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QK -1213-  作者: 黄黒真直
第7章 全国大会
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第64話 2^5=32

 午後一時になろうとしていた。ガラス張りのロビーは、アスファルトに反射する太陽の光で、眩しいくらいに明るかった。時計を見て、ロビーにいた選手たちがぞろぞろと体育ホールに入っていく。

 みぞれ達は、ロビーのソファで慧を待っていた。伊緒菜がスマホのメッセンジャーを見つめている。

「さっきお店を出たと言ってるるけど。そろそろ来るかしら」

 時々自動ドアから入ってくるのは、他の選手たちである。慧はまだ来ない。

「あ、帰ってきた」

 津々実が一番に声を上げた。ガラスの向こうを指差す。薄い緑色のパーカーの三人組に混ざって、白いセーラー服を来た黒髪の少女が見える。

 慧はみぞれ達に気付かず、三人組と何かを話していた。自動ドアを抜けると、その会話が聞こえた。

「で、これで、Πp∈S(1-1/p)>d/nの場合がわかった」

「そうですね。次は<d/nの場合ですけど、それはw=0、S1=φとすれば成立しますね」

「うん。そしたらNをΠp^eで表すと……」

「慧が謎の言語で会話してる……」

 津々実のボソッとした呟きに、慧が気が付いた。

「あ、みんな」

「もう意気投合したのね」伊緒菜が笑顔で近付いた。「なんの話?」

「奇数の完全数の話です」慧は目を輝かせながら答えた。「ハース・ブラウンの定理というのがあって、その証明を検討してました」

 当然ながら、伊緒菜には何のことか全くわからなかった。

「そう。とにかく楽しそうで良かったわ」

 パーカーを着たおさげの少女が、ポケットに手を突っ込みながら、伊緒菜に向かって微笑を浮かべた。

「やあ、初めまして。萌葱高校の宝崎さん。お噂はかねがね」

「初めまして。南翠高校の東雲楓佳さん。団体戦優勝おめでとうございます」

 伊緒菜が手を差し出す。楓佳はポケットから手を出して、それを握り返した。

「ありがとう。そっちも強かったよ」

「当然です。うちをどこだと思ってるんですか?」

 楓佳はにこりと笑って手をひっこめた。伊緒菜もにやりと笑った。

「ところで、トーナメント表は見ましたか?」

「もちろん。順調にいけば、僕と君は三回戦でぶつかるね」

「ええ。そのときは宜しくお願いいたします」

「こちらこそ。……じゃあ、二人とも行こうか」

 楓佳が後輩二人の背中を押す。肩越しに慧を見ると、

「また、あとでね」

 とウインクした。

 ホールへ向かう三人の背中を見ながら、みぞれは、なんだか変わった人だなぁ、と思った。

「ま、仲良くなれたようでよかったわ」伊緒菜はホッと溜息をついて、腰に手を当てた。「連絡先とか交換した?」

「あ、はい」

「ならいいわ」

 伊緒菜は微笑むと、壁の時計を見た。

「さて、そろそろ個人戦が始まるし、私達も作戦を練らないとね」

 みぞれが伊緒菜の顔を見上げた。

「作戦、ですか」

「ええ。みぞれもトーナメント表は見た?」

「は、はい」みぞれは頷いた。「たしか最初は、ええと……なんか長い名前の高校」

「なにそれ」

 津々実が噴き出した。

「だ、だってなんか長かったんだもん」

「やっぱりあなたの記憶力は素数限定なのかしらね」伊緒菜が眼鏡を押し上げて言った。「信濃大学附属松葉高校。別に長くもないでしょ。相手はボドゲ部の府川(ふかわ)(まり)さんよ」

