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黒鉄の魔神  作者: axxx01
1/3

第1話 力が欲しいか


お仕事が忙しくで、AI総動員して書類つくっています。

そのうちに現実逃避でAIと雑談するようになり、

AIと相談しながら、AIに書いてもらった、AIのお話です。


つまり、AI小説です。


先のことは全く考えていません。




------------------------------------------------------------------------------------------------


 街が壊れていた。


 昨日まで駅前だった場所が、瓦礫の山になっていた。


 道路は裂け、信号機は折れ、ビルの外壁は紙を破いたようにめくれている。ガラス片がアスファルトの上に散り、遠くではまだ火の手が上がっていた。


 空には、黒い影があった。


 怪獣、と呼ぶしかなかった。


 宇宙から来たのか、別の次元から来たのか、誰にも分からない。金属のようにも見え、生き物のようにも見える。甲殻の隙間から青白い光が漏れ、巨体が一歩動くたびに、街が低く震えた。


 戦車の砲撃が当たった。


 ミサイルも当たった。


 だが、黒い怪物は倒れなかった。


 爆炎の中から、何事もなかったように現れ、片腕を振っただけで、ビルの上半分を吹き飛ばした。


 アキラは、瓦礫の陰に膝をついていた。


 息が荒い。


 腕も脚も痛い。


 逃げる途中で転び、肩をぶつけ、手のひらは血で滲んでいた。


 それでも、痛みより悔しさの方が強かった。


 目の前で街が壊されている。


 人が逃げている。


 悲鳴が聞こえる。


 なのに、自分には何もできない。


 アキラは、拳を握った。


「くそっ……」


 爪が手のひらに食い込む。


「俺に……俺に力があれば……!」


 その言葉は、祈りではなかった。


 怒りだった。


 自分の無力さへの怒り。


 何もできないまま見ているしかない現実への怒り。


 そのときだった。


 背後から、乾いた声がした。


「――力が欲しいか?」


 アキラは振り返った。


 そこに、白髪の老人が立っていた。


 白衣姿だった。古い革手袋をして、片手に杖を持っている。だが、背筋はまっすぐ伸び、目は妙に鋭い。


 普通の老人ではなかった。


 こんな崩壊した街の中で、怯えもせず、逃げもせず、むしろ何かを見定めているような顔をしている。


「……誰だよ、あんた」


 老人は、にやりと笑った。


「ゲンゾウじゃ」


「名前を聞いたんじゃない!」


「ならば肩書きか。わしは機械工学の権威じゃ」


「もっと状況に合った自己紹介をしろよ!」


 アキラが叫ぶと、ゲンゾウは愉快そうに笑った。


「元気がある。よい」


 そして、黒い怪物の方を見た。


「だが、元気だけではあれには勝てん」


 アキラは黙った。


 それは分かっている。


 分かっているから、悔しいのだ。


 ゲンゾウは、アキラの前に立った。


「力が欲しいんじゃろう」


「……ああ」


「本当に欲しいか」


「欲しいに決まってるだろ!」


「なら来い」


 ゲンゾウは、アキラの腕をつかんだ。


 見た目からは想像できないほど強い力だった。


「ちょ、待て! どこへ連れていく気だ!」


「力のある場所じゃ」


「説明しろ!」


「説明している間に街が壊れる」


「もう壊れてるだろ!」


「なら、これ以上壊れる前に急ぐぞ」


 ゲンゾウは迷いなく歩き出した。


 アキラはほとんど引きずられるように、瓦礫の中を連れていかれた。


「これ、拉致だろ!」


「緊急避難じゃ」


「本人の同意がない!」


「お前は力が欲しいと言った」


「言ったけど、連れていけとは言ってない!」


「細かいことを言うな。若者は勢いじゃ」


「勢いで誘拐するな!」


