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21・走馬灯

 布面積の極端に少ないその姿は、女神を描いた絵画のようですらあった。

 腹を挟まれ、酸素が回らない頭では、これが現実のことなのかもよくわからなかった。

 これも走馬燈なのかもしれない。


 初めて彼女と会った時と、全く同じ光景なのだから。


 でも、あの時クロスは、泣いていただろうか?


 彼女の一撃で化け蟹が泡を吹いた倒れ、俺も突き飛ばされるようにハサミから転げ落ちた。起き上がることもできず、煤だらけの瓦礫に突っ込む。

 そんな俺の前にクロスが駆け寄り――


「おたんこなすびっ!」


 思い切り、ビンタをした。


「え……? え……?」


 どういうこと?

 これは、現実?

 現実だよな、だって頬が痛い。


「なんでクロスが……」

「うっさい! 今それどころじゃない!!」


 クロスはそのまま蟹の群れに突っ込んで行く。

 手近な蟹に剣撃を叩きこむ。


 まるで舞踏のように流麗な動きだった。

 彼女の周りだけ時間がゆっくり流れているようにすら感じるし、手にした雷属性の剣の軌跡が、まるでバラのつるのように美しくたなびく。


 腕を断ち切られた蟹からまき散らされる体液すら、天気雨のような味わいを見せている。


 彼女より『ガーデン』が上手いプレイヤーはいるだろう。

 でも、これほど美しく動けるプレイヤーは、彼女しかいないのではないか。


 だが、クロスの周りには蟹が殺到している。自動車よりもでかい化け蟹が、あまりにあつまりすぎて押し合いへし合いしながら彼女に迫っていた。


 クロスも俺と同じように手近な蟹から攻撃して行ってはいるが、数が多すぎる。

 集中力は必ず切れる。


 火災鎧も暴走モードのまま奥でうごめいており、いつまたレーザーを放ってくるかわからない。

 助けないと。


 体を起こそうとするが、動かない。

 なんとか彼女の背に手を伸ばそうとして――


「がはっ……!」


 口から血の塊がごぼりと漏れた。


 ああ、そうか。

 ショック状態だ。

 体力が0になっていたんだ。

 だからもう、動けない。


 そしてそれは、クロスが助けてくれなかったら、ソロ判定でそのまま死んでいたんだ。

 クロスに救われるのは、二度目だ。いや三度かもしれない。


 助けないと。

 くそっ、動け。

 なんで動かない。この体は。


 なんでそんな仕様にした。

 自動回復にしていればよかったのに。なぜしなかった。


 くそ。くそ。くそ。


 ほら見ろ。

 化け蟹がクロスの後ろに回り込んでいる。


 危ない。

 助けたい。

 なのに体は動かない。


 俺が作ったゲームなのに。


 くそ。くそ。くそ。くそ。くそ!!

 ちくしょう!!


