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勇者などいない世界にて(原本)  作者: 一二三
第二章 宿命の動乱
40/43

第二章02 竜神のお告げ


 大都市ユニベルグズの坂をずっと登って行った先、左に見えてくるのは巨大な施設である。

 魔法研究施設。それが堂々と鎮座しており、今日も絶えることなく人々が出入りをしている。その多くが白いコートのような制服を着た研究員や職員で、一般の人は余り見られない。


 そんな施設の「ミーティングルーム」と扉に貼られた部屋の中にて、ひとりの少女とひとりの女性はそわそわと会話をしていた。

 時は7月22日。なんと、メイアの誕生日である。



「お兄ちゃん、今日にはここまで来れるかなぁ」


「安心しろ。たったひとりの妹の誕生日の為ならば彼は是が非でも駆けつけることだろうさ」


「そうだといいんですけどねぇ〜」


 今頃あわててこちらへ向かってきているんじゃないか、なんて思うメイアだが、実際、当たりだ。


 グランは所持金を使い果たし馬車に乗ることができずにいた。なので道中の町や村まで走り、そこで依頼をこなし、金が貯まるとまた無くなるまで馬車に乗り、また金が無くなったら……なんてのを繰り返し焦っている。すぐに終わる依頼の報酬なんてのは微々たるものだ。2〜3時間乗ったらすぐに走らなければならならず、馬車はもはや休憩する為のアイテムと成り果てているくらいだ。



 と、常にそわそわして落ち着きのないブラコンまっしぐらの様子を見て、ナハトは長い髪を耳に掛けて言う。


「そんなに心配なら、気晴らしにすこし出かけるか? 帰る頃には兄もやって来るかもしれんぞ」


 その提案を聞いてメイアは「あ……」と何も言えなくなってしまう。

 確かに誕生日は大切な日だ。今日生まれた訳ではないので正確には誕生記念日と言うのが良いのだろうか。兎にも角にも、記念日は物事の大事な節目であるため祝福することがこの世界でも習慣となっている。

 したがって、唯一の兄グランが今日中に来るか否かを思い悩むことは当然のことといっていい。

 しかしだからこそ、メイアは今のナハトの言葉を聞いて固まってしまった。


「ご、ごめんなさい。ちょっとそわそわしすぎましたね。落ち着かないとですよね!」


 自分が主役の記念日で、1年ぶりの兄との再会ともなれば舞い上がるのは必然だが、逆に舞い上がり過ぎていた。

 それ故に、ナハトに気を遣わせてしまったのだと気付き反省する。


「いや、いいんだ。落ち着いたようで何よりだ。しかし、どうせなら出かけてグラナード君を待とうじゃないか」


「そうですね。じゃあ、私あそこに行ってみたいです!あの人気のある服屋さん!」



==================



 という訳で、2人は都市の坂を半分くらい降りたところにある質素なお店に来ていた。見た目は簡素なのにもかかわらず人気があるのは、その多様な種類の衣服を扱っている点だけでなく、簡素だからこそ大都市の華やかさの中でそれが異彩を放ち目立つという点が支持を得ているからだろう。



「うわぁ〜! こんなに種類があったらいくら時間があっても足りない!」


「私もここは気になってはいたのだが中々行かなくてな。なるほど、これは私にも楽しめそうだ」


 子供用から大人・高齢者用まで、女性用から男性用、或いはどちらの性別でも着れるものまで、そして下着からパンツ、スーツやパジャマまでと、何から何までが揃っているらしい。

 中でも一番驚いたのは、防御力に特化した装備まで揃っていることだ。つまりこの店、ただの服屋ではない。()()()()()()()()全般を扱う店なのだ。


「そうだメイア。ここで気に入ったものがあれば私に言ってくれ。プレゼントとして私が買おう」


「え?! いやいや、いいですよ!こつこつ貯めてきたお金があるんで自分で買えますよ」


「何を躊躇っているんだ。所持金で足りるかどうかは分からないが、足りないようなら研究所から掠め取ってやるさ。何、施設のアイドルメイアへのプレゼントだと思えば安いもんだろ」