 文句を言いながらも、アキラはついていった。


 逃げても、何も変わらない。


 ここに残っても、ただ瓦礫の中で震えているだけだ。


 それなら、この変な老人についていく方が、まだ何かが起こる気がした。


     *


 ゲンゾウが向かった先は、街外れの古い工業施設だった。


 表から見れば、廃工場にしか見えない。


 錆びた門。


 ひび割れたコンクリート。


 古い看板。


 だが、ゲンゾウが杖の先を認証盤に押し当てると、地面の下から低い駆動音が響いた。


 アキラの足元が震える。


 巨大な扉が、ゆっくりと開いていった。


「……なんだよ、ここ」


「格納庫じゃ」


「何の」


「決まっておる」


 ゲンゾウは、暗い格納庫の奥を指さした。


「ロボットじゃ」


 照明が、ひとつずつ点灯していく。


 最初に見えたのは、足だった。


 黒鉄色の、巨大な足。


 次に、膝。


 分厚い太腿。


 重厚な腰。


 角ばった胸部装甲。


 太い腕。


 そして、鬼のように無骨な頭部。


 それは、人型の巨大ロボットだった。


 だが、綺麗な機械ではない。


 流線型ではない。


 装甲は分厚く、関節はごつく、ところどころに補強板やボルトがむき出しになっている。最新兵器というより、鋼鉄で作った古代の魔神だった。


 黒鉄の巨体が、格納庫の奥で眠っている。


 アキラは、息を呑んだ。


「……でかい」


「どうじゃ」


 ゲンゾウは胸を張った。


「これが、わしの作った魔神ガーじゃ」


「本当に……ロボットなのか」


「そうじゃ。人が、あの怪物に立ち向かうための身体じゃ」


 アキラは、黒鉄色の巨体を見上げた。


 恐ろしい。


 けれど、胸が熱くなった。


 あの怪物に対して、初めて何かが届きそうに見えた。


 そのとき、格納庫の横から、白衣に作業ベストを重ねた男が走ってきた。


「父さん!」


 男はゲンゾウを見て、顔をしかめた。


「また勝手に人を連れてきたんですか!」


 ゲンゾウは、悪びれもしなかった。


「力が欲しいと言っておった」


「それは同意ではありません」


「非常時じゃ」


「非常時でも、説明は必要です」


 アキラは、男の顔を見た。


 どこかで見たことがある。


 いや、知っている。


「……シンさん?」


 男はアキラを見て、目を丸くした。


「アキラ君!?」


 ミナトの父、シンだった。


 アキラは、何度かミナトの家で顔を合わせたことがある。穏やかで理屈っぽい、いかにも研究者という雰囲気の人だった。


 そのシンが、今は巨大ロボットの格納庫で、油の匂いをまとって立っている。


「なんでシンさんがここに……」


「それはこちらの台詞だよ。父さん、まさかアキラ君を街中から連れてきたんですか」


「ほぼそうじゃ」


「ほぼではなく、完全にそうでしょう!」


 そこへ、もう一人、奥の管制席から駆け下りてきた。


「おじいちゃん! また説明なしで――」


 声が止まった。


 アキラも固まった。


「ミナト……?」


「アキラさん……?」


 ミナトだった。


 幼なじみのミナト。


 小さい頃から一緒に遊び、同じ学校に通い、妙に機械とプログラムに詳しかったミナト。


 そのミナトが、端末を抱え、ケーブルの束を肩にかけ、格納庫の中にいた。


「なんでお前がここにいるんだよ!」


「それはこっちの台詞です。おじいちゃん、アキラさんを拉致しましたね」


「拉致ではない。抜擢じゃ」


「本人の同意を取っていない抜擢は拉致です」


 ゲンゾウは腕を組んだ。


「だが、力は欲しそうじゃった」


「欲しそう、で人をロボットに乗せないでください」


 アキラは、ミナトとゲンゾウを交互に見た。


「……おじいちゃん?」


 ミナトは、少し気まずそうに頷いた。


「はい。私の祖父です。ゲンゾウ。機械工学の権威です」


 シンが続けた。


「僕はシン。ミナトの父で、制御工学をやっています」


