終章 その9 野山乃花 『人生、y=ax。』
全日本高校カーリング選手権大会初日。
予選のリーグ戦は各リーグ五チームずつの総当たり戦。
予選の一試合は六エンドまで。
その為だから一時間半近く戦う事になり、これを二時間の休憩を挟みながら一日で行う。
中々に過酷なので後半は体力勝負だ。
もちろんリーグ戦では体力温存でコンシードしていく事も戦術としてはアリだ。
リューリ達のリーグは軽井沢どころか、日本でも屈指の実力を誇るエリートアカデミーチームがおり、激戦は必至。
ユニフォームの選手名と出身地がローマ字で記載されているが、エリートアカデミーチームの背中には『JAPAN』の文字。
なんだったら左膝にスポンサーロゴ入りだ。
一方、私達の背中には『KARUIZAWA』。
郷土を背負っていると言えば聞こえは良いが…。
ロゴと言えば、安心安定、某量販店のロゴがタグに付いているくらい。
もちろん、スポンサーではない。
…泣けてくるな。
今まで公式戦を何度か経験してはいるが、やはりこの雰囲気は独特。
端っこのシートではいつも通り地元のチームが練習しており、時々聞こえる石の弾かれる音はどこかのんびりと、間延びして聞こえる。
だが、これから試合を行うシートでは、緊張感が氷の冷気と相混ざって倍化して我々に襲い掛かる。
もちろん、どのスポーツでも会場の緊張感は同じではあるが、寒い=身体が萎縮すると言う人間の性質上、氷上スポーツの緊張感はまた独特な物がある。
公式戦に慣れない内は皆、会場に飲まれ、氷の冷気に体力と戦意をごりごり削られ、顔色が文字通り真っ青になる事も珍しくはない。
試合前に糖分を補充し、試合の合間に持ち寄ったお菓子や果物を貪る。
これが笑いを交えながら出来るだけでも、チームとしては一回り成長した証なのだ。
「シ…シートってこんなに広かったっけ?どどどどのチームも強そう〜」
一里 静が目に見えてテンパっている。
シートが広く感じる、相手チームが全員強そうに見える、それ等全て会場に飲まれている症状なんだが…。
「ボク、この大会優勝したら青森に行って、きりたんぽ食べるんだ〜」
「露骨な負けフラグ止めて?あときりたんぽは秋田ね」
浅間 風露と叡山 菫先輩。
「ねぇ、ハナちゃん、今日明日でさ私のネーム見てもらえない?」
「菫先輩、いやここで作品の話は…」
叡山 菫先輩とは今や戦友と呼べる程の関係。
私がネットでこっそりアップしている小説を、アレンジを加えてイラスト化してもらっている。
…極々一部で人気がある。
「各チームは練習を開始して下さい」
会場にアナウンスが流れる。
相手チームが氷の上を滑っていく。
『ハナッち、頑張れ』
『野山乃花、フォースだ。フォースを使うんだ』
『もんじぃ、試合前にからかっちゃ駄目だよ』
私はフッと既視感に襲われコーチ席を振り返る。
カメラを構える伊勢原 真紀先輩。
おちゃらける長門 門司先輩。
なだめる山城 玲二先輩も。
もちろん、ソコには誰もいない。
そういえば先輩達と初めて会ったのは、一年前のココだったっけ。
山城先輩と長門先輩のチームでコーチをして。
関東エリアトライアルに挑んで。
あれから一年…か。
今年の秋、伊勢原先輩から私は相談を受けた。
伊勢原先輩は山城先輩が好きで。
その後、伊勢原先輩は恐らく山城先輩に告白して。
あれ以降、先輩達から連絡が来ることがなくなった。
皆でゲームすることも、集まることも。
三人、特に伊勢原先輩と山城先輩はギクシャクしてる。
きっと伊勢原先輩は山城先輩に振られてる。
それもたぶん最悪の形で。
だって山城先輩は門司先輩が好きだったから。
それに気付いていても、私から伊勢原先輩には言えなかった。
人間関係と言うものはかくも脆いものかと、私は改めて思い知る。
「むふ〜っ」
先輩達から貰った黒いキャスケットを深く被り直す。
お値段4260円也。
貰った時は門司先輩が値札を付けたままで、皆で笑ってたっけ。
…一年経って、結局私の周りには誰もいない。
人生を直線で表すとしたら、高校と言う一点で四人の直線が奇跡的に交わった。
でも皆の向いている方向は違う訳で。
また、離れていく。
時間と共に離れていく。
それが生きて行く事だと分かっていても、納得出来るほど年老いてはいない。
「チームWild Flowers練習を始めて下さい」
私達の練習を促すアナウンスが流れる。




