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ルミリュマ・コード 〜地球殲滅計画〜  作者: 硯雨
第2章 雪の下で眠るもの
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17『規律と、罪と罰』

 ガシャーン!


 懲罰房の鉄格子に、重い鍵がかけられた。

 薄暗い地下に金属音が長く響く。


 格子越しに立つ副団長の冷たい目が光って見えた。


「ちょっと待ってくれよ……普通、懲罰を受けるときは審判を受けるんじゃないんすか」


「今回は俺の権限で審判を下す。3日間懲罰房だ」


 無駄のない言葉が、これ以上の会話を拒まれているように感じた。


「そんな……地球で副団長の言うこと聞かなかったからですか。……サムルを生きて帰さなかったからですか」


 俺は副団長を引き止めるように聞いた。


 サムルを失ったばかりのこの状況で、俺が懲罰を受けるなんて思っても見なかった。

 正直動揺している。


「サムルのことはお前の責任だとは言わない。オスパーが独断で作戦を変更したことによって起こったことだと言っていい。肝心のオスパーはまだ見つかっていないが……。しかし、ロッキーにも落ち度はあっただろう」


 副団長はそう言うと、コートの内側から何かを取り出した。


「それは……地球人の中和銃ですか」


 はっとして、自分のコートをパンパンと叩く。


 ──ない。


「これはロッキーが隠し持っていた地球の銃だ。地球で倒れていたお前から回収した。ナイリスに聞いたが、これは前々回の任務のときにお前が地球から持ってきたものだろう。なぜ報告しなかった」


 うっと息が詰まった。


 そうだ……俺のしたことは十分懲罰に値する。


「すみません……その、ルルナのことで頭がいっぱいで。完全に忘れちまってたんです」


 俺はうなだれて言った。


「お前が速やかに報告していたら、我々はこの銃に対する対策を講じた。もしかしたらお前は部下を失うことがなかったかもしれない」


 身体がずんと重くなる。


 その通りだ。

 俺がサムルを殺したようなものだ。


 後悔の念が押し寄せてくる。

 雪の穴に入っていくサムルの姿が頭から離れなかった。


「もちろんお前以外の団員だってこの銃を目の当たりにしているだろう。ただ、お前だけだ。この銃を持ち帰っていたのは」


 銃を持ち帰れたのは俺だけ。


 普段なら、俺の功績を認めてくれたと読み取って歓喜するところだ。

 しかし今日は違う。


 サムルを救えたのは俺だけだった。すなわち、サムルを殺したのも俺だと──。


「ロッキー。お前はもう一度、ダロックの規律を覚えなおせ」


 格子の間から副団長が差し出してきたのは、分厚い教本だった。

 ダロックの規律や基礎的な知識、歴史などが書かれたものだ。入団すると、新人団員は全員この本を読み込まされる。


「制服の乱れ。言葉遣い。今回のことを除いても、お前の普段の態度は目に余るものがある。ルルナのことで頭がいっぱいなら、指導者として最低限の規律は守れるようになれ」


 規律。


 俺が最も苦手な言葉だ。


 受け取った本をパラパラとめくる。


「あの、副団長」


「何だ」


「俺、ほとんど字が読めないです……」


 悪魔村では文字の読み書きが必要なかった。その名残で、今でも俺は読み書きを避けている。

 入団当初も、俺は体を動かすほうが得意だからと勉強なんてほぼしてこなかった。


「……分かっている。その本には翻訳魔技をかけておいたから、お前にも理解ができるだろう」


 本に翻訳魔技……さすが副団長、特殊な魔技もお手のものか。


「ありがとうございます……規律を勉強し直します」


 俺は胸に手を当て、敬礼した。


 副団長の表情から常に怒りの感情が滲んでいることがずっと気になっていた。

 懲罰房に来てからじゃない。雪葬所にいるときからでもない。

 地球で目覚めたときからだ。


「ただ勉強するだけでは意味がない。お前が指導者としてこれをルルナに教えるということを心に留めて読め。他人に教えるということは、自分はそれ以上に理解している必要がある」


 頷く。

 副団長の言葉を受け入れたからというより、嫌われないために頷いた。


 副団長は俺の目をじっと見てから、体の向きを変え、地上に繋がる階段の方へ向かって行った。


 これで終わりか?

 これで3日間会えないのか?


 モヤモヤした気持ちでここでひとりで過ごすのか?