「そ、そういうものなのかなぁ」


「ま、人の好意は素直に受け取っておけ。こちらとて、やりたくてやってる訳だからな」


「そうですね……じゃ、じゃあ、お願いします!」


 うむ、と満足げに頷くと、ナハトは店の商品をみて「これは良いデザインだな」やら「これは私が着てもまだ何とかなるだろうか?」やら呟きながら物色し始める。

 メイアがとても尊敬するナハトも三十路を迎えたとかなんとか。そのくらいの年齢になると何かといろいろ気にし始めるのだろうか?なんて思ったりする。


(村だとエスティアなんかも騒いでたっけ……私もこんなふうになるのかなぁ〜)


 コツコツと、靴の音を鳴らしながらメイアも店内を歩き始める。

 今回、彼女が狙うものは装備だ。と言っても、ごつい鎧だったり動きにくいローブや法衣なんかを狙っているのではない。動きやすくて可愛い装備が欲しいのだ。

 そんな装備あるわけ無いだろう、あったとしても防御力は皆無だろう、なんて言われて当たり前の欲求であるが。

 しかし偶然か必然か、この店にはそれがある。あるのだ。


 メイアが手に取ったのは一見してただのショートパンツ。刃物に触れれば簡単に木っ端微塵にされてしまうような、とても装備とは言えないものだ。

 値札を見ると値段が割と高い。素材がいい物なのか、普通の品じゃあこんな値段はしないだろうと言うくらいには高価だ。そこでメイアは、値札と共に商品説明の紙が付属ていることに気付く。


「なになに? このショートパンツは堅漠トカゲに生えている僅かな(たてがみ)部分を糸として編まれた、伸びやすさと頑丈さを兼ね備えた究極のファッション装備です。伸びはするけど切れない、そんな不思議な性質を装備に組み込むことで可愛さを追求しました_____ って、これすごッ!」


 木っ端微塵にされてしまわない究極のパンツを見つけ、値段も気にせずに買い物カゴに商品を突っ込んでしまう。

 装備コーナーにある服って何なんだよ、と思っていたけれど、これなら明らかに装備と言って差し支えない。



 続いて、カゴに突っ込んだままの勢いで手に取ったのはノースリーブだ。この服もこの服で、防御には特化していない普通のものと同一に見える。何が装備なのか見た目じゃ全く判断できないので、また説明書きを読む。


「んーと、この服は凛熊の毛で編まれており、冷気の一部を熱に変えようとする働きを利用しています……また、その上にポーラースネイクの上皮からとれる油を染み込ませることで過度な冷気や灼熱を多少弾くこともできるぅ!?」



 その調子で手に取ったのはヒジまで隠れる手袋。片手分しかなく、両手分買うと値段が気持ち悪いことになりそうだ。

 また、指部分はが露出してもはやただのファッションでしかない。

 案の定説明書きもあり、『風の抵抗を受けにくい生地を独自を発明しました。それにより、素早い攻撃を繰り出すことができます』とのこと。


 どれもこれもこの店限定商品らしい。

 今までここに来なかったことが本当に悔やまれる。



 それから、メイアとナハトは1時間以上もじっくりと店内を一周していた。「これも、それも、あれも!どれも凄っ!」なんて言いながら見て回っていた為何を買ってもらうべきか決めあぐね、結局、計5つを選びようやく購入となった訳だが。



「な、に? 128ツィアだと……?! これは、施設の皆からじわじわと金を巻き取らないとダメだな……」


 合計金額の数字をみてナハトは石になっていた。ビキビキッ、と今にも砕け散ってしまいそうになる彼女をみてメイアは申し訳なさそうに見つめる。ナハトも少し買っているようだが、それでもメイアの分が金額の大半を占めているらしい。


