エピローグ:あとがきにかえて —— 専門バカにギャルが勝利(と本代の被害報告)
私事で恐縮だが、筆者は長年にわたり、「時間論」に関するあらゆる書籍を読み漁ってきた。
難解な哲学的時間論から、最新のアインシュタインや量子力学を扱った一般向け物理学的時間論まで、本棚が埋まるほどにだ。
そして、何冊読んでも、毎回最後にはまったく同じ感情が湧き上がってきたのである。
「……こいつら、一般人のツッコミがないのをいいことに、なんて不毛な議論をしてるんだ?」
物理学者は「時間は実在しない! 変化のパラメータだ!」とドヤ顔をし、哲学者は「いや意識の連続性が!」と自説の沼に沈んでいく。
いや、ちょっと待ってほしい。
こっちは明日も朝7時に起きて、時給で働いて、約束の時刻に遅刻しないように必死で生きてるんだよ。
それなのに、なぜ彼らは誰一人として「で、その話って、どこまでの範囲(定義)で有効なわけ?」という交通整理をしようとしないのか。
お互いに自分の領域(象の足か耳か)の定義だけを盾にして、相手を「無知だ」「概念を理解していない」と殴り合っている。まさに専門バカの集まりである。
◇
——さて、ここでこの物語を読んで「時間論に少し興味が湧いたな」という奇特な読者の方へ、筆者から心からのアドバイスを贈りたい。
哲学的時間論の専門書も一般向け解説本も、絶対に読まないことを強くオススメする。
嘘だと思うなら一冊買ってみるといい。
ある有名な哲学的時間論の本など、数百ページにわたって難しい言葉で散々議論を進めた挙句、最終章でこう締めくくっていたのだ。
『時間の概念を使わずに時間を議論することはできないので、自己撞着に陥り、これ以上議論を進めることはできない』
……おい。
散々もったいぶってページをめくらせておいて、最後は投げ出すのかよ!!
「私の貴重な時間と本代を返せーーーッ!!」
——そう、この物語を書いた真のキッカケは、長年蓄積されたその「いい加減にしろ」というツッコミと、ドブに捨てた時間への怒りの衝動だったのだ。
◇
「物理的には実在しない(パラメータ)」
「生体・認知としては感覚」
「社会的には約束事(便利ツール)」
『温度』や『色』と同じように、ただそれだけの階層の話なのだ。
それを「どれか一つだけが時間の本質だ」と言い張るから話がおかしくなるし、最後には自己撞着にハマって投げ出すことになる。
作中のギャル・ミーナが放った「要するに天気予報の温度みたいな便利ツールでしょ! チョー神概念じゃん!」という一言こそが、専門家たちが数千年間見失っていた「時間の正体」そのものである。
もし皆様が今後、難解な時間論の本に出会って煙に巻かれそうになったら、ぜひ思い出してほしい。
「あ、いまこいつ象の耳しか触ってないな」と。
そして、間違ってもその手の本に貴重な「時間と本代」を吸い取られないことを、心より祈っている。
◇最後に
さて、これで「時間論」に関する一応の結論と整理は導かれた。
これ以上のマニアックで深みにハマる議論は、専門家のみなさんに任せることにしよう。
例えば——
✅「物理的相互作用」を全くしない2つの粒子しか存在しない宇宙には、「時間」が定義できないのか?
物理学者は「観測不能」「変化の記述不能」でフリーズしそうな思考実験なので、これはぜひ哲学者に任せたい。
……ちなみに私の説を述べておくなら、「相互作用をしないもの同士は、互いに存在していないのと同じ」である。
だって触れることも見ることすらできないのだ。お互いに干渉しない以上、それは別次元にあるようなもの。そもそも「同じ宇宙にある」という問題設定自体がおかしいのである。
もう一つ——
✅ 本書の議論(3階層の棲み分け)を踏まえて「時間の矢(不可逆性)」を再議論すると、どのような結論になるのか?
これも一般的な時間論(認知や社会性の視点)の知識に乏しい物理学者には荷が重そうなので、ぜひ哲学者に任せることにしよう。
……まあ、彼らがまた「時間の概念を使わずに時間を議論することは〜」と自己撞着にハマり、投げ出さないことを祈るばかりだが。
ご愛読、ありがとうございました。
次回はこの連載を論文にまとめてみます。お楽しみに。
次回はこの連載をまとめた『時間論』論文を投稿予定
2026年10月18日 17時00分
お楽しみに!