「知ってる人ですか?」

 伊緒菜は首を振った。

「直接戦ったことはないわ。でも、彼女は有名人よ」

「強いん……ですか?」

 今度は、伊緒菜は首を傾げた。

「まあ、そこそこね。人呼んで、変幻自在のデータ人間」

 津々実が乾いた笑い声を上げた。

「二つ名があるんですか?」

「だから言ったでしょ、有名人だって」

「でも、そこまで強くないんですよね」

「ええ。有名なのは、交友関係が広いからよ。だけど、それを使って情報を集め、相手に合わせて戦法を変えられる程度にはスキルがある」

 だから変幻自在か、とみぞれは納得した。

 津々実が小さく手を挙げて聞いた。

「それで、どんな作戦なんですか?」

「ううん……みぞれは、聞きたい?」

「え?」

 みぞれは目を丸くした。伊緒菜がそんなことを言うなんて、思っていなかった。

 三人の視線を浴びながら、みぞれは考えて、答えた。

「いえ、自分で考えてみます」

「そう。わかったわ」

 伊緒菜はにやりと笑った。


 体育ホールには、五十人近い高校生たちが集まっていた。既に何人かは対戦テーブルに座っている。みぞれ達も、スタッフにテーブルへ促された。

「それじゃ、みぞれ。またあとで会いましょう」

 伊緒菜が手を振り去っていく。

「あとでって」津々実がトーナメント表を眺めながら言う。「戦うつもりってことかな」

「ううん……そうなのかな」

 みぞれも、壁に垂れ下がっているトーナメント表を眺めた。三十二人の名前が並んでいる。その中でみぞれの名前は下側にあり、伊緒菜の名前は上側にあった。二人が戦えるのは最後の最後、決勝戦だ。つまりみぞれは、四回勝たないといけない。

「きみの相手はこっちだよ」

 テーブルの対面から、声をかけられた。みぞれと津々実が揃って顔を向けると、脱色したボブカットの少女が座っていた。痩せ型で、抹茶色のシンプルなワンピースを着ている。私服のようだった。彼女は、二人のぴったりな行動に少し笑ってから、自己紹介した。

「初めまして。萌葱高校の古井丸みぞれちゃん。私は松葉高校の府川鞠。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

 返事をしながら、みぞれが席に座る。

「きみのことは知っているよ。宝崎伊緒菜の一番弟子で、彼女の戦法を色濃く継いでいる。でも、覚えている素数にはまだムラがある」

「そ、そうなんですか?」

「うん。誕生日は12月13日、血液型はA型、スリーサイズは上から86……」

「な、なんでそんなことまで知ってるんですかぁっ!?」

 鞠は得意気に笑った。津々実がふくれっ面になりながら、

「さすがデータ人間ですね」

 と蔑むように言った。

「データ人間……」鞠は参ったように、頬のニキビを掻いた。その呼び名は好きではないようだ。「悪かったよ、謝る」

 やっと素数判定員がテーブルに来た。「じゃ、また」と津々実がみぞれの肩を軽く叩き、テーブルを囲むテープの外に出た。

「ではこれより、個人戦第一試合、萌葱高校古井丸みぞれ選手対、信濃大学附属松葉高校府川鞠選手の試合を始めます」

「よろしくお願いします」

「まずはカードドローをお願いします」

 みぞれは軽く深呼吸してから、カードを一枚表にした。

「古井丸選手がダイヤの8、府川選手がハートの10。よって先攻は府川選手です」

 判定員がカードを回収し、シャッフルする。そして、二人に十一枚ずつカードを配った。

「ではこれより、一分間のシンキングタイムを始めます」

 タイマーが動き出した。みぞれはまた一呼吸してから、カードを取った。

 いよいよ、個人戦だ。自分の目標を忘れるな。わたしは、ここで一番になるために来たのだ。

 伊緒菜が言うには、鞠はデータ人間だ。みぞれの戦法を熟知して、それに勝つような手を打ってくる。初戦から厄介な相手だ。問答無用で倒せるくらい、強い手札が来てほしいが……。

 そう願いながら広げたカードを見て、みぞれは唇を噛んだ。2、2、3、3、3、5、7、8、T、J、J。奇数が多いのはありがたいが、全体として数が小さい。しかも偏っている。あまり強くないカードだ。

 みぞれの表情をちらちら確認しながら、鞠は、これは勝ったかな、とほくそ笑んでいた。

 みぞれの戦法は伊緒菜に似ている。三枚出しと四枚出しを中心に、勝ち筋を埋めてくる。時には五枚出しもしてくる。大きい素数を、平均的な選手よりも多く覚えているようだ。

 みぞれの苦手な傾向はわかっている。みぞれは地区予選で、相手が革命を起こした試合か、二枚出しを多用した試合で負けている。なら、今回もそれを再現してやればいい。

 鞠は手札を検めた。A、2、2、5、6、7、8、9、J、Q、K。この手札なら革命を起こせる。QKがあるので、二枚出し戦術でも有利だ。しかもこちらは先攻なので、好きな方を選べる。

 鞠がそこまで確認したとき、シンキングタイムが終了した。鞠の持ち時間が始まる。彼女はまだ考え続けた。

 今回の全国大会には、革命を多用する烏羽(からすば)高校の選手がひとり進出している。萌葱高校は当然、革命対策をしていることだろう。では、二枚出し対策はどうだろう。全国大会で二枚出しを多用する選手がいると、予想するだろうか?

