プロローグ いずれ来る災厄へ向けて (忘却中)
「どぉらあああああぁぁ!_____ぐふあぁッ」
果敢に攻撃を仕掛けたと思ったら無惨にも返り討ちにあってしまった。今日も今日とて修行が足りないな、と実感する。ちなみに、彼はこれを何十回と繰り返し、ようやく今体力切れとなったところである。
「また明日、来るなら来い。吾はいつでもお前を待っているからな。まあ、本当の俺の寿命が来ない限り、だがな」
「はぁ……はぁ……おうよ。じゃ、今日も帰るわ」
ぐわんぐわん……と、視界がぼやける。これは、訓練が終わって現実に帰る際の合図だ。気付くと男、グラナード・スマクラフティーは大きな男の目の前にいた。太陽は傾き始め、少し空が赤みを帯びてきたか、という時間帯。
激しい戦闘による身体の火照りと日の光によってグランの頬が一層赤くみえる。
「今日もいい経験になったわ。ありがとな」
「ふむ、もうじき一年か。この短期間で随分と変わったものよな。吾はここまで変わるのに倍以上の時間が掛かったというに……」
「あー、もうそんなに経ったのか。メイア達、今何してるかな」
グランの口ぶりからも分かることだが、彼はここ最近ずっとメイア達______というより、もはやデアヒメル王以外の人間に会っていない。
毎日毎日、顔のよく見えない怖い老人とだけ、必要最低限の会話をする生活を繰り返している。華のない質素な1年をどう捉えるかは人それぞれだが、これを喜んで行う人間などいないだろう。
勿論、修行を積むことを是とするグランもこの日々を嬉々として受け入れているわけではない。しかし、怏々としながらも受け入れなければならないこともある。
だから、グランは人との関わりを絶ったこの暮らしに耐え抜くことを決心して、やってのけたのだ。
なぜそんな状況になっているのか。
それは、時を遡って説明する必要がある。
_____約一年前、元・闇の世界から村に帰還を果たした後のことだ。
ルーシャはアプス家の屋敷へ、フィーストは「今更カタフ家に用はないね」と言い、世界を巡る旅に出た。
皆と別れてから数日間村で休息をとっていたところ、退屈そうにしていたメイアが突然「そうだ!ユニベルグズに行こうよ!」と提案。何故かそのまま流れるように村を出発し、気付いたら街の魔法研究施設の中まで来ていた。
ここも侵攻の被害を受けていたらしく、壁や天井が崩れ去った箇所が目立つ。魔法研究そっちのけで瓦礫の撤廃やリフォームをしている職員がちらほらといる。
どうやらメイアが強くなれたのはこの施設の人々のおかげらしい。そんな彼らに感謝とグラン奪還の報告をしたくてここまで来たのだとか。
グランはこの街のことを何も知らないのでメイアについて行くしかないのだが、彼女の後ろを歩いていると、メイアがすれ違う殆どの人から話しかけられていることが目につく。グランの知らぬ間にここですごい知名度を上げていたのかと、妹のコミュ力とやらを本気で尊敬する。
と、そんなところで廊下の奥の方から声が響いた。
「おお、メイアじゃないか!」
「あ、ナハトさん、久しぶりです!見てください、お兄ちゃんです!奪還しました!」
その声の主は長髪で白い制服を着た女性だ。制服の前のチャック部分が空いており、中に着ている薄着がチラチラと見え隠れする。ちょっと目のやり場に困る格好だ。
「ふぅん、君がグラナード君だね?」
「おう、グラナード・スマクラフティーだ。よろしく」
「ああ、よろしく」
値踏みするようにグランの全身を眺め、「いい体だ」と一言コメントを付ける。服を着ているのにいい体とかどうやって分かるんだと疑問に思う。
ナハトはそんなグランの思惑を読み取ったか、「君から出るそのオーラと言うのかな? それが、君の強さを物語っている」とさらに説明する。
しかし、何かを危惧したかのように「と言っても……」と続け、
「確かに強いが、それでも君は、総合するとメイアと同レベルの強さでしかないとも評価できるな」
ナハトは数秒の間何かを考え腕組みをする。
「君は力は強いが、他はまだまだ未熟な部分があるように見える。どうだ、ここで強くなっていかないか?」
「俺が、ここでか?」
「いいじゃん! 私もそれをお勧めするよ!」
その提案は確かに魅力的なものだ。もう一つの世界でグランは「怒りの力」を自在に操る術を身につけた。それによって破壊力が増したことは事実。
しかし、「強さ」=「攻撃力」ではない。いろいろと複雑に、「判断力」や「応用力」、「魔法精度」なども考慮していかなければならないのだ。
ならば、メイアが格段に成長するきっかけとなったこの施設で経験を積むのも悪くない。グランがここで魔法の精度を高めることになれば、当然、メイアもここに残ろうとするはずだ。そうすれば互いに切磋琢磨し強くなれるかもしれない。だがグランは、
「いいや、遠慮しておく。すまんが俺には他の修行スポット候補があってね。そっちに行くことにするよ」
