夜明け前の放浪者
まだ光が差す前、日が昇る前の最も暗い紺色の空のうちにリリアムは目を開けた。
意識を周囲に広げたまま、まぶたを閉じるだけの睡眠とはいいがたいものであったが、途中何者かに奇襲されることもなかったためそれなりに疲労を回復することが出来た。
荷物を殆ど持たないリリアムは宿の女将に鍵を渡すと、昨夜門を乗り越えた場所へと向かう。
日の出とともに働きに出る農民などより先に起きたのは、明るくなる前に門を飛び越えるためだった。
周囲を確認し町壁の上部に立ったリリアムは壁の外にも誰もいないことを確かめて飛び降りた。
町から出たリリアムは昨晩駆け抜けた森へと再び入り、道中木になっている果物を採りつつ、腰に差してあった短刀を引き抜いて円を画くように腕を廻せば、それに連動した剣の軌跡が画く縁は真っ黒に塗りつぶされていた。
その中に手を入れ、何かを探すように動いたかと思うと、取り出した手にはわずかにカビの生えたパンが握られていた。
短刀を鞘に納めると、黒い孔は存在しなかったように閉じる。
リリアムが物を持たずに旅に出られるのはこの短刀の、短刀の能力によって開閉できる異次元空間を利用できるからである。
抜刀した状態で、始点と終点を繋ぐように剣を振るうことで異次元への入り口を開き、納めることで入り口を閉じることが出来る。
孔に手を入れ、取り出したいものを想像すれば自動的に手の元へと寄せられるという非常に便利な道具である。
ちなみに、リリアムがパンがカビるまで異次元の孔に放っておくようなダラシない性格なのではない。町中で表示されている金額を支払って渡されたパンがカビる直前のものだったのだ。次元の孔の中ではリリアムが望むように時間を停めておくかどうか入れたものごとに設定できる。
パンのカビた部分を普通のナイフでそぎ落とし、同様のチーズと一緒に食べながら迷う様子も無く歩く。途中で採った果物を食べ終わる頃には森を抜けていて、目的の場所へとつく。
それは洞窟だった。
洞窟の内部を通り、外へと通じる川が流れている。
この町に来たときに見つけておいた、リリアムの作業場である。
異次元の孔から作業用の道具と、材料を出し、洞窟内の地面を整備して
取り出した携帯可能な設備をセットすれば準備は完了だ。
リリアムは自分の頭の中に画いた設計図を思い浮かべ、何度かイメージトレーニングをし始めたのだった。
ようやく少し話が進められそうです。