 ちなみにツィアとはこの世界のお金の単位だ。神代の英雄ハルツィネから取って名付けられたもので、実はもう一つ、お金にはもう一つパールという単位があり、

「1ツィア=1024パール」という計算式が立てられる。


「す、すみませんナハトさん。128ツィアもあったら高級レストランに3〜4回行けますもんね……」


「いや、気にしなくていいぞ。だが、私からのプレゼントではなくて、研究所からのプレゼントとして受け取ってくれると嬉しいが……」


「そ、そうですねぇ〜」


 ますます空気が重くなっていき、本当は今日は誕生日でないのではないかとさえ錯覚するほどだ。「会計をすぐ済ませるから外でこの重い空気を取り払っててくれ」と言われたのでとりあえずメイアは出口へ向かう。


(よし、ナハトさんが戻ってきたらまずは元気で感謝の言葉を言わないとね!)


 ボロボロのマントとフードを身にまとった人とすれ違い、あの人お金持ってるのかな、大丈夫かな? などと考えながらメイアは店を後にする。

 とくにすることもないので、近くにあったベンチに座りナハトを待つことに。

 太陽は燦々(さんさん)と輝き、これでもかというお出かけ日和だ。天気も誕生日を祝福してくれているらしい。


「こんな坂道を毎日毎日、沢山の人が行き交うんだもんね。こんな平和な世界っていいよね〜」



 基本的にこの世界は治安がいい。

 魔王なんていう悪の存在もいないし、世界を脅かす戦争なんかも勃発していない。過去には戦いもあったらしいが、今ではそんな血気盛んな考えを持つ有権者もいない。

 そう言えども、犯罪、マナー違反なんてものはどこにでもあるのだ。

 例えば山賊だったり。例えば、ポイ捨てだったり。



「もう、誰よ? こんなところに新聞紙を捨てたのは……」



 目の前に風で飛ばされてきた新聞紙を拾い、近くにゴミ箱がないか見渡す。ラッキーなことに座っているベンチの横に設置されていたのだが、折角なので少し読んでみることにした。

 実は、これがメイアの初の新聞紙だ。以前から存在は知っていたのだが読むには至らずにいた。


「うっへ〜、文字だらけでなんだか気持ち悪いなぁ」


 読むことを日課にでもしなければ新聞なんてのは読む気が削がれるように思うのはよくあることだ。

 しかし、見出し文だけは見よう、という意思でなんとかモチベーションを引っ張り上げる。


『 大手魔法研究施設の半壊から一年、素早い復興に市民も感嘆の声を___ 』

『今大人気の女優、アストロ・アリストの素顔に迫る!』

『〈捜索中〉浮浪少女施設から失踪。見た目は白髪で___ 』

『〈急募〉社員が激減中?? 入社志望者絶賛募集中!』


 他にも様々なジャンルの記事がズラリと並んでいたが流石に全てを読む気にはなれなかったので、適当に開いたページだけを読んでみることに。



===================



 川の近くの、荒野にある小さな集落。木の枝を精巧に組み上げて作られた質素な家が点在するだけの、寂しい場所。

 技術は発展しておらず、狩猟や農耕などの原始的な生活が営まれている。

 そんな集落に定住する民族には薄紫、薄赤、鼠色などのように髪色が薄いという特色がある。しかし中でも銀髪や白髪の人間は特殊で、集落に伝わる伝承では「竜の寵児」として優遇される程だ。


 この日、乾いた風の吹くこの地でひとり彷徨う少女がいた。彼女は白髪で、まさに「竜の寵児」の条件を満たす者なのだが、それにも関わらず何故か皆からは劣等の寵児として下に見られていて。

 そんな理不尽に呑まれながらここまで耐えてきたが、彼女は現在、ついに心が壊れる寸前の状況下にいた。


「シーニャ? 何処へ行ってしまったの? ねえ、出てきて。シーニャがいなかったら私、何にもできない。シーニャがいないと、私の取り柄がこの集落から消えてしまうの……だから、お願い、姿を見せて……」