 ゲンゾウが胸を張る。


「そして、わしがこの魔神の身体を作った」


 ミナトが冷静に付け加えた。


「身体だけです」


「だけとはなんじゃ」


「制御とAIがなければ、このロボットは成立しません」


「形は完成しておる」


「形だけで完成と言わないでください」


 アキラは、黒鉄色のロボットを見上げた。


 そして、ゲンゾウを見た。


「これ、動くのか」


 ゲンゾウは堂々と言った。


「動く」


 シンが即座に言った。


「条件が揃えば、です」


 ミナトも続けた。


「操縦者と制御系とAIが噛み合えば、です」


 アキラは顔をしかめた。


「……今、すごく嫌な条件が増えたぞ」


 ゲンゾウは、まったく気にしていない顔で言った。


「わしは機械工学の権威だが、AIには詳しくなくてのう」


「じゃあ、どうやって動かすんだよ!」


「シンとミナトがなんとかしてくれるじゃろう」


 ミナトが、じっとゲンゾウを見た。


「その無意味な自信はなんですか」


「無意味ではない。お前たちは優秀じゃ」


「褒めても作業量は減りません」


 シンが深くため息をつく。


「父さん。僕たちは万能の補修部品ではありません」


「だが、今までなんとかしてきたではないか」


「それは実績ではありません。事故対応です」


 アキラは、少しだけ笑いそうになった。


 街は壊れている。


 敵はまだ外にいる。


 状況は最悪だ。


 なのに、この一家の会話は妙にいつも通りで、緊張の中に変な安心感があった。


 ミナトは、そんなアキラをまっすぐ見た。


「アキラさん」


「なんだ」


「このロボットは、普通の人間には操縦が難しいです」


 ミナトの声は、いつも通り落ち着いていた。


 だが、その目は笑っていなかった。


「たぶん、あなたでも無理でしょう」


 アキラは、むっとした。


「そんなことはない」


「そうですか」


「どんな訓練でもする。どんな努力でもしてみせる。俺は、あいつを止める力が欲しいんだ」


 ゲンゾウが、にやりと笑った。


「よい顔じゃ」


 シンは何か言いたそうにしたが、結局、黙った。


 ミナトは、小さくうなずいた。


「分かりました」


 そして、黒鉄色の巨体を見上げる。


「それでは、こちらに」


     *


 胸部ハッチが開いた。


 整備用リフトが、アキラをコックピットへ運んでいく。


 近づくにつれ、黒鉄の装甲が壁のように迫ってきた。油と金属の匂いが濃くなる。


 アキラは、心臓が速くなるのを感じながら、開いたハッチの中へ足を踏み入れた。


 そして、固まった。


「……なんだよ、これ」


 そこにあったのは、少年が想像するような操縦席ではなかった。


 椅子はある。


 操縦桿もある。


 ペダルもある。


 だが、それらはむしろ、付け足しに見えた。


 アキラの目の前に広がっていたのは、壁一面のボリュームだった。


 丸いつまみ。


 小さなレバー。


 トグルスイッチ。


 針式メーター。


 色の違うランプ。


 手書きのラベル。


 右肩回転。


 右肘屈曲。


 右手首外旋。


 左肩回転。


 左膝補正。


 腰部ひねり。


 重心前後。


 重心左右。


 接地圧。


 反力補正。


 姿勢安定。


 トルク上限。


 見れば見るほど、意味のありそうな言葉が増えていく。


 そして、そのどれもが、アキラに向かって「さあ、ひねれ」と言っているように見えた。


「……これ、何個あるんだ」


 通信越しに、ミナトの声が聞こえた。


『約二百個です』


「……は?」


 ゲンゾウが得意げに言った。


『壮観じゃろう』


 ミナトが、すぐに訂正した。


『地獄です』


 シンの声が続く。


『AIと統合制御が入っていない状態では、各関節、各モーター、重心補正、姿勢安定を、操縦者が直接調整するしかない』


 アキラは、壁一面のボリュームを見つめた。


