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「いらっしゃい」


 今までの傾向から店に警戒心を持っていた俺は、入店時にされた挨拶にも身構えつつ店内を見渡す。


 そうして感じた第一印象は……。


「……普通だ」


 店内は外観に似合わず少しばかり騒々しい雰囲気だが、煩すぎず、むしろ心地好い。

 店の内装については、入って直ぐ左右に広がる空間それぞれに木製の大きなロングテーブルが二つ、二人席用のラウンドテーブルが四つとあり、入口正面を進めばカウンター席が六つ程と、カウンタに奥には入店時に挨拶してくれたバーテンダーの様相をしている渋めの男性が待ち構えているといった具合だ。


 また、満員とはいかないが半分近くの席は埋まっているようで、この規模の店としてならばそれなりに繁盛しているようにも窺える。

 他に店員らしき姿が見えないため、店前の看板にあった悩み相談や料理についても全てこのバーテンダーがする仕組みなのだろう。


「いや、それより普通ってのがマジで良い……!」

「……それはこの店を褒めてるのかい?」

「あっ、やべ……⁉」


 カウンターまでの距離はそれなりにあったと思うのだが、俺の呟きはしっかりとバーテンダーの耳に届いていたようで、バーテンダーはしっかりと反応していた。


「今日は新顔が多いな。一人か? ならここのカウンター席に座ると良い」


 だが、バーテンダーに怒っている訳ではなさそうで、断る理由もない俺はおずおずとバーテンダーに言われるがままにカウンター席に向かう。


 そうして六つあるカウンター席に近づくと、バーテンダーに進められたカウンター席には真っ白なマントを着けた短いポニーテールの人物が座っているのが確認できた。剣を傍らに立て掛けてることから剣士なのかもしれない。

 刃物を携えた人物の隣に座るのは抵抗感があるが、バーテンダーの進めでもあるため俺はその人物から一つ席を開けた隣に座ることにする。


 そして俺が腰を落ち着けるとバーテンダーが口を開いた。


「俺はノイギアだ。見ての通りこの店のバーテンダー、そして店主をしてる」


 バーテンダー改め、ノイギアは、白髪混じりの黒髪を短く刈り上げた屈強な肉体を持つ男だった。見た目も合わさってその落ち着いた雰囲気から、何となく年齢は俺より上のように思える。


「初めての客にはこいつをサービスするのが俺なりの歓迎でね」


 ノイギアは何かしらの飲み物が入ったグラスを俺の前に置く。柑橘系の飲み物なのか、オレンジやマンゴーのような色合いだ。


「ただのジュースだ。新規の客に変なモノは勧めんよ。それとも、こっちの勇者様みたいにジュースで酔っぱらう体質だったりするかい?」


 ノイギアが冗談混じりの口調で、目線を隣に座る白マントの剣士に向けると、その人物から抗議の声が上がる。


「ちょ、ちょっと! こんな雰囲気のお店でそれっぽい飲み物だされたら、お酒だって思っても仕方ないじゃん! ボクだってジュースで酔っぱらったりする体質なんかじゃないよ!」

「おっと、これは勇者様に失礼したな。お詫びにもう一杯ジュースを贈らせてもらうとしよう」

「もう! からかってるでしょ! ……でもジュースは貰おっかな!」


 白マントの人物を横から見ると、青い瞳、短い白金の髪をポニーテールにしている少女だと分かる。ノイギアに抗議する口調や仕草から考えるに年齢も高くは見えない。十代付近といったところか。


「くくっ、冗談はこれくらいにして勇者様は探してるものがあるんだろう? こっちの新規さんにも聞いてみたらどうだ?」

「あっ! 確かに!」


 ノイギアがそう言って俺を顎で指し示すと少女も納得が行ったのか体を俺の方に向け、


「初めまして! ボクはクラルテ・フライハイト。こう見えて勇者なんだ!」


 いきなり自己紹介を始めた。


「ゆ、勇者?」

「うん!」


 勇者と言えば、魔王を退治して偉い人たちに認められることで名乗れる称号だった……と衛兵から聞いた覚えがある。


 ────ってことは、こんな年端もいかない少女が魔王と戦って勝ったってことかよ⁉


 俺はその事実に驚愕するが、クラルテと名乗った少女は気にせず話を続けていく。


「それで聞きたい事なんだけど、実は人探しをしててね。でもその人を探してる内にちょっとキナ臭い話も耳にしちゃってさ。気になったから他にも色々と調査をしてるんだ」

「人探し?」


 勇者が探してるって事は、やはり魔王なのだろうか。


 ────ん? そういやカザン亭のネーロって奴が自分のことを『魔を統べる新たな王』とか言ってたような……? 