 集落から少し離れた高台で、周囲を見渡すように呟く。しかし返事はどこからもやってこないし、シーニャと呼ばれるその人が現れることもない。


「私の力はこの地では良い方かもしれない。けど、寵児にとっては特殊な能力があることこそが重要で、私にはそれがない。そう、哀れな人間。シーニャは力こそ無いけれど、私には無い究極の能力を宿している。だから、シーニャと並んで立ってないと私、寵児であることを憎んでしまいそうで怖いの!だから、姿をみせてよ!」


 広大な荒原に、澄み切った空に、そのか弱い少女の声が轟き渡る。

 しかし、それだけだ。

 叫んだからといって何も起こりやしない。


「っくぅ、うう、誰か……私の存在意義を、教えて……!!」


 顔が歪み目から水が溢れ出るも、風がヒュウーと答えるだけで、時は無慈悲にも流れ去って_____


「じゃあシーニャって子を探しに出ればいいんじゃない?」


「……え?」


 彼女の問いに答える人間が、突然そこに現れた。

 彼女を劣等の寵児だと知らない、普通の人間が。



=================



「すまんすまん、待たせたなメイア」


「ナハトさん、随分と会計に時間が掛かったようですが」


「値引きの交渉と後払いの要求で店員と争っていたら長くなってしまったよ。ほれ、これがメイアのだ」


「あ、ありがとうございます!」


 ナハトから大きな紙袋を受け取るとドスッ、という効果音が手の中から聞こえてくる。これが高額の重みかぁ、なんて考えながら可愛く喜びの笑みを浮かべた。



 ちなみに、最終的にメイアが選んだ5つはこれだ

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


・ノースリーブ : 耐冷気、耐熱

・ショートパンツ : 頑丈さと柔軟さが極まっている

・手袋 : 空気抵抗を弱める

・ロングブーツ : 機動性抜群、地形影響を受けにくい

・髪飾り : 魔力をやや増加 (相対的には安めだった)


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「よし、割と時間も経過したことだし、帰って早速着替えタイムとするか」


「はい、そうしましょう! ナハトさんも何か買ったんでしょう? 後で見せてくださいね ♪♪ 」


「い、いや私のは別に……見せるほどのものではないっておい! 勝手に紙袋の中を覗こうとするなって!」


「気になるじゃないですかぁ〜!」


 大音量での会話が行き交う人々にダダ漏れで聞かれていることに気付かず堂々と帰る2人。途中で周囲の視線に気付き、頬を若干紅く染めて静かになるも、もう遅かった。


 

==================

 


 ひとりしかいない、ミーティングルームと扉に書かれた静かな部屋。メイアのお着替えタイムは何事もなく完遂され、ナハトは施設長のところに金をせびりに行っている。


「やっぱり暇だぁーー。まだお兄ちゃんは来てないし、どうせまだ来ないんだろうなぁ」


 椅子に座り足をブラブラさせて虚空を見つめる姿から哀愁が漂う。彼女自身、こんなに退屈な誕生日は初めてなのでやや戸惑っているのだ。

 去年はグランと別れた後だったが、同じように研究施設の皆から祝福され退屈に感じることはなかった。

 なら今年は祝福してもらっていないのかと言われるとそうでもないが、兄グランがやって来たら改めて祝おうということになっている。


「なんならお兄ちゃんが来るまで特訓でもしとこうかなぁ。身体動かさないでじっとしてるのなんて無理だし」


 ふぅ、と小さなため息を付き立ち上がる。

 そして、ナハトが部屋に戻ってきてもいいように書き置きをしようと紙とペンを取ったその時。


 トントン……ガチャ、と扉がゆっくりと開かれた。


( _____! もしかして、お兄ちゃん?! )