そう言って魅力的な提案をバッサリ切ってみせた。
「そうか、それはいいことだ。自分の道を行くことを私は止めはしないさ。その代わり強くなった暁には、またここへ来い。そして、私と手合わせして欲しい」
「ふ、もちのろんだぜ」
「じゃ、じゃあ私も!お兄ちゃんと修行したい!」
「メイア、君はここでまた鍛錬を詰め。たまには兄から離れて邪念を捨てることも大事だぞ。そうだ、一年後にしよう。一年たったらまたここで会おうじゃないか。そして、どちらがより成長したかを勝負するってのはどうだ?」
「ほう? 面白い」
何かをやるに当たって、'' 何の為に " という考えが非常に重要になってくる。それが効率につながるからだ。
「強くなる為に」修行するならば、少しやるだけで強くはなれる。「頭が良くなりたいから」勉強するならば、1日に少しずつやれば少なくとも知識は身についていく。
でも、それだけでしかない。悪いとまでは言わないが、何かと浅いのだ。
しかし、「闘技大会で優勝する為」だったり、「試験に合格する為」ならどうだろうか。これは、「強くなる」と言った目標の更に奥に位置する目標だ。
「強く」なった先に「優勝」があるのだから、深い。
実は、このナハトの提案もその深さを突いてきている。
単純に「強くなる為」の特訓だけでは飽きがやってくる。だからこそ、「勝負」と言う形で、「負けない為」という理由を付加するのだ。
また、「勝負」にはもう一つ、相手の存在を引き立てる効果が、つまり「相手を落胆させられない」という意識を引き伸ばす効果がある。だから、
「俺はその話に乗った。別々の場所で修行、いいじゃん」
メイアはどうする?とグランは目で訴えて、
「う、うん。わかった。じゃあ、私はここで強くなる!」
「よし、決まったな。さて、勝負と言うからには可能な限り公平な条件で始めなければならない。グラン、君はいつから鍛錬を始められる?」
「ここからだと、一週間程必要だと思うが……三日だ」
七日間で一週間だが?という疑問の眼差しで女性陣が見つめてくる。
「俺が修行をしようと思ってるところまで行くのに一週間弱ほど必要だが、そこに行くまでが修行みたいなものだ。だから、俺がここを発ったら三日で始めていい」
「え、お兄ちゃんそんな過酷な道を行こうとしてるの?」
「過酷……ある意味そうかもな」
意味がわからないようだが、正直グランにもわかっていない。彼は裏世界から異世界までの長い道のりと、そこから拠点までの更に長い道のりを思い浮かべる。
場所自体はそこまで過酷ではないかも知れないが、あの道なき道は精神的に健康的ではないので、ある意味過酷とも言える。
「まあ、そこまで言うなら三日したら遠慮せずに始めよう。互いに相手の成長具合がわからない環境でどれほど自身を強化できるのか、それを確かめよう。いいな?」
確認の声に兄妹は「おう!」と元気に返す。
______かくかくしかじか、こんな理由でグランはデアヒメルと修行の日々を過ごしていたのである。
ちなみに、グランの修行スケジュールはこうだ。
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1. 一週間の内5日はデアヒメル(過去の姿)と戦い、戦闘経験を積んでいく
2. 余った2日で、この世界のまだ行ったことがない地を探索する(休憩がてら世界を巡ることでスタミナをつける)
3.毎日これでもかと体力を消耗するため、よく寝る
4. 寝起き後すぐに勉強をし、知識と思考力を鍛える (用語集や計算問題など、繰り返し使えるタイプの冊子を背負って持ってきている)
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毎週2日の休日でグランが世界を旅していると、この世界もいくつかの大陸に分かれていることが明らかに。
しかしわざわざ泳いで渡るだけの時間もないので、とりあえず今いる大陸を制覇することを目標にしている。
この一年弱の期間で得た発見は数多とあった。
まずは新たな遺跡の発見について。
拠点の遺跡や巨獣ファヴァールのいた遺跡など、この世界の建物には重要なアイテムが隠されている。ならば必然、グランは発見したいくつかの遺跡を調査、もう既に何もないことが判明した。奇鬼忌琴とかいう強すぎる楽器が残っていたのは偶然だろうか。
次に、この世界の生物について。
大蛇や巨獣のような、恐ろしく強くてでかい魔物は少なくて、群れで動く小動物から岩みたいに硬いだけの草食動物、平原のど真ん中で堂々と佇む肉食動物みたいな雑食生物まで数多の種類を見てきた。
襲われることも多かったので、仕方なく殺生をする場面もあったのだが、極力、生態系を壊すまいと観察するだけにとどまっていた。
だが、逆に殺されそうになる場面もあった。
