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 俺、無花果 落葉(イチジク オチバ)は、人生を順風満帆に過ごせていたように思える。

 エリート志向の家庭で育った俺は受験戦争をストレートで通過してきし、難関大学だって難なく進学した。

 成績を見れば卒業の見通しも十分あり、多分この調子なら就活だってそう困る事もないだろう。

 一見すれば誰もが羨むこと間違いなしの人生だ。


 だがそんな人生を送れる事の代償なのか、俺は対人運が果てしなく悪かった。

 ガラの悪い暴走族のような奴らに気に入られてはチームに入れと付き纏われたり、女子に告白されたかと思えば財布やスマホといった俺の私物にさえ嫉妬するヤバい奴だったり、ちょっと相談に乗っただけのアルバイトの後輩には宗教の宗主として奉られて欲しいとお願いされたり。

 とにかく、俺は奇人変人を呼び寄せてしまう星の下に生まれたかのような迷惑極まりない体質を持っていたのだ。


『個性豊かな人物と出会う機会に恵まれた生活』と言えば聞こえはいいが、『奇人変人に日常を包囲された生活』となれば心が保たないのは当然だろう。


 しかし、俺は救われた事にそんな多大なるストレスを解消してくれる存在を知ることが出来ていた。

 それは小説、漫画、漫才と言ったような娯楽を満喫する趣味だ。

 取り分け俺の好きなジャンルは『勘違い』をテーマにしたもので、誤解や思い込みによって破茶滅茶にストーリーが動かされていく作品には数多く笑わされ、俺の心は何度も救われたものだ。


 この趣味に出会えたからこそ、俺は奇人変人たちとの奇怪な邂逅(かいこう)にも慌てず動じなくなっていくことが出来たと断言していい。


 だから目を覚ました時、目の前に突如不審な人物が現れていてもそこまで強い動揺はなく、『またやべー奴が来たよ……』くらいにしか思わなかった。

 この前、カーテンを開けた時にベランダで壺に入った蛇と、ターバンを巻いて笛を吹いている蛇使いが胡座をかいてこっちを見ていたことに比べればなんてことはない。


無花果 落葉(イチジク オチバ)。君は幸運にも神である私に選ばれた。新しい世界に招待しよう。そして餞別(せんべつ)に欲しいものを一つやろう」

「ほらね、ヤバイ奴だわ」


 唐突に現れた神を名乗る男は女子がキャーキャー騒ぎそうな絵に描いたルックスのイケメンで今にも軽薄な言葉が飛び出そうに思えたが、案外見た目にそぐわず厳かな雰囲気の喋り口調をしていた。


「……って、新しい世界に招待?」


 異世界系の小説は知ってるが、俺自身が転生や転移するような事件に巻き込まれた心当たりはない。

 覚えてる限りでは事故にあった記憶もないし、持病だってない。

 大学卒業の目通しがついてこれからの就活に意気込みを入れていたとこだし、最近は学費の為にバイト生活は多かったが、過労死するような環境でもなかった。むしろ俺はバイトたちの中でも要領がいいくらいでそこそこ手を抜いてたくらいだ。


