌジャン革命も、二人では成立しないので無視してかまわないわね」

「あとはジョーカーでしょうか」と津々実。

「ジョーカーもなくていいかな」と伊緒菜は即断した。「誰とでもマッチングできる、じゃ面白くないし」

 他に意見は、と伊緒菜が後輩たちを見る。誰も、何も言わない。

「……これで行くの?」

 みぞれがおずおずと尋ねた。元は自分の閃きだ。津々実たちの意見でブラッシュアップされたが、骨子は変わっていない。本当にそれでいいのか、まだ自信がなかった。

「いいんじゃないかしら」と伊緒菜。「インパクトあるし、考えうる限り最善の案だと思うわ」

「私も良いと思う」と慧。「『人数を増やして宣伝する』『QKの要素を入れる』っていう最初の条件を、ちゃんと満たしてる」

「あたしも賛成」と津々実。「準備も楽そうだから、クラスや家庭科部とも両立できそうだし」

 みぞれの心臓は高鳴っていた。まさか、自分の意見が受け入れられるなんて。

「名前はどうしましょうかしらね。『姉妹マッチング』だとちょっとダサいし」

「姉妹……シスター……」

「名前にもQK要素入れますか? 略すと『QK』になるとか」

「それだと部活内容に誤解を受けそうだから……あ」

 伊緒菜が閃いた。

「プライム。|Prime Sisterプライム・シスターはどうかしら。Primeには『素数』の他に、『最高の』という意味もあるわ」

 最高(素数)の、姉妹。

 この企画にぴったりのネーミングだった。


 数日後、部室にやってきたみぞれと慧に、伊緒菜は満面の笑みで告げた。

「申請、通ったわよ。今年のQK部の出し物は、プライム・シスターに決定よ!」

 学校中が「姉妹」で溢れる。みぞれは、そんな未来を予見した。

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