錬金術師になりたい
日本人の前世を持つリアナは、中世の文明に酷似した世界で生きることに絶望した。リアナが最も我慢できなかったことはトイレがなかったことだ。
水洗トイレを望むのは贅沢だとわかっている。しかしこれはあまりにひどいではないかとリアナは嘆いた。具体的にはバケツに汚物をだし、それを家の裏に投げ捨てる。おかげで村はどこもかしこも汚物の臭いが漂っている。もちろんお風呂なんてなく、布きれを水に浸して体を拭くだけだ。
ご飯はパンとスープだけで、スープの中身は村でとれた少しの野菜とペラペラの薄い肉が一切れだけ入っている。二切れ入ってたらラッキーだ。味付けはシンプルに塩のみである。前世がなかなかの食通であった記憶を持つリアナにとって、耐え難いものだった。
年に一回、新年の祝いの日にだけ、砂糖を使った甘いお菓子や、豚の丸焼きなど、豪華な料理をお腹いっぱい食べることが出来る。大人も子供も村人全てが楽しみにしている。もちろんリアナもその一員だ。
村の外には、凶暴なモンスターがいて、人を見ると襲ってくるらしい。まるでRPGゲームの世界のようだが、期待していた魔法がないと知った時、リアナは足下が崩れるくらいのショックをうけた。
しかし、神はリアナを見捨てていなかった。
この世界には、錬金術があった。最初その事を知った時は飛び上がって喜んだ。王都には錬金術を学べる学校があるという。教えてくれた旅人に感謝しながら、家にうきうきしながらリアナは帰った。
さっそく両親に錬金術の学校に行きたいと強請ったが、あっけなく玉砕した。
「お金がない」という理由で。うすうす、わかっていた。この寂れた村の普通の村人にそんな余裕はないということは。
食べるものからしてアレなのだから。
両親がすまなさそうな顔をしてリアナに謝ってくるのが、余計につらかった。
くすぶっていた不満が爆発した。
どうして転生するにしてもこんな家に生まれたんだろう。
もっと裕福な、貴族とまではいかなくても、せめて商人の子供として生まれたかった。
愛されているということはわかっていても、今の生活を不満に思うのをやめることは出来なかった。
いっそ、前世の記憶がなかったら、と何度も思った。
ショックで食欲もわかないまま食事のほとんどを残すリアナを、両親は心配そうな目で見ていたが、気を配る余裕なんてなかった。
いつもは、村の子供達と鬼ごっこやかくれんぼなどで遊ぶのだが、ここ何日かは部屋に閉じこもっていた。
ノックもなくガチャッという音とともに、男の子が入ってきた。栗色の髪の毛に空色の瞳。きりっとした眉毛は幼いながらも意志の強さをあらわしている。
「リアナ、どうしたんだよ?ずっと家に引きこもって。おじさんやおばさんがすごく心配してたぞ。もちろん俺やユリア、ジーン、他のみんなも」
「もう、ほっといて! 今は一人でいたいの。人に優しく出来る余裕なんてないの!」
最悪だ。情けない。いつもお姉さんぶっているリアナは、こんな前世とあわせて三分の一にも満たない年の子供に、感情のまま八つ当たりしてしまったことを恥ずかしく思った。
村長の息子であるアルヴァは、リアナの様子に目をぱちくりと開けた。
「珍しい、驚いた。リアナも怒ることってあるんだ。でも、その方がいいよ。いつも年上ぶって、みんなのワガママもはいはいと聞いてるよりずっと」
「私ってそんなだった?」
「うん。自分より他の子の意志を優先したり、なんか我慢してるように見えた」
アルヴァにはそう見えてたのか。
確かにリアナから見ると、彼らは赤子みたいなもので、張り合ってたら大人げないからと色々譲ってきた。あまりの身勝手さにイラッとすることもあったが、基本子供は自己中である。
我慢といえば我慢してきたと言えなくもない。
意外に見ているのだなっと思った。ちょっとアルヴァを見直した。
「なあ、なにか悩みでもあるのか?言ってみろよ」
アルヴァのくせに、と思いながら、本当は誰かに聞いて欲しかった思いを、リアナは気がつけば話していた。
「私ね、錬金術師になりたいの。王都に錬金術師になるための学校があるんだけど、入るにはたくさんのお金が必要なんだって。わかるでしょ、私の家じゃそんなお金払えないの。わかってるけど、それでもどうしても諦められないの」
「お金ってどのくらい必要なんだ?」
「わかんない。悲しそうな顔して謝る両親にそれ以上のこと聞けなかったから」
「じゃあ、俺が親父に頼んでやるよ」
そう言ってアルヴァは元気よく去っていった。アルヴァの後ろ姿を見ながら、無理だろうなあ、と思った。きっとしょんぼりと肩を落としてやって来るだろう。その時は気にしないでといって笑ってやろう。アルヴァに話を聞いてもらったことで少し吹っ切れた気がした。
夕ご飯を食べているとドアがノックされた。母親であるジーナがドアを開けると、立っていたのはアルヴァだった。息を切らしたままリアナのところにやってきて、うれしそうに言った。
「親父がお金出してくれるって!」
「えっ、ほ、本当に? 私、錬金術師の学校に通えるの?」
「親父が言うには試験があるらしい。その試験に受かったら、村からお金出してもいいって。リアナは頭いいから、絶対大丈夫だよ!」
「試験があるんだ・・・・・・でも、わたし絶対受かってみせる! そして錬金術師になるんだ!」
絶対に無理だろうと思っていたので、アルヴァの知らせを聞いてうれしさのあまり踊り出したい気分だった。浮かれるリアナを諫めるかのように、黙って話しを聞いていた父親であるフランツが、アルヴァに問いかけた。
「うちの娘にはありがたい話だけれど、アルヴァ、君のお父さんは本当にそう言っていたのかい?」
「うん、リアナが錬金術師になったら、この村にも「おんけい」ってものがあって、もっと豊かになるかもしれないからって。それにリアナは賢いから、もしかしたら試験に受かるかもって言っていた。俺はもしかしたらじゃなくて、絶対受かると信じてるけどね」
「ありがとアルヴァ」と言ってうれしさのあまり抱きついた。
アルヴァは頬を真っ赤に染めながら、「べ、別に、それじゃな」と言って駆け足で帰って行った。
バタバタと駆けていくアルヴァの後ろ姿を見て、リアナの胸が温かくなった。
フランツはアルヴァに抱きついたことについて、ごちゃごちゃとリアナに文句をたれたが、娘のあまりの狂乱ぶりに、最後には諦め苦笑していた。
リアナは最高の気分で就寝についた。明日からの日々が楽しみに思えた。




