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5 魔物の肉と血の味

「持っていた食料は温存しようか。私がアブソルバーを狩った」


 パスカルたちと分断され、アナベルと合流したオリヴィア。アナベルは軽くとんでもないことを言ったが――


「……私、アブソルバーは危険生物だと聞いたんだけど」


 アブソルバーの死骸――それも殺したてほやほやのものをアナベルが引きずってきた。オリヴィアはその様子を見て目を丸くする。こんなことをできる人がいるなんて、とでも思ったのか。

 そもそもアブソルバーはこの一帯の生態系の頂点に君臨するようになった生物。人間だろうが容赦なく襲い、食い殺す。


「さすがに罠を使ったけど。肉が削げるように罠をしかけたから細かく切り分けて焼いて食べようね。アブソルバーは毒じゃないから大丈夫」


 と、アナベルは言った。


「それじゃあ、頂く。別に焼かなくてもいいんだけどね」


 と、オリヴィア。

 彼女はダンピール。吸血鬼の血を濃く引いた彼女は生肉も好んで食す。その様子を見た者は基本的に怖がるか嫌悪の目を向けるか。だが、「焼かなくてもいい」と言ったオリヴィアに、アナベルはそういった目を向けたりはしない。


「ふうん、そういうのが好きなんだ。私もそうやって食べてみようかな?」


 アナベルは言った。


「……やめた方がいい。人間が食べたらお腹壊すと思うよ。ちゃんと中まで火を通して」


「まあ、オリヴィアが言うなら仕方ないねえ。生肉の味、どうなのか少し気になったけどお腹壊すなら戦うのに支障が出ちゃうしね」


 そう言ったアナベルはアブソルバーの死体に刃を入れた。刃をスライドさせて、残った皮を剥いでいく。


 草の生えていないところで焚き火をし、肉を焼きながら。オリヴィアとアナベルは言葉を交わしていた。ここまで来た経緯もまとめ、これからやることから互いについての少し踏み入った会話まで。


「探し人、見つけようね♡」


 会話中にアナベルは言った。


「それはあなたも同じ。でもその前にこの山の最寄りの町に行くことが大事かも」


「ヒッチハイクでもしようか。アブソルバーが出るにしても、通る人はいる」


 そう提案するアナベル。

 スラニア山脈を自力で歩いて抜けるには相当な時間がかかるのだ。彼女としても余計な労力をかけることをしたくなかったのだろう。


「本当なんだね? それと、本当にやるんだね?」


 オリヴィアは確認するように言う。


「もちろん」


 掴み所のないアナベルは簡単にそう言い切った。彼女の様子は嘘をついているようにもそうでないようにも見えていた。


 ――わからない。どうしてこの人は……。


 アナベルを疑うオリヴィアは、肉をほおばるアナベルの様子をちらちらと見た。

 やはり、アナベルはこれだけの人ではない。オリヴィアは直感した。


「食べなよ。ちょっと臭みがあるけど、毒はない」


 アナベルは骨付きの肉を差し出した。


「……ありがとう。血の匂いがするの、いいね。はまるかも」


 オリヴィアは肉を受け取ると、それにかぶりつく。口の中に広がる、焼けた肉と少しの血の味。

 オリヴィアは何か思い立ったように立ち上がり、近くに置いてあるアブソルバーの死骸に触れる。その死骸の、血が溜まったところに焼いた肉を浸してその肉を口にした。


「何してるの?」


「アナベル、こうしたら美味しい! 肉を血に浸して……」


「遠慮しとくね。私、吸血鬼じゃないから」


 アナベルは言った。


 ここでオリヴィアは思い出した。

 純粋な人間には生魚や生肉を食べる人こそ多いが生の血を口にする者はほとんどいない。


「……うん。私的には美味しいんだけど」


 オリヴィアは呟いた。


 ……人間には、なれない。かといって、吸血鬼でもない。そんな中途半端な存在だ。

 オリヴィアはそんな己の種族について、何かを思った。


 ――やっぱり私は人間じゃない。かといって、昼間も灰にならないし日光を浴びても人間と同じだから、吸血鬼でもない。


「……何者にもなれなかったってどういうことなの」


 と、オリヴィアは言う。


「あー、それ聞いちゃう? ……そのうちわかるよ。君と私はとても似ているから」


 アナベルは言った。その意味深な言葉の理由をオリヴィアはよく考えようとはしなかった。


 スラニアの夜は早い。




 翌日。

 野宿をした場所をそれなりに片付けて、オリヴィアとアナベルは森に入る。昨日アナベルが出てきた森だ。


「本当にこっちで合ってるの?」


 と、オリヴィアは言う。


「スラニアに入る道は一本道じゃない。私が目指すのは、下の道」


 アナベルは答えた。

 森や山道を歩き慣れていないオリヴィアのペースを見ながら、オリヴィアが遅れそうになれば少し待ってくれている。アナベルはオリヴィアが思う以上に彼女のことを考えているようだ。


「よくわからないけど、下に道があるんだね。迷ったりしない?」


「目印を敷いておいたから問題ないよ」


 森を進みながら答えるアナベル。

 一方のオリヴィアには気になることがあった。この辺りはアブソルバーの生息地だというのに、声も気配もない。代わりに、近くから腐臭がする。その腐臭の理由はオリヴィアにもよくわかった。


「……目印は罠にもなってるわけなんだ」


 と、オリヴィア。


「そうそう♡」


 アナベルは言った。

 やがて2人が向かう先には森の中とは違う光が見えてきた。



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