12・未調整の悪魔
「……くっ! ゴールデン!! ストリンドベリ!! クロスを捕まえて!!」
アキヤマが叫び、ストリンドベリも頷いた。
「わ、わけわかんねえけど……くそっ! わかったよ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! 何を言って……」
クロスの文句を無視して、ゴールデンが彼女を担ぎ上げて教会に走り出した。
「やめてってば! 何なの!」
「オレもわかんねえけど、たぶんこれが正しいのはハダでわかんだ! 火事の現場ではそういうのが大事なんだよ!」
ゴールデンたちの動きに、他の生き残りたちも追随する。
よし、俺はヤツの気を引かないと。
「来い!! あああああああああああああああ!!!」
大声を出して火災鎧の注意を引き付ける。
『オオオオ……』
ずしりずしりと地面を踏み鳴らし、巨体がこちらに迫ってくる。
俺は剣を構えない。
コイツの攻撃は受けたら終わりだからだ。
とにかく攻撃をかわして時間を稼がなくてはいけない。
『オオオオオオオン』
ぶおん、と風を割く音と共に巨大な剣が迫る。
正確にはそれをギリギリかわしてから、風音が通過していった、という方が正しいか。
音すら熱を持っているのか、耳に熱さを感じる。
かわした剣が地面に触れると、そこから蜘蛛の巣状に地面から火柱が上がった。
放射状に火柱が広がっていく。
身をひねり、なんとかこれをかわす。
最初から攻撃パターンが分かっていなければ、とても避けられなかっただろう。
一息つく間もなく、燃える瞳で見下ろすようにレーザーを撃ち放ってきた。
なんとか剣の腹でこれを受け止める。
これだけは武器で受け止めなければいけない。かわしてしまうと、地面で反射したレーザーが拡散して襲いかかってくるからだ。
受け止めたらすぐに回避。そうしないとガードのヒットストップ(硬直)ギリギリに燃える剣が振り下ろされてくるからだ。
もちろん、それを回避したら、地面からの火柱も回避しなくてはいけない。
気を抜くヒマが全くない。
最悪のボス……!
「火災鎧……なんでお前がここにいる!」
『オオオオオオ』
答えは返ってこず、代わりに横薙ぎで剣が迫る。
しゃがんでそれをやり過ごし、距離をとる。
「いるはずがないんだ、お前が!」
アキヤマが言った通りVer.3.00は、まだリリースされていない。
だが、もうすぐ配信予定で、最終チェックのまっ最中だった。
火災鎧は、その3.00ですらない。
調整が間に合わないので、最新バージョンでの投入を見送って、次のアップデートで追加する予定だったものだ。
だからクロスたちも知らなかった。
当然だ。3.00のテストを頼んでいる外部のデバッガーすら知らない。
デザインとモデリングこそ依頼したアーティストの手元にあるだろうがボスとしてのデータは俺のテスト環境にしかない。
なんでそれがこの世界に反映されている!
コイツがいるはずがないんだ!
