3 何者でもない
崖の上からは銃声が聞こえるが、パスカルたちは下りてこない。確かに崖に面した森もあるのだが、どこに通じているのかもわからない。加えて崖はかなりの高さがある。確かにパスカルたちが下りてくるには厳しすぎる。
「襲撃者は上に行った。こっちには来なかったってことか……」
オリヴィアは呟いた。
おそらく上ではパスカルたちが襲撃者と戦っている。襲撃者の気配は相変わらず遠ざからないし、ひょっとすると襲撃者に加勢する者がいるのかもしれない。
――パスカルもランスもヒルダも強い。任せていればちゃんと戦って勝てる……よね?
少し不安感をつのらせる。
ここでオリヴィアは意識しなかった仲間意識を自覚した。心配した、ということは少なくとも共に戦う仲間であるとは意識したことになる。オリヴィアはあくまでも共闘するだけの相手だと考えるようにしていたのだが――
「どうして、こんなことを?」
オリヴィアは呟いた。
自分の仲間はシェルターにいたロムたちだけだと思っていたし、それ以外は自分をだましたり利用しようとする人間だと思っていた。だが、本当にそうなのか、と疑ってしまう。
「……違う、私の仲間は」
否定できない。
合流したときに何を思うかで考えてもよかったが、別にそうしても意味がないのかもしれない。
オリヴィアはひとりで野営することにした。とは言っても、装備なんかは車ごとボロボロになっている。食料と水を詰めたコンテナはどうにか無事だが。
「狼煙とかで居場所を伝えるのもいいけど、パスカルたちはむしろ……」
と、オリヴィアは呟いた。
襲撃の理由はわからない。だが、オリヴィアがいる間に二度も襲撃された。オリヴィアは自分が悪いのではと思い始めていた。
――はぐれて正解だったよ。私はそういう価値なんてないし、なんなら……。
オリヴィアは殺気を感じた。崖のさらに下の方へと続く斜面、そこに広がる森の中から。その視線は獲物を狙うよう。いや、狙うというよりは品定めしている。
その殺気を感じてオリヴィアは震えあがり。
「何かわからないけど、襲う相手を間違えたんじゃない?」
オリヴィアは森に向かって声を放つ。すると。
「……違うよ……」
オリヴィアにはよく聞き取れなかったが、女の声が返ってきた。そして声から10秒ほど遅れて水色の髪の女が現れる。彼女は美しいがどこか闇を抱えているようにも見えた。パスカルとは正反対の雰囲気だろう。だが、彼女は誰かに似ている。オリヴィアがよく知っている者に。
「そんなに警戒しないでよ。私は君を死なせないためにここに来たんだから♡」
その女は言った。
彼女がそう言う理由。オリヴィアには理解できなかった。見ず知らずの人間が、オリヴィアを死なせないためにここに来たなんて。
――どうせ、私をはめようとしている。私をはめて……それから。
無意識のうちに、オリヴィアはイデアを展開する。水色の髪の女を目の前にして、その敵意を露わにするのだった。だが、その女はこちらに敵対する素振りを見せなかった。
「別に、取って食ったりしないからそのイデアをしまってよ」
その女は言った。敵意そのものはないようだが、威圧感と強者としての気配は本物だ。
オリヴィアは気配に屈し、イデアの展開をやめる。すると再びその女は口を開いた。
「そうそう、君たちを襲撃した連中の分隊なら全滅させておいたよ。本当に、つまらなかった」
「待って。どうして見ず知らずの私にそんなことをするの……! わからないよ……」
オリヴィアは言った。
「君からしたら見ず知らず、かねえ。まあ、端的に話すと。私も君と同じくロムを探してるのよ」
彼女は言った。
「……目的が同じってことね」
「ンフフ……察しが良くて助かる。私はアナベル。私自身の価値を見出だせなかったしがないダンサーだよ♡」
彼女は名乗る。
目的も存在も外見も。すべてが胡散臭い彼女だが、オリヴィアは下手に手をだそうとはしなかった。アナベルの放つ雰囲気は完全に強者のそれだから。
「あなたが名乗ったなら。私はオリヴィア……それだけ」
と、オリヴィア。
「ふうん……つまり君も『何者でもない』わけね……私と同じ……♡」
アナベルは意味深なことを言う。オリヴィアはその意図が読めていなかったが。
「あっ、気にしなくていいよ。一緒にロムを探そうね」
と、アナベルは言った。
「……うん。パスカルたちはどこにいるかわからないけど、適当なところで連絡してみるかな」
「パスカルへの連絡なら私がしてあげようか?」
アナベルはそう言って服の中から携帯端末を取り出すとその連絡先を探し始めたが――
携帯端末を見るアナベルの表情が一瞬険しくなった。
「ごめんねぇ、オリヴィア。パスカルから連絡先をブロックされてるみたいだ」
と、アナベルは言った。
「ええ……そうなんだ。連絡がとれるところに行くしかないんだ……」
「大丈夫、私が連れて行ってあげる。今日はさすがに無理だけどね」
アナベルはそう言って、空を見上げる。空には飛行艇が浮き上がっている。それを見て、アナベルは眉根を寄せていた。何か不都合なことでもあったのだろう。
「……野宿かな、今日は。肉食獣が出てもどうにかなるようにはするから、食料と火起こしをどうにかしよう。私も仲間に捨てられたみたいでね」
「うん……」




