勇者とメイドさん その91
最近はヒグラシよりセミが多くて聞こえない。
「こんな朝早くにどうしたの?」
「今から就寝というところですが、ヒグラシの音に聞き入っていました」
「セミあんなに苦手だったのに」
「ヒグラシの声だけは別です。風情がありますから」
現在朝の四時半。リビングの窓を開けて、庭に足を投げ出すメイドさんの顔は疲れに染まっていた。従者の仕事もなかなか大変らしい。
「こんな夏真っ盛りにもいるもんだね」
「ヒグラシは夏の終わりの夕方というイメージが強かったので、早朝に聞けるのは私も初めて知りました」
「涼しくはないけど、まあなかなか。……とりあえずメイドさんは寝たら?」
「はい。ですが、もう少しこうしていたい気もします」
しかし、ちょっとやそっとじゃ動じないメイドさんを、最近ここまで追い込んでる仕事とは。絶対自分のせいという確信を抱きつつ、恐る恐る尋ねてみた。
「……だいぶお疲れみたいだけど、何の仕事してるの?」
「色々と勇者についての対応ですね。やはりその力の強大さを恐れてか、関係各所から多種多様なものが舞い込んできます。ただまあ、今までが緩やかすぎただけなのです。ご主人様に指名された時から、いつかはこうなるだろうと覚悟はしていたので、ご主人様が気にする事はないですよ」
「あちゃー、やっぱりか。その辺全部魔法使いに丸投げしてたせいで、ずっとその気だった」
あの魔法使いですら、本人を介さないために段取りが増えて苦労していたのだから、いくら頑丈なメイドさんとはいえ一般人。すぐにダメになってしまわないとは言えない。
「メイドさん、書類は部屋にあるんだよね?」
「ありますけど、……ご主人様が動かなくとも、私が全て処理しt……zZZ」
「ありがと。気持ちだけ受け取っておくね」
本来は自分でやるべき事を丸投げしていたのだ。旅の途中では純粋な強さを求められていただけに、そういった諸々には疎かった。まだ年齢が子供の域を出ないというのもあって、魔法使いに役が回っていたが、そろそろ自分で片していくべきだろう。メイドさんをベットに置いて、書類を流し見しつつ、必要な場所を急いで回ってきた。
その日の夕飯は鰤の照り焼きだった。
ただヒグラシの声は風情がある。