「ん? あれ? そう言えばここ俺の部屋じゃねぇな……。え、もしかしてマジで異世界に行くのか……」


 そんな言葉を口にしながらも、俺は内心で“流石に夢だろう”と高を括っていたのだが……。


「夢ではない。だが、君がそれを深く知る必要もない。ただ一つ望むことを言うがいい」


 目の前の男は言葉にしていない俺の内心を見事言い当てていた。


「お〜、すげぇ。当たってやがる……。いや、でも俺の夢なら俺の心の中を当ててもおかしくなくねぇか……」


 ここが俺の夢ならば心を読む事ができても何ら不思議はない。


「えぇ……。じゃあこの自称神様は俺の妄想から生まれた存在ってことか……?」

「私を妄想と定義するか。確かに今の私は君の頭に直接干渉している存在とも言える。やはり君は中々に鋭い観察眼を持っているようだ」


 何やら色々と理屈をつけるあたり中々に人間くさい神様を俺は妄想してしまったようだ。


 とは言え、これが夢だとするなら気が楽だ。


「要するに、“無人島に行くなら何を持ってくか”みたいなことだよな……。あっ、だったらさ。神様は『勘違いもの』って分かる? 小説とか漫画とかでよくあるテーマの一つなんだけど。俺、そういう物語がめちゃくちゃ好きなんだよね。新しい世界ってのに招待してくれるなら、そんな感じの物語を間近で見てみたいかなって。面白そうじゃん?」