……いや、その理由は、今はいい。
問題は、まだ調整が終わってないボスだということだ。
コイツはいくらなんでも強すぎる。
Ver.2で慣れたプレイヤー向けに、高難易度追加ボスとして開発中だった4時44分の魔針体。
それゆえ、歯ごたえのある追加ボスとしてゲームデザインした。祭法王魔にすら勝てるプレイヤーが満足できるように、調整していた最中だった。やりすぎてしまった。
だからまだ強すぎる。
その武器には延焼属性があり、ステージをも燃やしてしまう。
だが、町を燃やす予定はなかった。あくまで「剣の門」の向こう側、クリア済みエリアでランダム出現して戦う予定だったのだが……ストーカークラブ用の「完全追跡属性」にチェックを入れてしまっていたとしか思えない。
敵のステータスは表計算ソフトで管理している。
例えば「撃破不能」だとか「火炎属性」だとかの設定は、その表の縦――つまり列で管理されている。キャラ名は横――すなわち行で記載されていて、指定の属性の列にチェックを入れると、その属性が付与される仕組みになっているのだ。
あとはそれをインポートしてゲーム側で読み込めば、そのキャラはその属性を持ってゲームに登場する。
お分かりだと思うが、このやり方は簡単に管理できる一方、ヒューマンエラーが起きやすい。
チェックを入れる箇所がずれていただけで、キャラの性能が全く変わってしまうのだ。
よく、「無敵」にチェックを入れてしまって、攻略不能になるバグを出したことがある。
同じように、火災鎧も「完全追跡属性」に誤ってチェックを入れてしまったのだろう。テストだと一人でプレイしていたので、倒されて終わりだったから気づかなかったが、十分有り得るミスだ。
コイツの出現条件は6体の魔針体が倒されること。1~5時の魔針体を倒していたところでディレーキアが倒されて出現したんだ。
おそらくは誰かがクリア済みエリアを探索中に遭遇し、見知らぬ敵に驚いて町に逃げたら追いかけてきた……。
それが、こんな事態を招いた。
つまり、何もかも俺のせいだ。
俺には何とかする責任がある。
「時間を稼がないと……」
火災鎧は出現から1時間しか存在できない。時限討伐ボスだ。
討ち漏らしてもまた2時間後に消えた場所から現れる。
要は3時間に一度出現し、そのたびに1時間の戦闘チャンスがある仕組みだ。そして24時間経過するとまた別のクリア済みエリアに出現するようになる。
24時間粘るのは現実的じゃない。
だが、1時間なら、既に登場から時間も経っているだろうし、チャンスはある。
俯瞰、オン。
燃え盛る町の中、自分と火災鎧だけの世界。
木々が燃える匂いも、脳からシャットアウトする。ゲームとして集中する。
俯瞰の瞳は、半開きの教会のドアを映したが、今はどうでもいい。これも脳から弾き出す。
燃える剣を、瞳のレーザーを、火柱を、あるいは口らしき個所から吹き出す火砕流を、冗談で入れたままになっていたロケットパンチを、しのいでいく。
火災鎧が最近まで調整していた敵でなかったら、とっくに殺されていただろう。
それくらい苛烈な攻撃だった。
体が攻撃タイミングを完全に覚えている今だから、俺だから、ギリギリで耐えられる。
それに、コイツが本当にヤバいのは体力が半分になってからの「暴走モード」だ。まだ今ならなんとかしのげる。
だから早く、早く時間よ過ぎてくれ。
俯瞰のスイッチを入れすぎて脳が悲鳴を上げている。それが激しい頭痛という形で現れる。
だがまだスイッチは切れない。ガマンだ。
刃の上を歩くような恐怖と焦燥感の中、学生時代の校長の訓話のように恐ろしく間延びした時間が過ぎていく。
思考だけが加速しているのか。わからない。
かわせ。
かわせ。
受けろ。
かわせ。
キックか、最悪これはくらってもいい。痛いが燃えない。
かわせ。かわせ。
おっと衝撃波。これはよけきれない。
痛い。我慢だ。
頭だってガンガンしてる。これも耐えれるだろう。
かわせ。受けろ。かわせ。
また、世界が白くなっていく。
脳が追い詰められて処理を軽くしようとしている。
大丈夫、今回はまだ致命傷は受けていない。
おっと息をするのを忘れていた。
飛びのきながら深呼吸。
っと、しまった、咄嗟にレーザーをかわしてしまった。
地面で拡散反射した熱線が、背中を焼いた。痛い。痛みが脳天を駆け抜けてくる。
だがそんなことより、問題はダメージのヒットストップだ。
猶予フレームがほぼない状態で、剣が振り下ろされようとし――
そこで火災鎧の姿が、陽炎のように歪んだ。
『オオオ……』
そして、未だ燃え続ける火災だけ残し、消え失せた。
出現から、1時間経っていたのだ。
「は、はあ……」
何とかなった。
相変わらず頭蓋骨の中でバケツでも叩いているかのようなひどい頭痛だが、それはいい。
その思いで吐き出した息は、やたら間抜けな音に聞こえた。
俯瞰が終わる。世界が色を取り戻す。取り戻した色は火災のオレンジに塗りつぶされていた。
赤々とするその視界に入ったのは、教会のドアから覗き込むいくつもの目だった。
それは、激しい憎悪の目だった。