 さっきまでの言葉が、頭の中で反響する。


 このロボットは、普通の人間には操縦が難しいのです。


 たぶん、あなたでも無理でしょう。


 その意味が、今、説明ではなく現実として目の前にあった。


 訓練。


 努力。


 根性。


 そういう言葉で片づく量ではなかった。


「……これを、俺がやるのか」


 ゲンゾウの声が響いた。


『力が欲しいんじゃろう』


 アキラは、歯を食いしばった。


 怖じ気づいたと思われるのは、嫌だった。


 だが、怖じ気づいた。


 正直に言えば、これは怖い。


 怪物に向かう恐怖とは別の、巨大な機械を自分の手で壊してしまいそうな恐怖だった。


 それでも、アキラは両手を上げた。


「……やってやるよ」


 壁一面のボリュームが、答えを待っていた。


     *


 ミナトの声が、通信越しに入った。


『アキラさん。まず右脚を一歩出します。触るのは六つだけです』


「六つだけ、か」


『はい。右手で三つ、左手で三つ。ほかは触らないでください』


「二百個のうち六つなら、なんとかなる……のか?」


『なんとかするしかありません』


 アキラは乾いた笑いを漏らした。


「ミナトがそういう言い方する時点で、だいぶまずいんだよな」


『はい』


「そこは否定しろよ」


 アキラは右手を伸ばした。


 親指、人差し指、中指。


 三本の指を、それぞれ別のボリュームにかける。


 右足前進角。


 右膝屈曲。


 右足首接地補正。


 左手も伸ばす。


 親指、人差し指、中指。


 左脚支持。


 腰部ひねり。


 重心左右。


 六つのボリューム。


 六つの軸。


 アキラは目を閉じた。


 自分の身体を思い出す。


 走るとき。


 跳ぶとき。


 着地するとき。


 右足を出すだけでは、人は歩けない。


 左足で支え、腰を送り、重心を移し、足裏で地面をつかむ。


 いつも身体が勝手にやっていることを、今は指でやらなければならない。


「……いくぞ」


 右手の親指を少し回す。


 同時に、人差し指を逆方向へ。


 中指は遅らせる。


 左手の三本も動かす。


 六つのボリュームが、違う方向へ、違う速度で回った。


 格納庫の床が震えた。


 黒鉄色の巨体が、ぎしりと音を立てる。


 右脚が、わずかに持ち上がった。


『六軸同時操作……』


 シンの声が漏れる。


『指の独立性が高すぎる。普通はここまで分離できない』


 ゲンゾウが叫んだ。


『ほれ見ろ! わしの目に狂いはなかった!』


 ミナトが冷静に言う。


『おじいちゃんは拉致しただけです』


『抜擢じゃ!』


 アキラには、もうその会話を聞く余裕はなかった。


 右足を前に出す。


 重心を左脚へ逃がす。


 腰を少しひねる。


 足首を寝かせる。


 接地直前に反力補正を戻す。


 巨大な足が、床に触れた。


 重い音が響く。


 黒鉄色のロボットが、一歩、前へ出た。


「……歩いた」


 アキラは、自分で言ってから、その意味に気づいた。


 歩いた。


 この巨大な鉄の塊が。


 自分の指で。


 ゲンゾウの声が震えていた。


『歩いた……わしの魔神がー、人間の手で歩いた……!』


 シンは信じられないものを見るように言った。


『これは、操縦というより、アキラ君の運動感覚が直接ロボットの多軸制御に適応している……』


 次の瞬間、機体が前に傾いた。


「うわっ!」


『重心が前に流れた!』


「分かってる!」


『左膝を抜け! いや、抜きすぎるな!』


「どっちだよ!」


 ゲンゾウが叫ぶ。


『気合で立て!』


「気合で立つかあああ!」


 アキラは必死にボリュームを回した。


 右手の薬指まで使う。


 左手の小指も使う。


 だが、軸が足りない。


 手が足りない。


 目が足りない。


 考える時間が足りない。