 彼女の脳内からは完全にナハトや他の研究員である可能性が排されている。なぜなら、彼らはノックではなく「入りますよ」という確認をするはずだから。

 つまり、扉を叩いて確認をとる人間はグランである確率がほとんどで_____


「おに_____いちゃんじゃ、ない?」


 しかし、目の前に現れたのはグランではなくて。

 メイアより少し小さめの体格で、ぼろぼろのマントとフードで体を覆っているので顔は影でよく見えない。

 しかし、フードからはみ出て見える長く白い髪を見る限りでは、目の前の人が女性であることが伺える。


「貴方がメイアさん、ですか?」


 か細く、それでいて可愛げのある少女の声だ。

 小さい体格と相まって、大人しめの静かな性格が窺える。


「う、うん。そうだけど、貴方は誰?」


「私の名前は、シーニャと言います。私は助けを求めにここまで、やってきました」


 シーニャと名乗った少女は頭に被っていたフードを取り外し、その顔を明かす。白銀の髪をなめらかに(なび)かせ、白銀のまつ毛は美しく伸び、牙のような青い模様が左頬を一閃している。

 と、彼女の着るぼろぼろの衣服を見てメイアは突然思い出す。彼女はメイアが服屋から出て行くときにすれ違った人であることを。


「そういえばさっき、大きな服屋さんに来てたよね? お金、持ってなくて買えなかったの?」


「私がお店に入るのを見ていたんですか?……えと、お金は割と持っていたんですけど、私の持ってるお金はここでは使えないらしくて」


「使えない……ふぅん」


 お金が使えないなんてことはないはずだ、とメイアは疑問に思う。パールもツィアも世界共通の単位だし、それが古来から不変の事実のはずだからだ。

 メイアは頭脳を柔らかく働かせて使えない状況がどんな時かを考えようとしたが、結局無理だった。



「あの、グラナードさんという、兄弟がいるとお聞き、したのですが……」


 と、もうお金の話は切り上げられてしまった。今から掘り返して聞くのも憚られるので一度忘れることにして、


「お兄ちゃん? お兄ちゃんなら、まだここには来てないよ。私達が兄妹って言うのは、ここの施設の人に聞いたの?」


 新たな疑問をシーニャに投げかける。


「いえいえ、竜神さまが教えてくださいました。あ、私ですね、特殊な能力で、竜の神さまからお告げをいただくことができるんです。それで、スマクラフティー兄妹に助けを求めるのがいいと教えていただいたので、私はここに助けを求めに訪れたわけでしてぇ……」


 竜神によるお告げを受けてやって来た、なんて言われただけでは普通、何が何だかさっぱりだろう。

 メイアは「竜」という単語に少し引っかかった。ラグラスロの件もそうだったが、竜や龍なんてのはどいつもこいつも変な事件を巻き起こす癖でもあるのだろうか。

 しかし、メイアも以前に竜絡みの事件に巻き込まれていたこともあってか、すんなり状況を整理することができた。


「助けてほしいこと、ね。わかった。何をして欲しいのか教えてくれるかな」


「は、はい!ありがとうございますぅ。私の妹を故郷に待たせていますので、移動しながら話したいのですが……」


「ん、今から行くの? なんなら、お兄ちゃんとか待ってからでも……」


「いえ、今いないなら仕方がありません。勝手ですみませんが、今から移動したいのです」



 突然のお願いに、ちょっとだけ待ってね!と言ってメイアは手に持っていた紙とペンで書き置きをする。

『ナハトさんへ_____突然の事情によりここを離れます』と書いたところで、


「ねえ、シーニャちゃん。これからどこに行くの?」と聞く。


「まずは、ミスティカランドという街まで行きます。その後は、すみませんが秘密です。私達の故郷は秘境でして……」


 わかった、と言いながら『お兄ちゃんが戻ったら、私がミスティカランドという街へ向かったと言っておいていただけると嬉しいです』と書いてペンを置く。

 これからトレーニングに行こうとしていたメイアが、まだ兄と会えていない、そんなメイアがなぜ自身の事情を無視してシーニャという少女についていくことを決めたのか。


「助けを求められたならそう簡単に切り捨てられないよね。そう、私は昔お母さんに教わったから。助ける行為も、きっと自分の為になるはずだから。助けない訳ないよ」



 母から兄妹に教え込まれていたことだったから。いや、そう教わっていなくても、きっと彼らは助けることを選ぶことだろう。

 自分達が過去に体験した困難をもう他の人に味わってほしくないという気持ちを込めて。流石に全てを救うことはできないから、せめて助けを求められたときだけはなんとかしよう。それが兄妹で割り出された結論だった。



