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その10

 ミコトは、首を傾げたまま、祭に尋ねた。

「だって、旅館を継がずに嫁に行くために皆が尽力してたんじゃないのか?」

「出産まで、清流旅館で八代目を務めます。その後、鈴露の家に入るわ」

「半年くらい八代目をやって、その後、一条家に行くってことなの?」


「うーん。一条家かどうかは、その時の状況次第ね」

「あ、そうよね。おばあちゃまたちと、走馬おじさまたちが西園寺姓になって、鈴露も西園寺になったら、西園寺家の人になるのよね」

「何か、いろいろ、こんがらがってきたよ…」ミコトがため息交じりに言う。


「駆おじさまは、このことご存じなんですか?」メイが龍に尋ねる。

「ああ。幼い頃から」

「でも、父さんは旅館の仕事を一生懸命やってた。俺が頼りにならないぶん、よけにに頑張ってくれていて…」唇をかむミコト。

「自分が育てたものを最善の形で渡すというのも、立派な仕事なんだよ」

「そうかもしれませんけど、それじゃあ、父さんの人生って…」


「正直、“命”や“巫女寄せ宿”の人間には、自由に人生を選べない場合もある」

「…おじさんもですか?」真剣な顔で問うミコト。

「ああ。華織おばあさまも、私も、紗由も。だが、枠があるからこそ、その中で精いっぱい楽しむために何をするかを考えたんだ」

「枠…」その言葉に引っかかりを覚えたのか、ミコトが考え込んだ。


「心理学の絵画療法というのを知っているかい」

 龍の唐突な質問に、ミコトもメイも不思議そうな顔をする。

「ええ…いろいろなタイプがあると思いますけど…」

「画用紙を与えて、好きに絵を描いていいよと被験者に言った時、そのままでは描けないタイプの人間がいる。でも、画用紙の中に枠を書いてあげると、絵が描けるようになったりすることがあるそうだよ」

「へえ…」


「箱庭療法という心理療法でも、枠が意味するところは大きいそうだ」

「あ、知ってます。ユング派の心理療法ですよね。箱の中に砂を入れて、いろんなおもちゃを好きに置いていくっていう」

「そう、それ。枠の上に物を置いたり、外側に置く人は、表現に特出した人である反面、少々心に問題を抱えていることがあるらしい」

「枠の存在によって、やるべきことがスッキリわかる。そういうことですか? 父さんもそうだったと」


「駆は、その先にやりたいことがあるんだろうから…ああ、ここまで今言うべきではなかったな」龍がコホンと咳をする。

「それって、俺の件が片付いたら、父さんは自由に好きなことができるってことですか?」

「いや…そこまで言ってはいないが…」

「でも…!」

“龍おじさん。あんまりミコトをいじめないでください”


 頭の中に響いて来た声に、辺りを見回すメイ。

「今の声! 駆おじさん??」

「な、何? メイさん、何か聞こえたの?」キョロキョロ周囲を見るミコト。

「…ごめんよ、駆。この話はここまでだ」


「おじさん…父さんと頭の中で会話したんですか?」

「ああ。ミコトも以前、紗由と翔太の祭壇の前で彼らと会話しただろう? そんな感じだ」

「あの…駆おじさまって、そもそも能力値的には、どの辺りなんですか?」

「まあ、他家で言ったら“命”レベルだろうね。もっとも、生まれた時に封じたわけだが」


「でも…」鈴露が話に入る。「周囲に能力値の高い人が多かったら、結局開いちゃうのでは?」

「そういうことだね。そもそも紗由と翔太の子供だ。紗由は“命宮”にならなかったら“命”であってもおかしくないレベル。翔太は“類まれなき龍の子”と呼ばれる“巫女寄せ宿”の精鋭だ。しかも駆の相手は、あの九条と久我の力を受け継いでいた」


「封じた意味、あったんですか?」

 尋ねるメイに龍がクスッと笑う。

「伊勢の精査を避けるためだからね」

 その言葉にハッとしたようにメイが言う。

「ミコトさんのことも、おじさまが封じたのかしら…でも、祭ちゃんは伊勢の精査を受けて、その時に鈴露と出会って…」


「え? それなら、龍おじさんが封印解けばいいだけなんじゃ?」

 素朴な疑問を投げかけるミコトに龍は言う。

「それでいいなら、そうしているとは思わないのかい」

「そうでしょうけど、うーん、何か遠回りな感じがしませんか。メイさんを呼んでやらせるのって」

「何だか、私の力を開くためみたい」ケラケラ笑うメイ。


「もしかして…それが正解なんじゃないかな」

「え?」

 メイは、ミコトを見つめる。

「俺じゃなかったんだよ、鍵は」

 ミコトはニッコリ笑った。


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