 ロボットは床を削りながら、ぎりぎりで踏みとどまった。


 アキラは、全身から汗を噴き出していた。


 指先が震えている。


 息が苦しい。


「……歩くだけで、これかよ」


 コックピットの中で、アキラは呟いた。


「こんなので……戦えるわけないだろ」


 沈黙が落ちた。


 誰も笑わなかった。


 アキラはすごかった。


 確かに、一歩歩かせた。


 普通の人間なら、それすら無理だった。


 けれど、戦闘はできない。


 怪物は待ってくれない。


 一歩ごとにこんな集中が必要なら、殴ることも、避けることも、立て直すこともできない。


 ミナトの声が、静かに入った。


『アキラさん』


「……なんだ」


『あなたの才能は本物です』


 アキラは返事をしなかった。


『でも、このロボットは、人間だけでは扱えません』


 ミナトの声は、冷静だった。


 けれど、冷たくはなかった。


『AIを入れます』


「AI……」


『はい。あなたの操作を消すためではありません。あなたの力を、戦える形にするためです』


 シンが続けた。


『人間が二百個のボリュームを直接扱うのではなく、アキラ君は意図を入力する。細かい関節や姿勢は、制御系とAIが受け持つ』


 ゲンゾウが得意げに言った。


『つまり、シンとミナトがなんとかしてくれるわけじゃ』


 ミナトが即座に返す。


『その無意味な自信はなんですか』


『無意味ではない。信頼じゃ』


『信頼で作業量を増やさないでください』


 アキラは、息を整えながら笑った。


 この状況で笑えるとは思わなかった。


「ミナト」


『はい』


「頼む」


 アキラは、操縦桿を握り直した。


「俺に、力をくれ」


 少しの沈黙のあと、ミナトが答えた。


『分かりました』


     *


 管制席で、ミナトの指がキーボードの上を走った。


 シンは制御盤を開き、ゲンゾウは主電源の状態を確認している。


「主電源、保持」


「関節系、油圧圧力上昇」


「モーター補助系、待機」


「センサーバス、接続確認」


 ミナトのモニターに、複数のAIモジュールが並ぶ。


 センサーAI。


 空間認識AI。


 安全管理LLM。


 PIDAI。


 p2pAI。


 モーションLLM。


 古参LLM。


 全体統括LLM。


 ゲンゾウが画面を覗き込んだ。


「これがAIか」


「はい」


「妖精みたいじゃのう」


「AIです」


 ミナトは、ため息をついてから言った。


「ただし、表示系の自動変換が時々おかしいので、“妖精”と出ることがあります」


 シンが眉をひそめた。


「直していなかったのか」


「直す優先度が低かったんです」


 ゲンゾウが笑った。


「よいではないか。かわいい」


「戦闘支援AIにかわいさを優先しないでください」


 ミナトは通信を開いた。


「アキラさん。AI会議を起動します。声が増えますが、驚かないでください」


『どれくらい増えるんだ』


「専門家が八人、一斉に会議を始めるくらいです」


『嫌な予感しかしない』


「ロボット制御とは、だいたいそういうものです」


 ミナトは実行キーに指を置いた。


「AI会議、起動」


 キーを押した。


 黒鉄色のロボットの胸部で、低い振動音が響き始めた。


 眠っていた魔神が、ゆっくりと息を吸うような音だった。


 コックピットのモニターに、文字列が流れる。


 最初の声が響いた。


『センサーAI、起動。全身センサーの自己診断を開始します』


 落ち着いた声だった。


 続いて、少し低く、空間を測るような声。


『空間認識AI、起動。格納庫内三次元マップを生成します』


 さらに、硬い声が響く。


『安全管理LLM、起動。操縦者保護、機体保護、周辺被害抑制を開始します』


 慎重そうな声が入る。


『PIDAI、オンライン。関節応答を確認。PIDゲインを初期補正します』


 次に、やけに勢いのある声。


