第二章05 使命③ (途中)
燦々と照りつける太陽がうざったらしいったら仕方ない。直に受ける日の熱と、熱せられた大地から反射される間接的な日の熱とがグランを苦しめる。
季節は夏。遠くを見れば陽炎は揺めき、周囲を見渡せば布で汗を拭きながら暑そうに歩く人々でいっぱいだ。
そんな中、彼の前に舞い降りた突然のチャンス。
突然グランに話しかけて来たのは商店の店主だった。彼によると、ある少女から人探しを頼まれているのだとか。
「グラナード・スマクラフティーを探しているって?」
「おう、そうさ。さてはその反応、何か知ってるな?」
「まあな。俺はよーくそいつを知っているぜ」
「そうか!お願いだ兄ちゃん、依頼主の為にもどうか教えてくんねぇか?」
「依頼主、ねぇ」
目前の店主が食い入るようにグランに情報提供を促してくる。だからグランは「依頼主」の為に、とびっきりの情報を提供することにした。
「いいぜ、教えてやるよ。そのグラナード・スマクラフティーというのはな、俺だ。ちなみに聞くが、あんたの言う依頼主ってのは、俺の妹なんだろ?」
突然のカミングアウトに情報処理が追いついていないようで、店主のおっちゃんは「え、えーと、つまり……」と間を開けて、「お、お、おおぉ!あんたが嬢ちゃんの!探したぜぇ!」と大騒ぎ。
轟く声は行き交う人々の注意を引きつけ、視線が突き刺さって恥ずかしい。彼は心から喜んでいるだけなのだろうが、公然の場では逆にそれが辛い。
「お、おい、声がデカすぎるんじゃないか?」
「気にすんなってあんちゃん!見た目に反して恥ずかしがり屋さんか?」
「いや違ぇよ? 確かにちぃと恥ずかしく感じたのは認めるがそれは一瞬のことで本当は個人情報がダダ漏れであることの心配をしている訳でしてそれで」
「わぁったわぁった!落ち着け兄ちゃん!」
露骨な早口に笑いを抑えきれないのかニヤニヤ顔でグランを制止させる。普通の笑いにニヤニヤを紛れさせているところに店主の寛大さが見え隠れしているが、この際笑い方なんてのは誰も気にしていない。
そしてひと通りのおふざけが終わったところで店主がゴホン!と咳き込みを入れ、話は本題に戻る。
「それでよぉ、妹ちゃんから伝言を預かってんでい。もちろん聞いていくよな?」
「はは、可愛い妹の伝言を聞いていかない馬鹿野郎がいるなら俺はそいつを殴りにいくぜ?」
ちなみに、このグランの発言はガチだ。
普段はそれっぽい素振りを見せないものの、彼は生粋の妹好きである。妹の善意を無下にするような人間を見かけようものならば、平気で怒鳴りにいくだろう。
その「妹」がメイアでなかったとしても、だ。
「はっはは!お嬢ちゃんもいい兄を持ったもんだなぁ!それじゃ、伝言を伝えるぜ。耳かっぽじって聞きなよ!」
「おう、まかせろ!」
店主がメモ書きのようなものを取り出す。メイアからの言葉を忘れないよう書き留めてくれたものだろう。
「お嬢ちゃん曰く、『私はお兄ちゃんがミスティカランドに辿り着けると信じて出かけました。これを聞いていると言うことは見事、辿り着けたってことだよね!それで、私は今女の子と一緒に行動してます。残念だけど、行き先はまだ分からないの。だから、お兄ちゃんは心配しないで!すぐにまた会えるから!』……だそうだ」
豪快な男の声を完全にメイアの声として補完し脳内再生させることで、ようやく情報を呑み込む。
「……そうか。ありがとうよおっちゃん」
「いいってことよ!お嬢ちゃんとも約束したんだが、今度はここに客として来てくれると俺はもっと嬉しいぜ?」
「そうだな、じゃあ兄妹揃って客として来てやるよ」
「おう!待ってるぜぇ!」
屈託の無い笑顔。客ですらない兄妹のわがままなお願いに嫌な顔しないところをみると、彼は人が良すぎるんじゃないかとさえ思えてしまう。
妹の様子も分かったことでグランの胸の内にあった心配の二文字が破壊され、自然と彼の表情も柔らかいものになっていた。
「おっちゃん、商売上手だな」
「そうかぁ? 元気ってのは人を寄せ付けるらしいからな、やっぱ俺の笑顔は世界一って訳だ!はっはっは!」
いや、世界一なのはその笑い声の大きさの方だろ……と思ってしまったことはグランの胸の内に秘めておく。
「そういえばよ、妹ちゃんから『お兄ちゃんならミスティカランドに辿り着ける』なんて言われてるが、相当遠くからやって来たらしいな?」
