1-9 夜間行軍②タコヤキの呪い
夜間行軍は続く。
夜が深まるにつれて雲が晴れてきた。少し風が強くなった。星明りだけでも充分明るい。まるでラピスラズリ(砂漠の夜金石)のような、そしていつもの星空である。
先頭をシフとガボルアが並んで歩き、後をスィラージとルシールが並んでいる。
「そういえば『夜の遠足』って小説って知ってるか?」
シフが話題を提供し、スィラージが拾う「聞いたことある、学園卒業を控えた若者たちが記念行事として20キロくらい歩く話だったかな」
「そうだ。暗黒の時を、数奇な運命に導かれし者たちが、約束の地を目指して歩く話だ『明朝のパチンコ屋の開店前行列に並ぶために』」
「読んだことは無いけど、とりあえずそれは違う」
「読んだこと無いのにどうしてわかるんだよ」
「そんなイカれた本がそうぽんぽんあってたまるか」
「ほう、なかなか鋭いな」
「あれ読んだの?」ルシールが口を挟む。
「まあ一応読んだ」
「面白かった?」
「たしか、そうだな」
「その口調、今考えているだろ。ふざけた答えを」
「いや、思い出そうとしているだけだが」
「もうわかるんだよ、君のクセがな。つまり君は読んでない。真実はいつもひとつ!」
「ぐむー、賢くなったなワトソン君、いつのまにそんな賢くなったんだい?」
「ふ、君のような愚か者とは違うんだよ」
「またけなしあいか、あんたら、本当に仲良いよね。ふたりは幼馴染みなんだっけ?」ルシールは二人の男の関係性に興味がある。
「いや、それはだな」シフは回答を考える。
「また適当なでまかせを考えてるから俺が言う。五年くらい前にアレクサンドリアのギルドに入った時の同期なんだよ」
「へえ」
「あの一応、俺の説明を聞いてもらっても? 少し違うんだが」シフはささやかに抵抗する。
「まったく期待してないけど一応どうぞ」
「実は、ここだけの話なんだが。彼の名誉に関わる話だから」
笑いながらルシールは促す「いいから早く言いなさいよ、このハゲ」
凹みそうになりながらも青年シフは健気に粘る「じ、実はだな。俺とこいつ(スィラージ)がギルドの同期というのは間違いない。俺はギルドの契約相手、こいつはギルドの職員として。そしてガボルアはその頃既にギルド1番のガード(護衛)だった」
「それから?」
「ふむ、ある日俺が草原を歩いていたら肥溜めに落ちていたのを見つけて助けてやったんだよ。話してみると同期だった。それが出会いだ。マジだぜ?」
「あっはっはっはっは、限りなく嘘っぽいんだけど」
スィラージが強制解除で割り込む「そうだ嘘をつくなハゲ野郎! 違うだろう。たしか、厨二館の漫画の編集部に派遣された時だろ、きちんと話したのは」
「あれか、言っても良いのかな? お前さんがこっそり自分で書いた漫画を持ち込んでいたことを、きゃ! 言っちゃった♪」
「! ぬおおおおおお! このっ! カス野郎がーー!」
「あっはっはっはっは」
「漫画家目指してたの?」ルシールが優しく問いかけた。
スィラージは赤面する「昔の話だけどな」
「そして今はアニメエリートだけどな」
「この野郎……じゃあ俺も言おう。君はその頃やっていたアニメ『パチスロ少女さやか』の余ったグッズ貰ってたよね。あれまだアレクサンドリアの家に置いてあったよな。さやかの抱き枕」
シフも赤面する「な! 何、嘘ついてるんだよ、そんなものが、ごおおおおおおおおおおおおお! くそ、じゃあお前のペンネーム言ってやる。知っているんだぜ?『ナイスガイ・スィラージ先生』」
スィラージ「うぎゃああああああああああああ! どうしてそれを! 遥か昔に封印された秘密の名を!」
ルシールは聞かなきゃ良かったと言葉を探す「ええと、みんなキモオタカス野郎だと」
「ふっ、こんなアニメエリートと一緒にしてもらっては困るな」シフが歯をきらりと月光に光らせる。
「たいしてかわらないよ。とりあえず話を戻して、と。厨二館の漫画編集部で一緒に仕事したのが最初ということね」
「そうなるかな、こいつがさやかの抱き枕を貰って喜んでいた仕事だな」スィラージが密告する。
「はあ、醜い。なんて醜い足の引っ張り合い」
スィラージが続ける「まあ、それが最初でその後よく組まされるようになって、そのうち俺がギルド職員を辞めて、こいつのところに入ったんだよ。簡単に言うとそんなところ」
「ただギルド職員をやるよりは儲かるからな。危険もあるが」