 伊緒菜ならしてもおかしくない。しかし、革命対策よりは後手に回るだろう。なら、取るべき戦法は二枚出しだ。

 鞠の手札には二枚出しが多い。小さい順に並べると、29、57、6A、8J、QK。残りは2だが、これは素数。だから、最後に2を出せる手筋を作ればいい。もしくは、229や257が素数なので、最後にこのどちらかを出せる手筋を考えればいい。

 鞠は最初の素数を出した。

「6A」

 このあと8J、QK、57、229と順番に出せれば勝てる。こんな理想通りにはならないだろうが、この流れを頭に入れておいて、なるべくこれに近付けよう。

 場の素数を見て、みぞれはまた困り顔になった。

「やっぱり二枚出しは苦手なんだね?」

 意地悪く聞くと、みぞれは上目遣いでこちらを見た。

「……そういうデータが、あるんですか?」

「ん、まあね」

 みぞれは頭を抱えた。本当にデータ人間だ。みぞれは多数枚出しに慣れ過ぎていて、一枚や二枚で攻められるのが苦手なのだ。

 しかしそんなことは、伊緒菜にもお見通しだ。だから伊緒菜は、みぞれに二枚出し相手の練習もさせていた。

 それでも、みぞれには一抹の不安があった。もし鞠が、そこまで見越していたら? 伊緒菜が教えそうな戦法を、封じるような手を考えていたら?

 先ほど、鞠は自分で言っていた。「みぞれの戦法は、伊緒菜に似ている」と。もしかしたら、何もかも見透かされているかもしれない。だとしたら、みぞれが勝つ方法は……。

 みぞれは三分ほどの黙考のあと、カードを二枚出した。

「8(11)

「811は素数です」

 やっぱりそう来たか、と鞠は思った。伊緒菜は、相手が二枚出ししてきたときは、親が取れそうなら最優先で親を取ってしまうことが多い。自分が親になってしまえば、枚数を好きに選べるからだ。みぞれも、同じ戦法で来たようだ。

 8Jというチョイスは悪くない。これより強いのは、9(11)TK(1013)QK(1213)の三つ。親を取れる可能性は高い。

 だが甘い。その手を出したことで、みぞれはこの三つを持っていないことを白状してしまった。つまり、鞠の持つ8Jに対抗できる素数が存在しないのだ。

「QK」

 鞠は悩まずにカードを出した。これで鞠の残りカードは、8J、57、229。みぞれは8Jに勝てないのだから、鞠の勝ち確だ。

「パスします」

 みぞれはドローもせずにパスした。判定員が場を流し、再び鞠の手番となる。鞠は再度、悩まずにカードを出した。

「8J」

「811は素数です」

「さ、どうする?」鞠はカードをテーブルに伏せて聞いた。「きみは8Jより大きい素数を持っていないはずだよね。さっきドローすればよかったのに、それもしなかった。ここで良いカードが引けることに賭ける?」

 みぞれは手札で口元を隠しながら、鞠の目をじっと見返した。

「それは、わたしが伊緒菜先輩の戦法を真似ているから、言えることですか?」

「ん? うん、そうだね。宝崎さんなら、相手が二枚出ししてきたら、とにかく親を取ることを優先する。さっき君が8Jを出したということは、君は8Jより強いカードを持っていない」

「伊緒菜先輩ならそうかもしれません。でも」

 みぞれは、手札のうち二枚をテーブルに伏せた。そして残り七枚を、テーブルに並べた。

「慧ちゃんなら、こうします」

「……え、慧? 剣持、慧?」

 鞠は慧のことも知っていた。地区予選第六位。長い黒髪をハーフアップにした清楚な美少女。その得意戦法は、《《合成数出し》》。

JT(1110)=3×37×2×5、です」

「うっそ、君が合成数出し!?」

 鞠の知る限り、みぞれは合成数出しをしたことがない。巨大素数で相手を叩くのが得意なプレイヤーだ。だからこそ二枚出しが有効なのに……!

「合っています、合成数出し成功です」

 鞠の手札は、57、229。どう組み替えても、JTには勝てない。

「パスします……」

 場が流される。みぞれは最後の二枚を場に出した。

「23」

「23は素数。よってこの試合、古井丸選手の勝利です!」

「まさか、そんな」

 鞠はカードをテーブルに置くと唸った。

「途中で戦法を変えるなんて」

 みぞれも自分で驚いていた。相手はこちらのことを見透かしている。だから勝つためには、いつもと違うことをしなければいけない。そのために何をすれば良いか――そう考えていたとき、「慧を真似すればいい」と直感したのだ。

 個人戦なのに、まるでみんなで戦っている気分だった。みぞれは思わず微笑んだ。これなら、絶対に負けない。


「4121213は素数! よってこの試合、古井丸選手の勝利です。またこれにより、古井丸選手の二本先取となりますので、この勝負は古井丸選手の勝利です!」

 まずは、一勝。府川鞠を制し、みぞれは第二試合へ駒を進めた。

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