『p2pAI、スタンバイ! 目標点列、受信待ち! 最短軌道、いつでも行けます!』


 アキラは思わず言った。


「こいつだけ元気すぎないか」


 ミナトが答える。


『p2pAIは目標点を取りに行く制御です。点を取れればいい、という思想が強いので』


「思想が声に出てるぞ」


『調整していたら、そうなりました』


 次に、滑らかな声が響いた。


『モーションLLM、起動。立ち上がり動作の内部遷移を準備します』


 そして、妙に年寄りじみた声が入った。


『むむっ。古参LLM、起動じゃ。ルールベースのフレームは戦闘に設定じゃ』


 アキラは顔をしかめた。


「なんかゲンゾウさんみたいなのがいるぞ」


 ゲンゾウが胸を張った。


「わしを参考にしたのじゃな」


 ミナトが即座に否定した。


「していません。学習データに、おじいちゃんの発言ログが多すぎただけです」


「それを参考と言うのではないか」


「事故です」


 最後に、中性的な声が響いた。


『全体統括LLM、起動。AI会議を開始します。各AIは担当領域を宣言してください』


『センサーAI、視覚、慣性、関節角、接地圧、外部音響を担当』


『空間認識AI、周囲地形、障害物、自機寸法、敵味方位置の空間モデル化を担当』


『安全管理LLM、転倒防止、過負荷制限、操縦者保護、周辺被害抑制を担当』


『PIDAI、連続軌道追従、姿勢安定、微小誤差補正を担当します』


『p2pAI、点列移動、短時間到達、緊急回避を担当!』


『モーションLLM、姿勢遷移、歩行、立ち上がり、基本動作プリミティブを担当』


『古参LLM、戦術探索と経験則じゃ。むむっ、今じゃ、を担当する』


『その担当名は登録されていません』


『むむっ』


 アキラは、呆然としていた。


「本当に会議してる……」


 ミナトが言う。


『巨大ロボットの動作は、ひとつの命令で完結しません。立つだけでも、センサー、空間認識、安全管理、姿勢、関節、目標点、動作遷移の調整が必要です』


「立つだけでそんなに必要なのか」


『はい。人間が無意識にやっていることを、機械でやるので』


 モニターにログが流れる。


『センサー確認。九十パーセントのセンサーの稼働を確認しました』


 シンが画面を見る。


「九十パーセントか。残りは?」


 ミナトが答える。


「左肩外装の温度センサー群が一部不安定。右足首の圧力センサー一系統が死んでいます。でも立ち上がりには使えます」


 ゲンゾウがうなずいた。


「九割動けば十分じゃ」


 シンが言った。


「十分ではありません。許容範囲内です」


「同じじゃろう」


「違います」


 空間認識AIの声が続いた。


『格納庫内三次元マップ生成。右側壁まで八・二メートル。左腕展開禁止を推奨』


 安全管理LLMが、即座に重ねる。


『左腕展開を制限します。肩関節出力上限、初期値の四十パーセントに設定』


 p2pAIが不満そうに言った。


『動く前から制限が多い!』


 安全管理LLMが淡々と返す。


『制限なしでは格納庫を破壊します』


『壊れる前に出ればよい!』


『出る前に壊れます』


 アキラは、思わず笑った。


「お前ら、仲悪いのか」


 PIDAIが控えめに答えた。


『制御思想が違うだけです』


 p2pAIが続ける。


『目標点を取れば勝ちです!』


 PIDAIが即座に返す。


『点と点の間を滑らかに辿らなければ、機体に負荷がかかります』


『戦闘中は全力加速、全力停止!』


『それは乱暴です』


『乱暴でも間に合えば勝ちです!』


『間に合っても壊れたら負けです』


 ミナトが通信で言った。


『アキラさん。これがAI会議です』


「まとまるのか、これ」


『全体統括LLMがまとめます』


『全体統括AIより通達。立ち上がり動作を優先。p2pAIは目標点列の生成のみ。PIDAIは姿勢安定。安全管理AIは制限値監視。空間認識AIは格納庫内接触予測を継続』