「う、うーん。どうなんだろうな」
そもそも世界が違う訳だし、遠いのかどうかは判断しにくいところではある。でも、世界を越えるってことがもう凄いことだし、「ま、確かに遠いかな」などと割と適当に返しておくにとどまった。
(ま、ユニベルグズから「歪み」までは相当な距離があるし強ち間違いでもないよな)
「あ、そうだ兄ちゃん。また妹ちゃんがここに来るかも知れねぇから、何か言伝を頼まれてもいいぜ」
やはり善人すぎる。無一文の客に嫌な顔一つせず、次回何か買ってくれればいいなどと軽く口約束で済ませる。それでいてこの優遇は何というか、少し異常な気もしてくるが。
「うーんと、そうだなぁ……」
せっかくの好意を無駄にはしまいと言伝を考える。
『心配しないで!すぐにまた会えるから!』と言うメイアの言葉には「もう探さなくてもいいよ!」という意味が言外に込められている筈だ。
となると、グランが伝えたいことはなんだろうか。
(そう言えば、俺がここに来た目的はメイアを探しに来たことだ。でも、初めてここに来た時の目的は……)
初めてこの世界に来た時。言ってしまえばつい4日前のことだが、その時はイッポスとバーティに連れられて。そしてそこで大会に参加するよう頼まれたことを振り返る。
となると、再開するための最適なメッセージはやはり、
「よしじゃあ、『1ヶ月後の大闘技大会楽しみだな』って伝えてくれ」
大イベントを楽しみにしていることは転じて、必ず会場にいくよというメッセージでもある。わざわざこんな面倒な言い回しをしていることには目を瞑っておいて欲しい。
「おう任されたぜぃ! デモクレイ城下町で開かれる闘技大会を目印にするってのは粋だなぁ!会えるといいな!」
(なるほど、デモクレイ城下町ってところで開かれるのか)
「ありがとよ。ま、そろそろ行くぜ。次会うのは多分客としてだろうから、新鮮なやつ頼むな」
「たりめぇよ!俺の店は味と新鮮第一やかんな!」
「んじゃ」
グランは軽く別れの挨拶を告げ、朝から賑わう街の人々の波の中へと溶け込んでいく。
じゃあな!と店を去った後も声が響き続けていた。
店主のおっちゃんは大会が開かれるのはデモクレイ城下町だと言っていた。城下町とはつまり、そこに城があるということに他ならない。
「なら、そこに行けばイッポス達にも会えるかな。本当ならまだ会うのは1週間以上後の筈だったんだが仕方ねぇ。今から会いにいくか」
メイアを探し出すという目的は予想以上に早く解決に向かっていった。
順調すぎるくらいだが、順調であればあるほどそれは良いことだ、とグランは上機嫌で渓谷の街ミスティカランドを去るのであった。
整備された道をひたすら歩き、目指すはレーベン王国の王都デモクレイ。
遠からず近からず、ただただ道を走り続けた。
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人の集まる場所とは、大抵栄えた場所である。
特に、国の首都とされる地なんかは朝から夜まで人で賑わっていたりするものだ。
そして今日も、このデモクレイの街は雑踏で溢れかえっていた。子供が追いかけっこで遊んでいたり、食べ歩きをしていたりと様々な人々が今日もいる。
そんな中、男は退屈そうに街中を歩いていた。
上半身はほぼ裸同然だが、鍛え上げられた筋肉が露出しているので残念な感じはない。
しかし、目つきが悪辣だ。周りを見渡すと必ず誰かと目が合うのだが、必ず怖がられてしまう。
男は、日々そうやって怖がられるだけの退屈な生活をし続けていた。
「ほんと、こんな生活してるくらいならよぉ……なんて、考えても仕方ねぇよな」
既に太陽は全身を現し、これでもかと地を熱して自己主張する。うざったい太陽放射はどこまでも男を追跡し、日陰にいてもなおその熱量は主張し続ける。
そんなねっとり絡みついてくるいやな暑さに、男は不快感と共に、それとは違った嫌なものを感じていた。
その嫌なものが何なのかは彼にもわからない。しかし、現に今も絶えず付き纏われている。この夏の人混みに紛れるように違和感があるように思えて。
「ふぅ……また、変なネガティブ思考に陥っていたか。最近のこの癖、そろそろ治していかなきゃいけねぇな」
違和感の正体を探ってもどうせわからないと、それを自分の消極的思考のせいにして考えるのを強引に中断した。
