8 女神エムブラの神殿 前半
ロト達を乗せた馬車は、神殿の石作りの車寄せに止まった。
馬車を護衛していた騎士達が、素早く下馬をして整列する。
まず、テトラを肩に乗せたロトが馬車から降りる。続いて魔道兵団の魔道士ジジが降りて、クララ姫とエリック王子のメイドが降りて来る。そして、クララ姫が、馬車の出口に出て来る。うっと、両手をロトに差し出す。ロトは、少し苦笑すると、クララ姫を抱っこして馬車から降ろした。同様にエリック王子も抱っこして降ろす。
「ほっほっほっ、クララ殿下、エリック殿下、ようこそお越しくださいました」
白髪に白い髭。好々爺を思わせる姿。ファレーズ王国の女神エムブラの神殿長オラス司祭である。3年前にロトを王宮で治療してくれた人物でもある。
「お久しぶりです。オラス司祭様」
ロトが、挨拶をする。クララ姫とエリック王子は、まだオラスに慣れていないのか、ロトの背中に隠れてしまった。
「ほっほっほっ。まだ、慣れてないのじゃな。うむ、ロトよ、息災か。して、その子猫はどうしたのじゃ?」
「はい。元気にしております。子猫、テトラは、先日ビオデ村に行った際に拾いまして」
「ふむ。そうか。大切に育てなさい」
はっと、答えるロトに相槌を打つオラスは、『ふむ、魔力を持っておるが、魔物ではなさそうじゃな。悪のものじゃなく善のものか。さてさて』と、心の中で語りロトの肩に乗るテトラを見ながら、微笑んだ。
「さて、クララ殿下、エリック殿下、中へご案内致します」
オラスは、クララ姫とエリック王子に促して、神殿の中に入っていった。
大陸各地に点在している神殿は、女神エムブラを祀っている。
神話の時代、神々は人間、亜人、獣人を創造した。それぞれの種族は互いに協力しながら、光に満ちた平和な時代を過ごしていた。しかし、光だけでは、世界は作れない。光が強ければ影は強まる。陰と陽。世界の均衡を保つために、影の存在である魔王が現れた。
魔王は、その配下の魔人や魔物を従えて、大陸を蹂躙した。
人間は知恵を、亜人や獣人はそれぞれの特性を生かし、協力して必死に抵抗をした。しかし、平和な時代の光が強すぎたのか、影たる存在の魔王軍は強く、次第に人間や亜人、獣人達は数を減らしていった。
人間達が滅亡するのは、時間の問題だった。大陸の片隅に追いやられた人間達は、祈った。自分達はこのまま滅びる存在なのかと。そして、祈り通じた。女神エムブラが、人間達の前に降臨したのだった。
女神エムブラは、魔王軍に対抗する力として、人間達に魔力を与えた。力を得た人間達は、その知恵で強力な魔法を作り、亜人達はその特性で秘技や武器を開発し、獣人達はその特性を活かして身体能力を強化した。
それから、数十年の間、血で血を洗う戦いの後に人間達は、戦いに勝ったのだ。魔王は滅し、魔人も消えた。しかし、魔物は残った。完全に影を消してはならい自然の摂理が、働いたのかもしれない。
そして、光の存在だった人間達にも変化が起きた。女神エムブラによって魔力と言う力を得て、魔王との戦いに勝った人間達であったが、その体内に〝魔〟力を取り込むことにより、光と影が混じり合ってしまったのだ。完全な光の存在でなくなった人間達は、互いに争いを始めた。人間と亜人、獣人と人間、そして人間同士の争いが起こるようになった。
女神エムブラが、人間達に魔力を魔力を与えることによって、起こり得る〝結果〟を分からないはずはない。女神エムブラは、光だけでは世界を作ることが出来ないと悟り、人間、亜人、獣人にあえて〝魔〟力を与えることにより、光と影の均衡を保ち、より強力な影の存在が出現することを防いだのであった。
それから、それぞれ人間、亜人、獣人は互いに争い、協力をし興亡を繰り返し、現在に続いているのであった。っと、神殿が所有する神書である創世記には記されている。
神殿長であるオラスは、クララ姫とエリック王子を女神の間に案内した。
入口から入ると、広い石造りの室内の正面に、等身大を模したであろう女神エムブラの石像が鎮座している。ランプの光に照らし出されたその美しい姿は、石像にもかかわらず神々しく見えた。
クララ姫とエリック王子が、その小さな手でロトの服をぎゅっと掴む。神殿の女神の間は、全体的に薄暗く、ランプの光により浮かび上がる女神エムブラの石像が、まだ幼い2人にとっては怖いのかもしれない。
「さあ、女神エムブラ様の前に行って座りましょう。私も一緒に行きますから」
ロトは、クララ姫とエリック王子の手を引き、女神エムブラの石像の前で座らせた。魔道士のジジが、2人の前に座り、クララ姫とエリック王子の空いている手を握った。4人で手を繋ぎ、円のように座った型になる。