「行きましょ。必ず後でお兄ちゃんに会えると思うし」


「はい! では、今から転移しますね。メイアさんは私の肩をしっかり掴んでいてください」


 え、転移?と思わず声に出てしまうが、シーニャは「はい、転移です」とだけしか答えないので、とりあえず言われた通り少女の肩を掴む。

 転移と聞いて真っ先に思い浮かぶのが、ある日起こったグランの失踪だが、やはり竜が何か絡んでいるのだろうか。


「今から移動を始めますが、5秒ほどの詠唱が必要なので集中させてくださいね」


「よろしくお願いします!」


 返事をしたところで少女はスゥゥーーと深呼吸をして膝立ちになり、詠唱が始まる。途端、部屋の空気が一変して、


『Pilgrimage to blessed land,Mysticha Land_____』


 聞き慣れない単語の羅列にメイアは驚くも、シーニャの集中を乱すまいと反応を最小限に抑える。少女を中心としておどろおどろしい気迫が流れて出ているのが分かる。


『_____竜神ノ加護ニテ我ラヲ誘ワン_____by Our 』


 そして詠唱が終わると、2人は膨大な量の光の文字列に包まれる。目の前の状況に圧倒されるばかりでもはや身体が動くことさえしない。

 ただ規格外で一風変わった、そんな能力を持つ彼女が両手のひらを合わせ祈っているだけの空間が展開されるだけだ。


 あっという間だった。

 何かひとつ次元を超えたような、「歪み」を潜ったときのような不思議な感覚がほんの刹那襲ってきたが、その次の瞬間には既に新たな刺激がメイアを襲っていた。


 気付いたときには、目の前に峡谷、つまり崖が広がっていた。定期的に風がヒュウヒュウと谷を削るように吹き、太陽は少しずつ地平線に近づいていて。

 メイアはようやく思考能力を取り戻し、同時に感覚で理解した。


「ここ、異世界……??」


「はい、ここはさっきとは違う世界です。そして、目の前に見える街がミスティカランド。峡谷を利用した街で、旅商人や貿易で栄えているそうですよ」


 シーニャは感情のない声で簡単に説明する。


「はぁ、やっと施設に追いかけ回されなくてすみます。あそこの人達、本当にしつこかったんですよ」


「え、施設?」


「はい。さっきまで私たちがいた街の、浮浪してる少年少女を保護してる施設らしいんですけどね。メイアさんのところに辿り着く前に一度捕まってしまいまして。と言ってもすぐに脱走しましたけどね」


 浮浪少女、そして脱走。メイアはどこかで最近見たような単語だなぁなんて考えつつ話を聞く。


「このボロボロの格好だとすぐにバレて捕まってしまいそうでしたので、その後服を買いに行ったと言う訳ですね」


 浮浪に脱走、そして白髪の少女。メイアは思い出した。

 それは、メイアが買い物を終えてナハトを待っている際に読んだ新聞に書いてあった情報そのものであると。

 だが、そんなことがあるだろうか?

 シーニャの話し方だと、彼女は脱走してすぐ服屋に向かったように聞こえる。なのに、その時点でもう脱走者の記事が生産されていたと言うのか?


