その17
ドラゴンブルに到着したメイとミコトは、スーツケースを係の者に運ばせ、それぞれに小さなリュックは背負ったままだった。
ミコトのリュックには、ドラゴちゃんと、その2が入っている。
メイのリュックには朱雀が。
メイは、リュックを両掛けから片掛けに直すと、改めてホテルの中を見回した。
「前回来たときは気づかなかったけど、フロントのオブジェというか生け花、昇生おじさまの作品なのね…ビジネスホテルにしては、お金かかってるわねえ」
大きな作品の周囲をくるくる回るメイの後を、ついて回るミコト。
「本当は数百万するらしいよね、これも」
花にそっと触れながらミコトが言う。
「本当はってことは、値切っちゃったの?」笑うメイ。
「タダ」
「え?」
「祭が言ってたけど、ばあちゃんが頼むとそうなった、みたいな」
「昇生おじさまって、売れっ子アーテイストよ。おばあちゃまが言ってたけど、忙しくてろくに顔も見せないって」
「西園寺の“命”としては、“命宮”に指示されたら逆らえなかったんじゃないのかな」
「うーん、初恋の人だったとか…?」
「あはは。考えすぎだよ、メイさん」
笑うミコトの背後から、聞き覚えのある声がした。
「いい勘してるわ、メイちゃん」
「真琴おばさま!」
「おばさん、それ…何?」
真琴が手にしているゲージの中の、びゃっこちゃんと、その爪とぎにされているカメのぬいぐるみを見て、眉間にしわを寄せるミコト。
「何って、びゃっこちゃんと玄武さまよ」ゲージを置く真琴。
「そうだけど…何でここに?」
「びゃっこちゃんは昨日から預かってたの。ミコトくんたちがこっちに来た後、まーくんは、あーくんと一緒に伊勢に行って、咲耶ちゃんは九条の実家に戻ることになってたから。
玄武さまはうちからお連れしたの」
「…そう言えば、いなかったな、びゃっこちゃん。本体はお出ましだったけど」
「なんか…玄武さま、太りましたね」ゲージの中を覗くメイ。
「そうかしら」
「でも、なぜここにお連れになったんですか?」
「龍にいさまが、そうしろって」
「朱雀さまも、ドラゴちゃんたちもいるし…お祭りでも始まるのかしら」
笑うメイに、真琴が顔を近づける。
「ピカピカが変わって来てるわね。冴えてるわ」
「おばさん、ピカピカ見えるの?」
「翔にいほどじゃないけど、そこそこ見えるわ。まーくんもね」
「それは“写”の一門の力ということですか?」
「どうかしら。私もまーくんも、清流旅館の血筋だし、青龍さまの御力かもしれないわね」
「へえ…。そう言えば、メイさん。朱雀さまの御力ならではの能力っていうのはあるの?」
「うーん」
リュックから朱雀をむんずと取り出すメイ。
「ありますか?」
「…おまえには教えぬ」
「ないらしいわ」
「ないとは言っておらぬ!」
「あらあら、仲良しさんねえ」
笑う真琴に向かって、羽をばたつかせる朱雀。
ミコトは、きっと朱雀が“小娘が増えおって!”と思っているのだろうなと感じたが、それは口に出さずにおいた。
「じゃあ、私は帰るから」
「もうですか?」
「龍にい、人使い荒いから…。また来るわ」
真琴はゲージの中のびゃっこちゃんに手を振り、帰って行った。
* * *
「ねえ。真琴おばさまが、龍おじさまから頼まれてることって何かしらね?」
メイは、最上階の祭壇部屋でミコトに尋ねる。
「いつも予想の斜め上を行くからなあ、紗由ばあちゃんなみに」
「ほんと、面倒だわ。西園寺の人間て」
「メイさんもでしょ」
ミコトが笑うと、メイは大きく咳ばらいをした。
「一般客に見つからずに何かを隠せそうな場所と言ったら、この部屋かと思ったんだけど…」
「見当たらないね。床下にもないし…」カーペットを元に戻すミコト。
「紗由さんなら、カケラをどこに、どんな形で隠すかしら…」腕組みして天井を見上げるメイ。
「ばあちゃんなら…」考えるミコト。「じいちゃんに…喜んでもらって、ほめられて…」
「翔太さんは、どんな場合なら、紗由さんを褒めるのかしら」
「うーん。何をやっても褒めてた気がするなあ…さすがは俺の紗由ちゃんや、やっぱり紗由ちゃんは最高や、紗由ちゃんは凄すぎてあかんわあ…とか」
「…正直、それだと参考にならないかしら…でも…」
「でも?」
「皆の幸せを幼稚園の頃から考えていた紗由さんですもの、カケラをお客様に喜んでいただける形にしておいたのではないかしら」
「それって、どんな?」
「例えば、フロントの生け花」
「あ。なるほど! 調べてみるよ」
ミコトがフロントに電話をしようとした時、部屋をノックする音がした。
「坊ちゃま! 大変です! フロントの生け花が…!」
* * *




