作戦開始
翌日の正午前。
一台の赤い車が、オーガスト研究所の敷地に乗り入れられた。
運転をしているのはヤヨイ。
助手席にはもう一人、メガネをかけた白衣の男が座っている。むろん、客に変装したガンタンである。
正門の前に立っていた警官が、すぐさま二人の乗った車に歩み寄ってきた。
「だいじょうぶか?」
「ええ」
ヤヨイは窓を開け、警官におもいきりの笑顔を向けた。するとその警官も笑顔を返し、一礼してから元の位置へともどっていった。
「たいした度胸だな」
「でも、まだまだこれからですわ」
ヤヨイは車を駐車場に停めるとガンタンを連れ、なにくわぬ顔で堂々と玄関から進み入った。
ロビーにいた警官が二人を見て頭を下げる。
「メイはどこだ?」
「ずっと奥の部屋です」
二人並んで廊下を進んだ。
廊下は明るく、盗みに入った夜とはまったくちがってみえた。
「わたしの部屋、こちらなんですよ」
ヤヨイが廊下を左に曲がる。
ヤヨイの部屋まで数人の研究員とすれちがうも、ガンタンを怪しむ者はだれひとりとしていなかった。
部屋に入るとすぐさま、ガンタンは窓辺に歩み寄って外のようすをうかがった。
遠くに正門が見える。
「うまいことやったかな?」
つい、つぶやきがもれる。
その声が聞こえたのか、ヤヨイがガンタンの背中に向かって問いかける。
「ゲシロウさんたちのことですね」
「ああ、ヤツら、たいしたドジだからな」
ガンタンは二人のことを思い、つい苦笑いを浮かべていた。
「だいじょうぶですわ」
ヤヨイがほほえんでみせる。
「不思議だな、アンタといると」
「不思議って?」
「いやな。他人を信頼するのも悪くねえか、そう思えてきたのさ」
「じゃあ、ゲシロウさんたちのこと、信頼してなかったんですか? あんなに仲がいいのに」
「たしかにヤツらは仲間だが、それと信頼とは別もんだろう」
「仲間を信頼するのって、あたりまえのような気がしますけど」
「たとえ仲間であっても、結局は他人。他人は自分を裏切るもの。だから自分以外は信用しない。オレの生き方ってえのはな、ずっとそんなふうだったんだ。だがな、メイやアンタに出会い、信頼してもいいかと……。いや、つまらん話を聞かせちまったな」
「いいえ、信頼されて光栄ですわ」
「光栄に思われて、こっちこそ光栄だ」
ガンタンが笑うと、ヤヨイも小さく吹き出した。
「そろそろだな」
「わたし、準備にかかります。終わったら、すぐにもどってきますので」
次の作戦に取りかかるため、ヤヨイはガンタンを残して部屋を出た。
ヤヨイは給湯室でコーヒーを作り、ガンタンから渡された睡眠薬を混ぜた。それをポットに移し、メイのいる部屋へと向かう。
メイのいる部屋の前。
そこでは警備の警官が一人、いつものようにパイプイスに座っていた。
「ごくろうさまです。コーヒーをどうぞ」
ヤヨイは笑顔で紙コップを手渡し、それにポットのコーヒーを注いだ。
「ありがとうございます」
警察官がコップを口に運ぶ。
コーヒーを飲むのを見届けてから、ヤヨイは部屋のドアを開けた。
「ごくろうさまです」
中にいた研究員と刑事にも笑顔で声をかけ、なにくわぬ顔で睡眠薬入りのコーヒーをごちそうする。
睡眠薬の効果は抜群で、二人はみるまに居眠りを始め、やがてくずれるように顔を机にうつぶせた。
オリの中ではメイが眠っている。
――すぐに出してあげるからね。
ヤヨイは持っていたカギでトビラを自由にし、それから速足でガンタンの待つ部屋へと引き返したのだった。
窓辺に立つガンタンのうしろ姿に、もどってきたヤヨイが声をかける。
「うまくいきましたわ」
「あとはアイツらの到着を待つだけだな」
「じきに十二時ですので、そろそろ着いてもいいころですね」
「おっ、あれだろう」
正門から入ってきた清掃車から、作業服姿の二人の男が降りるのが見えた。
「ええ、ゲシロウさんとトウジさんですわ」
ヤヨイがほほえむ。
ゲシロウとトウジは、研究所に出入りしている清掃会社の車をシッケイしてきたのだ。ついでに作業員を催眠スプレーで眠らせ、作業服とボウシまで拝借してきた。
どう見ても清掃作業員にしか見えない。
「行こう、ヤヨイさん」
「はい」
二人はすぐさま、眠っているメイのもとへと向かった。