 神様に望むものを聞かれた俺は、思いつきで“『勘違い』というテーマジャンルの物語が身近に感じられるような世界をみたい”なんて願いを口にしていた。


「ふむ……。君はなかなかに難儀な奴だな。世界を欲するとは……だがそれも面白い。()んでやろう」

「いや、別に世界が欲しいとかそういう訳じゃ──」


 神の言葉にどこか違うニュアンスを感じた俺は否定の言葉がそこまで出るのだが……。


「君の運命に僅かながら私の力を通した。未来は不確定だがおおよそ君が望む運命に導かれるだろう。行くがいい」

「え、嘘……全然話聞いてくれないじゃん」


 神様は俺の言葉を聞き届ける前に何やら一仕事を終える。

 まぁ夢だしこんなもんか、などと思っている間に神様が手を振る。


 すると、


「………………は? あ?」


 見渡す限りに異世界の景観が広がっていた。辺りには竜人、獣人みたいな見た目の二足歩行の人々もあちこちに見受けられる。


「待てよ待てよ……。いやいよ、そろそろ目覚めろって俺……」


 だが、呼吸で感じる新鮮な空気や露出した肌に当たる風がこの光景を夢じゃないと訴える。


「……夢ってこういう時覚めねぇよな。つーか、何だ? なんかみんなして俺を見てるような……。あっ⁉」


 肌に当たるのは太陽光や風だけじゃなかった。俺を中心に大勢の人の視線が俺の肌を指している。それは好機な視線というより明らかな不審者を見る目だった。

 そう、今の俺はアダムとイヴよろしく生まれたての姿に葉っぱ一枚という狂気の初期装備状態だった。


「流石に股間に葉っぱ一枚の装備はねぇだろうが⁉ これには悪意を感じんぞ⁉」


 だが様々なネット小説を嗜んできた俺にとってこの程度の誤解による展開は幾度となく知っている。先ずは敵意がないと笑顔で両手を上げてアピールだ。


「ま……まぁ皆さん落ち着いてくださいよ。先ずは話し合いましょう……! 一見して不審者に見えるかもしれないですけどそれはただの誤解ですから──」


 俺を危険人物として警戒する二足歩行の人々に向け、俺は低い物腰で丁寧な口調を意識しながらゆっくりと説明をしようとする。


 しかし、


「露出狂の変態だああ!」

「この状況を笑顔で楽しんでやがんのか⁉」

「妙な動きで近寄って来るわー⁉」

「ママ~、あの人何で裸なの~? そういう種族なの〜?」

「しっ! 見ちゃいけません‼」

「魔王軍残党の奇襲だああ!」


 裸の男がいきなり落ち着いて話そうと近づけば、当然それは不審者でしかない。

 少なくとも俺が逆の立場でも似たような反応を示すことは間違いなかった。


「待ってくれって⁉」


 恐らく、これは神の野郎が勘違い(・・・)しやがったのだ。


 俺は『誰かの勘違いストーリー』を神目線で楽しみたかっただけなのに……。


「俺が勘違いされたかった訳じゃねぇぞ⁉」



 ◇◆◇



「誤解なんだって⁉ 濡れ衣なんだよ! 頼む聞いてくれ‼」


 本来なら見たことのないファンタジー世界を目の当たりにして感動に打ち震えたりするものだろう。


 だが知らない世界の街中で葉っぱ一枚の装備という状況に俺の精神は平静でいられなかった。


「いいから投降しろ! 濡れ衣だと⁉ 鏡を見てもう一度言ってみろ! この変態野郎!」

「そうだよな⁉ そう見えちゃうよな⁉ けど誤解なんだって‼ ……ってか顔怖っ⁉」


 この場に駆けつけて俺に投降しろと口にしたのは、屈強な鱗の鎧を纏う二足歩行のトカゲだ。口調や声質からは若い男性だと窺える。

 しかし、その顔面はトカゲそのもの。爬虫類が綺麗な二足歩行で歩く姿は俺の取り乱した心に強い衝撃を与え、正気を取り戻すのに一役買ってくれていた。


「さぁ! 大人しくしろ! 露出狂! 趣味とは言えやりすぎだ!」

「しゅ、趣味⁉ 違ぇよ⁉ こっちだって好きで露出してんじゃねぇ‼」


 しかし、平常心を取り戻してよく観察して見ればトカゲの兄ちゃんも両手で構えた武器以外は案外腰巻き程度しか身に着けているような物はない。となれば、もしかするとパンツ一丁のスタイルだってこの世界では普通なのかもしれない。


「つ、つーか……あんたも俺とどっこいじゃねぇ? 下半身こそ腰巻きで隠れてるけど、上半身はほぼ素肌っつーか? ……なぁ、頼むよ。俺も何が何だか分かんねぇんだって。ここは穏便に済ませてくれねぇかな?」


 そんな思いでトカゲの兄ちゃんに説得を試みる。


「…………」

「…………」


 そうして俺とトカゲの兄ちゃんの視線が交差し、俺には分かった。


 ────これは友好の瞳だ……!


 そんな雰囲気を感じ取った俺は、相好を崩して口を開こうとしたその瞬間……。


「これは鱗だが?」


 トカゲの兄ちゃんが真顔で答えた。


「え?」

「素肌じゃなく、鱗なんだが?」

「はぁ……。鱗、ですか……」


 だから何なんだと思わずムッとした気持ちが湧いてくるのだが……。


「鱗だって言ってるだろうがぁああああ!」


 何かがトカゲの兄ちゃんの琴線(きんせん)に触れたのだろう。

 トカゲの兄ちゃんは張り裂けんばかりの怒号を飛ばしていた。


「うわぁっ⁉ ごめんなさいごめんなさい⁉ 鱗スッゴいカッコいいっすね⁉ マジ尊敬ですよ⁉ だから暴力は止めませんかああああ⁉」


 平和な世界で育った俺にはトカゲの兄ちゃんの動きなんかは目で追えず、腕を振りかぶった位しか分からなかった。俺には意味も分からず両目を瞑り、腕で頭を庇うくらいしか出来なかい。

 だが、何時までたっても来るべきであろう衝撃はなく、俺は恐る恐るゆっくりと閉じた目を開く。


 するとそこには、はち切れんばかりの鱗を見せつけるようにポージングしているトカゲの兄ちゃんが静止していた。



「マジで意味不明なんだけど……」



 気の済むまでポージングを終えたトカゲの兄ちゃんは、やがて自らの職務を思い出したのか俺を詰所に連行すると言って衛兵の証らしき物を提示してきたのだが、俺にはその証を見た所で何をどう判断すれば良いかなど分かりっこない。

