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QK -1213-  作者: 黄黒真直
最終章 冬から春
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第97話 1216

 みぞれは、第一希望を理系にして提出した。第二は文理で、第三は情報だ。

 記入欄は第三まであるが、よほど成績が悪くない限り第一希望に通ると聞いている。みぞれの理系進級は、もう決まったようなものだ。

「でも理系って、何するのかな?」

「何って、数学とか理科とかでしょ」

 三日間の期末試験が終わり、あとは冬休みを待つだけとなった土曜日。みぞれは津々実と一緒に、伊緒菜の家へ向かっていた。その道中の電車の中で、みぞれはぽつりとそう言った。

「なんか勢いで書いちゃったけど、だんだん不安になってきた……わたしにできるかな」

「ここまできたら、もう自分を信じていくしかないでしょ。伊緒菜先輩もそう言ってたんでしょ?」

 津々実の言う通りだ。みぞれが歩く道はもう決まった。みぞれは、自分が正しいと思うことをする。それは数学だ。

 電車が駅に着くと、改札の向こうで伊緒菜が待っていた。その周りに、既に三人もいる。慧と、柳高校QK部の一年生、遠海(とおみ)美沙(みさ)と遠海(とおみ)美衣(みい)だ。

「あ、来た来た。おーい!」

 遠海姉妹がみぞれを目ざとく見つけ、大きく手を振った。鏡写しのようにそっくりな双子が、鏡のように左右逆の手を振っていた。

「久しぶりだね、遠海姉妹。元気だった?」

 津々実は子供に話しかけるような口振りだった。この双子の仕草は、どこか子供っぽさがあった。

「元気だよ、史(ふみ)先輩に呆れられるくらい」

「史先輩は全然元気じゃないけどね」

 と言って双子は笑った。

「今日は吉井さんは……」

「あの人は受験勉強があるから」と伊緒菜。「最初の試験まであと一ヶ月切ってるから、遊んでる暇はないでしょうね」

 つまり、悪戯好きの双子を止める人がいない。みぞれは早速何かされやしないかと身構えた……が、そういえば遠海姉妹は常識的な挨拶しかしていない。

「今日は私が保護者だから大丈夫よ、みぞれ」

 と伊緒菜は双子の肩を叩いた。この双子の人間観察力は高い。伊緒菜には逆らわない方がいいと理解しているようだった。


 今日は「お疲れ様会」だった。期末試験が終わり、長い二学期もあとは試験返却と終業式を待つだけとなった。そこで伊緒菜が提案したのである。パーティをやろう、と。

 そしてこれは、QK部の恒例行事でもあるらしかった。毎年この日に、柳高校のメンバーも集め、朝まで大いに遊ぶという。

 伊緒菜の部屋に着くと、六人はバッグから思い思いにお菓子を取り出し、ローテーブルに並べた。さらに、伊緒菜の母親が持ってきてくれたジュースを、人数分コップに注ぐ。

 その横で、伊緒菜はノートパソコンでビデオ通話を始めた。

「こんにちは、吉井さん」

『やあ久しぶり。宝崎さん』

 通話相手は吉井史だった。自室で勉強中のようだ。

「遊ぶ暇なかったんじゃ」と津々実。

『ないよ。全然ないよ。でも気分転換も必要だからね』

 指でペンを回しながら、史はそう言い訳した。

「飲み物は行き届いたわね」と伊緒菜が確認する。「それじゃ、二校合同お疲れ様会、始めましょう。カンパーイ!」

「「かんぱ〜い!」」

 みぞれ達は高々とコップを打ち鳴らした。

「吉井さんは、どこの大学受けるんですか?」

『かなり悩んだんだけどね』

 史は大学名をいくつか挙げた。

「そのラインナップは、語学系ですか?」

 文系大学を中心に調べていた伊緒菜は、すぐにピンときた。

『うん。前までは経済系とか、就職に有利そうな学部にしようと思ってたけど、夏以降いろいろと考えたんだ。それで私、語学が好きだなと思って、その方面に行くことにした』

「結果的に、就職にも有利そうですね」

『かもね。ただ、大学以降のことはまだ何も考えてないよ』

「前と変わったようで変わってないよね」と美沙が笑う。

「先延ばしする癖はそのまんま」と美衣も笑う。

『いや、でもさ、人の考えなんて変わるんだから、あんまり先のことまで考えてても意味なくない?』

「その場その場での最適解を選ぶという点では、私も同じですね」

 と伊緒菜は同意を示した。

 その意味では、みぞれもそうだ。今回の進路のことは、先のことまで考えての決定ではなかった。やはり少し、不安になる。

 それを見透かしたかのように、伊緒菜が言った。

「ところで、そろそろ聞こうかしら。みぞれは進路希望、どうしたの?」

 伊緒菜や慧には、まだ話していなかった。話す機会がなかったのだ。

「進路希望?」と疑問を挟む遠海姉妹に、津々実が簡単に説明した。

「うちの学校は、二年に上がるときに文理選択するんだよ」

「へー、早いね」

「というかうち、そういうのないよね」

「そうなの?」

「うん。選択科目があるだけ」

「それも決めるのは三学期の終わりだし」

「で、古井丸さんはどっちを選んだの?」

 双子までみぞれに注目し始めてしまった。史もしっかり聞いているだろう。

 みんな驚くだろうか。みぞれはどきどきしながら打ち明けた。

「理系にしました」

 へぇ、と伊緒菜は少し驚いていた。そして慧は、目を輝かせた。

「じゃあ、来年は一緒のクラスかもね」

「うん。よろしくね、慧ちゃん」

 微笑む二人を見ながら、伊緒菜が言った。

「適当に決めた感じじゃないわね。どうして理系にしたの?」

「……どうやって決めたらいいかもわからなくて、すごく悩んだんですが」とみぞれは前置きした。「つーちゃんの苦手なことをやってみようと思ったんです。それで、つーちゃんはひとつの問題をずっと考えるのが苦手って言ったから、それをやってみたんです。『どうして六つ子素数はないんだろう?』って」