「ま、待ってくれ副団長」


「ロッキー。目上の者には敬語を使え。それが規律だ」


 ぴしゃりと言われ、俺は口をつぐんだ。


「今まで俺が甘やかしすぎたのも悪かった。3日間よく考えろ。3日後また来る」


 副団長の背中が遠くなる。

 格子を両手で掴み、背中を目で追った。


 副団長は一度も振り返らなかった。


「……くそ……」


 冷たい石床。湿った臭い。どこからか聞こえてくる水滴が落ちる音音。

 俺がまっすぐ横になれるほどのスペースもない懲罰房。


 景色は縦に伸びる鉄格子と、その奥に迫る石壁。

 灯りは壁にかけられた小さな夜灯花の光のみ。


 何度入っただろう。

 入団当初は、脱走に無断外出に、同期との喧嘩に……。街の踊り子の女を部屋に連れ込んで入れられたこともあったな。


 しかし最後に入れられたのは、もう3年前。

 命令に逆らった罰で、陣営長にボコボコに殴られたあとに投げ入れられたときだ。

 たっぷり10日間も出してもらえず、さすがに懲りてしまった。


 思えばそれから3年間、懲罰を受けてもおかしくないことは何度もやってきた。

 その度に副団長が許してくれていたのだろうか。


 ──俺が甘やかしすぎたのも悪かった。


 副団長の言葉が蘇る。

 俺が副団長に甘えすぎていたのか。


「はあ……」


 冷たい壁にもたれ、ずるずるとそのまま座り込んだ。

 床に落とした教本を手に取る。

 