「……ひょっとして、その探し人って魔王だったりすんの?」


 もしやと思って念の為に探し人について聞いてみるが、


「うーん。その可能性もあるけど、実はまだその人が本当に魔王なのかは分かんなくて……。だから、まずはその人を見つけて話がしてみたいんだよ。だけど、そうも言ってられない話も聞いちゃって……」


 どうやら今の彼女には魔王よりも優先したい事があるようだった。


「それがキナ臭い話ってやつ?」

「うん……心当たりはある?」


 そう尋ねられるものの、衛兵たちから色々な情報を集めてはいたがそれらしい話を聞いた覚えはない。


「う〜ん、悪い。思い当たる節はねぇかな」

「そっかぁ。それじゃあ……クルエル教について何か知ってたりは?」

「クルエル教?」


 俺は顎に手を当てながらその言葉を思い返すも、やはり聞き覚えはなかった。


「『教』ってつくからには何かしらの宗教なんだろうけど、あんまり宗教に興味ねぇからなぁ。これも力になれそうに──ん? どうした? そんな顔して?」


 と、そこまで口にしたところでノイギアが驚きの表情で俺を見ていることに気づいた。


「驚いたな……。人が見た目によらないのは知っていたつもりだったが、まさかお客さんがクルエル教の符号を知ってたとは……。お前さん、もしやクルエル教徒だったりしないよな……?」

「は? 符号? 何の話だよ?」

「え……⁉ 今、クルエル教の符号があったの⁉ どれ⁉ 教えて⁉」


 クラルテは驚きながら俺がしたというクルエル教の符号について質問を繰り返すが、俺だって何がなんだか分からない。

 そうして俺が答えないことに焦れたのか、それともノイギアの意味深な発言に今気づいたのか、クラルテは質問の矛先をノイギアへと向けた。


「と言うか……⁉ ノイギアさんやっぱり何か知ってるんじゃん‼」

「はぁ、こりゃやったな……。ついうっかり口を滑らせちまった……。悪い事は言わん。クルエル教は危険だ。いくら勇者様とは言え俺より遥かに年下のお嬢さんが首を突っ込むような事じゃないだろう」


 溜め息と共に『説明するのか?』という視線をノイギアは俺に送っているが、俺はクルエル教について存在すら知らなかったのだ。何も言うことなんてない。


「いや、だから俺は何も知らねぇよ。正直、俺のどこにそんな符号があったのか知りてぇくらいだわ」

「……本当にクルエル教とは無関係なんだな? 惚けるならそれはそれで構わんが……。いや、そうだな。すまん。どのみち口を滑らせた俺が悪い。俺が責任持って話すとしよう」


 ノイギアは周りの目を注意しつつ、少し声量を落とした調子で続ける。


「今、この国じゃ一つの商会が台頭してる。その商会では黒い噂が絶えなくてな。その商会の名が、『スクラヴェルバウム商会』だ」


 スクラヴェルバウム商会。その名前には聞き覚えがある。


 ────あ、あのヤバイ旅館の名前じゃねぇか⁉ ……つーか、やっぱヤバい奴が運営してたのか。


「なんでもスクラヴェルバウム商会は人道に反した非合法な商売をしてるって情報人の間じゃ(もっぱ)らの噂だ。というのも、スクラヴェルバウム商会はクルエル教と関わりがあるらしい」


 当たり前のように知らない単語が出てくるが、


「なぁ、さっきから言ってるそのクルエル教ってなんなんだよ? それってそんなヤベェ宗教なのか?」

「……クルエル教の符号を知ってる奴がクルエル教を知らない筈がないと思うが……まぁ付き合ってやろう」

「いや、マジでそのクルエル教っての知らねぇんだけど……。でも説明して貰えんのは助かるよ」

「クルエル教は悪神クルエルを崇拝する宗教だ。その教えと言うのが、『人の根幹に悪行があるのは当然のことであり、悪行に理由など必要はない。本能のまま悪行の限りを尽くすことが人の本来あるべき姿である』というものだ」