太った胴体に極太の尻尾。眼光はギラリと輝きグランを捉え、爪を伸ばして涎を垂らす一角獣は本当に恐怖だった ( 後でラグラスロに聞くと、それはバムゥドと呼ばれる生態系の破壊者らしい )
一眼見るやグランは逃げ出したが、その巨体に似合わぬ超スピードですぐに追いつかれ仕方なく交戦。しかしバムゥドは修行を始めて2ヶ月のグランを軽々とフルボッコにする。
何度もぶん殴られ引っ搔かれ、遂には川に吹き飛ばされ。流されているうちに運良く滝から落ちたことで命を失わずに済んだのだが、正直、当分あいつとは戦いたくない。
そんなこんなで既に大陸の半分を制覇したのだが、彼は未だにバムゥドとの再戦を果たせていないし、やるべきことはまだまだ多い。
「ふぁあ……よく耐え切ったと思うな、俺。お疲れ、俺」
本日の予定を完遂し、後は晩飯を食って寝るだけだ。そして、今日で短いようで長かった1年ももう終わり。
「明日、ここを去ってユニベルグズに向けて出発か。メイア、どれだけ強くなってるんだろうなぁ……」
最初はかつてのデアヒメルに太刀打ちできず回避だけでもやっとだったが、流石にほぼ毎日戦ってれば慣れてくるだろうと思っていた。しかし、そんなことはなかった。
かつての若い王にはどれだけの流派があるのだろうか。彼の攻撃に対応しようとしたらまた別の戦略を立ててくる。それに対応するとまた別の……という感じで、全く彼の技術に追いつかないのだ。
しかし、その修行も年単位になってくると変化は訪れた。約一年という長い間にグランは無数の戦闘技術を経験し、相手の動向を伺い対応させる技術は勿論、自らの戦い方にそれを応用させる技術も身についた。
とまあこんな感じでグランは相当強化されたのだが、メイアの方ではこれを上回る経験を積めているのか少々不安でもある。もしかしたら「勝負」はグランの圧勝まであるが……
「ふぁ〜あ。明日も早いし、早く飯食って寝るか」
強くなったメイアと会うのに期待を膨らませ寝れない、なんて遠足前の園児みたいな事はなく、一年分の疲れがドッと押し寄せ眠りに落ちた。
そして翌日、慌ただしくもグランは早朝から走って拠点を出いった。
急いでいるのはスタミナ作りのためでもあるが、メイアの18歳の誕生日に間に合わせる為の方が強い。というか後者の方が圧倒的に重要だ。
「くっそぉ〜うっかりしてたぜ! 夏は暑くてやだなぁなんて考えてる暇じゃねえっての!」
グランとメイアの誕生日は夏だ。二週間ほどグランの方が後なので、村では短期間に2回もパーティが行われるのだ。
しかし、去年は誕生パーティをすることなく修行に出てしまったのでうっかり記念日のことを忘れていた。
「うおぉぉ、待ってろメイア〜!」
この際シスコンでもなんでも呼べばいいさ!なんて気持ちでそう叫びながら走るグランであった。
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「はぁ……はぁ……そう言えば、こんなの持ってたじゃねえか! わざわざここまで走る必要なかったぜぇ……」
グランが手に持っているのは、デアヒメルから貰った小さなロケットペンダントである。それをパカっと開けると中に魔力の込められた水晶が埋め込まれており、それに触れることで『歪み』までワープできるという代物である。
つまり、グランは走って『歪み』まで行く必要が無かったのである。早朝から昼まで走りっぱなしだったので、ここにきて気づくなんて馬鹿だろ自分!と心の中で叫ぶ。
「それはそれは、ご苦労なことだね」
「……」
誰もいないはずの世界にて、グランに話しかける子供の声が前方から聞こえてくる。
「急いでいるようだけど、ボク達にはそれを無視してでも君を連れていきたい場所があるんだ」
「……は」
ペンダントから目を離し顔を上げると、そこには腕に包帯を巻いた子供と、ゴスロリのドレスを着た女性が立っている。グランは、彼らを一度だけ見たことがある。
「何、時間はとらせないよ? でも、ボク達を助けると思って付いてきてくれないかな?」
去年、メイアと別れる前にユニベルグズで会ったその人の名は確か、
「バーティと、イッポスだったっけか?」
「うん、そうだよ。だいぶ前に一度だけ会ったことがあったよね、メイアくんのお兄さん。ボク達は去年、大侵攻と称してあの魔法研究施設を襲い、見事に返り討ちに遭って働かされてた哀れな人間。だけどもだけども、今はそんな話をしている暇じゃないんだ。お願いだ。30分だけ、時間をくれないか?」
急いでいる素振りを見せずに「時間がない」とだけ強調するイッポス。そして無言でグランを見つめて動かないパーティ。2人が、グランの前に立ち塞がった。
始まりました、第二章!
プロローグとかいう触りの部分は「グランの修業と思いもよらぬ人物の登場」という話ですね
二章は話をより濃くしていこうと思います
では、また次回もよろしくお願いします!




