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QK -1213-  作者: 黄黒真直
第8章 二学期
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第83話 1/4

 十月の始まりは、萌葱高校の生徒にとって変化が多い。制服が冬服に変わるし、部活が試験休みに入る。

 そして一年生は、いよいよ進路について正式な表明が求められる。

「みんな知ってると思いますが」みぞれ達の担任の教師が、帰りのHRで説明した。「うちの学校では、二年生からコースが分かれます。みんな、自分が将来なりたいものに対して何が必要かをよく考えて、慎重に選ぶようにしてください」

 みぞれは、配られた進路希望調査票を見た。名前と、希望コースを書く欄がある。その下に、各コースの簡単な説明が書かれていた。

 教師の説明通り、萌葱高校では二年から四つのコースに分かれる。理系、文系、情報、文理の四つだ。無論、コースごとにクラスも分かれる。

「最終決定は十二月に提出してもらいますが、まずは中間テストまでにその希望票を提出してください」

 用紙が行き届いたのを確認してから、教師は続けた。

「脅すわけではありませんが、この選択はみんなの将来を大きく左右します。本当によく考えて、時には友人や家族に相談して決めてください。もちろん、私やほかの先生に相談しても構いません」

 そんな重要なことを一週間で決めさせないでほしい、とみぞれは思った。

 もちろん、この話は今初めて聞いたわけではない。入学式の日から何度も聞かされている。だからたいていの生徒は、この時期にはとっくに希望は決まっているのだ。

「つーちゃんはどうするの?」

 二人で教室を出ると、みぞれは聞いた。

「え、何が?」

「二年の進路」

「ああ。文理だよ」

 文理とは、文系理系のどちらにも特化しないコースだ。萌葱高校は進学校ではないので、大学進学しない生徒も数割いる。このコースはそうした生徒向けに、芸術系・体育系の学校への進学や、就職活動をサポートする。

「みぞれも同じでしょ?」

「わたしは……」

「違うの?」

 このやりとりに、デジャヴを感じた。QK部に入るか家庭科部に入るか悩んでいたときも、似た会話をした気がする。

「つーちゃんはなんで文理なの?」

「え? だって、あたしは服作りたいから」

 津々実は服飾関係の仕事に就くつもりでいた。デザイナーになりたいのだ。

「そうなると、行くのは服飾の専門学校か、美術系の大学でしょ? どっちにしても普通の受験はしないから、文理コースになるじゃん?」

 合理的な判断だった。津々実も自分の判断に自信があるようだった。

 一方、みぞれは悩んでいた。夏休み前までは、なんの迷いもなく、津々実と同じ文理コースを選択するつもりでいた。その先のことまでは考えていなかったが、きっと津々実と一緒に美術系の大学に行くのだろうと思っていた。

 迷いが生じたのは、八月十一日。伊緒菜の“お姉ちゃん”こと馬場肇と試合したときだ。肇に言われた言葉が、みぞれの中で尾を引いていた。

『人真似を続けていてはダメだ。先へ進むには、人真似を止めなきゃいけない』

 みぞれのこれまでの生き方は、人真似だけで成り立っていたと言ってもいい。中学一年生からは、いつだって津々実の真似をしてきた。肇の言葉は、ある意味、みぞれの人生を全否定するものだった。

 津々実みたいになりたいと思っていた。だから津々実の真似をしていた。でもそれを否定されると、どうすればいいのかわからなくなる。

 ……そもそも、わたしはどうして津々実の真似をしていたんだっけ。

 みぞれは、急に、何もない虚空へ放り出された気分になった。

「みぞれ、危ない」

 気付くと、階段を踏み外しそうになっていた。津々実が手をつかんで支えてくれる。

「どうしたの、急に。ボーっとして」

「あ、ううん。ごめん、なんでもない」

 津々実に相談するべきだろうか。先生も、友人や家族に相談してください、と言っていた。でも……。

 ずっと津々実の観察をしていたみぞれには、津々実の反応が予想できた。

 最初はきっと、寂しそうにする。自分に付いてくるかどうか、迷っていると知るから。でも次の瞬間には、それを表面上は受け入れて、みぞれのために真剣に考えてくれるだろう。そして、津々実特有の合理的な判断力で、こう言うのだ。

『みぞれが将来何をしたいのかを考えよう。そこから逆算して、進むコースを決めればいいよ』

 将来、何をしたいのか?

 そんなことを言われても……。

「慧ちゃんは、やっぱり理系かな」

 みぞれは話題をずらした。

「だろうね。数学やるんじゃない?」

「伊緒菜先輩は文系で、つーちゃんが文理で、慧ちゃんが理系なんだね」

「……」

 津々実が、ジョークを飛ばそうとして止める表情をした。言いたいことはわかる。

「わたし、情報にしようかな」

「みぞれがそれでいいならいいけど」

「情報って、プログラミングとかするコースだよね」

「え、本気?」

 半分くらい本気だった。人真似がダメだというなら、徹底的にみんなと違うことをするのも一つの手だ。

 しかし、それもおかしい気がした。思い出すのは、やはり八月十一日。大会のあとで津々実に言われた言葉だ。

『人真似がダメだと言われて真似しなくなるのは、結局肇のスタンスを真似している』

 それもそうだ。

 わたしは、どうすればいいのだろう……。


「剣持は理系だよな?」

 後ろの席から、橘が肩を突いてきた。慧は帰り支度をしていた手を止める。

「えっと……うん、そのつもり……」

「歯切れが悪いな?」

 橘が機敏に察した。

「そんなことないよ」

 と軽く流そうとする。

 慧もまた、悩んでいた。理系に進むことは譲れないが、それを公言するかどうか。特に、母親に言うか、どうか。

 どうせ進級してしまえば知られてしまうが、事前に言うのと言わないのとでは、知られたときの反応が全く違うだろう。問題は、言った方が楽なのか、言わない方が楽なのか。

 慧にはそれが、全然予想できなかった。普段、母親とまともに会話していない弊害だ。あの中間テスト後のいざこざ以来、少し話すようにはなったが、自分の気持ちや悩みをはっきりと打ち明けるほどの仲にはなれていなかった。