「な、なるほど……。とにかくヤバい宗教だってのはよく分かったよ」

「その理解で間違いない。それじゃあ話を戻すが、実を言うとスクラヴェルバウム商会とクルエル教の繋がりに確証はない」

「そうなのか? じゃあ本当にただの噂って可能性もあるって訳か」

「ああ。だがクルエル教徒らしき人物や風体の怪しい人物たちが“スクラヴェルバウム”に出入りするのを見た……なんて話は尽きることがない。どの程度か分からないが、ほぼほぼ繋がりがあると見ていいだろうな」


 火のないところになんとやらという事だろう。


「それにクルエル教徒は独自の符号を使って依頼人、請負人、クルエル教徒たちと連絡を取り合うってのは有名な話だ。……それでその符号ってのが、お前さんのしてた動作だ。顎に手を当てて、十数秒維持し、欲望を口にする。返しの符号は自分の首を掴む。これがクルエル教の符号らしいな」


 ────え……⁉ じゃあ、俺はあのヤバイ受付嬢から同じ宗教仲間って思われてた訳か……⁉


 道理でおかしな対応だと思っていると、


「そ、そこまで分かってたならどうしてノイギアさんは国に報告して止めさせないの……? それに……」


 クラルテがそうノイギアに訴えていた。


「ノイギアさんを信用したい……けど」


 確かにそんな危険な組織の符号を知ってるなんて怪しい。疑うのも当然かもしれない。


 ────あれ? けどそれって俺も疑われてるって事じゃねぇの……? いやまぁ、つーか初対面で信用しろって方が難しい気がすっけど……。ん? でもクラルテとノイギアは初対面……なんだよな?


 勇者なんて称号を持った人物がずっと一所に留まるとは思えないし、それにこの店に入ったときのノイギアの『初めて見る顔の多い日だ』という言葉とも一致する。


 普通、初対面の人を信用するなんて出来るだろうか?


 ────いや、こいつにはそれが出来るのか。


 それが出来るから勇者なのかもしれない。


 とは言え、ノイギアに対する疑惑くらいは解く手伝いくらいはしてもいいだろう。


「……ノイギアが何で符号を知ってるかってのは知らねぇけど。ノイギアが符号の情報を勇者であるお前に流してる以上、少なくともノイギアはスクラヴェルバウムやクルエル教の一味じゃねぇと思うぜ?」


 俺が発した言葉にクラルテはハッと気づいた様子で、ノイギアもまさか俺が庇うと思っていなかったのか目を僅かに見開いていた。


「たし……かに……。うん……うん! そうだね! えーと……!」


 そう言えば、俺はまだ名乗ってなかった。


「オチバだ」

「うん、オチバの言うとおりだ! ごめんなさい、ノイギアさん。ボク、ノイギアさんの事を少し疑っちゃった」

「くく、気にするな。一応言い訳させてもらうなら、国に報告しないのは保身のため、符号を知っているのは身内にクルエル教徒が居たからだ。ま、もうそいつもいないがな」


 その話題には触れられたくないのだろう。一瞬、寂しげな表情を浮かべたノイギアだったがすぐにさっきまでの仏頂面へと戻る。


「で? お前さんは何でクルエル教の符号を知ってるんだ? ……いや、意味のない質問だったな。このタイミングで勇者様にクルエル教の符号を教えに来たんだ。あんたが奴らの仲間じゃないのは明白だ。何が目的なのか気になるところだが、庇われた礼に詮索は止めておくとしよう」


 勝手に疑われて、勝手に疑いが晴れていった。

 けど、多分悪い流れじゃないのは間違いない。


 そして、


「あっ! そういう話なら……これってクラルテの捜査に役立ったりしねぇか? “スクラヴェルバウム”の二号店に行くための案内状らしいんだけど……」


 ふと先程半ば無理矢理受け取らされた案内状を思い出して取り出すとグぅという空腹の音がタイミング悪く聞こえてきた。


「………」

「え? ボクじゃないよ?」

「……よし、話の前に何か食って腹を満たそうぜ?」

「……確かに少し空気が張り詰めてたな。待ってろ」

「え⁉ だからボクじゃないって⁉」


 誰の腹が鳴ったのか、この際それは気にしないでおく。生理現象の犯人特定なんて誰も幸福にならない事なのだ。


「あー⁉ オチバ、キミでしょ⁉ ボクに擦り付けようとしてるんだ⁉ ちょっと⁉ 黙ってるのはズルくない⁉」

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