「ふうん、ウマが合ったんでしょうね。ていうかあんたらみたいなのが漫画編集部で何の仕事やったの?」
シフが答える「とある漫画家さんの臨時アシスタントだったな。あまりに偏屈な漫画家さんでアシスタントが全員逃げ出しちまったんだよ」
「そうだったな。編集部員の凄腕アシスタントさんと一緒に行ったよな」とはスィラージ。
「まあ、俺たちはアシスタントの実務というよりは、身の回りの世話みたいな感じか。掃除洗濯メシ作りその他雑用、合間には簡単なところのベタ塗りとかやってたな。とにかく人使いのきつい人だったよ」
「漫画家さんの話し相手も仕事のひとつだったな」
「ああ、思い出してきた。あの漫画家『俺は神だ!』『俺を尊敬しろ!』とか言ってたな」
「『お前の血は何色だ!』とか『お前のメシは最高に不味い! 俺が食べてくれたことに感謝しろ』とか色々な名言があったな」
ルシールは面白そうに聞いている。
シフは続ける「そこで俺は仕方ないから料理の勉強をして、最後の頃には『お前のメシは最高に不味い! だがこのぶちゃ〇てぃ丼はそこそこ喰えるな』と言ってもらえたよ。そうだ思い出した。お前、何故かタコヤキばかり作っていたよな。わざわざ自分のタコヤキ鉄板まで持ち込んでよ」
「そういえばそうだったな。あの頃はそれが一番の得意料理だったんだよ」
「コイツが当番の日は、朝昼晩、おやつに夜食、全てタコヤキだったからな」
「あっは、それはひどい」
シフも密告する「本当にどうかしてたよな。実はお前がいない時に他のみんなで話したんだぜ?」
スィラージは憮然と返す「そうなのか」
以下シフの思い出話。
応援の編集部員「彼はどうしてあんなにタコヤキばかり作るのだろう」
中年漫画家「タコヤキの呪いじゃないのか?」
シフ「確かに、タコヤキ食べてる時の目がヤバい。イっちゃってますよね」
応援の編集部員「君もそう思うか」
シフ「ハイ、底知れぬ狂気を感じます」
中年漫画家「まあ、さすがに呪いは言い過ぎか。彼はいったいどうしてしまったんだろうな。どう見ても普通じゃないぞ」
シフ「タコヤキしか作れない体になってしまったんじゃないですか? ……マジヤバい男ですよね」
「このハゲ! 適当なことばかり言うな!」スィラージが割り込んで思い出話終了。
「一応実話なんだぜ? きゃ♪」シフは暴露する。
「ごおおおおおおおおおおおお!」スィラージが吠える。
「あっはっはっはっはっは、どうどう、まあ落ち着けよ。認めるよ、お前のタコヤキは確かに美味かった。今も昔もお前さんの料理は俺より美味いから」
「ふうう、ちくしょう、こいつは本当に」スィラージは一息ついて「……しかし、まだあの人、漫画描いているんだぜ。『月刊ヤング逆噴射アルティメット』で」
「『モンゴリアンチョップ』だろ。相変わらず変な人だよ」
「まあそれは違いない」
「でも、ま、あんな夜もまともに寝れない無茶苦茶な仕事は二度とやらないと思うが、無事に原稿があがった時だけは、さすがに嬉しかったな」
「違いない」スィラージも思い出して頷いた。
「……なるほどね」ルシールが小さく言った。
ルシールが話題を振る「しかしギルドマスターが女ってのは珍しいねえ」
シフが契約する交易ギルド『ベルドゥラルタ商会』のことだ。この時代、男に比べて女の人権がかなり制限されている。多くの分野で女は不利だ。ローマ市民権ですら女に参政権を認めておらず、相続権では不利がある。物として取引される国まである。
シフが応じる。少しだけ誇らしそう「当然ローマ市民権を持っているが、まあ大した女だよ。荒くれ者にむっつりスケベ、守銭奴にギャンブル狂、バトルマニアに人見知り、嘘つきにド変態、ロリコンにシスコンに女王様、引きこもりにアニメエリート、そしてさすらいのナイスガイなどなど。うちのギルドは本当に問題児ばかりだけど上手くまとめて儲けを出す」
「うーん、なるほど。ところでまともな人いないの?」
シフは何かに気付いた顔をして「……そう言えばいないな」
スィラージが笑いだす「へっ、確かにいないな、うちのギルドには。自分が問題児だという自覚があるようでなによりだよ」
「そういうお前もな」
ガボルアが久しぶりに口を開く「さすらいのナイスガイって誰だ?」
「もう! わかっているくせに! ガボルアのいけず!」
「いつものことだが気持ち悪いぞ」
シフとスィラージは揃って笑う。
「……楽しそうで良いギルドね」ルシールがどことなく寂しそうな微笑を浮かべた。