「はい動かない☆」


 今度はまた別の声が上から降ってきた。

 とんがり帽子に埋まりかけた魔女っ娘がとたとた歩きながら雷雲を生み出すと、クロスの背後に回り込んでいたストーカークラブに電撃を叩きこんだ。

 蟹の体が電気で跳ね、エビのように吹っ飛んでいく。


 そのまま魔女っ娘――アキヤマは音の鳴るスリッパを与えられた幼児のようにぺたぺたと歩いてきて、小瓶から俺の頭に液体を振りまいてきた。

 それが回復ポーションだと一瞬遅れて気づいた時には、体が急に浮き上がった。


「しゃきっとしろ! 筋肉に力を入れねえか!」

「ご、ゴールデン」


 筋肉ゴールデンが、まるで赤子のように俺の体を持ち上げていた。

 そして、ストンと俺の足を地面につけるやいなや――


「歯ァ食いしばれ!!」

「え……はぶっ!?」


 分厚い拳が、頬に突き刺さった。

 グローブを叩きつけられたような……というと大げさだが、顔全体に響く一発だった。

 ぐわんぐわんと体が揺れる。

 倒れそうになる俺の体を支えたのは、殴った張本人のゴールデンだった。


「オレぁ、ぐちぐち言うのは好きじゃねえ。だから全部言っとく。俺はダチがここで死んだ。だから一発殴った。でもそれが合ってると思ってない。だからお前も殴れ」

「セリヌンティウスかあんたは……」


 ゴールデンメロスの実直さに、思わず笑いが漏れる。


「いいよ……そんなことより、クロスを助けてやってくれ」

「……おう」


 腹芸ができる男じゃない。

 まだ納得できてないのが丸出しの顔で、それでもクロスの元へ向かっていく。


 その姿に、不意に表情が緩む。

 にやけた俺の頬を、また別の手が優しく撫でた。


 そのたおやかな手は、毛玉から伸びていた。

 背伸びする毛玉――ストリンドベリがさすった場所から痛みが消えていく。

 ドルイドの固有スキル「パナケア軟膏」の効果だ。

 頬から全身に癒しが広がっていく。指先に力が入る。少しずつ、体が動くようになっていく。


「みんな……なんで……」

「理由は人それぞれさ」


 彼がポンと背中を叩いたとき、強張った体から余分な力が抜けていくのを感じた。

 その時、初めて自分に力が入りすぎていたことに初めて気づくくらい、ふぅっと力が抜けていくのがわかった。


「本当……言うとね」


 ストリンドベリが、俯き気味につぶやいた。


「僕は、君が童時雨磨なんじゃないかと、最(・)初(・)か(・)ら(・)疑(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)の(・)だ(・)よ(・)」

「ええっ……」

「キミは、最初に会ったとき、魔針体討伐を謙遜して、こう言っただろう? 「再(・)現(・)性(・)が(・)な(・)い(・)」と」

「あっ……!」

「そう……それはゲ(・)ー(・)ム(・)開(・)発(・)者(・)が(・)バ(・)グ(・)に(・)対(・)し(・)て(・)よ(・)く(・)使(・)う(・)言(・)葉(・)だ(・)。『ガーデン』のボス難易度に関わる開発者は事実上、一(・)人(・)し(・)か(・)い(・)な(・)い(・)。だから、薄々わかってはいた」

「そう……だったのか……」


 だとすれば、ストリンドベリは。

 ああ、そうか。

 そういうことか。


「……君が開発者だとすると、考えていることは何となくわかった。だから黒幕だとは思えなかったし、確証があるまで黙っているつもりだった……それが裏目に出たことは、正直、後悔していたのだよ。これが、僕が助けに来た理由だよ。ほら、口にするとなんてことないだろう?」


 話している間もパナケア軟膏を塗り、回復の手を緩めないストリンドベリ。


「……あ(・)な(・)た(・)も(・)、ゲ(・)ー(・)ム(・)開(・)発(・)者(・)な(・)ん(・)で(・)す(・)ね(・)」

「……昔の話だよ。僕の場合はクライアントの都合でいろいろ滅茶苦茶にされたからね。気持ちはわかる。……ただ、このゲームのバグの多さはちょっと頂けないね」


 毛玉が笑って揺れる。


「は、はは……すいません」


 なんだろう。

 この会話が、すごく……なんだろう。


 言葉にならない。

 心地いい、が一番近いんだろうか。


 それも、わからないが、悪い気分じゃない。

 むしろ――


「さて、僕も戦いに戻ろう。キミもあまり無理はしないほうがいい」


 そう言って、ストリンドベリはゴールデンの方へとたとたと走っていく。


「オラオラァ!」


 そのゴールデンが腕をぶんぶん振り回しながら、蟹の群れに突っ込んで行く。

 振り下ろされるハサミを引っ掴むと、そのまま蟹をジャイアントスイング。


「ちょっ、ちょっと! 危ないわよアンタ!」


 近くにいたクロスが非難の声を上げた。


「しゃがんでろい! どっせい!!」


 ぶん回した化け蟹が宙を舞い、脇の瓦礫に突っ込む。

 ソイツが起き上がろうとするところに、アキヤマの火球が追撃する。

 ストーカークラブの青い体が、熱で真っ赤に染まっていく。

 同時に蟹が焦げるいい匂いが上げたあたりに広がった。

 お腹が空いてくる、絶妙にいい香りだった。


「ははっ」


 なんだかわからないが、嬉しかった。

 それが、あまりにも間抜けだったから。


 ヒリヒリするようなバランスがありながらも、殺伐とするだけのゲームにはしたくなかった。


 蟹のにおいか。

 モンスターが食べられるか、設定をしておいてもよかったかもな。


 そんなことを考えていたら、頭の中が急にクリアになるように感じた。

 俯瞰なんか使っておいてなんだが、視野狭窄していたのかもしれない。


 俺がなんとかしなきゃ、そればかりを考えていたんだろう。

 体の力が抜け、頭のモヤも消えた。


 うん、大丈夫。

 具体的に何が大丈夫かはわからないが、大丈夫だ。


「よし! 行ける!」


 剣を手に、駆け出す。

 火災鎧の攻撃パターンを知っているのは俺だけだ。

 みんなが蟹の相手をしてくれているなら、俺は火災鎧に集中できる。


 ……おそらくアイツの撤退まで10分もないはずだ。

 最悪、次の機会に――


「……!」


 いや、待て。

 待てよ。


 火災鎧は、二度撤退し、三度目に現れた時の独自仕様があったはずだ。

 まずい。まずい。まずい……!

 コイツは三の倍数の出現時だけ、と(・)び(・)き(・)り(・)や(・)ば(・)い(・)仕(・)様(・)が(・)入(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)――!

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