「? どうしましたメイアさん。あの街は発展していましたから、すぐに情報も拡散して私がこの街にいないことなんてすぐに分かるんじゃないですか?」


「んん〜もやもやするけど、考えててもしょうがないか!」


「メイアさんもあの街のことに詳しくなさそうですし、気になることがあるなら帰ってから調べてみればいいと思いますよ。ささ、そろそろ行きましょ。交易の中継都市として栄えてますから人が多いです。迷子にならないでくださいね」


「は、はい……」


 ほへー、と橋の向こうの賑わう街を見つめていると、「ここを出たら翼竜に乗って私達の故郷を目指しますからねぇ」と言ってシーニャは橋を渡り始める。

 ヒュウヒュウという音は未だ絶えずに聞こえていて、橋を渡る少女の長い髪が美しく靡いている。


「う、うわぁ……」


 メイアは目の前の吊り橋をよく観察した。してしまった。

 吊り橋は頑丈にできているらしいが、それでも風で少し揺れている。道行く人々は平気で渡っているが、それでも落下の可能性が脳裏をよぎってしまい、なかなか勇気はでない。


「うわ、シーニャがだんだん遠ざかってく!やばいやばい」


 その後、なんとか怖がりながらも橋を越えることができた。

 メイアを気にせず歩いて行くシーニャを急いで追いかけ、ふぅ……と一息ついて街の様子を見る。

 馬車もちらほら見られるが、見たことのない生物が車を引いているのがほとんどだ。この世界特有の生物なのだろうか、太い一本角とごつい脚を持ち、馬鹿力で巨大な車を引いている姿がカッコいい。


 大通りに差し掛かるとシーニャはフードを被り、その顔を隠そうとする。始め、メイアと出会った時も姿を隠そうとしていたのでちゃんとした訳があるのだろう。


「おうそこのお嬢ちゃん!ちょっと見ていかないかい?」


 突然、横から大きな声で呼び止められる。声のする方をみると、肉や果物などを売っているお店があった。「ちょいちょい、俺の店の商品は新鮮で安いぜ?」と言いながらメイアを見ている。

 シーニャはそんなこと気にも留めずトコトコ行ってしまうので無視しようかとも考えたのだが、パッと閃く。


「ごめなさいね、私今は急いでて。一つ聞きたいんだけど、おじさんはいつもこうやって色々な人に話しかけてるの?」


「おうよ、それがどうしたんだい?」


「何も買わないのに申し訳ないのだけれど、ひとつ頼みたいことがあるの。あの、グラナード・スマクラフティーっていう私のお兄ちゃんが近いうちにこの街に来ると思うんだけれど、もし話しかけた人に私のお兄ちゃんがいたなら、伝言を頼みたいんだ」


「おう、そのくらいどうってことないぜ。その代わり、次時間がある時にはここにも寄っていってくれよ? で、その伝言ってなんだい」


 ありがとうございます!と返して、遠くに見えるシーニャを一瞥(いちべつ)してから言う。


「えっとね、伝えたいことっていうのは_____ 」





 寛大な店主とのやりとりを終え、なんとかメイアは前を行く少女に追いつく。

 それからはノンストップで街を出て、今2人は大きな翼竜の前に立っていた。

 5メートル程あるだろうその大きな竜は、街を抜けて道を外れた先にある隠れスポットに待機させられていた。故郷が秘境にあると言うだけあって、やはり公の場から移動を始めるのはご法度なのだろうか。


「本当は街を出てそのまま道を真っ直ぐ歩いてデモクレイ城下町なんかに向かうのが普通なんですけどねぇ。私達が向かうのは違う場所なので、隠れてこの子に乗る必要があるのです」


「でっかいねぇ……この子、村で育てられたの?」


「そうですよ。カリギュラと名付けられた村自慢の優秀な翼竜なんですよぉ」


 眼光は鋭く牙も鋭いが、シーニャが撫でると気持ち良さげに(いなな)いて愛嬌がある。カリギュラとは大層な名前だなぁとは思うが、黒い身体に鍛えられた筋肉などを踏まえるととてもピッタリでカッコいい名前に思う。


