〜初めてまして[俺は狼です]〜
「だったら俺を殺してよ。」
狼はそう言って、木陰から出た。
初めて見る好きな人。
その第一声がこれとなると、ロマンに欠けるが、仕方ない。
だが彼は馬鹿だ。
このまま逃げてしまえばいいものを、私と離れて幸せに暮らせばいいものを、わざわざ舞台に出てきたのだ。とんだ喜劇だ。
「お、狼…。なぜ?」
驚いたフリでもしてやろうか。
「茶番はいいです。さて、どうしましょう。」
ああ神様、あなたの方がよっぽど茶番ですよ。
皮肉の一つでも言ってやりたい。
「残念ながら、シナリオに戻ってしまいましたね。呪いは解けませんでした。」
「約束は守ったぞ。だったらなぜ?」
本当に馬鹿なのだろうか?
狼には悪いと思いつつ、本気で疑ってしまう。
とはいえ、所詮動物。言われてみれば、人間より脳が小さいのが普通だ。赤ずきんの脳が結論を出す。人間の知識の倉庫は冷淡なのだ。
「そうです、あなたの寿命自体は伸びましたね。ですがシナリオ(呪い)は続いています。ここで質問です。あなたは生きたいですか?」
「もちろん。」
「彼女を殺してでも?」
シの神は赤ずきんを、その白く長い指で指す。
赤ずきんは狼を睨む。
つけ込まれるなと。だが狼はごくごく単純に、怒られたと勘違いした。同時に赤ずきんの瞳に吸い込まれた。
「……」
「ではあなたは?」
「生きたいわ。彼と一緒に。」
「面白いですね。ですがそれは無理な話です。なぜならシナリオですから。二人が対面した今、それを止める事は不可能です。」
この時赤ずきんは悟った。
不可能の可能にするという言葉があるが、それは限りなく不可能に近いと。そして今の自分達にその1パーセントを目指す事は出来ないと。
シの神は言葉を継ぐ。
「最後に私から一つ。私が呪いと解く鍵だという事は嘘ではありませんよ。」
何を今更と赤ずきんは呆れ顔で、狼は苦悩の顔で耳を傾ける。
そしてシの神は、何が嬉しいのか冷たく微笑んで狂ったように楽しそうに言う。
「あなた方が死ねば、死に方によっては呪いくらい簡単に解けます。」
「絶対に死なないといけないの?」
「もちろん。呪いは少々厄介で、かけるのにも解くのにも対価がかかりますから。ただ効き目は確実ですよ。」
シの神は赤ずきんの問いに即答する。