「六つ子素数?」

「一枚目に、A、3、7、9、J、Kのどれをつけても素数になるような数です。四つ子と五つ子があるんだから、六つ子もあっていいのに、と思ったんです」

 伊緒菜は腕を組んだ。

「ないことは知ってるけど、理由は知らないわね。慧は知ってる?」

「知ってますし、証明できます」

「やっぱり慧ちゃんにはわかるんだね……わたしはこうかなって思ったの。四つ子素数の親は、1、3、7、9のどれをつけても3の倍数にならない数。だから、どれを足しても、各桁の和が3の倍数になっちゃいけない。そういう数は3の倍数に1を足した数しかないけど、ここにJ(11)を足すと各桁の和が3の倍数になってしまう。だから、六つ子素数は存在しない」

 頭の中で何度も繰り返した論理だったため、みぞれは暗唱するように喋った。

「あってる」

 慧はとても喜んでいた。数学の話ができる相手が身近に現れたからだ。

「これを見つけたとき、思ったの。これって、絶対に正しいことだなって。わたしはずっと、どうしたら自分を『正しい』と言えるか悩んでたんだけど……数学には、そのヒントがある気がして。だから理系に行って、数学を学ぼうと思ったの」

 みぞれはそう締めくくった。

「良いと思う」慧は興奮気味だった。「でも数学における『正しさ』も、実は何百年も議論されていることなの」

「え、そうなの? だって、今の証明は正しいでしょ?」

「うん。だけどね、数学のもっと深いところに行くとね、何をもって正しいと呼ぶかが議論の的になっていくの」

 津々実が小さく手を上げた。

「それって、数学の正しさも曖昧ってこと?」

「ううん、そうじゃない。いえ、そうとも言えるかもしれないけど、どちらかというと『ここからは正しい』と宣言するための線引きを行なっているのよ。そうやって数学の『正しさ』をより強いものにしているの。それって、絶対に楽しいわ」

 慧は早口でみぞれにまくし立てた。そういえば数学の話題になるとよく喋る人だったな、とみぞれは思い出していた。

「なんにせよ、みぞれの進路が決まってよかったわ」

 伊緒菜はお菓子を食べながら安心しきった表情で言った。

「伊緒菜先輩は、進路どうすることにしたんですか?」

「まだ未定」

 と言いつつも、伊緒菜は楽観的に続けた。

「この間は歴史とか経済とかに興味があると言ったけど——まぁそれも嘘じゃないけど、私が一番やりたいのは、やっぱりゲームなのよね」

「ゲーム」

 伊緒菜の言う「ゲーム」とは、テレビゲームもアナログゲームも、スポーツすら含めた、あらゆるゲームのことだろう。

「そう、ゲーム。特に、相手プレイヤーと勝敗をつける対戦ゲーム。それを生業にする最善策は何かなって考えているところよ」

「棋士とか?」と美沙。

「チェスプレイヤーとか?」と美衣。

「そんなところね」と伊緒菜は答えた。

「夢みたいなこと言いますね」

「悪い?」

「いえ、意外だなと思っただけです」

 津々実の言う通りだ。伊緒菜はもっと、堅実で現実的な将来設計をしていると思っていた。しかし、伊緒菜はQKの全国大会で優勝したし、部内でやった他のどんなゲームでも負け知らずだった。伊緒菜にとっては、現実的な選択肢なのかもしれない。

「あれ? QKのプレイヤーにはならないんですか?」とみぞれは聞いた。

「QKにプロリーグはないもの。どこまでいっても遊びの一環よ。今はまだ」

「あ、そうなんですか……」

 遊びと言われてしまうと、ちょっぴり凹む。たしかに遊びには違いないが、みぞれ達はこれでも真剣にやってきたのだ。

「あ、プロリーグといえば、言い忘れてたことがあったわ」

 と、伊緒菜がノートパソコンを操作し始めた。

「そもそも、どうして今日集まることにしたのかって話」

「試験の後だからじゃないんですか?」

「それもあるけど、メインは別よ」

「メインを言い忘れないでください」

 と津々実が突っ込んだが、伊緒菜は気にしなかった。

「今日は12月13日の直後の土曜日でしょ? 実は毎年この日に、大会が開かれるのよ。もう何十年も続いてる、伝統ある大会が」

「それって、まさか」

「ええ。QKの大会よ」

 パソコンの画面には、その大会の公式HPが表示されていた。

「大会開始は、午後十一時」

「なんでそんな真夜中に」

「知らないけど、そういう伝統らしいわ。こんな時間だから十八歳未満は参加できないんだけど、オンラインで配信はされているの。今日のメインイベントは、これを見ることよ。朝までね」

「朝、まで?」

「そりゃそうでしょ。私たちの全国大会も八時間くらいかかったのよ? 夜十一時から始まったら、終わるのは朝よ」

 つまり今夜は、徹夜でQKの大会を観戦するというわけだ。みぞれはパジャマパーティでもするのかと思っていたが、なかなかにハードなイベントが待っていた。

「ということで、メインディッシュまでは時間があるし、何かしましょう。ゲームなら色々あるわよ。この人数なら、色んなゲームができるわ」

 伊緒菜がうきうきと、棚に掛かっていたカーテンを開ける。そこにはずらりと、ボードゲームが並んでいた。伊緒菜にとっては、こちらの方がメインに違いなかった。

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