 と言うより、あの鱗と筋肉に抵抗できる力を俺は持っていない。



 そこで俺は恐怖という感情に基づき、トカゲの兄ちゃんの指示に大人しく従う事にしたのであった。



 ◆◇◆



 トカゲの兄ちゃんに連行され、詰所での滞在時間はおよそ三日ほどが経過していた。


 そんな事になっている理由は単純で、俺が自分自身の身元を証明する事が出来なかったからだ。


 なんでもこの辺りでは最近まで魔王という存在が幅を利かせていたらしく、衛兵たちは俺が魔王の残党やスパイなのではないかと疑っていたらしい。


 しかし、その疑いも俺の無知っぷりが信用されたからなのか無罪放免となり、晴れて出所する段取りとなったのだ。


 とは言え、拘留されている間に何もしていなかった訳じゃない。


 俺はトカゲの兄ちゃん──リザイアスと友好を深めてこの世界の常識をある程度教えてもらうことに成功していた。


 先ずリザイアスは竜人族という種族で、更に詳しく区分するならリザード族という一族の出身との事らしい。

 リザード族にとっては特に鱗の話はデリケートな部分であり、鱗の話題になると決まって互いの肉体美を自慢しようとポージング大会になるのだとか。

 取り敢えず、金輪際リザード族に鱗の話題は振らないようにしようという教訓は得られた。


「あっはっは! それにしてももう出所するのか! もっと寛いで行ってもいいんだぞ?」

「い、いや。俺はもう結構なんで……。はい、大丈夫です……」

「ふっ、出会い頭で変態野郎なんて決め付けて済まなかったなイチジク!」

「いえ、分かっていただけたなら……」

「だがそういう趣味は他人に迷惑をかけないようにしてくれよ!」

「ええ。俺も葉っぱ一丁なんて非常識なことしたなって…………え? 別に趣味じゃないんですけど?」

「気にするな気にするな! 誰が何と言おうとこの鱗の良さが分かる奴に悪いやつはそういない!」

「え? 趣味じゃないですけど? あれ? 伝わってる? 言葉通じてる?」

「どうした? もう拘留は解かれたんだ。初対面の時みたく砕けた口調で構わんぞ? ……それとも友人だと思っていたのは俺だけだったか?」

「ひっ⁉ わ、分かった! 最初みたいに話すからその怖い顔つき止めろって⁉ あんた、感情の起伏がいちいち恐ぇんだよ……⁉ つーか、趣味じゃないって言ったの聞こえてるよな……?」

「あっはっは‼」

「聞けよ‼」


 リザイアスは顔こそ怖い男だが、実際のところ俺がリザイアスと出会えたことは不幸中の幸いだったように今なら思える。


 ────諸々の事情を話しても『鱗の良さを分かってくれる良いやつ』ってレッテルのお陰で色々と便宜を図ってくれたしな……。


 特に衣服と今後数日分の宿代の融通、簡単な常識面について知ることが出来たのは非常に大きい。


「リザイアス、服と宿代はマジで助かるよ。絶対この恩は忘れねぇから」

「なぁに! 気にするな! 服は囚人服、数日分の宿代なんて鱗の良さが分かるお前にやるくらい俺にとっちゃはした金よ! だが恩には期待しておこう!」

「囚人服……? え……? 俺、脱走犯とかって勘違いされねぇよな……?」

「この辺りの魔王は随分昔に勇者によって倒されたからな! 街から出ても危険はないだろう! そのせいで魔物退治を職にする奴等は困っているようだが平和が一番だ! まぁ俺は役人だからあまり大声では言えないがな! あっはっは!」

「リザイアス⁉ 話が通じてない上に声がでけぇ! それとも俺が街から脱走する前提でそれ喋ってるわけ⁉ どっちにしろあんたやっぱ性格に難ありだわ!」



 ◇◆◇



 無事に誤解を解いて詰所から出ることとなった俺は改めてこの街を散策していた。


「最初見渡したときは感動したんだけどな……」


 だがやはり最初が肝心だったのか、今更街を行き交う色々な種族を目にしても感動は薄い。


「でも文句ばっか言っても仕方ねぇか。今はリザイアスのオススメ宿って所に寄って、そこからは身分証作るために何処かのギルドってのに行かなくちゃだな」


 そんな風に気を取り直して宿に向かった俺だったが、囚人服を着て歩くその姿は紛うことなき脱走犯で、俺は宿に到着するまで幾度となく通報されかけたのだった。



初投稿です。

読んで頂きありがとうございます。


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これからよろしくお願いします。

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