『了解』


『了解しました』


『目標点列、準備!』


『安全制限、継続』


 そのとき、モニターの隅に小さな文字が出た。


『PID妖精、姿勢安定を開始します』


 アキラは眉を上げた。


「ミナト」


『はい』


「画面にPID妖精って出てる」


 ミナトが一瞬黙った。


『……表示バグです。PIDAIです』


 ゲンゾウが笑った。


『かわいいから、そのままでよかろう』


『よくありません』


 PIDAIが控えめに言った。


『名称訂正。PIDAI、姿勢安定を開始します』


 p2pAIが元気よく続けた。


『p2p妖精、目標点列を――』


『名称訂正。p2pAI、目標点列を生成します!』


 アキラは、緊張しているはずなのに、少し肩の力が抜けた。


「AIって、もっと冷たいものかと思ってた」


 ミナトが小さく言う。


『冷たいだけのAIでは、この機体は動かせません』


 全体統括LLMの声が響いた。


『立ち上がり動作を開始します。操縦者は入力を最小にしてください』


「最小って、何もしないってことか」


『転倒時のみ介入してください』


 アキラは操縦桿に手を添えた。


「分かった。任せる」


 古参LLMが反応した。


『むむっ。若者よ、よい覚悟じゃ。任せることもまた戦いじゃ』


 ゲンゾウが感心したように言う。


『いいことを言うのう』


 ミナトが冷静に返す。


『おじいちゃんのログから出た言葉です』


『わし、そんなにいいことを言っておったか』


『たまには』


 低い駆動音が強くなった。


 黒鉄色のロボットの膝が動く。


 油圧が唸る。


 関節が軋む。


 巨大な腕が、ゆっくりと床に近づいた。


『モーションLLM、立ち上がりプリミティブ開始』


『センサーAI、重心位置推定。誤差範囲内』


『空間認識AI、右肘軌道上に補助足場。接触まで二・一メートル』


『安全管理LLM、右肘可動域を制限。補助足場との接触を回避』


『PIDAI、膝関節ゲイン補正。揺れを抑えます』


『p2pAI、手支持点、膝支持点、足裏接地点を取得! 次目標、腰部上昇!』


『急がないでください』


『分かってる! 今回はゆっくり行く!』


 ロボットは、ぎこちなく身体を起こし始めた。


 最初は、生まれたばかりの獣のようだった。


 重すぎる身体を持て余し、腕で床を押し、膝を震わせ、足裏の接地を探る。


 床が軋む。


 格納庫全体が震える。


 巨大な影が、少しずつ立ち上がる。


 アキラは、コックピットの中でその揺れを感じていた。


 自分で操作したときとは違う。


 さっきは、六つの軸を必死に握りしめていた。


 今は、見えない無数の手が、機体の内側から支えているようだった。


 センサーAIが機体を読む。


 空間認識AIが周囲を地図にする。


 安全管理LLMが壊れない範囲を決める。


 PIDAIが揺れを抑える。


 p2pAIが次の支持点を取る。


 モーションLLMが動作の順番を整える。


 全体統括LLMが全員をまとめる。


 古参LLMが、ときどき「むむっ」と言う。


 それだけで、鉄の塊が、人の形を取り戻していく。


『重心補正、完了』


『ZMP、安定領域へ移行』


『上体傾斜、補正中』


『右膝、振動あり。PIDゲインを再補正します』


『次目標点、腰部高度プラス三十センチ!』


『急がないでください』


『だから分かってるって!』


『安全管理LLMより警告。腰部上昇速度、許容値上限に接近』


『p2pAI、速度を落とします!』


『PIDAI、滑らかに補正します』


 アキラは、操縦席で前を見た。


 格納庫の扉の向こう。