「それより橘は?」

「私は文系。本好きだからね」

「そっか」

「なんの話?」

 遠野が会話に加わってきた。

「進路だよ」橘が希望票を遠野の鼻先に突き付ける。「遠野はちゃんと考えてるか?」

「え、あ、うー……」

 いつも騒がしい遠野の口が急に止まった。

「そういう二人は!?」

「私は文系」

「私は理系かな……」

「あ、あっちの二人にも聞いてみよう!」

 自分たちの席で談笑している氷川と結城のもとへ駆けていく。二人と二言三言会話すると、うなだれながら戻ってきた。

「理系と文系だって……」

「どっちがどっち?」と橘。

「私が理系よ」

 おっとりした喋り方で、歩いてきた結城が答えた。

「遠野から聞いたけど、剣持さんも理系なんでしょ?」

「え? あ、うん……」

「よろしくね」

 優しい笑顔を浮かべる。

「う、うん。よろしく」

 慧は緊張して、ぎこちない笑顔になった。まさか、同じ理系を目指す人が、こんな身近にいたとは。

「剣持は数学が超できるんだぞ!」

 遠野が慧の肩に手を置く。なぜか得意げだ。

「へぇ! 今度教えてくれる?」

「……うん。いいよ」

 理系を目指す人と数学の話ができる。そう思うと慧はちょっと嬉しくなった。

「私も教えてほしいな」と文系を目指す氷川も言った。「数学はほんとにダメなんだ」

「もちろん、いいよ」

 伊緒菜に教えた経験が活きそうだ、と慧は期待した。

「……で、遠野は結局、どうするんだ?」

 橘が話を元に戻す。遠野は頭を抱えた。

「うー……あいだを取って文理にする」

「なんのあいだだよ」

「みんなの」

 たしかに、遠野以外の四人は、理系と文系に二人ずつ分かれる。

「なんだその決め方」

 呆れる橘。結城がにこやかに遠野の頭をなでた。

「焦って考える必要はないわよ」

「でも、一週間後までには決めなきゃいけない」

「そりゃそうだけど」氷川が二人の間に割って入る。「こういうのは焦ると負ける。慎重に、かつ素早く判断するんだ」

「それはレスリングの話じゃないかしら」と結城がやんわり突っ込んだ。

「レスリングでもなんでもそうじゃないか? 陸上競技はどうなんだ」

「う~ん……」結城は首をひねった。「走ってるときは、あんまり難しいこと考えないから……」

 感性で生きているタイプのようだ。

 遠野は唇を尖らせた。

「だいたい、みんなはどうやって決めたのさ」

 橘が即答する。

「本が好きだからだ」

「それだけ?」

「そうだ」

 自信満々だ。

「剣持は?」

「え? ……す、数学が、好きだから……」

「剣持さんは数学なのね」と結城。「私、化学に興味あるの」

「なんで?」

 すかさず遠野が聞く。結城はよどみなく答えた。

「はじめは『プロテインってなんだろう?』と思って調べたのがきっかけなんだけどね。プロテインってタンパク質のことなんだけど、タンパク質ってたった二十一種類のアミノ酸からできてて……あ、この話長くなるけど続ける?」

「いい」

 遠野はむくれて首を振った。

「氷川は?」

「私は三人みたいにはっきりした理由があるわけじゃないけど……大学には行きたいと思ってて、そうすると理系や情報よりは文系かなと思ったんだ。理科も数学も全然だからな」

 遠野は腕を組んだ。いよいよ問題を先延ばしにする手段が尽きた。

「なぁ遠野。もし本当に悩んでるなら、相談に乗るけど……」

 ここにきて、橘が手を差し伸べた。

「例えば……遠野の好きなものは?」

「陸上」

 意外にも即答だった。ここははっきりしていたようだ。

「好きな教科は?」

「体育」

 これも即答だった。

「じゃあ、やっぱり……文理かな」

「結局そうなるんじゃんっ!」

 遠野が頭を抱える。

「ごめん、私が悪かった」橘は遠野の肩を抱いた。「お詫びに、真面目に相談に乗るよ。そうだ、ちょうど部活も休みだし、みんなでファミレスに行こう。そこで遠野の相談に乗る。どう?」

 橘は遠野の顔色を伺った。悪くはなさそうだ。それから、慧たち三人の顔も見る。

「私はいいけど」と慧が言うと、残り二人もうなずいた。

「じゃ、決まりだ。結城はさっきのタンパク質の話の続きしてよ」

「え、いいの?」と目を輝かせる。「長くなるよ?」

「程々にな。私も読書の魅力を教える。慧も数学の話してよ」

「う、うん」

「で、氷川は……なんかレスリングの話とか」

 氷川は苦笑して、頬を掻いた。

「それより、私も相談したいな」

「わかった。じゃ、私たちが理系文系の魅力を教えてやる。それを聞いて決めたらいいよ。遠野も氷川も」

「ありがとう」

 氷川はホッとして礼を言った。遠野も、ファミレスと聞いて機嫌を取り戻したのか、笑顔でうなずいた。

 思いがけない流れでクラスメイトと遊びに行くことになり、慧も嬉しくなっていた。最近の自分は、ますます周りとうまく行っている。

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