「長い悪夢みてぇな時間が終わったと思っていたが、割と毒されていたんかなぁ」
長い街の突き当たりに差し掛かったとき、ドン!と、彼の腹部に衝撃が走った。しかし、それは何者かの悪意や攻撃によるものではない。
「 子供か? 大丈夫かよ、気をつけな」
走っていたのだろう子供が、前を歩く男に気付かず突撃してしまったと言ったところだろう。よくあることだ、などと誰もが思うことだが、少しおかしな点があった。
「だがお前、どんなスピードで走っていやがったよ? 今の衝撃、普通の子供が大人と衝突したなんてレベルじゃねえように感じ____って聞いてるか?」
子供は全く聞いていない。というより男の話よりも気になることがあるようで、フードを深く被って辺りをキョロキョロと見渡している。
首から下にかけてもマントで覆われていて、目下の子供が男子なのか女子なのかすら判別できないのだが。
「あ、すみません!ぶつかったのに謝罪もせずに……」
声は高く、可愛らしいものだった。フードの影の中から覗かせた綺麗な肌と白く整えられた長い髪から、少女であると判断できる。
綺麗な姿とは裏腹に、羽織っているものがボロボロで貧相さを隠しきれていない。
「いや、別に気にすんな。だが、よそ見は厳禁だぜ」
と、そう少女に忠告すると同時、「何処だ!」「何処に行ったんだ!」などと声を荒げながら歩く兵士の声が遠くから響いて男の耳に入ってくる。
その声を聞いた謎の少女はビクッと大きく体を反応させ、兵士から隠れるように無言で男の後ろへ回り込み、
「お願いです。何も言わないで、くださいませんか?」
「……お前、もしかして」
追われているのか?と聞こうとしたが、そんな分かりきったことを敢えて聞くのは酷だと思い躊躇う。
兵士は2人。少女は背後に隠れているとは言え、両側から挟まれてしまえば絶対にバレてしまう。
「これは!」
その時、兵士が男を見て何かに気付いたような声を上げ、駆け足で近づいて来た。
(まずい、早くもこいつの存在がバレたか?)
「これはこれは、『制する耳』の方ではないですか!お疲れ様です!」
杞憂だった。男が地方統制官の役職に就いていた為に兵士から声をかけられただけにすぎなかったらしい。
まだ少女の姿はバレていないのなら、まだ問題はない。
「ああ。……なぜ、こんなところを歩いているんだ?」
「それがですね、実は今ある少女を探していてですね。ボロボロのフードとマントを纏っているので少女だと分かりにくいかも知れないのですけど、もしかしてそんな感じの子供を見ていたりしませんか?」
その特徴は完全に、後ろで心配そうに男の腰あたりを握っている彼女のそれと一致する。
今も、小柄故に鍛え上げられた男の体に奇跡的に隠れることができているが、これ以上時間をかけてしまえば即座に見つかってしまうだろう。
彼も国に仕える身だ。国の兵士が捜索しているのならそれを手伝い少女を差し出すのが本来するべきこと。
だがしかし。
彼にとって役職なんてものはどうでもいい、と。
まだ幼い子供を、どうして捕らえる必要があるのか、と。
「いや、見てねぇな。俺はこっちから来たから、そのまま真っ直ぐ行ってみたらどうだ?」
今いるのは道の突き当たり。T字路になっているのだが、兵士が歩いてきた道と男が歩いてきた道を除けば、道は残りの一つに絞られる。
「ま、俺も探しておくさ。全身隠してるなんてのは逆に目立つだろ?歩いてればすぐ見つかるはずさ」
「は!協力感謝します。では!」
兵士たちは男から視線を外し、注意深く辺りを確認しながら人混みに紛れていった。
しかし、「出てこい!」「戻ってこい!」など圧のかかった大声を上げているので居場所はわかりやすい。あれでは脱走囚が「わたしはここにいます」と書かれた看板を高々と掲げて歩いているのと同じだ。
「あいつら、頭が残念だな。っと、おい。もう大丈……」
安全を伝えようと振り返ったが、もうそこに少女ははいなかった。
振り返った道の先に彼女は走っており、すぐに雑踏のなかに隠れていった。もう話すことも姿を見ることもできない。
「なんの挨拶も無しか……ま、それだけ必死ってことなんだろうな。捕まってくれるなよ、謎の少女」
小さな彼女の姿は見えないが、男は何かを羨むように彼女の消えていった先を見つめていた。
少女を救うことでその何かを昇華させ、彼の心に巻きつけられた枷のようなものを無意識に削ぎ落とそうとしているのだ。