「よろしくね、カリギュラ!」


 メイアの言葉にグルゥゥゥーーと嘶いて応答し立ち上がる。いきなり立ち上がったのかと思ったが、よく見たらシーニャが手綱を持って指示していたようだ。


「メイアさん、カリギュラの上に飛び乗ってください。話は飛びながらしましょう」


 おっけー!と返し、翼竜の脚に付けられたフックのようなものを掴んで飛び乗る。

 対してシーニャは手綱で命令を送り、首から背中に乗り込む。「飛び立って!」と今までで一番の大声で指示がかかると、カリギュラは助走をつけてゆっくりと宙に浮きはじめる。


「わああぁぁぁあ〜〜!!」


 突然の浮遊感でジェットコースターにでも乗っているような叫び声をメイアがあげるも、既に翼竜は天高く舞い上がっていて声は地上まで届かない。


「そ、空飛ぶなんて初めての体験だよぉ! こ、これは少し楽しいかも! これに慣れれば吊り橋も怖くない!」


「ふふ、ミスティカランドと違ってこの空は余り風がありませんから、気持ちいいでしょう? 声もよく通るので、話をするには丁度良いと思います」


「そうだね! うん、よしじゃあ早速、シーニャちゃんの願いを聞かせてくれる?」



=================



 クルルルウゥゥーーと鳴く翼竜の声は、もうすぐシーニャの故郷に到着することを示していた。

 時々下の大地を見ると街や村が点在しているのが確認できていたのだが、今下を見たところで何もないとしか言いようがない風景が広がっている。

 広大な荒原がそこにあるだけで、人の姿も全く見受けられない。つまり、後少しだけ、目的地にまでは距離がありそうだ。



「ねえ、さっきのお願いについてなんだけどさ、そんな大事なことを本当に私に託してよかったの?」


「いいんです。竜神さまのお告げ。それは選ばれた人間にだけ訪れる天啓で、そのおかげで成り立って来た村ですから。今回、竜神さまがメイアさんと、今はいませんがグラナードさんを選んだのなら、そうすべきなのでしょう」



 向こうに微かに建物のようなものがいくつか見えて来たのを確認すると、メイアはシーニャからの話をもう一度思い返す。彼女の望みを反芻するように何度も。



_______『私の下に来たお告げによると、近いうちにデモクレイ城下町を中心とした、この国全体を巻き込む大波乱が訪れるらしいです』という入りから始まったシーニャの話。


『私たち一族は秘境に隠れ住んでいますが領土的には国内に位置します。なので、国が傾くならば私たちの立場も危うく、何か施策を凝らさなくてはいけません』


 メイアの前で翼竜を操る少女の背中は小さくも立派で、


『村の人々と話し合い可決された策は、城下町で開かれる大闘技大会に参加し、国の状況を探る。そして大波乱を解決、或いは未然に阻止し、今日(こんにち)も続く平和な世界を存続させていくというものです』


 だから……と、シーニャは手綱をしっかり握りしめながらメイアと目を合わせて、


『私達は、メイアさんとグラナードさんに大会へ参加していただくことを希望します。突然やってきて身勝手だとは承知しておりますが、この世界を救ってください!』


 当然の如く、メイアはこれを許諾した。

「国を左右するこの問題、一緒に解決しましょ!」と。



______この一連の会話を今一度振り返ったメイアは再び地上の様子を確認する。


「メイアさん到着しましたよ。着陸するのに少し衝撃があるので注意してくださいね」


 言われた瞬間、翼竜カリギュラの脚が地面と擦れて衝撃が襲ってくる。シーニャの注意と同時だったので、メイアは揺れに対応することができず、


「う、うわぁーーっ!」


メイアは予想以上の荒っぽい着地で翼竜から落下した。

 


お疲れ様です!

文中に英語での詠唱がありましたが、本当に英語を喋っている訳ではなく、あくまでも「普通とは違う言語」を意識しての表現ですことを述べておきますね


では、また次回もよろしくお願いします!

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