 本を1ページ目からめくるなんて初めてかもしれない。


 今まで無数の手に触れられてきたのだろう。めくるときにつまむ場所だけ茶色く変色していた。


「読めねえな……」


 相変わらず訳のわからない文字が羅列している。

 自分の名前くらいと思い、「ロッキー・タン」とだけは書けるし読める。

 班長になったときは班員の名前くらいと思い、今までロッキー班に所属していた奴らの名前も書ける。

 書けると言っても、記号として形を覚えているだけだが。


 文字の羅列をゆっくりと辿っていく。


「あ、これはナイリスの『ナ』だな」


 知っている文字を指差したそのときだった。


「ん……? んん?」


 ──ダロックの規律の基本──


 ──第一に服装──


 ──定められた制服を着用──


 ──戦闘時を除き、指定された身だしなみを維持──


「何だっ! 頭ん中で誰か喋ってんぞ!」


 おそらくこの本の内容が、頭の中に直接流れ込んでくるのだ。

 俺の頭なのに、その声は俺ではない。いや、声というか、勝手にすらすらと理解していく……気持ち悪い感覚だ。


「これが本にかけた翻訳魔技……」


 こりゃすげえぞ。

 文字とは無縁の世界で生きてきたから、翻訳魔技の習得には前向きじゃなかったが……。


「読めるぞーっ!」


 生まれて初めての「文字を理解する」という経験に、俺は思わず大声を上げた。

 そのときだった。


「おいうるせえよ!」


 突然誰かの声が飛んできて、俺は驚いて立ち上がった。


 カツカツという足音が響き、誰かが近付いてくる。


 おい誰かいたのかよ……。


 確認しようと、恐る恐る格子の間に顔を押し付ける。


 真っ赤な髪をツンツンと立たせ、見上げるほど背の高い男──。


「おまっ……! ブーマーか!?」


「おう久方ぶりだなァロキ兄!」


 俺をロキ兄なんてダセぇ呼び方するのはひとりしかいない。


 俺の同期であり、俺のかつての大親友のブーマーだ。


「ブーマー……お前どこに行っちまったのかと思ったらこんなとこにいたのかよ!」


 ほぼ同時期に入団した俺たちは、お互いに負けず嫌いな性格から常に競い合う良いライバルだった。


 しかしあるときを境にブーマーは突然姿を消したのだ。

 それ以来俺はブーマーに一度も会っていなかった。


「地球人の捕虜を解放するってェいたずらは流石にまずかったぜェ。俺、審判にかけられて即処刑を言い渡されてたんだぜ」


「しょ、処刑!?」


 確かに俺に負けず劣らずの悪ガキだったブーマーだが、まさか処刑されそうになっていたとは……。

 そんないたずら……いや極悪すぎる罪を犯していたことすら知らなかった。


「でもルヴィ副団長に助けられて、今ここで地下牢の看守をしてんだ。オメェみたいないたずらっ子のお仕置き部屋から地球軍の捕虜の牢屋までみーんな俺が見張ってんだぜェ」


 ブーマーはどこか得意げに俺を見下ろし、あの頃と同じように細い目をさらに細くして笑う。


「お前も副団長に助けられたのか……」


 俺がつぶやくように言うと、ブーマーはパッと顔色を変え、格子越しに俺の肩をぐいと乱暴に引き寄せた。


「おわっ! な、何だよ」


「そうだよォロキ兄……俺ァさっきの会話、聞いてたぜ。ルヴィ副団長にあんな口の聞き方してよく殺されねェなァ……」


 ブーマーは気持ち悪いほど俺に顔を寄せ、まるで誰かに聞かれるのを恐れているかのように小さな声でそう言った。


「俺そんな変な口の聞き方してたかよ」


「してたぞォ! 『忘れちまってた』とか! 『待ってくれ』とか! あんなの普通殺されっからなァ!」


 俺の知っているブーマーは、上官だろうとなんだろうと構わず歯向かっていく勇ましくて命知らずな男だ。

 そのブーマーが、言葉遣いひとつで何をそこまで副団長に恐れを抱いているんだ?


「俺ァここに連れてこられたとき、ルヴィ副団長から看守としてのアレコレを教えてもらった。そのときの指導といっちゃあもうそりゃァ……! 地獄だぜェロキ兄!」


 ブーマーは顔を真っ青にして俺に訴えかける。


「じ、地獄?」


「そうだァ! 少しでも立ち位置がズレていたり、規律に反するようなことを言ってみたりしろ。これだァ!」


 そう言って、ブーマーは拳を宙でぶんと振るった。


 俺の胸がきゅっと反応する。


「お、俺だって今朝、地球で殴られたぜ」


 俺だって副団長に殴られたという自分でもよく分からない競争心で、俺はそう言った。


 しかしブーマーは慰めと受け取ったようで、目をキラつかせた。


「まじかァ! 何発殴られたんだァ?」


「え? 一発だが……」


 一瞬にしてブーマーの目から光が消える。


「お、お前ァやっぱり特別扱いされてるぜそりゃよォ……」


「ど、どういうことだよ」


「いいか? ルヴィ副団長に殴られるってのに、一発で済むわけがねェんだァ! 俺は小さなミスで顔の形が変わっちまうくれェ殴られた! 身体を立て直す暇もなく、謝る間もくれず、ただひたすらに立てなくなるまで殴られ続けたんだよォ!」


 はあ?


 副団長がそんなことを?


 間髪入れずブーマーを殴りつける副団長を想像した──が、できなかった。


 副団長と出会って5年。

 殴られたのは今朝が初めてだ。


 確かに冷徹な印象のある人だが、部下を理不尽にボコボコにするような人ではない……と思っていた。


「俺だけじゃねぇぞォ。ここで看守をしてると、ダロックの裏事情なんかをよく耳にするんだが、ルヴィ副団長にありがたいムチをいただいている奴ァめちゃくちゃいる」


「そ、そうなのかよ……」


 ショックだった。


 ただ、失望はしていない。


 むしろこのショックは──。


「ロキ兄おめェ、ちょっと喜んでんじゃねえのかァ」


 格子越しに顔を覗き込まれる。


 ドキッとした。


「よ、喜んでなんかねーよ!」


 図星をつかれ、俺は誤魔化すようにブーマーのデコを指でパチンと弾いた。


 ブーマーはいてぇ、と軽く叫ぶと、ケタケタと笑い始めた。


「なんだよ気持ち悪い奴め」


「全く、ロキ兄は昔から素直な奴だよなァ。あんな鬼教官の一体何を慕ってんのか……」


 ひとしきり笑ってから、ふいにスッと真顔に戻った。


 懐かしい。

 ブーマーはお調子者だが、ふとしたときに突然真顔になり、そのあと必ず「正しいこと」を言うのだ。


「何だ、ブーマー」


「ロキ兄がルヴィ副団長を慕ってるのは知ってる。ただなァ──あの人は、お前が思っているような『善人』じゃァねえぞ」


 ブーマーの声が石壁に反射し、やけに深く響いた。


「は、はあ? どういうことだよ」


 ブーマーはキョロキョロと左右を見渡すと、体を屈めて俺に顔を寄せてきた。

 俺もつられてブーマーに顔を近付ける。


「この前見ちまったんだ。ルヴィ副団長が、城の人間とコソコソ話してんのをなァ……」


「政府の奴と、副団長が? 何の話をしてたんだ」


 ブーマーはさっきよりももっと声を潜めた。


「『悪魔族を全滅させる』──って話さァ」

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