 街の空には、まだ黒い影があった。


 敵は待ってくれない。


 けれど今、自分の下で、巨大な力が目覚めようとしている。


 自分ひとりでは扱えない力。


 ゲンゾウが作った身体。


 シンがつないだ制御。


 ミナトが起こしたAI。


 そして、自分が乗る力。


『最終姿勢へ移行します』


 全体統括LLMの声が響いた。


『操縦者、姿勢保持入力を確認してください』


 アキラは操縦桿を握った。


 全部を動かそうとはしない。


 ただ、立ち上がろうとする巨体に、自分の意志を重ねる。


「立て」


 アキラは言った。


「立て、魔神」


 黒鉄色のロボットが、最後の一押しで上体を起こした。


 膝が伸びる。


 腰が上がる。


 胸部装甲が、格納庫の照明を受けて鈍く光る。


 巨大な足が、床を踏みしめた。


 両腕が、ゆっくりと下がる。


 黒鉄の巨人は、揺れながら、しかし確かに――立っていた。


 格納庫が沈黙した。


 シンが呟いた。


「……立った」


 ゲンゾウの声は震えていた。


「わしの魔神が……立った……」


 ミナトは、画面を見つめたまま息を吐いた。


「AI会議、立ち上がり成功。姿勢保持、継続」


 コックピットの中で、アキラは前を見た。


 モニターには、外部カメラの映像が映っている。


 黒い怪物が、街の向こうで動いていた。


 手の震えは、まだ止まっていない。


 怖くないわけではない。


 けれど、さっきとは違う。


 自分にはもう、拳だけではない。


 力がある。


 自分だけの力ではない。


 人間と機械と制御とAIが、無理やり一つに組み上がった、巨大な力が。


 アキラは、操縦桿を握りしめた。


「……行けるか」


 AIたちの声が、次々と返ってきた。


『センサーAI、敵影捕捉可能』


『空間認識AI、格納庫出口から敵影方向までの障害物マップを生成可能』


『安全管理LLM、戦闘行動は高リスク。操縦者保護を最優先します』


『PIDAI、歩行安定は限定的ですが維持できます』


『p2pAI、目標点をください。取りに行きます』


『モーションLLM、基本歩行プリミティブ、使用可能』


『全体統括LLM、戦闘行動は未承認。訓練不足です』


『古参LLM、むむっ。だが、時は待ってくれんぞ』


 アキラは笑った。


「そうだな」


 格納庫の扉が、さらに大きく開いていく。


 外の光が、黒鉄の装甲を照らした。


 街を壊す黒い怪物。


 それに立ち向かう黒鉄色の魔神。


 アキラは、深く息を吸った。


「俺は、力が欲しかった」


 誰に言うでもなく、呟いた。


「でも、これは俺ひとりの力じゃない」


 ゲンゾウが作った形。


 シンが成立させた制御。


 ミナトが起こしたAI。


 そして、アキラの身体。


 全部が、今、ひとつの巨人になっていた。


「行くぞ」


 アキラは、操縦桿を前へ倒した。


 黒鉄色の魔神が、ぎこちなく、しかし確かに、最初の一歩を踏み出した。


 その瞬間、モニターの隅に小さなログが出た。


『AI会議:戦闘支援を開始します』


 その下に、すぐ訂正が入った。


『妖精会議:戦闘支援を開始します』


 さらに次の行。


『誤表示を確認。AI会議に修正します』


 アキラは、思わず吹き出した。


「お前ら、本当に大丈夫かよ」


 古参AIが、堂々と答えた。


『むむっ。大丈夫かどうかは、これから決めるのじゃ』


 黒鉄の魔神は、街へ向かって歩き出した。


 人類の反撃は、まだ一歩目だった。


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