「さて、城に戻ってイッポス達に詳しい話を聞きに行くか。……久々だ。ここまで、俺が自発的に動こうとするのは」
はぁ〜、とため息をつくように呼吸をして、遠くに見えている大きな建造物へと向かって歩き出す。
このときまだ、男は気づいていなかった。
彼が強引に思考を中断した、違和感の正体について。
その違和感の一つに、先程の少女が絡んでいることなど、男が知るよしも無く。
国に追われる彼女が、このレーベン王国の命運を担う者の1人であることなど、知るはずもなく。
彼がそのことを知るのは、無知のまま城に帰った後のことであった。
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交易の中継都市ミスティカランドを出て何時間かして、馬車を超える速さで走ったグランは遂に、王都デモクレイに到着した。
途中で何台か馬車を追い抜かして御者や乗客を仰天させたものの、全くという訳ではないが、あまり疲れてはいなかった。細かく言うならば、"一年分の蓄積した疲労と比較したら"という条件付きだが。
「さーて、イッポスとバーティに会うには城に行くのが一番いいんだったか?都の端からでもでかいのが見えるし、分かりやすくて助かるぜ」
国の中心ともなれば人はこれでもかと集まるのだ。
グラン達の世界にはユニベルグズやアラ・アルト、バウナーレなどといった独立都市があるが、それと比べてもここは桁違いな規模を誇る。
レーベン王国は『制する耳』とよばれる地方統制官を各地に設置することで市民の反乱を抑え、国が崩れるのを何百年と阻止している。他にも存続の理由はあるのだが、一番の理由はやはりそれだ。
(でも、近いうちに暴動が起きる、か)
まだ詳しいことは分かっていないが、必ず波乱が訪れることは確かなことらしい。
避けることのできない問題ならば、避ける手立てを考えるよりも、いかに早く対処するかが議論の的となる。となるとやはり、反乱を起こした犯人を即座に叩き潰すことが一番の策となる訳だ。
しかし、それでも。
『なぜ国を滅ぼそうとする集団があらわれたのかを考えることもまた必要なことってわけさ』というナハトの言葉が、定期的に脳裏を過ぎる。
(何かが、俺たちが見落としている何かがあって、俺たちが勝手に反乱者を悪と決めつけているだけなのか?……いや、例え悪でなかったとしても、それが国を崩そうとしていい理由にはならない)
何が正しくて何が悪いのか、グランはその是非の判断がよぬ分からなくなっていた。悪者は倒し人々を助けるという意識を持ってイッポス達に賛同したものの、もしかしたら、なんて考えがふと浮かび上がってしまうのだ。
(ダメだ。そんな甘い考えはダメなんだ。いくら修行して強くなったところで、そんなに甘ければ勝てる敵も勝てねぇだろ!……ここは、貫き通さなきゃいけねぇ)
パンッ!という音が響く。
両手で頬を叩き、雑念を取り払い集中する。
やるべきことはたったの一つ、制圧だ。
「ふぅ……さてさて、さっさとあいつらに会いに行くか!」
っしゃあ!と、街中で気合を入れた瞬間、グランは足に力を込めて走り出す。人が多く全力で走ることはできないのだが、城までの距離を考えると走らずにはいられなかった。
街の中心に行くにつれて装飾が増えていき、大会の準備が着々と進められていることがよくわかる。
赤や白の逆三角形が建物と建物の間に張り巡らされていて、これは逆に飾りすぎなのではとさえ思えてしまう程だ。
だが、人々が「遂にこの時がやって来た!って感じがするなぁ」「広告看板なんかも増えて、活気が溢れるわね!」なんて話しているのを聞くと、割と好評らしい。
まだ大会開催まで1ヶ月弱あるというのに、もう街はお祭り騒ぎになりかけているようだ。
「もしかして、アル・ツァーイでもこんな感じで年一回の特別な祭りとか開催した方がいいのか? そうすりゃ人口も自ずと増えていったりは……流石にしないか」
ここまでお読みいただき有難うございます!
途中で話を切る形となってしまい申し訳ありません。
ただいま、私作者が第一章の手直しと称しましてイチから作品を作り直しております。リメイク版として新たにボリュームを増して作品をお届けしておりますので、作者ページの方からそちらへ飛んでいただけると嬉しく存じます。
では、そちらでまたお会いしましょう!