「さぁ、クララ殿下、エリック殿下。我の言葉をお聞き下さい。目を瞑り、呼吸だけに集中して下さい。ゆっくり、吸って。吐いて。吸って。吐いて」
ジジが、クララ姫とエリック王子を瞑想に導くために、呼吸だけに集中させようとする。幼い2人が、すぐに出来るわけはないが、ふたりとも目をぎゅっとつぶり、息を吸ったり、吐いたりしている。
なぜ、わざわざ神殿まで来て、瞑想をするのには訳がある。実は、魔力を持っているだけでは魔法は使えない。女神エムブラを祀っている神殿で、瞑想を行い体内にある魔力を〝感じて〟〝摑える〟作業を行い、魔法を制御することを覚える必要があるのだ。瞑想するだけなら、自宅でもどこでもやっても同じ事と思えるが、神殿の女神の間でなければ、魔力を制御することを覚えることが出来ない。これは、人間達に魔力を与えた女神エムブラの加護の影響だと言われている。
そうして、体内の魔力を制御できるようになって、初めて魔法を放てる準備が出来る。あとは、持っている属性や魔力の量に影響するが、様々な魔法を覚えて放つことが出来るようになる。魔法を放つには、呪文の詠唱が通常必要となるが、これも女神エムブラの石像の前で瞑想することにより自然と覚えるのだ。
ただ、中には特殊な例がある。それが、クララ姫とエリック王子だ。2人は、生まれた時に行う洗礼で膨大な魔力を持っていることがわかった。しかも、母親であるリリアーヌの魔法の才能を受け継いだのか、物心だつく頃には、無詠唱で魔法を放てるようになってしまったのだ。膨大な魔力を持つことは、それだけで様々な魔法を放てることを意味するが、膨大な魔力を持つ故に起こることもある。〝魔力暴走〟である。
魔力暴走は、体内の魔力を制御できなくなり、体内の魔力が外に溢れ出してしまい、最後には身体ごと爆発してしまうものだ。爆発の威力は、持っている魔力に比例する。普通の魔道士の魔力ならば、建物が一つ吹き飛ぶぐらいだが、クララ姫とエリック王子の魔力ならば、町が吹き飛ぶぐらいの威力になってしまう。そのため、早く魔力の制御を覚えてもらうために、まだ3歳ながら、神殿で瞑想をしているのであった。
「む〜う」
クララ姫が、早速飽きてきたのか、身体を動かし始める。
「他のことを考えたなら、もう一度呼吸に集中して下さい。我と一緒にもう一度」
「クララ姫、エリック王子。私も一緒に頑張りますから、もう少しやりましょう」
ジジとロトが、2人を宥めて続けてさせようとする。
魔力を持たないロトが、瞑想しても意味がないと思われるが、女神エムブラの石像の前で魔力を持たない者も瞑想する事により、魔法に対する耐性が付くと言われている。そのため、万が一に魔法による攻撃を受けた時に耐えれるように、ロトも一緒になって瞑想をしているのであった。
「はい、このぐらいでいいでしょう。お二人共、お疲れ様でした」
「む〜う。疲れたぁ」
「疲れたねぇ。クララ」
ジジの終わりを告げる言葉に、幼い2人は、床にうつ伏せになって、全身で疲れたことを表現する。瞑想は通常、2っ刻ほど行うものだが、今回はその4分の1ほどの時間であった。それでも、幼い2人にとってな長い時間であったのかもしれない。
「ほっほっほっ。どうでしたか。なにか掴めましたかな」
ロトが、2人を抱き上げて服を整えてあげていると、神殿長のオラスが女神の間に入って来た。
「うんとね、身体の中に光の玉があった。まん丸いのが」
「うん、あったねぇ。クララ」
まだ、オラスに慣れていないのか、2人はロトの背中に隠れてながら、身振り手振りを交えて言った。受け答えをしているので、少しは慣れて来ているのかもしれない。
「ほっほっほっ。そうですか。その感じを大事にして下され。さあ、応接の間にお菓子とお茶を用意しましたので、参りましょう」
「ロト!お菓子だって。行くよ」
「うん。ロト。早く行くよ」
オラスのお菓子と言う言葉に2人はすばやく反応して、ロトの手を引っ張る。
「ははは。わかりました。行きましょう。テトラ、行くよ」
ロトは、女神エムブラの石像の足元で丸くなって寝ていたテトラを呼び寄せる。
「ミィー!」
ひと声鳴くと、テトラは、いつものようにロトに駆け寄り、肩に登ってお座りをした。。
「テトラもめいそうぅしたの?」
「めいそうぅ。したんだね」
クララ姫とエリック王子が、テトラを見ながら言葉足らずに言う。
「そうかもしれませんね」
ロトがテトラの頭を撫でると、気持ち良いのかテトラはゴロゴロと喉を鳴らして、ロトに頬を擦り寄せて来たのであった。
ロトは、肩にテトラを乗せて、右手でクララ姫の手を握り、左手でエリック王子の手を握って女神の間を出て行くのであった。
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